第二百四十六話 彼女達の葛藤
隕石落下のニュースやネットの情報が拡散し、学園内の生徒たちも大混乱になっていた。
混乱して泣き叫ぶ者、何処かに逃げようとする者、死ぬ前に好きな異性に告白しようとする者。
人間は生命の危機に陥ると出生率が上がるというが、今まさに誰かと繋がりたいと願う本能なのか。
それは、最後の時に誰かに側に居て欲しいという感情なのかもしれなかった。
アリスは春近の手を引き、皆から少し離れた場所まで連れて行く。
「アリス、どうしたの?」
「春近……今回のミッションは、危険過ぎです。春近は、参加しない子を連れて逃げるのです」
「アリス、それはどういうこと!? アリスはどうする気なの……」
「わたしは……誰か参加する子がいるのなら、それを手伝うです。わたしの呪力、因果律や確率や命中率を変動させる能力がなければ、そもそも作戦は成功しないのです」
アリスは作戦に参加する決意を固めていた。
「それじゃあアリスはどうなるんだ! なら、オレが行った方が」
「迎撃に成功したとしても、高度が低ければ隕石の空中爆発の衝撃波で吹き飛ばされてしまうです。成層圏よりも上空で破壊するには、かなりのエネルギーと精度が必要なのです。いずれにしても、わたしは必ず必要です」
「アリス……」
アリスは行くつもりなのか――
確かにアリスの呪力は飛び抜けて大きいし、アリスの能力がなければ作戦自体が成功しないだろう……
でも、アリスがいくら強い呪力を持っていたとしても、アリス自身はか弱い女の子なんだ。
もし爆風に巻き込まれたりしたら、ひとたまりもない。
やっぱりオレが守らないと!
「じゃあ、オレも行くよ」
「は、ハルチカ、危険なのですよ」
「危険なのは一緒だよ。それに……好きな女子を守るのは、惚れた男の役目だろ」
春近が、少し攻め攻めなキメ台詞を放つ。
わざとカッコつけた風にするのは、ちょっと照れ隠しな感じだ。
「ふふっ、まったくハルチカは……。今の時代はそういう男女の役割みたいなことを言うと色々と面倒ですよ」
「違うよアリス。どんなに時代が変わっても、どんなに男女の役割が変わっても……いつの世も、好きな女を守りたいと思う男心は変わらないんだよ!」
春近がアリスを真っ直ぐ見つめて、好きな女だと言った。
アリスは顔を真っ赤にして、小さな体を振るわせて喜びを抑えている。
「ハルチカ……何だか、いつもよりカッコよく見えるです……」
「え~っ、いつもはカッコよくないの?」
「いつもは、ただのヘンタイさんです」
「ええっ、そりゃないよ。ははっ」
「ふふふっ」
何だろう――
こんな生きるか死ぬかの緊急事態なのに、彼女たちと話していると、何だか成功しそうな気がしてくる……力が湧いてくる……。
行こう!
どこまでやれるか分からないけど、多くの人の命を見捨てるなんてできない!
皆のところに戻ってきた二人は、何故か仲良く手を繋いでいていた。
行きは深刻な顔をしていたのに、戻る時は笑顔になっていて他の彼女が不審な顔をする。
「あやしい……」
咲が呟いた。
「あ、あやしくないし……」
「あ、あたしくないです……」
二人が答えるが、微妙にユニゾンしている上に、アリスの顔が赤くなっている。
「もしかして、どさくさに紛れてイチャイチャしてたとか?」
「それは咲です。一緒にするなです」
余計なツッコミを入れた咲が自爆してしまう。
確かに普段から、どさくさに紛れてイチャイチャしまくっているのは咲の方だった。
「うっ、何か否定できねぇ……」
気を取り直し、春近が真面目な顔になって話し出す。
「あの、作戦のことなんだけど。これは本当に危険なんだ。だから、行く行かないは自由にしたいと思う。だから、行かない人は反対もしない。何とかして安全な場所に避難して欲しい」
「ハルはどうするの?」
ルリが問いかける。
「オレは行くよ。誰か一人でも行く子がいるのなら、俺も一緒に行って守ってみせる! 根拠は無いけど……絶対にオレが守る!」
ハッキリと言い切った春近に、ルリや咲の目が熱くなる。
「ハルぅ、大丈夫だよ。私もハルを守るから」
「はあぁ~しょうがねーな。ハルやルリが行くならアタシも行くしかねーだろ」
「咲……」
忍も前に出た。
「春近くん、わ、私も頑張ります」
「忍さん」
これで五人――
「うちも行くよ。攻撃特化型のうちがいないとねっ!」
「あいちゃん、攻撃特化型って、ロボアニメみたいでカッコええ!」
あいの言葉に、春近も納得する。
確かに、あいちゃんの電撃は、落雷と同レベルの超高電圧を出せたはず。
あいちゃんの雷撃魔法があれば、何とかなりそうな気がしてきた。
「……私も行く……今まで黙っていたけど、私の力はとても強い。きっと役立つ……」
「一二三さん、一二三さんの重力を操る能力は最強レベルの強キャラ感ハンパないからな」
「ふんす! 当然私も行く! 後で春近の大サービスを所望する!」
「黒百合」
「勿論、私も行くに決まっているだろ。多くの人の命がかかっているんだ」
「和沙ちゃん」
次々と声を上げる中、杏子は顔が引きつっている。
「ふひひっ、この絶体絶命の中、最後の戦いに赴く戦士たち……正に二度とは戻れぬ死地へと向かう決死隊の姿! ふひっ、ふひひっ……」
「あ、あの、杏子? 大丈夫……?」
「全ての力を結集して最強最大の力で最後の戦いキタァァァァァー!」
「え、ええっ?」
「春近君、最後は華々しく散りましょうぞ! そう、函館戦争で散った土方歳三のように!」
「いやいやいや! 散らないから! 縁起でもないから!」
「そういう訳で、私も行きます!」
「杏子……あんま無理しないでね……」
杏子が壊れ気味だけど、大丈夫だろうか?
でも、こういう時の杏子って、何か途轍もない凄い力を出すんだよな。
これで十人――
そんな中、渚は恐怖で足がすくんで動けずにいた。
怖い――
何であたしは、いつも肝心な時に……
いつもは女王のように振舞っているのに、本当のあたしは弱くて寂しがり屋で……
でも…………
「渚様……渚様は何処か安全な場所に隠れて下さい」
振るえている渚の姿を見て察した春近が、逃げるように伝えた。
「……やよ……」
「えっ?」
「嫌よって言ってるのよ!」
「うわっ!」
ギュッ!
「どうして! 何で! 何で、あたしを置いて行こうとするのよ! 言ったでしょ! 責任を取って一生あたしの側に居なさいって! あたしを置いて行くなんて許さないわよ! あたしはね、あんたが嫌と言っても絶対に離れるつもりは無いんだからね!」
「わ、分かりましたから落ち着いて! 苦しい……」
ぎゅうぎゅうと渚に抱きつかれて、春近が苦しがっている。
もう、地獄の底までも付いて行きそうな勢いだ。
春近は天音に声をかけた。
「じゃあ、天音さんは……」
「行くわよ」
「えっ?」
「行くに決まってるでしょ。私はハル君の命を最優先に考えているの。さっきはハル君を危険な目に遭わせたくないから反対しただけ。でも、ハル君が行くと言うのなら、私も行ってハル君を守る!」
「天音さん……」
「だって、ハル君の居ない世界で残されても意味が無いでしょ。私にとって一番大事なのはハル君なんだから」
天音の目に涙が滲む。
普段は自他ともに認める腹黒キャラで、たまにあざとくしたり匂わせしたりしているのに、そのくせ流す涙はほぼ全て本心からだった。
自分を守るためにキャラを演じていたはずなのに、いつも春近の前ではボロが出て本心を晒してしまう。
「うわあああぁぁ~ん、ハルく~ん……ちらっ、ちらっ」
「天音さん、オレが付いてるから」
ギュッ! ギュッ!
「おい、どさくさに紛れて抱きついてるだろ」
和沙がツッコむ。
やっぱり、途中からはあざとくなってしまう天音だった。
「うわあ……どど、どうしよう……」
「遥……」
最後に残った遥に声を掛けた。
「遥は、ここに残る?」
「イヤだよ! 一人で残るなんて心細いよ!」
「じゃあ……」
「でも、怖くて行きたくないよ!」
「そ、それが普通ですよ。皆が変なだけです」
「おいっ!」
咲に突かれる。
「はああああっ……私は、少女漫画みたいな甘酸っぱい恋をして、毎日どきどききゅんきゅんして平和に過ごしたいだけなのに、何でいつも危険な事件に巻き込まれちゃうのかな……」
「遥……」
「どうしたらいいの……」
「やっぱり残った方が?」
「だ・か・ら、イヤだって! そ、そうだ! 春近君が強引な攻め攻めキャラになって壁ドンして『行け!』って命令しれくれたら勇気出るかも」
「いや、そんなので決めるのはマズいような……」
「は? やれって言ってるんだよ。これは命令だよ」
強引な攻め攻めキャラを、強引に攻め攻めな感じに強要されるのだから意味不明だ。
春近も、もうこれはやらないと収まらないと思い、もう諦めて攻め攻めキャラをする。
壁ドォォォォォォォン!
「おい、遥! オレに付いてこいよ! これは命令だぜっ!」
「うっ、うっ、ううっ♡ キャァァァァァーッ! ハル様ぁぁぁぁぁーっ!」
何だかよく分からないけど、遥がご満悦なので良しとした。
結局、全員で行くことになったのだが、元々全員の呪力を合わせないと成功する可能性も低い作戦だったのだ。
今、歴史上ありえなかった伝説の鬼神が勢揃いし、更に十二の根源を取り込んだ鬼神王が加わり、全員の力を一斉攻撃する時が来た。
あり得ない天変地異に、あり得ない鬼神の力が正面から激突するのだ!
バタバタバタバタバタバタバタバタバタ――――
少し薄暗くなった校庭に自衛隊の輸送ヘリが着陸した。
凄い爆音が轟き、生徒たちも騒然となる。
救助のヘリが来たのかと飛び出す生徒までいた。
春近たちがヘリに向かっていると、後ろから聞きなれた声が掛けられる。
「おい、土御門……何処へ行くんだよ」
春近が振り向くと、そこに藤原や数人のクラスメイトが立っていた。
「ちょっと、用事があるんだ。行ってくるよ。」
「もしかして、隕石を何とかする為に行くのか?」
「何でそれを?」
「うちの親も陰陽庁関係者なんだ。何となくそうじゃないかって思ってたんだ。それに酒吞さんたちも特殊な力を持ってるんじゃないのかってのも……」
「藤原……」
春近は小声で呟いた。
「ルリたちが特殊な力を持っているのを知っていながら、仲良く普通に接してくれていたのか……。ありがとう……藤原……」
熱いものが込み上げてくるのを感じる。
「戻って……来るんだよな……」
「ああ、ちょっと隕石を何とかして戻ってくるよ。待っててくれよ」
ヘリに乗ろうと歩を進めると、更に聞きなれた声が聞えた。
「おにい! おにいーっ!」
「夏海!」
後ろから人混みを掻き分けて、妹の夏海が飛び出してきた。
「おにい! 何処に行くの!? イヤだよ! おにいが行っちゃうのは!」
「夏海、ちょっと行ってくるだけだから。おまえは安全な場所に隠れていろよ」
「イヤだよ……イヤ! 何でおにいが行かなきゃならないの? イヤだよ……うわあああああーっ!」
「後で……戻って来たらちゃんと説明するから、大人しく待っているんだぞ」
後ろ髪を引かれるような気持ちで、妹やクラスメイトを残してヘリに乗り込む。
向かう先は、質量330万トン、落下速度マッハ56.5、衝突エネルギーは150メガトン、それは広島型原爆の11500倍。
人が決して抗う事のできない超災害級の悪夢が待つ死地へと、春近たち十三人の戦士は飛び立って行った。




