第二百三十六話 春近メイドと地獄の門
学園祭当日を迎え、学園内は華やかな装飾と彩りを帯びている。
多分これが、この学園での最後のイベントになるであろう鬼の少女たちは、各々が力いっぱいに青春の煌きを謳歌しているようだった。
時に執事コスプレに、時に演劇に、時に地獄の責め苦の再現に。
そして……
何故か、春近は栞子にメイクされていた――――
「うううっ、何でオレがこんなことに……」
「旦那様、動かないで下さい」
春近は、ファンデーションやらアイシャドーやらチークやらを塗られている。
そしてリップを塗り、ウィッグを被せられて完成した。
「完成しました。旦那……お嬢様!」
旦那様改めお嬢様の完成だ。栞子の顔もご満悦である。
鏡を差し出されて、自分の顔が映る。
「えっ……あれ? これがオレなのか? 何か可愛くなってる……ような。いや、これは栞子さんのメイクが上手いだけなのかな?」
嫌々やらされていた春近だが、完成してみると意外と気に入ってしまった。
元々変身願望の強いこともあり、憧れのメイドさんに変身できてちょっと嬉しい。
「おーい、できたかー」
咲が入って来た。
「あっ、咲……」
「えっ!」
春近が振り向いた瞬間、咲の動きが止まってしまう。
予想以上に完成度が高く、どう見ても女性にしか見えないからだ。
「な、な、なななっ……」
咲の恋愛ハートが謎の高鳴りを示す。
や、やべぇ……ハルが可愛い――
何だこれ? 何だこれ?
何か、変な気持ちになってきちゃうぞ……♡
「咲、どうしたの?」
「い、いや、何でもねえよ……あの、普通に似合ってるし」
咲は春近にベタ惚れなので、元々恋愛ビジョンにより補正が入って実際よりもカッコよく見えているのだ。しかも今回は、メイクによって更に美少女に見えてしまい困惑していた。
「わたくしのメイク技術は完璧ですわ!」
栞子が、ちょっと得意気だ。
普段メイクをしていない栞子が、何でメイク技術が得意なのかは謎だった。
「じゃあ、ちょっと外に行こうぜ。ハル」
「ちょまてよ! この格好で出歩くのはちょっと……」
「大丈夫だって、誰もハルだって気付かないよ」
「普通に気付くだろ」
「てか、何かアタシより可愛いし……。なんかムカつく」
実際は咲の方が可愛いのだが、これも惚れた弱みなのか好き過ぎるからなのか、春近メイドが可愛く見えて仕方がないのだ。
「ほらほらぁ♡」
「ちょまてよ~」
「いいだろ、減るもんじゃねーし♡」
「やめろって」
「えへへぇ♡」
テンションが上がってニコニコの咲に引っ張られて、パーテーションの裏から一緒に出て行く。
可愛いメイド服にロングヘアのウィッグの完全装備の春近メイドの登場に、教室内の視線が集中する。
「うわ~っ、ハルが可愛い」
執事姿のルリが近寄り、春近の腕に抱きついた。
「ちょっと待て、この格好で抱きつかれると……」
マズい――
可愛くてエロいルリ執事に抱きつかれたら、下半身が大変なことに……
今は、スカート姿なんだからヤバいって……
「うーん……男装のルリに女装のハル……似合い過ぎだろ。てか、本来がコッチのような気さえするぞ」
咲にマジマジと見られる。
「何だよそれ! 『とりかへばや物語』かよ!」
とりかへばや物語――――
平安時代後期の物語。作者不明。
関白左大臣の二人の子供を男児を姫君に女児を若君に入れ替えて育て、そのまま宮廷に出仕して何やかんやあって、結婚してしまったり禁断の恋になってしまうという、世界に先駆けた男女が入れ替わる物語なのだ。
「むっ、むふぅぅぅぅぅーっ! 春近君! 良いです! 凄く良いです!」
杏子のドストライクだった。
「おい、ハルちゃん……何で私より女らしいんだ……何か許せんな……」
和沙にまで絡まれる。
「いや、そんな理不尽な……てか、和沙ちゃんも可愛いから」
「な、ななななな、か、可愛いにゃと……。ふへぇ~しょうがないにゃ♡」
やっぱり単純だった――――
そして春近メイドは男子にも人気だった。
「土御門……おまえ、よく見ると可愛いな……」
「おい、藤原……」
「くっ、このクラスには淫らな女が多くて困っているというのに、キミまでそんな色気でボクを誘ってくるとは……はやり素数を数えるしか……」
「待て! 菅原まで何言ってんだよ」
藤原と菅原も満更でもないようだ。
「もう、そろそろ着替えても良いかな?」
「えーっ、もうちょっと良いじゃん」
「そうそう、アタシらにサービスしろよ」
ルリと咲に両側から挟まれ春近は逃げられない。
「うーん……。オレとしてはコスプレみたいでちょっと楽しいんだけど、誰か知り合いに会うと恥ずかしいような……。特に妹の夏海とか……」
「こんにちはーっ」
言ってるそばから、夏海が友人と一緒に執事喫茶に来店した。
これには春近も慌てる。
「お、おい、妹が来たから内緒にして!」
「えーっ、どうしよっかな?」
「にししっ、アタシらに頼むってことはぁ?」
「わ、分かったから。後でサービスするから」
「「やったー」」
背に腹は代えられず、二人に頼んで内緒にする約束をした。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
教室に入った夏海たちに、ルリが決めポーズで出迎える。
「うわーっ、ルリ先輩カッコいい!」
ぎゅぅぅぅぅ~っ!
夏海までも、ルリの怪しげな執事姿に魅了されてしまう。
胸に抱かれ、ポヨンポヨンと巨乳に埋まって夢見心地だ。
夏海の友人もルリの怪しい魅力に吸い込まれそうになってしまった。
チョイ待て、おさわり禁止じゃないのか。
ま、まあ、女子なら良いけど……
「えーっと、おにい居ますか?」
席に通された夏海が周囲をキョロキョロとしている。
「あ、ハルは冥土に……じゃなかった地獄巡りに行ったような……?」
「ああーっ、確か2Cでやってましたね。おにいが好きそうだと思ったんですよ」
春近のは話しでルリと盛り上がっている夏海だったが、ふと一人のメイドに視線が止まった。
咲と一緒にいる春近メイドに気が付き近寄って来てしまう。
「や、ヤバい、咲、頼む……」
「お、おう、まかせろ」
夏海は、咲の前まで行き、話しかける。
「咲先輩もこんにちは」
「うん、久しぶり」
「あのーっ……こちらの方は……」
「あ、えっと……あ、アタシの友達の花子ね」
「はい、花子先輩初めまして」
「は、初めまして花子です……(小声で裏声)」
ピィィィーンチ!
てか、花子って誰だよ!
「あのっ、メイド姿が似合ってますね」
「あ、ありがとう……(小声で裏声)」
夏海……気付いていないのか?
とにかく、他のクラスの出し物に誘導しないと……
「うーん、何処かで会ったことあるような……?」
「き、気のせいじゃないかしら。よく誰かに似てるって言われるのよ(だいぶ疲れてきた小声で裏声)」
「そうですね。すみません、気のせいでした」
「それより、体育館でが演劇をやるのよ。ロミオとジュリエットとか色々やるから、ぜひ観に行くといいわよ(もう限界の小声で裏声)」
もう誤魔化すのも限界の春近は、夏海たちを体育館で公演する舞台に誘導する。
その後、ルリ執事に持て成されて好い感じになった夏海たち一行は教室を出て行く。
「た、助かった……もう、ギリギリだったぜ……」
「ふふっ、ハル、ちょーあせってたな」
ボロが出るギリギリのところで、なんとか乗り切った。
「ハルぅ~! 休憩だって、遊びに行きたい!」
「おっ、ちょうど良いな! アリスたちにも見せにいこうぜ」
「おい、やめろ」
ルリと咲に連れられ、春近は地獄の門へと向かう。
その先は、一切の希望を捨て無限の責め苦を受け続けるという、阿鼻叫喚コキュートスである。
ちょっと変わった子が多いC組の出し物で、かなりダメかもしれない企画なのだ。
一般客は地獄の責め苦を受け続けるらしいのだが、春近の場合だけ無限のエチエチなのは容易に想像できる。
自分でもちょっと気に入ってしまったメイド服を着て、下の方がスースーする防御力が低下した状態の春近に待ち受けるのは、果たして地獄の責め苦なのか天国の快楽なのか?




