第二十七話 絶対服従
大嶽渚が悠然と歩を進める。もの凄い迫力で。
ゆっくりとした動作なのに、誰も逆らえぬ女王然とした迫力がある。
仲良くしようとして来たはずの春近は、いきなりピンチを迎えていた。
「ふふっ、すぐにあたしのモノにしてあげるわ」
「大嶽さん、ちょ、ちょっと待って!」
「ダメ! 待たない!」
有無を言わせぬ態度で春近の前に立った渚は、いきなり命令をした。
「そこに跪きなさい!」
ガクッ!
(うっ、か、体が……勝手に)
春近の体が、渚の命令通りに勝手に動いた。
渚の前に跪き、芸術品のように美しい彼女の脚に平伏した。
「あたしの強制の呪力には、誰でも絶対服従なのよ!」
(まさか、命令した通りに他人を動かせるのか……? こんなの、どうしようもないじゃないか!)
「渚っちー! あんま酷いことしちゃダメだよ」
あいが庇ってくれている。
一体、彼女はどっちの味方なのか。
「分かってるわよ。でも、酒吞瑠璃の悔しがる顔を見たいから、ちょっと我慢してね! まあ悪いようにはしないから安心なさい!」
(安心できないって! もう不安しかないぞ)
春近は心の中でぼやく。こんな状況で安心できる訳がない。
「そうね、じゃあ……とりあえず服従の証として、あたしの足にキスしなさい!」
(はああああぁぁぁぁーっ!? な、何でそんな変態プレイを! この大嶽さんって……もしかして、いやもしかしなくても……)
やっぱり酷いことになるのだが、春近は自分がドSホイホイな自覚が無い。
どうやらドS女王を引き寄せてしまったようだ。
シュルシュル――
渚はタイツを脱ぎ、椅子に座って足を春近に向ける。
角度的に下着が丸見えだが、気にするそぶりも無く不敵な笑みを浮かべていた。
鋭い目つきでありながらも凄まじい美しさを放つ彼女から、高貴ささえ感じさせる美しい脚が向けられる。
もう、春近の目の前には渚の足の裏が迫っていた。
「ほらほら! 早くしなさい!」
(ダメだ……体が勝手に……逆らえない……)
「ふふっ……そう、そうよ、あたしの足にキスをするの」
グギギギギギギギ――
春近は抗うこともできずに、体がどんどん足へと吸い寄せられて行き、春近の眼前に渚の足が迫る。
もう春近の顔が渚の足にくっつきそうなくらい。
そして春近は、渚の足の裏にキスをした。
チュッ!
「はぁ……はぁ……そうよ、そのまま舐めなさい! 指の間まで丁寧に舐めるのよ」
春近の舌が彼女の足の裏を滑って行く。
ツツツゥーッ!
「あっ、あぁ……ゾクゾクする……。いいわ、もっとよ。もっと舐めなさい」
(ドS過ぎるだろぉぉぉぉ――――――――! 何だこれ! 何だこれ!)
春近と渚がトンデモナイ事態になっているのに、あいは横でそれを眺めながらニヤニヤしているだけだ。
「渚っち、あんまりやりすぎちゃダメだよー」
(おおぉおぉい! あいちゃん、止めてくれないのかぁああああ!)
春近の心の叫びも空しく、渚は益々調子に乗っている。
「ほら、指と指の間もしっかり舐めるのよ! もっと間に舌を入れて」
渚の要求が更にエスカレートしてきた。
言いなりになった春近は、足の指の間にまで舌を差し入れ丹念に舐め上げる。
チュッ、レロッ――
「んんっ……ふぅっ……もっと! もっと舐めなさい!」
大嶽渚は、未だかつてない程の興奮状態にあった。こんな気持ちは初めてだ。
自分でも何故だか分からないのだが、初対面の男に突然こんなことをさせてしまい、正体不明の感情で昂ってしまっている。
春近といえば、こんな変態的な場面を誰かに見られたらと思って気が気でない。
(ダメだ……こんなの恥ずかし過ぎる……。こんな所をルリたちに見られたらどうしよう……)
ガラガラガラ――――ドーン!
丁度その時、春近たちの後ろにある扉が開き、数人が教室に飛び込んできた。
「ハル! 大丈夫!」
最初にルリが、続けて咲と杏子が、最後に栞子が順に教室に入った。
「「「あ…………」」」
そして全員固まってしまう。
決定的な変態シーンを目撃してしまったのだから。
「コラぁ、ハルぅうううう! 足なら誰のでも良いのかよー!」
咲が怒り出す。
(違ぁぁぁぁぁーう! だ、ダメだ、声が出ない……。強制の呪力で従わされていると言いたいのに)
誤解を解きたいのに、依然、春近の舌は渚の足だ。
(もしかして、遠くで監視していた栞子さんが、異変を感じてルリたちに救援を頼んだのか? しかし、最悪のタイミングじゃねぇかぁあああ!)
渚はルリを見ると、ニヤッと笑みを浮かべた。
「あっはっはっは!、酒呑瑠璃! あんたの大事な男は、もうあたしの奴隷なのよ! どう、悔しいでしょ!」
「ぐっ…………」
渚の挑発に、ルリは凄まじい威圧感を出して近づいて行く。
「ちょ、それ以上あたしに近付かないで!」
ガタンッ!
危険を感じたのか、渚は術を解き立ち上がった。
「ぐっ、くはっ! あっ、体が自由になった!」
春近が術から開放された時には、もうルリと渚の二人が向かい合う形になっている。
(マズい、止めないと! このままだと大乱闘になりそうだ。しかも、相手は二人いる、二対一ではルリが不利だ)
「待って! ケンカはダメだ!」
二人を止めようとした春近が、ルリを庇うように二人の間に入る。
ギュッ!
「はるっち、危ないから離れてた方が良いよ」
羅刹あいにより春近が捕まる。羽交い絞めにしたまま、春近を引きずって行く。
「お、おい、あいちゃん?」
「ほらほらぁ。こっち」
「二人を止めないと」
「危ないよー」
春近とあいが離れたことで、ルリと渚が完全に戦闘モードだ。
奇しくも、ここに特級指定の鬼の転生者が三人集まり、一触即発の状態になってしまった。




