第二十二話 正妻戦争
大岡裁きという美談がある。
江戸奉行の大岡忠相が、自分が母親だと名乗り出た二人の女性に、両側から子供の腕を引かせる物語である。
しかし、現在起きている騒動は、美談ではなく不毛な争いであった。
春近の右手にルリが抱きつき、左手に栞子が抱きつき、何故か背中に鈴鹿杏子が張り付いていた。
このお互いが一歩も譲らない争いに、巻き込まれた春近が悲鳴を上げる。
「痛い! 痛いって! 二人とも落ち着いて!」
「ハルに触るな! 泥棒猫!」
「いいえ! わたくしが正妻です!」
興奮した二人に春近の声が届いていない。いや、届いてはいるが、体の底から湧き上がる何かが邪魔して止まらないのだろう。
ただ、便乗して密着している杏子は意味不明だが。
「ちょっと! 何で鈴鹿さんまでくっついてるの!?」
「むふっぅ……はぁはぁ……これ……イイ! 最高です!」
杏子は春近の背中でハァハァしている。ちょっと、いやかなりキモい。
春近の中では、初対面の時の真面目な印象が、最近は壊れつつある。
「えっ…………ハル」
咲は呆然自失とした表情で立ち尽くしていた。
(アタシがグズグズしてたから、ハルが誰かに取られちゃう……。アタシに勇気が無かったから……。アタシが鬼の転生者だと知っても受け入れてくれた人なのに……)
『咲ちゃん! 大事なものはね、失ってからでは一生後悔するんだよ』
咲の頭の中では、以前ルリが発した言葉がぐるぐると回っている。
(もう、やるしかねえ……このまま何もせず負けるのなんか絶対嫌だ!)
咲の中で決意が固まった。
「ハル! アタシもハルが好き! 大好き!」
突然、大声で愛の告白をした咲は、ハルの胸に飛び込んだ。
「えっ、咲?」
「アタシもハルが好きだって言ってんだろ! ちくしょー!」
「ええええっ!」
咲の突然の告白に驚いたハルだが、四人の女子に揉みくちゃにされて大変なことになっている。
「ぐわぁぁぁ……くるしいぃぃぃ」
◆ ◇ ◆
学園内で大騒ぎをした春近たちは、色恋ネタの恰好の的にされ、あっという間に噂が広がってしまった。
「恥ずかしい……」
春近はつぶやく。
騒ぎは収まったのだが、ルリも栞子も掴んだ腕を離さない。
咲は春近の胸に顔を埋めたままだ。
杏子は離れたものの、妄想して危ない発言をしている。まあ、最近はいつものことだ。
こんな状況だが、春近は話を進めようとする。
「あの……それで、計画はどうなったんですか? えっと、源さん?」
「源さんなんて言い方やめてください! わたくしたちは夫婦になるのですから、これからは栞子とお呼びください。旦那様」
ギュゥゥゥゥーッ!
栞子の言葉に反応して、ルリと咲が力を強める。
「だから痛いって……」
「咲ちゃんと私で三人で付き合うのは良いよ。でも他の女はダメ! 特にその女はダメ!」
ルリが、とんでもないことを言い出す。咲と二股なら許されるらしい。
栞子は何股でもOKらしいのだが。
「わたくしは、側室が何人いようと構いませんわ。旦那様」
「誰が側室よっ!」
ルリがツッコむ。
これでは話は一向に進まない。
結局、授業が始まってもルリと栞子は春近を離さなかった。
ルリだけならいざ知らず、優等生の栞子までおかしくなってしまい、もう教師も諦めムードだ。




