第二百七十話 忍ぶ愛と忍ばぬ愛
ホテルや店が立ち並ぶメインストリートの一角に、『パティスリー忍ぶ愛』というケーキ屋が開店した。
ケーキや洋菓子の他に焼き立てパンも扱うベーカリーショップだ。
最初はひっそりと開店したのだが、鬼の少女が作るケーキの噂が広がり、今では開店と同時に売り切れてしまうほどの人気店となった。
店名の『忍ぶ愛』の通り、経営者は阿久良忍と羅刹あいの二人だ。
主にケーキや洋菓子をあいが、パンや軽食を忍が担当している。
店内に小さな喫茶コーナーがあり、そこで軽食も食べられるようになっていた。
一応、陰陽学園分校での学業もあるので営業日は少ないのだが、それが余計に希少価値を生んで人気になっているのだ。
店名が場末のスナックのような名前なのだが、そこはご愛敬である。
開店には、黒百合が営業許可申請や食品衛生管理者などの手続きを進めてくれ、町長の後押しもありスムーズに許可が下りた。
何故か法に詳しい黒百合の経営手腕が役に立った。
これだけ多種多様の特技を持つ鬼神少女たちがそろえば、戦闘以外でも無敵なのかもしれない。
「あいちゃん、忍さん、食べに来たよ」
春近とルリと渚と天音が来店した。
忍ぶ愛に行こうと春近がルリと二人で歩いていると、目ざとく渚と天音に気付かれ四人になってしまう。
渚も天音も愛が激しく一時たりとも春近と離れていたくないのだ。
「いらっしゃい、はるっち」
「皆さんも食べに来てくれてありがとうございます」
あいと忍が出迎える。
「あいちゃん、爪が短くなったよね」
春近が、あいの爪の変化に気付く。
昔はギャル風にネイルアートでカラフルな色をしていたのだが、パティシエールになった今は短く切りそろえてマニュキュアも塗っていない。
「そんなの当然だよぉ。食材を扱う仕事なんだから」
あいが口を尖らせる。
あいちゃん特有のブーブーと怒ったフリの可愛い顔だ。
「ルーズも履いてないんだね」
靴下に気付くところが、さすがマニアックな春近だ。
「もうっ♡ はるっちの好きな臭くてボロいルーズならぁ、言ってくれればエッチの時に履くしぃ」
ちょっと恥ずかしそうな顔でモジモジするあい。
春近のフェチにも対応してくれる可愛い彼女だ。
「春近、あんたやっぱり臭いの好きなのね……」
渚が変態さんを見る目をしている。
「渚様、これはですね……臭いのが好きというわけでは」
必死に弁解しようとするが言葉が出てこない。
渚にこれ以上変態知識を与えると、夜の調教が益々激しく変態的になってしまいそうで危険なのだ。
「ハル君、言ってくれれば私も対応するのに」
天音までその気になる。
「天音さん、それはちょっと……」
「ハル君が泣いて助けを呼んでも許さないくらいの、すっごいプレイをしちゃってもいいんだぞっ」
「くっ、やっぱり天音さん凄すぎるぜ……」
春近は、島に来てから気付いてしまった。
天音の超恐ろしいドSっぷりに。
普段の優しいお姉さんとは違う凄いギャップで、容赦のない無慈悲で徹底的な調教をするのだ。
ちょっと想像しただけで、腰の辺りがぶるぶると震えてくる。
「むぅ~ハルぅ! 私もルーズソックス履く! ルーズでハル踏むから」
そしてルリまで影響されてしまう。
「いいかいルリ、男を踏んだりしてると、この人たちみたいに変態になっちゃうからダメだよ」
「でも、ハルがルーズ好きだって。じゃあ私もギャルになる」
「くぅ、ルリのギャル風ファッション……凄い破壊力がありそうだぜ」
「えへへ~♡」
凄いプロポーションでムチムチのルリがギャルになったのを想像してしまう。
「そこ、イチャイチャしない! あと、人を変態扱いもしない!」
「ハル君! 私たちを構ってくれないと、後でお仕置きだよ!」
渚と天音がツッコむ。
「くっ、人選を間違えているような……。この人たち怖過ぎなんだけど……」
意図せず最強エッチ女子軍団が勢揃いしてしまっている。
ケーキを食べに行くのなら大人しい彼女と言いたげな春近だ。
そんな事を思いながらも、皆大好きな彼女なのだが。
「はい、どうぞ。特製パンを使ったサンドイッチです」
忍が全員分のサンドイッチを持ってくる。
春近たちがふざけている間に用意してくれていたようだ。
本当に優しくて気配り上手で家庭的で最高の彼女だった。
夜が超激しいのを除けば。
忍は誰よりもエッチで、誰よりも性欲絶倫で、誰よりも凄い持久力と体力で、誰よりもねっちょり変態的だった。
普段の大人しくて穏やかそうな雰囲気とのギャップが凄い。
芳醇な香りのする食パンに挟まれた新鮮な野菜とハムチーズ、たっぷりと入ったタマゴサンド、どれも彩り豊かで食欲を誘う。
普段は開店と同時にすぐ売り切れてしまうのだが、今日は事前に春近から連絡をもらっていて、皆の分の食材を確保しておいたのだ。
「凄い美味しそう! さすが忍さん」
春近が褒めまくる。
「えへへっ、春近くんってば」
島に来てから前髪を分けて顔を出し、より笑顔が増えた忍がニコニコする。
春近に褒めて貰うのが嬉しくてたまらないのだ。
「美味しい! あむっ、おかわり!」
ルリが速攻で食べてしまいおかわりする。
「ちょっと、ルリ……あんたもう少し上品に食べられないの?」
凄いスピードで食べきるルリに、渚がツッコんだ。
「ごめんなさい。来店は二人と聞いていたので、それで全部なんです」
忍が申し訳なさそうにする。
実は、春近が連絡した時はルリと二人の予定だったのだが、途中で渚と天音が増えた為にルリ用に多めに残しておいた食材が四人分に振り分けられたのだ。
「あ、あげないわよ」
「むぅ~っ!」
渚のサンドイッチを見つめるルリと、サンドイッチを取られまいと遠ざける渚だ。
仲良しさんかな。
「はい、モンブランだよ」
あいがケーキとコーヒーを出す。
あいちゃんスペシャルのモンブランケーキだ。
一瞬でルリの機嫌が直り、美味しそうにケーキを食べ始める。
春近は、嬉しそうなルリの顔を見つめ幸せな気持ちになった。
案外人というものは、他者より上にと競い合い奪い合い蹴落とし合い掴む地位などよりも、実は美味しい物を食べる方が幸せなのかもしれない。
都会を離れ、のんびりとした時間が流れる島に渡ってから、そのような実感が強くなった。
「しかし、杏子は漫画家を目指し、黒百合は島おこしで地域活性化、あいちゃんと忍さんは夢を実現させ、皆凄い行動力だな」
春近がしみじみと語りだす。
「あんたも何かしたら?」
すかさず渚がツッコんだ。
「いや、オレは……ゲームにアニメに毎日が忙しいので……」
「…………」
渚がジト目になる。
「ハル君は何もしなくても良いんだよ。私が全部やってあげるからぁ」
天音が『ダメンズ製造機』みたいなことを言い出した。
「あんたに任せたら、あたしの春近がダメ男にされちゃいそうなんだけど」
「そこはオレも渚様と同意見です」
渚と春近が同調する。
天音の思い通りにさせたら、天使のような優しさで身の回りの世話を全てやり、悪魔のような恐ろしさで毎晩調教され、一人で生活できない完堕ち奴隷にされてしまいそうだ。
といっても、渚の超強力な女王スキルのような調教も恐ろしいのだが。
「しかし、平和ね。色々事件が連発していた頃が懐かしいわ」
渚が昔を懐かしむような目になった。
「渚様、平和なのが一番ですよ。もう変な事件はこりごりです」
「ハル、どんな敵が来ても、私がドカーンってやっつけちゃうから大丈夫だよ」
ケーキを食べ終わったルリが、腕に力こぶを作りたのもしい発言をする。
白くて綺麗な腕に意外と逞しい上腕二頭筋が素敵だ。
「もう敵は来ないだろ」
「伝説の陰陽師に、伝説の大妖怪、そして巨大隕石……次は宇宙人とか?」
「ルリ、変なフラグを立てちゃダメだよ。宇宙人なんか攻めて来ないからね」
春近の話にルリがフラグを立てようとするが、さすがに宇宙人が攻めて来ることは無いだろう。
――――――――
美味しいパンやケーキを食べ大満足の一行が帰宅する。
「ただいまー」
ドタドタドタドタドタ!
春近が寮に入ると、けたたましい音を立てて栞子が迫ってきた。
「旦那様! 何処に行っておられたのですか!?」
「し、栞子さん……どうしたんです、そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたもありませんわ! 今日が何の日かご存じですか?」
「えっと……ゲームの新イベント開始日とか?」
「ぶっぶっぶーのぶーですわ!」
「えっ、テンション高いですね」
栞子がノリノリだ。
「今日は、わたくしの番ですわよ!」
「うっ……そうだった……」
わたくしの番とは、アリスの作ったエッチローテンション表の栞子の日なのだ。
「さあさあ! 目眩く官能の世界へ! わたくしと本番連発で子づくりですわぁぁぁぁ!」
「ううっ、栞子さん、相変わらずですね……」
自称正妻だがイマイチ運の無い栞子が、島に渡ってから晴て正規ヒロインの座を射止めたのだ。
もちろん、夜の営みも前のめりで、春近としては0.01ミリ的な物に細工されて『ラッキー子づくりですわー!』な展開を避ける為に、栞子の用意した物を使わず自分で用意する徹底ぶりだ。
まだ学生なのに親になるのは避けたいのである。
「さあさあ! まぐわいですわ! 夜伽ですわ!」
「まだ明るいですよ」
「わたくしは構いません」
「栞子さんも、かなりのエッチ女子ですよね……」
もう我慢できない栞子を連れ部屋へと急ぐ。
家や棟梁としての重圧で壊れかかっていた少女は、全ての枷を脱ぎ捨てて、今は自由に跳ね回っていた。
若干自由過ぎる気もするのだが。
「ちゅっ、んっ……」
二人の影が重なり、キスをしたままベッドへと倒れる。
栞子にとって、目眩く官能の世界が始まろうとしていた。