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第二百三十八話 美しく華麗に彼女達の煌き

 地獄の底から生還した春近たちは、アリスの説教を受けている。

 教室の中で破廉恥行為など以ての外なのだ。

 肩こりが解消されたけど疲れた春近と、はるっち成分を補給して元気いっぱいになった四人が並んでいるのは、傍から見るとおかしな光景に見える。


「だって、春近君が悪いんだよ。女装とかして私の気を惹こうとするから」


 遥が春近を横目で見てくちびるを尖らせる。


 ちょうと今読んでいる少女漫画が、可愛い女装男子と元ヤン女子が付き合うラブコメなのだ。

 遥としては、毎晩のように漫画を読みながら胸をキュンキュンさせていたところに、自分の彼氏が完成度の高いメイクまでした女装姿で現れれば、もうテンションが上がり過ぎてしまうのも仕方がないだろう。

 マッサージ器でお仕置きするのは別として。


 何でマッサージ器があるのかと疑問に思うところだが、地獄の責め苦に使えるかもと女子数人が持ってきたそうなのだ。

 その若さで肩こりが酷いのか、などと深く追求してはいけないのだ。




 春近は、メイクを落として通常モードへと戻る。

 やる前はあれほど嫌がっていたのに、思いのほかメイド姿が気に入ってしまい、ちょっとだけ戻るのが名残惜しい気にもなった。


「春近君、メイド姿が似合ってたのに……」


 春近が元に戻ってしまい、杏子が少し残念そうだ。


「す、スカートだと防御力が低くてマズいんだよ……」


 地獄の底では遥に散々イジられてしまい、やはり防御力は大事だと再確認する。


「ちょうど今読んでる漫画が女装男子のでして。春近君のメイド姿が、その主人公にそっくりで胸の鼓動が高回転(オーバードライブ)してしまいそうなのですよ」



「あれ? 遥と同じのかな?」


「可愛い女装男子が、ちょっと強引なイケメンの先輩と付き合うラブコメであります」


 ちょっとだけ違ったようだ。



 元に戻って落ち着いたところで、ルリたちが思い出したように顔を見合わせる。


「ハル、渚ちゃんたちの演劇を観に行こうよ」

「あいつらが演劇なんて面白そうだな。どんな感じなんだろ」


 ルリと咲は知らなかった、渚と天音の演劇が凄いことを。


「演劇といえば去年の……」

「お、おい、ハルちゃん! それ以上言うな」


 春近が喋ろうとしたところに、和沙が駆け寄り口を塞がれる。


「んんっー! ちょ、ちょっと、和沙ちゃん、まだ何も言ってないって」


「ああー、去年の白雪姫で和沙がハルにキスした事件か」


 咲が代わりに言ってしまう。


「ぐっはーっ、せっかく皆も忘れていた頃なのに、また記憶を呼び起こしてしまうのかぁ」

「いや、あんなインパクトのある事件は忘れないって」


 この時の誰もが知らなかった。

 あの伝説の劇を塗り替えるような、更に上を行く伝説が始まろうとしていることに。

 そして、陰陽学園の生徒に代々語り継がれる、燦然と輝く歴史となるのだと。



「藤原、ちょっと演劇観に行っても良いか?」

「おーっ、こっちは任せとけ」


 執事喫茶は藤原たちが仕切っていて大丈夫そうなので、春近はB組の演劇を観る為に体育館へと向かった。




 体育館は予想外の満席となって、立ち見客まで多く出る盛況ぶりになっていた。

 良くも悪くも目立ちまくる渚と天音の主演という事で、告知ポスターも美女二人が映えまくり話題性抜群なのだ。


 そして、以前は恐怖の女王として学園に君臨していた渚だが、春近と深い仲になってからは鬼神天使に転職(ジョブチェンジ)して、その魅力で多くの女子たちを虜にしてしまっていた。更に、元からいた少しMっぽい女王崇拝者の男子も多いのだ。


 男子から人気のある天音も、隠れファンの男子や天音に嫉妬している女子までも集まり、この集客の多さに拍車をかけていた。


 そんな満席の会場で、春近たち一行は最前列に座る事ができた。

 椅子の上に渚の署名入りの札が置いてあり、そこに『春近たち専用。取ったら処刑! by渚』と書かれているのだ。

 こんなの怖くて誰も座れない。



 そして、運命の幕が開いた――――


【ロミオとジュリエット】

 16世紀、イングランドのウィリアム・シェイクスピアによる戯曲だ。

 現代でも様々な言語に翻訳され、舞台に映画に小説にと人気がある。


 ストーリーは、舞台はイタリア、代々対立しているモンタギュー家とキャピュレット家に生まれたロミオとジュリエットは運命の出会いをする。

 許されざる恋に落ちた二人は愛を誓い合うが、悲劇が起きて引き裂かれてしまう。

 二人を添い遂げさせようとする修道僧ロレンスにより、ジュリエットは仮死の毒を使い周囲を欺こうとするが、ジュリエットが死んだと勘違いしたロミオが服毒自殺。それを知ったジュリエットも彼の短剣で後追い自殺をする悲恋の物語だ。



 幕開け直後に観客は度肝を抜かれ舞台へと惹き込まれてしまった。

 渚ジュリエットが超絶美しくて、彼女の動き指先から髪が流れるところまで魅入られてしまう。

 それは、まるで夢の世界に紛れ込んでしまったのかと錯覚するほどだ。

 もう、彼女から目が離せない。


「私の唯一の愛が、唯一の憎しみから生まれるだなんて。何も知らず逢うのが早すぎて、知った時にはもう手遅れ。数奇なる運命の導きで愛が生まれ、憎むべき敵を愛してしまうだなんて!」


 渚ジュリエットの演技に、会場にいる全員が固唾を呑んで見つめている。

 完全に観客を虜にしてしまった。


「あの窓を貫き射し込む光は何だ! あれは東! そう、ジュリエットこそ太陽!」


 天音ロミオの迫真の演技に、会場が一体になって静寂に包まれたりどよめきが起きたりと、もう観客が圧倒されてしまっている。

 普段は天音を快く思っていない女子も、男装の凛々しい天音の姿と素晴らしい演技に目を奪われ、神様天音様のように心酔してしまったかのようだ。


「ああ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの。あなたがお父様と縁を切り、その名を捨ててちょうだい! もしそれが出来ないのなら、私を愛すると誓って! なら、私はキャピュレットの名を捨てるわ!」



 そして、物語は終盤へと入りロミオが服毒自殺をする。


「さあ来い! 無情なる案内人よ! 不穏なる先導者よ! 嵐に呑まれ波に翻弄される小舟が打ち砕かれるように……これが私の愛だ!」


「ああっ! どうして! どうして全て飲んでしまわれたの! そのくちびるに……まだ毒が残っているのなら……あなたのキスで私を殺してぇぇぇー!」



 舞台の幕が下りたのに、観客は固まったまま動けないでいた。

 そして――――

「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!!!」」」

 パチパチパチパチパチパチパチパチ――――


 大歓声の中、B組の出し物が終了した。

 観客は皆、涙を拭ったり感嘆の声をあげながら体育館を出て行く。

 演劇は大成功だ。

 ただ、客の多くが満足して出て行ってしまい、この次に行われる三年生の出し物が可哀想ではある。



「す、すげえ! アタシら何を見せられたんだ……」

「去年、私たちがやったのと全然違う……」

「は、ははっ、天音や渚に、こんな特技があったなんてな……」


 咲は茫然とし、ルリは去年自分のやった演技との違いに気付き、和沙は二人の意外な特技に驚く。


「大嶽さんと大山さんの百合っぽい展開だけでも最高なのに、演技まで凄いだなんて……これは良いものを観させていただきました」


「お二人の演技が素晴らしかったですが、ティボルト役の愛宕さんも血気盛んで良い演技でしたし、キャピュレット卿役の羅刹さんも、揺れ動く父親の心情を表現されていましたし、素晴らしい舞台でしたわ」


 杏子と栞子も大満足で語り合っている。


「やっぱり凄い……。こんな凄い才能があるのなら、女優とか舞台関係の仕事に向いているのでは……」



 春近は呟く。二人の才能を活かせる場所があるのではと。


 ――――――――




 舞台から降りて祝福を受けている渚が、春近を見付け駆け寄ってきた。


「どうかしら! あたしの主演舞台は?」

「凄かったです! 舞台の渚様が凄く綺麗で輝いてました」

「そ、そう、ふふっ♡ もうっ、春近ったら、しょうがないわね」


 春近に褒められて渚が満更でもない顔になって、少し口元が緩んでいる。


「ハル君、私はどうだった?」

「天音さんも凄いです! 迫真の演技と堂々とした舞台映えする声や動き、もう皆が天音さんに魅入られちゃいましたよ」

「えへへっ、もうっ、ハル君ってば褒めるの上手なんだからぁ~♡ うふふっ、さすがハル君だねっ!」


 天音も嬉しさ全開で、春近にベタベタしている。


「二人は女優に向いてるんじゃないですか? 将来そういう道に……」

「嫌よ……私が有名になってテレビなんかに出たら、週刊誌とかに私の黒歴史が暴露されちゃうでしょ……」


 天音の顔が急に真剣になってしまう。

 どれだけ黒歴史が多いのだろうか。


「じゃあ、渚様は?」

「別に女優になる気は無いわね」

「でも、渚様の美しさと舞台映えする華とカリスマ性があれば、女優も夢じゃ無い気も……」

「はあ? あたしに不可能なんてあるわけないじゃない! 別に女優じゃなくても何でも可能なのよ!」


 渚が自信満々に答える。

 普通の人が言えば冗談に聞こえそうだが、この女王が言ったら本当に可能にしてしまいそうな説得力がある。

 正に完全無欠の女神のようであった。


 しかし、春近は知っている。

 完全無欠、完璧超人、唯我独尊、傾国傾城(けいこくけいせい)仙姿玉質(せんしぎょくしつ)に見える渚だが……

 怖がりでダメダメなことが多かったり、寂しがり屋で春近に構ってもらえないと泣いてしまったり、意外と押しに弱くて色々と受け入れてしまったり、たまにアホなことを真に受けてしてしまったり。


 渚様――

 本当に面白い人だな……


「ちょっと、何よその目は! 言いたいことがあるのなら言いなさいよ!」

「い、いえ、何も……」


 グイッと春近に迫る渚が、思い出したようにグイグイ行く。


「そうだ……そういえば、あんた女装してメイドになったそうじゃない! 何で、あたしに見せないのよ!」

「えっ、いや、それは……」

「それに、C組の子も交えて楽しんでたそうね」

「な、何故それを……」


 威圧感急上昇の渚に襟元を掴まれ絶体絶命の春近が皆の方を向くと、咲がゴメンというジェスチャーをしていた。


「なっ! 何で言っちゃうの!?」


「ハル君、その話……詳しく聞かせて貰えるかな?」


 天音まで加わってしまう。

 顔は優しい笑顔を浮かべているが、海へ行った夜のような迫力がある。


「あたしを除け者にして、他の子とお仕置きプレイをするなんて、あんた良い度胸してるわね。これはキツい調教が必要かしら?」

「ハル君~♡ やっぱりハル君にはぁ~ちょっと厳しめのお仕置きが必要なのかもしれないよねっ!」


 もう存在自体が奇跡のような絶対女王と、滅茶苦茶執拗な攻めを超絶テクで繰り返す新興女王の二人に挟まれ、春近は地獄の最下層の時の数百倍の恐怖に体が震える。

 そう、春近は忘れていたのだ。

 阿鼻叫喚コキュートスなどより数段恐ろしい世界が存在するのだと。


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