第二十八話 最強と最強
二虎競食の計という計略がある。
三国志において、呂布と劉備が手を組んだことで、曹操の軍師である荀彧が行った離間計であったといわれている。
餓えた二匹の虎の間に肉を投げれば、虎は肉を奪い合って争い双方が疲弊するという話だ。
(これは、二虎競食の計か!)
春近は三国志のエピソードを思い浮かべた。
(まさか、これはあいちゃんがルリと大嶽さんを潰し合わせて、漁夫の利を得る作戦なのでは? 『やったー! これでうちが学園のトップだー!』みたいな?)
「うひょー! これはアレっすか、性欲の強い二匹のメスの間に、美味しそうな土御門君を投げ込めば、お互いに潰し合うという計略! 三国志キター!」
普段は物静かな杏子が、急に饒舌になった。
偶然にも、春近と杏子は同じことを考えていたようだ。
(えっ、鈴鹿さんも同じ考えなのか! いや、性欲の強いメスとかエサとか問題発言があったけど……。というか、鈴鹿さんは黙ってれば真面目な優等生なのに、喋り出すとマニアックなことや変態的なことを言いだすのが面白いな)
「っと、そんなことを考えている場合じゃなかった!」
現状は最強の鬼の転生者と呼ばれる二人の少女が、物凄い迫力で睨み合っている状態だ。
そして春近は、あいに羽交い絞めにされ、背中に彼女の柔らかい胸の圧を感じていた。
「ちょっと、離して! 二人を止めないと!」
春近があいの腕を振り解こうとする。
「だめ! 危ないよ」
そう言ったあいが、ガッチリと春近の腕をロックしてしまう。
「ケンカはダメだよ! あいちゃんは何をする気なの?」
「えー?」
「あれっ?」
「うちはぁ、渚っちが、酒吞のカレシを見たいって言うから連れてきただけだしー」
二虎競食の計とか権謀術数的な何かを想像していた春近だが、あいは特に何も考えていなかった。
バチッ! バチバチッ!
ギュワァァーン!
ルリの身体からプラズマのような光が迸り、周囲の空間を巻き込むように歪んでいる。
一方、大嶽渚の体からも視認できる程の呪力のような光が出ている。
「このままではマズい!」
春近が叫ぶ。
(あの四天王を簡単に倒してしまったルリだ。それと同じくらい強いとされている大嶽さんが戦えば、両方とも酷い怪我をしてしまうかもしれない。絶対に止めないと!)
あいの腕を振りほどき止めに入ろうとする春近だが、ルリの方は冷静さを失っていた。
(ハルに酷いことをするなんて許さない!)
一方、大嶽渚は焦っていた。
(ちょ、ちょっと! あたしの呪力より強いじゃない! そんなの聞いてない! 怖い! 負けちゃう)
大嶽渚はサディストだが、実は怖がりなのだ。
最初は絶対服従の呪力で誰にも負けないと思っていたのだが、今はルリの迫力に気圧されていた。
今にもぶつかりそうな二人を見ていた春近は、強硬手段に出る。
「仕方がない。ごめん、あいちゃん!」
春近は手をあいの腋に回し、こちょこちょとくすぐった。
こちょこちょこちょ――
「きゃはっはっ! やめて! くすぐったい!」
ロックされていた腕が解けた隙に、春近が前に飛び出す。
そして、睨み合っている二人の間に飛び込んだ。
「ストォォォォォォーップ!」
そう叫びながら、春近はルリを抱くように体を被せる。
「あっ!」
「きゃっ!」
その瞬間、ルリと渚の二人は、驚き呪力を抑えた。
呪力をぶつけ合う二人の間に飛び込むという無謀な行為に、誰もが固まって動けない。
「えっ、ハル……?」
呆然とするルリを、春近は優しく抱きしめた。
「ルリ、ダメだよ、呪力でケンカなんかしたら。お互いに酷い怪我をしちゃうかもしれないだろ。ルリに怪我なんてしてほしくないし、他人に怪我をさせるのも見たくない」
ルリの目に涙が溜まる。
「うわぁぁぁん! ごめん! ハルぅぅぅ!」
「る、ルリ」
「ハルぅうううっ!」
「だ、大丈夫だから」
そんな、少しイチャつく展開のなか、大嶽渚はヨロヨロと後退し近くにあった椅子に腰かけた。
渚は心の中で安堵していた。
(あっ、危なかった……。あの男が止めに入らなかったら……あたしは酒呑瑠璃の呪力でボロ雑巾のようになっていたかもしれない……)
強制の呪力は、人間の脳に直接働きかけて絶対服従させる恐ろしい能力だが、ルリには何らかの力の影響により効いていなかったようだ。
今更ながら、渚はルリにケンカを売ったことを後悔していた。
そして、羅刹あいは春近を見直していた。
ただの弱気な男かと思っていたのだが、意外と男らしかったのだ。身を挺して彼女を救うなんて、並大抵の男に出来るものではない。
(やるじゃん、はるっち! なんか、気に入っちゃったかもぉ)
ルリはハルに抱かれて、よしよしされている。
「うぅぅぅん……気持ちいいよぉ。もっとなでなでしてぇ」
「こ、こうかな?」
「ふへぇえええぇ~」
もう和んでいた。さっきまでのバトルは何だったのか。
ホッとした顔のあいが、渚に近寄り肩に手を乗せた。
「渚っち、どうする?」
「もう、やめる! 帰るから!」
渚が教室を出て行こうとするが、その背中に春近が声をかける。
「大嶽さん、もうルリにちょっかいを出さないでよ」
大嶽渚としては、酒吞瑠璃は怖いから戦いたくないが、負けたみたいで悔しいので素直になれない。
そして、とんでもないことを言い出した。
「分かったわよ! 酒吞瑠璃には手を出さない! でも、あんたはあたしの奴隷にするから!」
「それ、全然解決してねぇぇぇ――――!」
その発言でルリが再び殺気立つ。
「はぁ!?」
「ほら、ルリ、なでなでー」
「ふへぇ」
春近がナデナデしたら落ち着いたようだ。
ガラガラガラ!
教室を出ようとする二人だが、あいが最後に一言残す。
「ごめんねぇ、あの子もぉーはるっちのコト、気に入っちゃったみたいだから」
「はぁ! そんなんじゃないし!」
「渚っち、分かってるから」
「違うって言ってんでしょ!」
文句を言う渚を連れ、二人は教室から出て行った。
一先ず衝突は回避できたと安堵する春近だが、咲の目が鋭いことに気付いてしまう。
「えっ、あれ? 咲?」
げし! げし! げし!
咲が春近を蹴りだした。
「ちょっと! 咲、蹴らないで」
「ハルを踏んで良いのはアタシだけだから!」
「それはそれで、どうなんだ」
黙っていた栞子と杏子も近付いてくる。
「旦那様! 大嶽さんを退けるとはお見事です!」
「いやぁ、良かったっすねー」
一件落着と思いきや、ルリが思い出したようにツッコミを入れる。
「そういえば、なんか性欲の強いメスとか聞こえたけど?」
「あ……冗談です……」
こうして学園最強と呼ばれていた二人の少女の対決は、一人の負傷者も出すことなく無事に収まった。
しかし、このまま解決とはいかず、まだまだ一波乱ありそうな予感なのだが。




