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第二百九話 夕焼け

 遠くに潮騒を聞きながら心地良い風を感じてくつろいでいる。

 西の空が鴇色(ときいろ)とも薄紅(うすくれない)ともいえる美しいグラデーションに染まり、沈みゆく夕日を眺めていた。

 潮が満ち黒百合たちが作った砂の城も押し流され、まるで万物が流転するかの如く消え失せて行く。


 春近たちは海から別荘へと戻り、各々が遊び疲れた体を休めるように、少し心地良い気怠(けだる)さを感じながらまったりとした時間を過ごしていた。


 人は何故、夕日を見ると幼い頃を思い出すのだろう――――

 春近は、何も悩みも迷いも無かった子供の頃を思い出していた。

 あの頃は、次に訪れる不安など微塵も感じずに、毎日を思い切り楽しんで生きていた。

 いつから人は、不安や迷いを重ね生きる事に臆病になってしまうのか。



 春近は手の掛からない子供だった。

 真面目で親や先生の言う事を聞く良い子。

 それが当たり前で当然だと何の疑問も持っていなかった。

 そして、中学生になった頃には、人生はとても退屈でつまらないものだと感じ始めていた。


 空気を読んで周囲と合せ、決められたレールの上からはみ出さないように歩き続ける。

 良い学校に進学し、良い大学に入り、良い会社に就職する。まるで、レールから外れたり落ちたりしたら、二度と正しいルートには戻れないゲームを強制させられているような。



 寄る辺も無く。周り全てが足の引っ張り合いのような。ひたすら何も無い決められたルートを進むだけの――


 いつしか春近は、教室の隅で一人ゲームをしたり本を読んだりするようになっていた。

 アニメやゲームの中では主人公になれるが、現実の自分は何の変哲(へんてつ)もないモブキャラだから。

 運動部のエースや秀でた特技のある人は、きっと物語の主人公なのかもしれない。

 だが、自分のような何の取り柄もない人間は、主人公にはなれないモブキャラなのだ。

 きっと自分が居なくなっても、数日後には忘れ去られ何も無かったように時は流れて行く。


 主人公になりたかった――――

 退屈なルートなどはみ出して、愛の為や夢の為に大冒険する。

 そんな、心躍るような人生が歩めたのなら。


 あの日、桜が舞い散る中ルリと出会い、全ての物語は動き始めた。

 退屈で平凡だった人生が、波乱と刺激に満ちた毎日に変わった。

 もし、あの時ルリと出会わなかったら、今とは全く違った人生になっていたのだろうか?

 ほんの小さな偶然で、何気ない選択の連続で、運命が変わって行くのだとしたら――


 ルリたちと出会い、通常では有り得ない事件に巻き込まれたり、まるで異世界に行ったかのような冒険をしたり、命の危機に陥ったことも一度や二度ではない。

 だが、自分の選択に後悔は無い。

 自分の思い描いていたような主人公になって、大切な人たちに囲まれているのだから――――




 春近の意識が回想の世界から戻ると、夕日はすっかり沈んでいて辺りは暗くなっていた。

 割と長く考えていたようだ。

 いずれにしても、真面目で決められたレールを歩いていた男が、ドロップアウトして険しい冒険の道に入ってしまったのだった。


 鬼神ヒロインを従えるハーレム王という存在に。



「春近君、何か考え事?」


 ぼんやりしている春近に、遥が声をかけてきた。


「うん、色々と……」


 春近は笑顔で返す。


「そういえば、春近君って、鬼の件とか緑ヶ島の件とか親御さんには話してあるの?」

「うっ……それがまだ……」

「まあ、気持ちは分かるよ。私も突然天狗の力が発現した時はパニックだったから」

「大変だったんだね……」

「私はまだ良い方だよ。わりと最近だったし。幼い頃から力を持っていた子は、もっと大変な目に遭ってきたんだと思う……」

「そうだよな……」


 春近はルリたちのことを想像した。


 色々と苦労をしてきたんだろうな――

 普通の若者らしいこともできず……

 でも、今は楽しそうにしていて良かった。

 あの笑顔を見ていると、オレも嬉しくなるし。

 でも、エッチ過ぎるのは困ったものだけど……



 また考え込んでいる春近に、遥の顔がにやける。


「ふふっ、そういえば、さっきは大変だったね。埋められて皆に取り囲まれて」


「わ、笑い事じゃないって! 本当にされるのかと思ったんだから」


 渚が春近の顔の上に跨っているのを見て、他の彼女まで一斉に顔の周りを取り囲んでしまったのだ。

 Sっぽい彼女たちが目をギラギラさせて変な空気になってしまい、春近は本当にかけられてしまうのではないかと恐怖を味わってしまう。

 まあ、実際は冗談だったのだが。


「えーっ、春近君は喜んでた様に見えたけどな」

「ちょっと待て。そこまでヘンタイじゃないから」

「そうかなぁ? 嬉しそうだったよ。ふふっ」

「くっ、確かに……」


 ちょっと呪力を使うだけで逃げ出せたはずなのに、春近はそうしなかった。

 皆に囲まれ見下ろされた時に、自分でも何だか分からない高揚感のようなものがあり、次に起こるエチエチを期待してしまったのだ。


「あ、あんな状況でドキドキしてしまうなんて……。もしかして……ドSな彼女達に調教されてしまったのか……」


 ※春近は、ドSお姉さんたちに攻められまくるエッチな本を、部屋にたくさん隠し持っていることを忘れていた。




「ハルぅ♡ おなか空いたよ」


 ルリが、お腹を空かせてやってきた。

 いつもハラペコな気がするが、たぶん気のせいだろう。


「よっしゃ、夕食を作るとするか」

「やったぁああ! ハルの手料理だぁ」


 息がピッタリな二人を見た遥が呟く。


「春近君、夜は皆に食べられちゃうんだから、今のうちにたくさん食べておいてね。ははっ」

「遥……笑い事じゃねえ……」


 ――――――――




 皆で一緒に料理を作り、夕食を食べ終えてからリビングでのんびりする。

 春近はソファーでくつろぎながら、やがて訪れる夜のことを考えていた。


 エッチ禁止と言ったはずだけど――

 この分だと我慢できなくなったルリたちが暴走しそうな気がする……


「どどど、どうしよう」


 そんな春近に、少し挙動不審な栞子が声をかけてきた。


「旦那様、先にお風呂に入ってくださいませ」


 どうやら風呂の準備が整ったようだ。


「あっ、栞子さんがお先にどうぞ。栞子さんちの別荘なんだから」

「いえいえ、旦那様からどうぞ。わたくしは後からゆっくり入りますので」

「そうなの……?」


 何か気にかかるものがあるのだが、春近は浴室へと向かった。



 浴室は大きめに造られており、大人数が同時に使用できるようだ。

 春近は何の疑問も持たず大きな風呂に入る。

 相変わらずお人好しというのかおバカというのか、これから起ころうとしていることを予想していない。



「ふいぃ~っ、良い湯だぜっ」


 ガタガタ――――

 湯船で体を広げていると、何やら衣室から人の気配がする。


「あれ? 誰かいるのか? もしかして……また天音さんが『お背中流すよっ』イベントが発生とか?」


 ガチャ!


「ハル君っ♡ 私が~ハル君の~カラダの隅々まで洗ってあげるからねっ♡」

「やっぱり……天音さんだったか」


 しかし、春近は甘く見ていた。

 これだけのエッチ女子が大集合していて、この程度で済むはずがない事に――――


「ちょっと、天音ちゃん! 早いよ」


 天音の後ろからルリが顔を出した。


「あ……ルリ……えっ、ええっ」


 驚く春近だが、これだけで終わるはずもなく。


「春近ったら本当にお人好しよね。そんな無防備にお風呂に入っているなんて。それ、誘ってるのかしら?」


 渚まで入ってきてしまう。


「な、渚様! えっ、何で……ええっ!」


 更に追撃は続く。


「はるっち~♡ 一緒に入ろっ!」

「あいちゃん……」


「おい、抜け駆けしようったってそうはいかないからな」

「咲まで……」


 その後もゾロゾロと皆が浴室に突入し、広かった風呂がギュウギュウになってしまう。


「ちょ、ちょっと待て! 何で皆裸なの?」

「そりゃ、風呂だからだろ」


 咲にツッコまれた。


「ああっ! 栞子さん、何なのこれ!」


 後ろで申し訳なさそうな顔をしている栞子を見付け、春近は問いただした。


「旦那様……一緒にお風呂に入れるとの甘言(かんげん)にまんまと乗せられ、つい(はかりごと)をしてしまいましたわ」


「ぐはああぁーーーっ!」


 まんまと騙されたようだ。

 エッチ禁止とは何だったのか。


「あ、アリス…………」


 最後の希望でアリスに声をかけてみる。


「ハルチカ……もう、こうなってしまったからには、わたしには止められません。諦めるです……」



 アリスも(さじ)を投げるほど絶望的なエチエチ状況に陥った春近。

 果たして、この状況を覆し乗り切ることができるのか。


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