第二百五十三話 英雄の凱旋
春近たちを乗せたヘリは東京上空を旋回し、霞が関のヘリポートへと降りて行く。
日が傾き始め、オレンジ色に照らされた街は不思議な懐かしさがあった。
皆で守ったその街は、割れたガラスや看板を片付けたりする人や、道に座り込み酒を飲んだり騒ぐ人で溢れている。
皆、死の恐怖から生還して、時に皆で酒を飲み騒いだり、時に親しい人と抱き合い生への実感を得たり、時に用もなく街に出て泣き叫んだりと様々だ。
春近は、ヘリの窓から見える景色を眺め、去年から色々あったルリたちとの出来事を想い感傷に浸っていた。
この辺りは懐かしいな――
クーデターの時に、装甲車に乗って突撃して……
あの時は、和沙ちゃん達は敵だったんだよな……
今では仲良くなって一緒に……
春近がニヤニヤしながら自分の顔を見ているのに気付いた和沙が文句を言う。
「お、おい、ハルちゃん。何で私の顔をジロジロ見て笑ってるんだ?」
「え、ええっと……」
「それはね、きっと和沙ちゃんのエッチな顔を思い出してたんだよね? ハル君!」
春近が言葉に詰まっていると、天音が和沙を茶化してくる。
「な、な、な、にゃにおぉ! は、破廉恥だぁぁぁ!」
「破廉恥なのは和沙ちゃんだよねっ。あんなにエッチな顔で何度もおねだりしちゃって」
天音が和沙の耳元で囁く。
「わあああああっ! わ、私は何てことを! さっきは気分が昂って色々やってしまったが、冷静になって考えると皆の前であんなコトやこんなコトをぉぉぉ!」
いつものようになった和沙に、春近が助け船を出してあげる。
「あの、天音さん……あんまり和沙ちゃんをからかっちゃダメですよ」
「はーい、ハル君がそう言うなら。私って好きな子には色々とからかいたくなっちゃうの」
「や、厄介な性格だな天音。そ、それより、ハルちゃん! さっきの私の痴態は全て忘れるんだ!」
実は、先程のホテルでの一件で、途中から和沙の甘えん坊がもの凄い勢いで発動し、若干他の子が引き気味になっていたのだ。
春近としては全員からのエチエチ地獄攻めで、何度も気を失いかけてそれどころではなかったのだが。
「まったく、気にすんなよ。和沙は毎回あんな感じだし」
咲にツッコまれる。
「ちょっと待て! 恥ずかしさでいったら咲の方が凄かっただろ。アホ丸出しな涎垂らした蕩け顔を晒してたくせに」
「うっわあああああああぁぁぁぁぁぁ! やめろぉぉぉぉぉ! やっぱりエッチは二人っきりの時にするべきだった! アタシのバカぁぁぁぁぁ!」
最終的に自爆したのは咲だった。
これも、いつものことだ。
「もうやめて~! 周りに人が居るのに。恥ずかし過ぎるだろ!」
春近の言うように、周囲の自衛隊員が笑いを堪えていたり何かに耐えているような微妙な空気になっている。
「まったく、不本意です……」
「同じく……頑張ったご褒美が欲しい……」
「あはは……まあ、春近君も限界だったみたいだし……」
「春近、エッチも平等にするのがハーレム王の務め」
「ま、まあ、私は良いものを見せていただけで妄想が捗るでありますが……」
ご褒美にありつけなかったアリスと一二三と遥と黒百合と杏子から文句が出ている。
春近が、ちゃんと埋め合わせするまで文句は続きそうだ。
――――――――
総合庁舎のヘリポートへと春近たちを乗せたヘリが着陸する。
春近がヘリから降りると、待ち兼ねていたかのように晴雪と賀茂と大津が走り寄って来た。
「春近、よく無事で――うおあっ!」
晴雪が春近に近付こうとしたところ、後ろから賀茂が押しのけて春近に突進する。
「春近君! 良かった、無事だったのね! 凄いわ、本当に隕石落下を防ぐだなんて! もっ、キミは救国の英雄よ! むちゅ! むちゅ!」
「ちょ、な、何するんですか!」
春近に抱きついた賀茂は熱いキッスの嵐を御見舞いする。
余りの予想外の行動に、隣にいるルリと渚が目を丸くして固まってしまった。
「ハルぅぅぅぅぅ~」
「また、あんたは他の女と……」
「ち、違う! オレ何もしてないよね!」
久々に再会した恋人のようになっていた賀茂だが、突然我に返り春近を突き飛ばす。
「きゃあああっ! もう、何なの! 私には孝弘さんという心に決めた人がいるのに!」
「ええっ…………」
自分からキスしたのにも拘わらず、賀茂の文句は止まらない。
「危ない、危ない! もうっ、そうやって女を堕としているのね! こんなに私の心を掻き乱すだなんて! 何て恐ろしい子なのかしら! 危うく術中にハメられて恥ずかしいおねだりをするところだったわ! ほっんと、とんでもない淫獣クソガキね!」
「何なんだこの人……理不尽過ぎる……」
賀茂には0.01ミリの件とか色々言いたいことが多かったが、言うと余計に面倒になりそうなので春近はそのままスルーした。
「春近よ、よく無事じゃったな。本当に、よくやってくれた……」
賀茂に突き飛ばされていた晴雪が、気を取り直して春近に話し掛ける。
「じいちゃん……」
「ありがとう……本当にありがとう……。春近とお嬢ちゃんたちは、皆の命の恩人じゃ」
後ろでバツが悪そうにしていた大津審議官が、突然春近たちの前にやって来て土下座をした。
「あ、ありがとう! 娘を救ってくれて……本当に感謝している」
「もう、土下座はいいって……別にあんたの為にやったわけじゃないし……」
大津は起き上がると、ルリたち一人一人のところに行き頭を下げた。
「今まで失礼なことをして申し訳ない。私は、今まで鬼と呼ばれる貴方たちを排除するのが、公共の正義の為だと信じて疑わなかった。しかし、今回の件で私が愚かだったと思い知ったのだ。貴方たちにも私の娘と同じように、大切な人や夢や希望があるという当然のことに……。正義の為と言う名目で、他の誰かを傷つけたり排除してしまうだなんて、そんなことが許される訳はないのだと。本当に、本当に申し訳なかった」
人とは残酷な生き物なのだ――――
集団からはみ出す者や人と違った者をターゲットにし、イジメや排除をして集団の結束を高めたり快楽を得ようとする。
時にそれが誰かの命を奪うような悲惨な結果になるとしても。
なおも頭を下げている大津を見て春近が思った。
このオッサンはマシな方なのかもしれない――
自分で気付けたのだから……
世の中には、一生それに気付かず平然とイジメを続けたり排除したりする人が多いからな。
「そうじゃ、春近よ」
「ん?」
「首相が面会を希望しているようなのじゃが。何か勲章や栄誉賞も検討しているとかで」
「ええ……っ、いや、オレは目立ちたくないから……」
「まあ、春近ならそう言うと思っておったがの」
オレは静かに平和な暮らしがしたいだけなのに。
有名人になっちゃったら、外歩くだけでも大変じゃないか。
エッチな本とかゲームを買ったのを、誰かに見られてネットで晒されたらとうするんだ!
「そうだ、思い出した! ジジイ! お寿司と焼肉を奢るって約束どうなったの!」
ルリが前に晴雪と約束した事を思い出す。
相変わらず食いしん坊だったりするのはご愛敬だ。
「おおっ、勿論、忘れてはおらぬぞ」
「ちょっと待って!」
晴雪が喋ろうとしたところを、渚が割って入る。
「クーデターを鎮圧して、玉藻前を倒して、蘆屋満彦を確保して、そして隕石から東京を救った御礼が、まさか寿司や焼肉だけじゃないでしょうね!?」
「ナイス、渚様!」
春近はグッと手を握った。
お金のことは言い難かったから黙ってたけど、これだけ貢献しているのだから少しは貰っても良いよな。
前はコタツ一つだけだったし……
「元から陰陽庁の予算で、緑ヶ島移住時に生活費として十分な額を出す予定なのじゃ。今回の東京を救った件でも政府から報奨金が出るはずじゃが……」
「やったー! 焼肉食べ放題だぁーっ!」
「やったー! 漫画とアニメとゲームと、あと何か色々買い放題だぁーっ!」
報奨金と聞いて、ルリと春近が一緒に大喜びする。
まさに似た者カップルだ。
「あ、あんたたち…………」
あり得ない程大きな功績に対して、小っちゃなことで喜んでいる二人を見て、渚が眉間を押える。
そんなこんなで、全員無事に学園へと帰還を果たす。
まだ道路は混乱しており、自衛隊ヘリで学園まで送ってもらうことになる。
行きの死ぬかも分からない緊張感と違って、帰りは皆笑顔で気分も緩み切っていた。
「そうだ、これ、使わなかったな」
ルリが何かのチケットを出した。
「あれ? ルリも持ってきてたのかよ?」
咲も同じチケットを出した。
それに続くように、皆も同様のチケットを出し始める。
「あれ? それって俺が渡した……」
それは、春近がバレンタインのお返しにと渡した『何でもする券』だった。
大事にとっておいて、いざという時に使うと言っていたチケットだ。
「もし、隕石を落とすのが無理だったら、ハルだけは逃げるように命令しようと思って。何でも言うことを聞かなきゃダメだもんね」
「ルリ……」
「あんたも同じことを考えてたの? あたしも春近だけは逃げるように命令しようと思って。まあ、あたしが命令すれば逆らえないんだけど」
「渚様……」
皆、口々に同じことを言う。
考えているのは同じだった。
何でもする券を使って、春近を生かそうとしていたのだ。
「そんなの! そんなの聞けるわけないだろ……。オレは、皆を見捨てて自分一人だけで逃げるなんて絶対に嫌だ!」
春近に対し、渚は『そんなのお見通しよ』と言った顔をする。
「ふふっ、あんたの本心は、あの時に聞かせてもらったからね」
「ハルが私たちを守ろうとした事、すっごく嬉しかったよ」
「渚様、ルリ、皆……」
彼女たちは春近の愛が本物だと知ったのだ。
あの時、隕石が落ちるその刹那、春近は彼女たちを守ろうと身を挺して覆いかぶさった。
世の中で、確かなものや信じられるものなど本当に少ないのかもしれない。
だが、まるで砂漠で一粒の砂粒を見つけるくらいだとしても、本物が存在しているのだと願う。
確かに春近と彼女たちは、固い絆で結ばれているのだと。




