第二百六十九話 最果ての夢
鈴鹿杏子――――
一見地味に見えるオタク少女だが、実は妙に色っぽい春近の彼女。
鬼の血筋なのに戦闘力皆無で普通の少女のようだったのは昔の話。
実は、この世の理を覆し無から有を生み出す究極の力、創造スキルを使う鬼神である。
彼女の能力はそれだけではない。
慧眼や創造という恐るべき鬼神の力を持っているだけでなく、ある分野に於いて素晴らしい才能を発揮しているのだ。
そう、ネット界では知る人ぞ知る伝説の人気絵師三明剣杏華その人である。
「杏子、あと少しだよ」
「はい、不肖杏子一兵卒から22階級特進した杏子上級大将が頑張るであります」
漫画を描く杏子を春近が手伝っていた。
月間デモンズの新人漫画賞に応募するのだ。
大賞を取れば、そのままデビューが決まる。
杏子は御主人様の春近により上級大将に22階級特進したのだが、未だに一兵卒の雰囲気だ。
司令官より春近御主人様のエッチなペットにされたいとか、心の中はアブノーマルな気持ちでいっぱいだった。
ともあれ今は漫画に全力集中だ。
月刊誌の公募に挑戦する為の原稿が仕上げに入っていた。
このコンテストで大賞を取ればデビューが確約されているのだ。
杏子の幼い頃からの夢である漫画家への一歩として、鬼気迫る表情でペンを入れている。
デジタルも使用しているが、やはり最後は手描きで仕上げをする。
絵に魂を込めるように――――
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!!!」
杏子が凄いスピードで原稿を仕上げて行く。
もはや存在そのものが鬼神のようだ。
いや、鬼神なのだが。
「できました!」
「やった! やったよ杏子!」
「春近君! やりました!」
漫画原稿が完成した。
春近は杏子と二人で手を取り合って踊る。
「ま、待て、杏子。ここで油断してはいけない。原稿を濡らさないようにして、封筒に入れて確実に郵送するまでやらねば」
春近が注意喚起する。
ここでインクのビンでもひっくり返して原稿を台無しにしたら最悪だ。
「そ、そうでありました。油断大敵であります。ご、御主人様とのご褒美エッチは全て終わらせてからであります!」
ご褒美エッチとか言いながら、照れて真っ赤になってしまう。
ちょくちょくドエロい発言やド変態な発言が多いのだが、春近と付き合って普通にエッチするようになってからは逆に恥ずかしいのだ。
ご褒美エッチを思い出してしまうのだから。
原稿が雨でも濡れないようにビニール袋に入れ密封し、折れ曲がり対策で薄い段ボールも入れておく。
宛先を何度もチェックしてから封をする。
「よし、出しに行こう」
「はい」
二人は島に一つしかない郵便局に出掛ける。
仲良く歩いて寮から港方向にある街へと。
「しかし、人生分からないものですね」
唐突に杏子が人生を語りだした。
「ん? どうしたの?」
「私がこうして漫画を描いているのが不思議に思ったのですよ。一度は諦めてしまったのに」
「杏子……そういえば、昔はネットで伝説の絵師と呼ばれていたとか?」
「はい、あの頃は……ただ絵を描くだけで楽しくて。ネットにアップした時の、見知らぬネット民の皆様に褒めて貰えるのが嬉しくて描き続けていたのです。でも……ある日、私は特級指定妖魔として監視対象になり陰陽学園に入学させられることになって……」
春近は真剣に聞いている。
杏子が学園に入学する時の話を。
「私は伝説の鬼神である鈴鹿御前の末裔。鬼神の力の転生者。私自身は何の力も無い何の取り柄も無い人間だと思っていたのに。そして色々と諦めてしまい、私は筆を折ったのです」
「杏子……」
春近が杏子の肩を抱く。
「でも、陰陽学園に入学して、春近君と出会って。それからは凄く楽しい毎日で。そりゃ、危険なことや事件に巻き込まれちゃったりもしたけど、春近君がいてたくさんの友達もできて。私がもう一度絵を描きたいと思ったのも、春近君のおかげなのですよ」
「うん……うん……」
春近の方が泣きそうになってしまう。
こういう話には弱いのだ。
「だから、人生って分からないものだと思って……。あの時、あそこで春近君に話しかけなかったら、今とは全く違う生き方をしていたかもしれません。春近君と出会えて、そして好きになって……本当に良かったです」
杏子が熱い瞳で見つめてくる。
ここはキス待ちモードのようだ。
「杏子……」
「春近君……」
二人の顔が近付き、目を閉じてくちびるとくちびるが触れそうになる。
「いやぁ~鬼神様、今日も熱々ですねえ」
「鬼神様ったら、ラブラブで羨ましいわぁ」
「ああぁーっ! 鬼神様がエッチなことしてる~」
「見ちゃいけません! 子供にはまだ早いのよ!」
唐突に路上でラブシーンをしそうになる春近と杏子に、通りすがりの島民達から冷やかしの声がかかる。
もう、いつものことなのだが。
「杏子……帰ってからにしようか」
「は、はい、先に原稿を送るのであります」
二人は、島に一つしかない郵便局で原稿を出した。
どうか受賞しますようにと願いを込めて。
――――――――
春近と杏子は寮へと戻り一息つく。
ここ、緑ヶ島改め鬼ヶ島の寮は少し豪華な造りになっていて、狭かった本土にある陰陽学園寮とは比べ物にならない。
部屋に彼女たちを呼んでも大丈夫そうだ。
と言っても、あの凄まじいエッチ女子を全員呼んだら大変な事態になりそうなのだが。
後から分校に転校してきた藤原たち同級生は、新たに別の寮を用意してそちらに住んでいる。
つまり、この鬼神たちの寮は完全に春近ハーレムであり愛の巣なのだ。
ハーレムで愛の巣といえば聞こえがいいが、実際はドS彼女たちに太刀打ちできないので全く主らしくはないのだが。
「あ、あの、春近君……」
「どうしたの?」
「今日は私の番ですよね……?」
「う、うん」
杏子が言う『私の番』とは、アリスが作ったエッチローテーション表の順番である。
超強くて超エッチな鬼神少女が全員で迫ったら、さすがに鬼神王の春近でもエッチのやり過ぎで早死にしてしまいそうだ。
アリス(ママァ)の配慮で、基本一日一人週休二日制になっていた。
毎日したいルリや渚や天音や忍は欲求不満が溜まっているようなのだが、彼女を公平に扱う為には仕方がないルールなのだ。
「春近君……いえ、御主人様……」
「杏子、今夜はアブノーマル系で行くのか……」
「ふひっ、ド変態の御主人様の攻めならば、この杏子上級大将、全て受けきる覚悟であります!」
「ど、ド変態なのは認め……いや認めてないけど、攻めは苦手なんだよ」
上級大将なのに奴隷という設定はスルーした。
「またまたぁ、春近君ってたまにドギツくなったりしますよね」
「いや、あれは二次元的な何かが憑依しただけなのに……」
二人が少し変態ながらも良い感じになったその時――
コンコン! ドォォォォーン!
「春近、会いに来てあげたわよ!」
「あっ……」
「あっ……」
「うっ……」
突然入ってきた渚に、その場にいる全員が固まってしまう。
ううっ、渚様――
ノックと同時に入ったら意味が無いです……
「えっと……邪魔したわね」
明らかにションボリした渚が出て行こうとする。
寂しがり屋の渚は、自分の番ではなくても頻繁に会いに来るのだ。
常にくっついていたがるのに、それを指摘すると『そんなわけないでしょ!』と怒り出すのが可愛いところだ。
ガチャ――
ガチャ!
「ねえ、杏子」
一度出たはずの渚が、すぐ戻って来た。
「もし杏子が良かったらなんだけど、次のあたしの番を飛ばす代わりに、今夜は一緒に春近としない?」
渚がとんでもないことを言い出した。
普段は天音と二人で『二人女王様よ!』などと苛烈な調教をすることはあるのだが、杏子との組み合わせは初めてだ。
「いや、ちょっと渚様……そんなの杏子が同意するわけないでしょ」
「春近には決定権が無いから黙ってなさいね」
「ちょっと、渚様! オレの扱いがヒドいです」
少し考え込んでいた杏子が閃いたように叫ぶ。
「それだっ!」
「えっ、杏子……どうしたの?」
絶対に杏子は断ると思っていた春近が驚く。
「それですよ! 『女王様はわきまえない~側近男子を調教しまくり~』です!」
杏子が前に描いていた18禁同人誌の名を上げる。
「そう! それよね!」
渚が杏子に意気投合してしまう。
「いやいやいや、何がそれだよ!」
「女王様に側近男子の春近君がド変態に調教され、その春近君の奴隷の私まで一緒に巻き込まれてしまい……。そして、女王が見ている前で、春近君と私が羞恥の合体を強制され……フォォォォォォォォォォーッ! みなぎってキタァァァァァァァァァーッ!」
杏子が色々みなぎってしまった。
まさかのコラボレーションだ。
「しまった……ドS女王の渚様に、ド変態女子の杏子が協力かよ。これ、とんでもないド変態ドS調教になっちゃうじゃないか……。もうおしまいだぜ……」
春近は、新たな最強コンビに戦慄する。
「ふふふっ、春近、もう諦めなさい! じっくりたっぷり調教してあげるわ」
渚の魔眼のような美しく鋭い瞳が光る。
「ご、御主人様……私たちはこうなる運命だったのです。受け入れましょう」
杏子が妖しい目をしている。
完全に妄想でいっぱいのようだ。
「ふっ、長い夜になりそうだぜ……」
春近は悟りの境地になった。
エッチ女子の暴走は、ほぼ毎日なので慣れっこだ。
――――――――
――――――
――――
翌朝
フラフラになった春近と、お肌ツヤツヤで笑顔の二人が部屋から出る。
一緒にエッチで杏子と渚の仲も深まったようだ。
本来なら全く接点の無さそうな二人の女子が、春近を通じて仲良くなるというのは奇跡のような出来事だろう。
楽しそうに話す二人の彼女を眺め、春近は少しだけ笑顔になって見守っていた。