第二百七十二話 艦隊戦より結婚したい
祖父からの着信に嫌な予感がする春近。
毎回のように面倒ごとを頼まれるのだ。
もしかしたら『またか』となるのも仕方がないだろう。
トゥルルルルル――
「ハル、出ないの?」
横のルリがスマホ画面を覗き込んで言った。
「う~ん、また変な事件じゃないだろうな……」
「やっぱり宇宙人が攻めてきたとか?」
「それはない」
「前にハルが『宇宙の彼方からエッチズが攻めて来る』って言ってたよ」
「うっ、そういえばそんなこと言ったような気もする……」
※宇宙歴846年、宇宙の彼方から地球外生命体エチーズが侵略して来るというのは、春近が昔書いた小説『美少女戦記・最終戦争エチーズ』のネタだ。エッチズじゃなくエチーズである。(第222話参照)
ピッ!
恐る恐る電話に出る春近。
『たたた、大変なんじゃぁぁぁぁ~っ! げほげほ』
「あ、じいちゃん。結婚のことなんだけどさ」
予想通り大騒ぎの晴雪に、ちょっとだけボケをかます春近。
『けけけ、結婚じゃとぉ? い、今はそれより大事件なんじゃ!』
「じいちゃん……いつも大事件だよな。宇宙人の侵略なのか?」
『宇宙人なんか攻めてくるわけなかろう!』
「そこは否定するのか」
どうやらルリ待望の宇宙人ではないらしい。
『よ、良いか、落ち着いて聞くのじゃぞ』
「落ち着いてないのはじいちゃんだろ」
『とにかく、鬼ヶ島にも危険が迫っておるんじゃ!』
「は?」
まったりスローライフの春近たちが、再び戦場へと駆り出されるのか?
とりあえず陰陽庁鬼ヶ島出張所のオフィスに移動し、パソコン画面のビデオ通話をすることになった。
「今日は休日なんだけど……」
島ですっかり春近たちに影響された明美が愚痴る。
キャリア官僚として働いていた頃とは大違いで、自ら左遷されたような島に異動届を出し、春近たちの監視役と称してのんびり閑職を満喫しているのだった。
皆で一緒に|鬼柴田《ONI-SHIBATA》からオフィスまで移動する。
大事件とは言っても、最強の鬼神が勢揃いしているのだから気は緩むというものだ。
巨大質量の隕石を撃ち落とした春近たちからすれば、そんじょそこらの大事件でも問題無いように思えてしまうのは仕方がない。
パソコン画面に陰陽庁長官の晴雪と調査室長の吉備真希子と若い女性の、三人の姿が映った。
春近は面倒くさそうな顔で対応する。
「じいちゃん、それで何が起きたんだよ。とりあえず結婚の件もお願いしたいから手短に頼むよ」
『け、結婚の件は特例でも何でもやっておくから安心せい。それより事件の方じゃが……日下部君、説明を頼む』
晴雪が若い女性の担当官に変わる。
『初めまして、新任の日下部です。状況を説明します』
若い担当官がデータを表示させて説明する。
『本日、アメリカ太平洋艦隊が硫黄島東の公海で最新型AIにより艦隊の人工知能自動制御防衛システムの試験をしていたのですが、突然制御が乗っ取られてしまいました。現在は、AIによる自律起動のまま艦隊が北上を続けております。このままでは多数のミサイルを搭載した制御不能の軍艦が我が国を目指して突入する恐れがあります。途中、鬼ヶ島近海を通過する予定ですので、鬼神王殿には出来るだけ乗員を無傷なまま艦隊を止めて頂きたいのです』
宇宙人ではなく艦隊だった。
「ハル、艦隊ガールズセレブレーションだね」
ルリが春近の好きなスマホゲームの名を上げる。
「ルリ、セレブレーションじゃなくコラボレーションだよ」
『どっちでもいいから!』
春近のツッコミに、画面の向こうの女性担当官が更にツッコミを入れた。
『あ、し、失礼しました……』
「いえ、すみません。続けてください」
ちょっとだけ鬼神王の噂にビビっている感じの女性担当官が謝るが、春近も謝って話を促した。
『指揮系統を離れた艦隊は、|特殊任務人工知能突撃部隊第701駆逐戦隊所属、アバドーン級ミサイル駆逐艦バルンバド、ミルフォース、バーミリオン、ビギニング、バルムフォース、エルフジョセフィート、ラフィーペタジーニス、グレイハウンドの八隻です。全て最新鋭イージスシステムを装備した艦艇であり、武装は、5インチ単装砲×1、25mm単装機関砲×2、20mm多銃身機銃×2、12.7mm重機関銃×4、垂直発射巡航ミサイルシステム90セル、アクティブレーダーホーミング艦隊防衛ミサイル、艦船発射型弾道弾迎撃ミサイル、誘導艦対空ミサイル、慣性誘導対艦ミサイルをそれぞれ多数装備、3連装短魚雷発射管×2基となっております』
超強そうな兵器の名前が続いて、最初は呑気だった彼女たちの中にも緊張が走った。
「おいハル、これってヤバくねえか?」
咲が心配そうな顔を向ける。
「何だかヤバくなってきたよね……」
春近も真面目な顔になる。
画面には深刻そうな顔の晴雪が映った。
『春近よ! 何度も頼んですまんが、何とかしてもらえんかの?』
「う~ん、皆の力を使えば何とかなりそうだけど」
『おおっ、できるのか?』
「皆の同意も欲しいけど、島にも近付いてるから何とかしないと」
春近が皆を見ると、彼女たちは同意するように頷いた。
「分かった。何とかしてみるよ」
『おおっ、ありがとう春近よ』
途中で黒百合が口を挟む。
「巡航ミサイルに核兵器が搭載されている可能性は?」
『現在アメリカ海軍のイージス艦に配備された巡航ミサイルには戦術核兵器を搭載しておりません』
日下部担当官が述べる。
「本当かな?」
『我々には、そう報告を受けております』
日下部担当官の言葉に心配そうな顔をする黒百合。
春近は黒百合の肩を抱いた。
「核が載っているいないに関わらず、ミサイルを撃たれたらマズいよな。早く何とかしないと。この島の近くを通るみたいだし」
一同が頷く。
詳細はデータで送ってもらい、すぐに行動に移ることになった。
――――――――
位置情報を受け取ってから、取りあえず港に集合する一同。
「ねえ、ハル。何に乗って行くの?」
ルリが素朴な疑問を呟いた。
「漁船とか?」
「漁船でイージス艦に勝てるわけないでしょ!」
春近のボケに、渚がツッコんだ。
あまり軍事に詳しくない渚でも、漁船で最新鋭の軍艦に勝てないことくらいは理解している。
「早く終わらせて結婚式をしないとならないのに」
渚の意見に皆が頷く。
「俺、この戦いが終わったら彼女と結婚するんだ」
「杏子、変なフラグ立てないでよ」
待ってましたとばかりに、杏子がオヤクソクのフラグを立てる。
「春近君、この任務は思ったより高難度でありますよ」
少し真面目な顔になった杏子が言った。
「そうなの?」
「軍艦八隻を撃滅するのなら、皆さんの超破壊力魔法でドッカーンですけど、艦内に取り残されている乗員を無傷で救助しなければならず、不用意に近付けば巡航ミサイルや迎撃ミサイルの餌食になります」
「し、しまった……簡単に安請け合いしてしまった」
春近が頭を抱える。
「ハル、大丈夫だよ。私がいるから」
ルリに頭をポンポンされる。
「ルリ……」
「私がボッコボコにちゃうから!」
「いやいやいや、ボッコボコにしちゃダメ!」
最強の鬼神が揃っているのに、何だか不安になる春近だった。
「春近君、大丈夫ですよ。相手がイージス艦でも、私たちが揃っていれば問題無いはずです」
「杏子……」
「私が創造スキルで飛行艇を作りますから」
「さ、さすが杏子! 俺の嫁!」
俺の嫁のところで、他の彼女たちがピクッと反応する。
全員嫁なのだが、自分も呼んで欲しいとヤキモチを焼いてしまうのだ。
「ほら、とっとと片付けて、わたしと結婚しやがれです」
すぐ横からアリスの声がした。
「あれ? アリス、そこにいたんだ?」
「い、今、小っちゃいって思いましたね?」
「もう、アリスは可愛いなぁ。抱っこしてあげるね」
とりあえず、ジタバタするアリスは抱っこしておいた。
すぐに静かになる。
アリスの扱いは手慣れた春近だった。
杏子が精神集中する。
彼女は世界の理を覆し、無から有を生じさせるという究極スキルの発動が可能なのだ。
「んんんんんんっ…………あれ? 出ない」
「「「えええええ~~~~っ!」」」
一同ズッコケそうになって声が上がる。
「杏子……大丈夫?」
「春近君、き……キス、してくれたら出るかもしれないです」
「ええっ、そ、そうなのかな?」
「こう、何と言いますか、テンションが爆上げになった時に発動する気が……」
確かに、今までも皆がピンチに陥ってギリギリの状況の時に発動していた。
「早くしなさいよ!」
渚の威圧感が増す。
「な、渚様。目が怖いです」
「はあ? キスするんでしょ! 早く片付けて、後であたしにも、たっぶりキスしてもらうんだから」
渚の威圧感の原因はキスの方だった。
春近が他の子とキスすると、乙女の嫉妬がメラメラなのだ。
ちゅっ……んっ……
春近が杏子にキスをする。皆の嫉妬に燃える視線を気にしながら。
「どうかな?」
「も、もうちょっと……」
ちゅっ、ちゅっ……ちゅっ!
今度は激しめにキスをする。
「もっと、こうギュッと抱きしめたり、激しくまさぐるように揉んだり」
「こうかな? これでどうかな?」
唐突に、皆の前で激しいラブシーンが始まる。
じっと見つめていた彼女たちの嫉妬が急上昇する結果になっただけだ。
「いつまでやってんのよ!」
「ハルぅ~ 私もキスしたい!」
「ハル君、ヒドいよ! 見せつけるなんて」
愛が激しい彼女たちがドンドン迫ってくる。
特に、渚とルリと天音がグイグイ前に出て圧力が凄い。
「ま、待て! そういうのは後にしてくれ」
春近が取り囲まれる。
「き、きたきたきた、来ました!」
杏子が叫ぶ。
「それです!」
「どれだよ!? どんな発動条件なんだよ?」
いまいち緊張感に欠けるメンバーだが、早く艦隊を停止させ乗員を救助する為に水平線の彼方へと向かわなければならない。
平和でラブラブなスローライフをしたいだけなのに、余計な事件が舞い込んでしまう。
さっさと片付けて、特例のハーレム婚を実現させ、彼女たち全員を嫁にする使命を果たすのだ。