第二百四十九話 星を撃ち落とす者
隕石落下の数時間前になり、杏子のスキルが発動した。
そうなのだ、いつだって、これまでも、どんな時でも、杏子は必要不可欠な存在なのだ。
本人は謙遜しているのだが、物事の本質や真理を見通したり、見た物を再現してしまったり、無から有を生み出してしまったり、この世の理を覆してしまうような究極の能力の持ち主だ。
そう、慧眼の呪力と、創造の呪力!
「もしかして……杏子って……凄い人なのでは……。普段は少し変態系好きでちょっとコミュ障のオタク少女だけど、実は異世界だろうと無人島だろうと生きて行けそうなチートスキル持ちなのでは……。ヤバい……カッコええ……」
何か、春近のオタク心に凄く刺さった――――
「杏子! 結婚してくれ!」
「ぶっぅ、ふぁあああああああーっ!」
春近の突然の求婚で、杏子が鼻血を吹きそうになる。
まだ創造スキルを使っていないので、今鼻血を出すわけにはいかない。
「は、はい! 喜んで!」
二人の結婚が決まった。
これで仲睦まじく永遠に。
「ちょ、待てやぁぁぁぁぁ!」
「ハぁぁぁルぅぅぅ~」
「あたしを差し置いて、なに結婚してんのよぉぉぉ!」
「ハル君ぅ~ん! 私も結婚したい~」
「ハルちゃん! 裏切ったら死あるのみだと言ったはずだよな!」
数人の彼女が春近に掴みかかる。
緊急事態なのに、そこは譲れないらしい。
「ちょっと待って! これは違うんだ、『俺の嫁』という意味で」
「同じでしょ! 春近! ふざけてるのかしら!」
「ハルぅ~ 私とも結婚しないとボッコボコだよ~」
「ハル君、私、セフレでも愛人でも良いから側に居たいのぉぉぉ~」
「ハル! アタシにも後で超サービスしてもらうからな!」
「魂の契約は絶対だと言ったはずだぁぁぁ!」
「ちょっと! 今は非常事態だから! 後で、後で大サービスするから!」
特に五人の過激な彼女に捕まって、春近はもみくちゃになっている。
「はるっち面白い~」
「もう時間が無いです。早く進めるです」
アリスは文句を言いながらも内心は喜んでいた。
それまで成功確率がほぼゼロだったのが、栞子の持ってきた巨石と杏子の言動で確率が急上昇した。
そして、緊張でガチガチになっていた彼女たちが、結婚の話で緊張が解け活力もアップしたのだ。
一石二鳥である。
「では、やってみます!」
杏子が殺生石とトレーラー型地対空迎撃ミサイルを触った後、空に手をかざし呪文のようなものを唱える。
因みに呪文詠唱は、杏子が本当に究極呪文を詠唱しているのか、中二っぽいことを言っているだけなのかは不明だ。
いずれにせよ、杏子の集中力が極限状態に達した時、魔法術式も物理法則も覆し世界を改変するような究極の力が発現するのだった。
「神羅万象を司る北極星の天宮に願い奉る。この世の理ことわりを覆し天壌無窮の彼の地より、星を穿つ究極の兵器をここに!」
殺生石と地対空迎撃ミサイルと牽引車両が、まるで異空間に飲み込まれるかのように消失して行く。
存在そのものが分解され全く別の物へと改変されるかのように、何か異様で巨大な構造物が構築されて行く。
「ぐっ、ぐぐぐっ、ぐはっ!」
杏子の顔が苦しそうに歪む。
これまでとは比べ物にならないような、巨大で超科学的で超呪術的な究極兵器を生み出そうとしているのだ。
凄まじい呪力の消費があるのだろう。
「ぐあぁぁぁぁぁーっ! 創造! 超電磁加速砲!」
目の前に超巨大な砲塔が出現した。
世界最大の主砲であった戦艦大和の46センチ砲よりも大きいように見える。
巨大な建造物を生み出した杏子は、鼻血を噴いて倒れる。
「杏子!」
地面にぶつかる寸前で、春近が彼女を受け止めた
「大丈夫か、杏子!」
「は、春近君……私も少しは役に立てましたか……」
「杏子は凄いよ! いつだって役に立ってる。大切な存在だよ!」
「良かっ……た……がくっ……」
「おい! 杏子! 死ぬな! 目を開けてくれ!」
杏子が力尽き、体から力が抜けて行く。
「あ、あの……キス……してくれたら、復活できそうな気がするのであります……」
「え、ええっ!」
春近が周囲を見回す――――
他の彼女たちが、今回ばかりは仕方がないといった顔をして頷いていた。
「杏子、行くよ……ちゅっ」
「よっしゃ、キタァァァァァァァァァー! 御主人様のキスで復活キタァァァァァ!」
何だかよく分からないが、杏子が復活した。
もしかしたら、誰よりも逞しいのかもしれない。
「えっと、それで、超電磁加速砲は成功したの?」
春近が質問する。
「はい、ご覧ください!」
鼻血を流して多少ふらつきながらも、活き活きとした表情で杏子が解説をする。
早口になるオタク的な感じに。
「呪力を帯びた殺生石を重さ4tの金属弾頭に変換させました。巨大砲身の中に二本の電極棒レールを入れ極大電流を流すことで弾頭を超加速させます。十三のエネルギー注入装置に一人ずつ入り呪力を込め電力に変換させ、春近君が十二人の彼女と呪術回路を構築して全てリンクさせます。酒吞さんの空間支配と比良さんの重力制御を使い、更に初速をアップさせ超超音速で発射させます。その時に、荷電粒子を亜光速まで加速させ同時に発射することで、目標に命中した時に反物質が対消滅を起こし超破壊力を実現させます! 弾頭と荷電粒子のエネルギー損失を呪力で極限まで抑えたまま命中させる、科学と呪術を融合させたチート兵器ですよ!」
「うーん、よく分からないけど何か凄い! アニメに登場する超兵器みたいだ!」
もう、理解の範疇を超えてしまっているが、とにかく何か凄いのは分かる。
これなら隕石も破壊できる気がしてきた。
「玉藻前の殺生石には悪いが、宇宙まで飛んで行ってお星さまにでもなってくれ」
「ねえ、玉藻前って九州でやっつけたんじゃないの?」
春近が、弾頭になった玉藻前の石に詫びを入れつつ、ロマンティックな事を言っていると、ルリが疑問を投げかけてきた。
確かに玉藻前の怨霊は九州で倒したのだ。
トドメを刺したのはルリだった。
「玉藻前ほどの存在になると大災厄と呼ばれ、その力は神の荒魂に匹敵するほどなのですわ。完全に消滅させるのは不可能だと思います。少しでも触媒となる殺生石の破片があれば、人間の悪意を糧として力を蓄え復活するのかもしれませんわね。次は千年後くらいに……」
栞子がルリの疑問に答えた。
殺生石の破片は、まだ世界の何処かに残っているかもしれない。
復活するのが千年後くらいなら、その時の人たちに頑張ってもらおう。
それか、次はアニメの萌えキャラみたいな九尾娘になってくれていたら助かるのだが。
「栞子さん……ありがとう……栞子さんが殺生石を運んできてくれたお陰で、隕石を破壊する可能性が出てきたよ。ケンカしている最中だったのに、手伝ってくれるなんて……」
「当然ですわ! わたくしは、旦那様の為なら世界を敵に回すことも厭わないですので!」
栞子の存在を頼もしく思うも、春近は考えていることがあった。
栞子さん……本当にありがとう――
でも、ここは危険なんだ。
例え隕石を破壊できたとしても、衝撃波で吹き飛ばされるかもしれないんだ。
「栞子さん、ここは危険だから、離れた場所まで移動して待っていてくれ」
「い、嫌です! わたくしも、ここで見守っていますわ!」
そこは想定済みとばかりに春近は声を上げる。
「すみません、自衛隊の方々ぁああ!」
「はっ! 了解しました!」
自衛隊員が栞子を捕まえてヘリの中に押し込む。
「ちょ、何するんですか! おやめなさい! ぐえっ!」
そのまま栞子を乗せたヘリは飛び立って行く。
「旦那様ぁぁぁぁぁぁぁぁ! わたくしは諦めませんわよぉぉぉぉぉぉ!」
栞子の絶叫を響かせて、ヘリは空の向こうに消えて行った。
――――――――
東京の某テレビ局では、例の女子アナが殆ど睡眠もとらずに放送を続けていた。
「皆さん! 諦めないで下さい! 今、決死隊の少年少女たちが隕石を食い止める為の作戦を実行しています。希望を捨てないで下さい! まだ終わった訳ではありません! 例え隕石を破壊しても、マッハ円錐と呼ばれる衝撃波で窓ガラスが割れる可能性があります。窓のそばから離れて下さい。できれば地下室のある場所に! 命を守る行動をして下さい!」
何千何万と続く歴史の中で、人々は数々の災害や天変地異に苦しみ倒れ、そしてまた一から積み上げて来た。
多くの悲しみも苦しみも消えず、また新たな悲しみによって人の記憶も流されてしまう。
連綿と続く悲しみの連鎖の中でも、人は何度も乗り越えて歴史を紡いできたのだ。
そして今、長い歴史の中で悪役として存在し続けていた鬼が、表舞台に立ち救世主としてその名を知らしめようとしているのだった。




