第二百十一話 幸福物質
ルリたちは調子に乗り過ぎてしまい、春近を怒らせてしまった。
果たして仲直りはできるのか――――
「ううううっ……春近ぁぁぁ……」
渚がソファーに横になってうなされている。
そこに普段の強気な女王の顔はなく、恋に悩む一人の乙女がいるだけだ。
「渚のやつ……普段はあんなに強気なのに、何でこんなに脆いんだよ……」
ふらつく渚をソファーまで運んだ咲が呟いた。
渚は生まれて初めての感情に苦しんでいた。
春近――
いつも側にいて何でも命令を聞くのが当然だと思っていた……
あたしにとっては、水や空気みたいに……そこにいるのが当然の存在……
それが……
嫌われるのかと思ったら、まるで地面が崩れて行くような恐ろしい気持ちになってしまった……
いつからだろう……
春近の存在が、こんなに大きくなってしまったのは……
もう、春近無しの人生なんて考えられない……
女王様のように横暴で、やたら威圧感が強い女――そんな渚だが、春近への愛は本物で、心の底から溺愛しているのだった。
「ハぁぁぁぁぁルぅぅぅぅぅ! ごめんなさぁぁぁぁぁい」
ルリも大ダメージを受けてしまっていた。
そもそも、ハルに嫌われるなど、全く想定していなかったのだから。
いつも優しく側にいてくれる大切な人。
ルリも渚と同じように、春近無しの人生は考えられなくなっていた。
「んああっ、もう! 早く何とかしないと! アタシが謝りに行ってこようか?」
痺れを切らした咲が立ち上がる。
「こういうのは時間が経てば経つほど謝り難くなっちまうだろ。てか、天音は男心とか詳しそうじゃん。何かねえのかよ?」
咲が天音に話を振った。
「私もそんなに詳しいわけじゃないけど……男の子ってプライドを重視する傾向があるから……。皆の前で恥をかかされちゃったって気にしているのかも? いくらMっぽくても、女の子にはカッコいいところを見せたいのが男の子だし」
「うーん、ハルはドMっぽいけど、あれでカッコイイけどな」
咲も春近を溺愛しているので美化されていた。毎晩踏んであげたいくらいに。
そこに頭を抱えていた忍が口を開く。
「咲ちゃん……わ、わ、私のせいです……私があんなことをしたから……」
「忍のせいじゃねえって言いたいところだけど…………。あの時は興奮してて気にしてなかったけど、今冷静になって考えると、男の顔にケ〇を乗せるってありえねえかも……」
グサッ!
「は、はうっ! や、やっぱり……」
「ありえねえというか……ド変態?」
グサッ! グサッ!
「あ、ああ、わ、私はド変態なことを……春近くんに……」
忍まで大ダメージになった。
「あっ、いや、ド変態なのは良いんじゃねえの? 知らんけど……」
咲が慌ててフォローするが、後の祭りだ。
この少女たち……誰もが最強の力を持ち、一騎当千鬼神の如き強さを持ちながら、好きな男に対しては意外とよわよわになってしまうのだった。
「よしっ、とりあえずアタシが行ってくる」
咲が春近の居る部屋に向かう。
他の彼女たちは、咲の後ろ姿に頼もしさを感じた。
コンコンコン!
「ハル? 居るか? 入るぞ」
ガチャ――――
咲が部屋に入ると、春近はベッドに突っ伏していた。
「あっ……咲……」
「えっとさ……あの、ごめんな……。皆も反省してるから、そろそろ機嫌直してよ」
「咲…………」
あの時は、恥ずかしいやら情けないやらで怒っちゃったけど――
皆がやり過ぎで怒ったのもあるけど、それより自分の不甲斐なさとか頼りさなみたいなのを感じてしまったんだよな……
最強の力を手に入れたはずなのに、昔と同じで頼りなさげな感じがして……
うーん、力を手に入れても性格までは変わらないか。
優しくありたいけど、強くもありたい……難しいところだよ……
「ねえ、ハル……皆、凄く反省してヘコんじゃってるんだよ。もう、あんなことしないから戻って来てよ」
春近が黙ったままなので、咲が不安になって話しかける。
「咲……」
もう、あんなことしないか――
あんなに恥ずかしいことをされたのに、実は凄く興奮してしまった自分がいる。
こんなエッチなことばかりしてはダメだと思うのに、皆から求められると嬉しくもあるし。
でも…………
「咲、もう大丈夫だよ」
「ほ、ホントか?」
「うん、心配してくれてありがとう。でも、皆で一斉にやるのは控えてくれると助かる」
「分かった! ちゃんと気を付けるよ」
咲が真っ直ぐに春近を見つめる。
その瞳は、全幅の信頼と大好きな感情が乗っているように見えた。
咲が「えへへっ」っと笑うと、パアッと花が咲いたかのように明るさが満ちたように感じる。
「咲!」
ギュゥゥゥッ!
春近が咲を抱きしめる。
「は、は、は、ハルっ?」
咲は、突然抱きしめられて心臓がドキドキして力が抜けてしまう。
カラダの中心に、まるで電流が突き抜けたかのように快感が走り、幸福物質のセロトニンやオキシトシンが大量に分泌される。
もう、咲の顔がトロンとしてフニャフニャになってしまった。
「ああぁ♡ ハル……嬉しい♡ こんなに優しく抱きしめられると、愛されてるって感情がビンビン伝わってくる♡」
突然のハグで、咲の頭の中は『はぁぁぁーっ、ハルとずっと抱き合っていたい!』となってしまった。もうトロトロに蕩けている。
「少ししたら行くから待ってて」
「うん♡ わかった♡」
咲が皆のところに戻ってきた――――
「咲ちゃん! ハルはどうだったの?」
ルリが真っ先に訊ねる。
「ふへへ~ぇ♡ 何か幸せって言うか、愛って最高だよな♡」
「えっ?」
ニヤニヤしながら当初の目的をすっかり忘れて、咲が幸せいっぱい夢いっぱいになってしまっていた。
彼女の変化に一同が『???』といった顔をする。
スタッ!
「わ、私も謝ってきます」
忍が立ち上がり、春近のいる部屋に向かった。
コンコンコン!
「春近くん……私です……」
「あっ、忍さん? どうぞ」
ガチャ――――
「ご、ごめんなさいっ! わ、私……あんなことを……」
「あの……もう、大丈夫だから」
「ほんとですか! もう怒ってませんか?」
「最初から怒ってないよ。恥ずかしかっただけだから」
「よ、良かったぁ……。もう、あんなことはしませんから」
「えっ、しないの?」
「えっ…………」
実は、春近は忍のアレが結構クセになっていた――――
「あっ、皆の見ている前ではダメだよ。二人っきりの時なら……」
「しても良いんですか!!!!」
「えっと……」
忍の目がキラキラしてグイグイと迫ってくる。
「忍さん……ち、近い」
「あ、すみません……」
春近は、忍を安心させようと両手で抱きしめた。
「ひゃん♡」
「あっ! ごめん」
身長差があるので、抱きしめた春近の手が忍の尻に当たってしまった。
春近は、ムニッと忍の尻肉を掴んでしまう。
忍さんのお尻――
凄く大きいのに決して太っていることはなく均整がとれていてキュッと上がっている素晴らしいお尻だ。
ヤバい……
忍さんと一緒にいると、どんどん尻フェチになっている気がする。
ゴメン、忍さん! エッチなことばかり考えていて。
春近はエッチな妄想ばかりしているが、忍も同じようにエッチな妄想をしていた。
春近くん――
そんなにお尻を触られたら……またしたくなっちゃうよ……
ダメええっ♡
春近くんと一緒にいると、どんどんド変態になっている気がする。
ごめんなさい! エッチなことばかり考えていて。
二人共、考えていることは同じだった。
「あの、もう大丈夫だから。すぐ行くから待ってて」
「は、はい♡ 待ってますね♡」
忍が皆の所に戻って来た――――
「忍ちゃん! どうだったの?」
さっきと同じようにルリが訊ねる。
「はわわーっ♡ どんどんエッチな子になっちゃってる気がする……。もう、どうしよう♡」
「は?」
ニヤニヤしながら当初の目的をすっかり忘れて、忍は幸せいっぱい夢いっぱいになってしまっていた。
先程の咲と同じようにほわほわしている反応に、更に一同が『???」といった顔になる。
「もうっ! 私が行ってハルを連れてくる!」
しびれを切らせたルリが直接行くことになった。
コンコン!
「ハル、入るよ!」
ガチャ!
ルリは勢いよく部屋に入った。
心配する表情のルリだったが、春近が立ち上がって笑顔でいるのを見て安心した表情に変わる。
「ルリ、ルリも来てくれたんだ……」
「ハル……ハルぅぅぅぅぅ~! ごめんなさ~い!」
思い切り抱きついて泣き出してしまう。
最初は自分が連れてくると意気込んでいたはずなのに、春近の顔をみたら感情が溢れ出してしまった。
ルリは、春近を強く抱きしめてギュウギュウと絞め込んでいる。
ギュッ! ギュッ! ギュッ!
「ちょっ……く、苦しい……」
「ハル、怒ってる?」
「怒ってないから。大丈夫だよ。てか、苦しい……」
「ほんと? ほんとに怒ってない? ドコにも行かない?」
「行かないって! 何でオレがルリをおいて何処かに行くんだよ。何処にも行かないよ」
「良かった~」
「もう、皆のところに戻ろうか」
春近とルリが、皆のいるリビングに戻って来た。
彼女達が口々に謝ったり労わったりと大騒ぎだ。
「皆、心配かけたね。もう大丈夫だから。あと、皆で一斉に襲うのは禁止だから!」
「「「はーい」」」
春近の注意を聞いているのか聞いていないのかよく分からない彼女たちだが、とりあえず騒ぎは収まり元鞘に戻ったようだ。
一件落着なようでいて、実は春近も彼女たちもカラダの芯を刺激する情欲の炎は灯ったままなのだが。




