第二百三十二話 秋の思い出
修学旅行二日目の朝を迎え、春近は食堂で朝食をとっている。
昨夜は無事B組女子の部屋から生還したにもかかわらず、再び出歩いていたところ昂った忍と鉢合わせし、偶然誰も居なかったC組女子グループの部屋でハッスルしてしまったのだ。
わざわざ自分から危険に飛び込んでしまうのが春近らしい。
最近ご無沙汰でやたらと溜まりまくっていた忍は、最終安全装置が解除されてしまったかの如くエッチに暴れ回ったのだ。まるで女戦士ヒルドの薄い本の内容を実践したドMにとっては夢のような……ただ、エロ過ぎて内容を説明できないような展開になってしまう。
あの可愛い声で『春近くん、お仕置きしちゃいます!』と言いながら、かなりのドスケベでエグい攻めをされてしまったら、たとえMじゃなくてもドMに調教されてしまいそうだ。
恵まれた長身の肉体を活かす女戦士の強烈な必殺技、巨尻圧迫攻撃は、マニアにはたまらないのだろうが一般人には恐怖以外の何ものでもない。
春近は朝食を食べながら、忍の方をチラッと見る。
忍は美味しそうに朝食を食べている。
忍さん――
普段はあんなに大人しくて優しくて内気なのに……
布団の中だと、もの凄いドスケベ女戦士に……
凄く気持ちよかったんだけど……激し過ぎて、何か夢でうなされそうな気が……
「忍……お肌ツヤッツヤですね?」
「ごほっ、げほっ、あ、アリスちゃん」
五杯目のおかわりをしている忍に、アリスが声を掛ける。
突然、意味深なことを言われ、ご飯を喉につまらせてしまう。
アリスは、渚たちとゲームを楽しんでから部屋に戻ると、色々と散らかっている部屋で忍と春近が寝ているのを発見した。
他の女子にバレると面倒なので、色々と後片付けをしてくれていたのだ。
忍は、目が覚めてから自分の行為を全て思い出した。
ハッスルしすぎて春近を失神させてしまったこと。
後片付けをしないで、自分も疲れ果てて眠ってしまったこと。
そして、後片付けをアリスがしてくれたのだと知った時は、顔から火が出そうなくらい恥ずかしがって謝罪したのだ。
「アリスちゃん……あ、あの……」
アリスは少しだけ拗ねた顔をして忍を見る。
忍としては、アリスの言いたいことは重々承知している。
肉食系女子たちの魔の手から春近を救い出し、代わりに皆でボードゲームをして帰ってみれば、まさかの身近なところからの不意討ちなのだ。
もう、肉食系女子多過ぎ問題なのだ。
しかし、アリス自身も緑ヶ島への視察旅行の時に、エッチな気分になって春近に迫ったので、忍の気持ちも理解でき文句を言うわけにもいかない。
自分がエッチなのは鬼の遺伝子のせいだと思いたいところだが、メンバーの中にはそれほど性欲が強くない子もいるので、やっぱり自分がドスケベなだけだと頭を抱えてしまう。
「はい、卵焼きをあげるです」
「あ、ありがとう……」
アリスが自分のだし巻き卵を忍に渡す。
ご飯をおかわりし過ぎて忍の皿におかずが無くなったのを見て、自分のおかずを分けてあげたのだ。
何だかんだあっても、アリスと忍は仲良しだった。
「ハルぅ~何かエッチな匂いがするみたいなんだけど」
「げほっ、んんっ、けほけほ……」
ルリが何かの淫臭を嗅ぎつけて、再び忍がご飯を喉につまらせた。
――――――――
「さあ、行きましょう春近君! 浪漫あふれる彼の地へ!」
「行くぞーっ! おーっ!」
杏子と春近が、やたらとテンション高く先頭を歩き、他の班員が後に続く。
待ちに待った自由行動の時間となり、新選組ゆかりの地へ向かうのだと意気込んでいた。
「春近君、先ずはここです!」
「池田屋事件の現場だね!」
当時の池田屋は取り壊され、今は別の店になっていて石碑が立っている。
「何もねえぞ」
咲がツッコむ。
「御用改めである!」
突然、春近が新選組局長近藤勇の真似をする。
もう、咲のツッコみが聞こえていないのか、二人はコントなのか寸劇なのか街中で何か始めてしまう。
「ケホ、ケホッ」
「沖田君、大丈夫か!?」
「はい、問題ありません!」
時代劇なのかアニメなのか分からないが、春近も杏子も完全に成りきっている。
幕末もの作品が好きなら、誰もが一度は新選組の真似はしたいものなのだ。
「おい、恥ずかしいからやめろよ。通行人が、みんな見てんだろ」
「何だか分からないけどおもしろーい」
「そんなにやりたいなら、もう、今年の文化祭は新選組にしたらどうだ……」
「ふふっ、旦那様ったら子供みたい……」
他のメンバーは少し離れた所で、ちょっと生暖かい目で見守っていた。
「次はここです!」
「新選組発祥の地である、壬生屯所旧跡だね」
「やはりここは、新選組の前身である壬生浪士組の屯所として使われた場所で、芹沢鴨が暗殺された現場でもありますから」
「芹沢鴨……神道無念流免許皆伝と伝わる剣豪……内部分裂により暗殺される……」
杏子と春近は更にテンションが上がり、また寸劇をやりそうな勢いだ。
ここは文化財として屋敷が現存しており、芹沢暗殺時に付いたとされる刀傷も残っている。
「へえ、ここは残ってるんだ……」
何故か咲のテンションも少し上がった。
すぐ近くにも新選組の兵法調練場として使われた寺院があり、この周辺には新選組ゆかりの地は多いのだ。
「私としましては、やはり土方歳三推しでありまして」
杏子は、新選組の乙女ゲームの影響で土方歳三推しなのだ。
「オレも土方歳三なんだよな。やはり、最後まで戦い抜いて、函館戦争での……」
「蝦夷共和国キタァァァー!」
土方歳三といえば――――
戊辰戦争で奥羽越列藩同盟が崩壊すると、隊士の生き残りと共に旧幕府海軍の榎本武揚らと軍艦に乗り蝦夷地へと渡る。
そして函館五稜郭にて選挙が行われ、蝦夷共和国が成立し榎本が総裁になり土方も幹部となる。
土方は最後まで戦い抜くが、奮戦空しく蝦夷共和国は新政府軍に追い詰められ滅亡の時を迎えるのだ。
弁天大場に孤立した仲間を救うために僅かな兵で出陣した土方は帰らぬ人となるのである。
正に、幕末から明治の激動の時代を駆け抜けた夢追い人だ。
アニメや漫画でも、よく登場して人気が高い。
因みに総裁の榎本はというと――――
新政府軍の函館総攻撃により五稜郭が包囲されると、肌身離さず持ち続けていた万国海律全書という国際海洋法の書かれた本を新政府軍幹部へと送る。
これからの時代は国際法を知らなくては日本は生き残れぬ。
例え自分が戦で死んだとしても海律全書が焼失するのは国家にとって大きな損失となると敵に託したのだ。
これを受け取った新政府軍の黒田清隆は、『榎本は、これからの時代に必要な人物。殺すには惜しい』と助命嘆願し、そして榎本は敵でありながら新政府の一員になり大臣を歴任する事になる。
と、こんな感じに春近と杏子が盛り上がっていると――――
「アタシは、斎藤一の方が好きかな……(ぼそっ)」
ピクッ!
「「んっ?」」
春近と杏子は、咲がぼそっと呟いた言葉を聞き逃さなかった。
さっきまで興味が無さそうにしていたはずが、急にそわそわし始めた上に会話に入ってきたのだ。
咲――
何故そこで斎藤一の名が……
新選組には興味が無さそうだったのに……
はっ! もしやアニメの影響で……いや、無いか。
あれっ?
そういえば……実家に帰った時に、咲は子供の頃はアニメや漫画が好きだったと、ルリが言っていたような……
もしかして、斎藤一が活躍するアニメや漫画を子供の頃に観ていたとか?
「あ、怪しい……」
「あ、あ、怪しくねえし!」
春近は、ただ『怪しい』としか言っていないのに、何故か咲は顔を赤くして否定する。
ますます怪しいが、これ以上ツッコまずにスルーしてあげた。
そして他のメンバーは、新選組より和菓子を食べていた。
「そして、ここが本能寺の変が起きた場所です」
「やっぱり、何もねぇぞ」
再び咲がツッコむ。
「そりゃ、本能寺の変で燃えちゃったから」
当然と言えば当然の事を春近が言う。
事件の後に豊臣秀吉が寺を移転させてしまったので、跡地には別の建物が建っている。
明智光秀(cv和沙)『敵は本能寺にあり!』
織田信長(cvルリ)『是非に及ばず……じゃなくて! あの金柑頭め、ボッコボコにしちゃうよ!」
いつもの寸劇に和沙がツッコんだ。
「ハルちゃん……何で私は光秀なんだ……」
「えっと、何かそんなイメージで」
「どんなイメージなんだ?」
「ほらっ、光秀って昔は裏切り者のイメージだけど、最近は良いイメージもあるでしょ」
春近の中のイメージで勝手に光秀にされて、和沙が文句を言っている。
ついでにルリも不本意のようだ。
「ハル、何か私のイメージが最近ボコボコになってる気がするけど?」
「だって、ルリがいつもボッコボコとか言ってるから……」
確かに、よく言っていた――――
そして、春近たちは二条城へと到着した。
徳川家康の将軍宣下と徳川慶喜の大政奉還が行われた、江戸時代の最初と最後を見届けた場所だ。
美しい唐門や二の丸御殿や庭園を見学する。
「これは綺麗だね」
「やっと観光っぽくなってきたな」
ルリや咲にも好評みたいだ。
「跡地にも浪漫があるのに……」
「そうです、そこは想像で補うのであります!」
春近と杏子は何かと浪漫に拘るのだ。
まだ少し暑さの残る秋の始まり、春近たちは楽園計画までの残り少ない学園生活を思い切り楽しむのだった。
ただ、数多の歴史と同じく、この先に何が待ち受けているのかは誰にも分からなかった。




