第百九十九話 ちょこっと無双
スーパーの店内に入ると、冷房が効いていて一気に汗が引いていく。
この季節は日が暮れても、モワッとした蒸し暑さが残ったままだ。
四人は買い物カゴを持って店内を回っているが、ヤンキー撃退の一件から夏海はルリに懐いてしまったようだ。
「ルリ先輩って強いんですね」
夏海が目を輝かせてルリに話しかける。
「いや~それほどでも。うへへぇ。まあ、私にかかれば軽くボコボコかな」
「凄いです! 強い女性って憧れます」
「えへへ~」
二人はベタベタしながら一緒に買い物をし、後ろから春近と咲が彼女たちを見つめている。
「夏海のやつ、手のひら返してやがる」
「ふふっ、まあ、仲良くなったんだからいいんじゃね」
「まあ、良かったよ。二人が仲良くなって」
ルリって、初対面だと漏れ出る呪力が周囲の空間に違和感を感じさせて、人に恐怖心みたいなものを与えてしまうけど、少し打ち解けてみれば話やすくてフレンドリーな良い子なんだよ。
夏海も最初は警戒していたみたいだけど、仲良くなれたみたいで安心した。
無理に鬼の件を説明しなくても、ゆっくりと少しずつでも良いのかな……
春近は、仲良く手を取り合い歩く二人を見つめてそう思った。
買い物が終わり店の外に出たところで、再び迷惑なヤカラに道を塞がれる。
更に人数が一人増え、筋肉質でガタイが良い大男が中心に立っていた。
「おい、オマエら! さっきはよくも舐めたことしてくれたな!」
「パイセンを連れて来たから、もうオシマイだぜ!」
「パイセンは格闘技やってて最強なんだぜ! あの元プロボクサーウィーチューバーの竹川さんを、あと一歩のところまで追い詰めた男やぞ!」
竹川さんと戦ったのは知らないが、そのパイセンは確かに強そうな雰囲気を出している。
「ヘイッ、カモンッ! シュッシュッ!」
パイセンは華麗なステップを踏みながら、素早いジャブやワンツーを繰り出している。
見るからにヤバそうな風貌、一目で鍛えられていることが解る全身の筋肉、アメリカナイズされた横文字、普通の人が見たら絶対に勝てないと思って逃げるか許しを乞うてしまうだろう。
格闘技経験者が素人と喧嘩して大丈夫なのかとか色々と疑問はあるが、先ほどモメたヤンキーどもは強力な助っ人を連れて戻って来たようだ。
「また、こいつら。もう、ボッコボコにするから!」
ルリが面倒くさそうな顔をして戦闘態勢をとる。
「待って、ルリ。オレがやるから、ルリは下がっててよ」
春近がルリを止めて前に出た。
「えっ、でも……」
「ルリは派手に暴れて目立つとマズい気がする。ここはオレに任せてよ。言ったろ、彼女を守るのは王子様の役目だよ」
「きゃあああっ! ハル、カッコいい♡」
ちょっと恥ずかしいセリフを春近が言うと、ルリの目がハートマークになる。
「ヤベぇ……アタシもハルが凄くカッコよく見えるんだけど」
咲まで影響が出ているようだ。これも惚れた弱みだろう。
「ちょっと、おにい! やめときなよ。おにい弱いんだから怪我しちゃうよ……」
夏海が兄を心配して止めに入る。
そもそも、夏海が幼い頃から観てきた兄は、争い事が嫌いで喧嘩もしたことが無いような男なのだ。
こんな喧嘩慣れしたような大男相手に戦ったら、速攻でボコボコにされて病院送りにされそうな気がした。
「大丈夫だって。妹を守るのも兄の役目だろ!」
「はあ? バカなの?」
ルリと咲をデレさせた春近だが、リアル妹には効かなかったようだ。
春近とパイセンが対峙する。
体格差が大きく、誰が見ても勝負は一瞬で付きそうに見えた。
「ヘイッ、ユー! やめるなら今の内だゼッ! オレもっ、素人相手に殴るのは忍びないゼッ! ヒィアヒィア!」
「あ、大丈夫です。それなら、むしろソチラが引いてくれると助かります」
街の不良のパイセンにしては律儀な男だった。
そして二人は戦闘態勢に入った。
昔の春近ならありえないことだが、今の春近は鬼となり強い力を手に入れており全く負ける気がしなかった。
「ふうっ、ルリが目立つのは避けたいからな。ただでさえ目立つのに、喧嘩しているのが誰かに見られて噂になると困るし……。それに、コイツらも女の子にボロ負けするより、男と戦って負けた方がプライドが傷付かなくて済むだろ」
小声で呟きながら春近が構える。
「行くゼッ! ヒィウィゴー! シュッ、シュッ!」
パイセンの電光石火のようなジャブの連打が春近の顔目掛けて叩き込まれる。
空気を切り裂く音を出し稲妻のようなパンチの連打だ。
普通の相手ならジャブだけで脳震盪を起こして失神間違いなしだろう。
「フッ、ハッ、シュッ! シュシュッ! ワンツー!」
「よっ! はっ! よいしょ」
恐るべきスピードと重さのパンチを紙一重で躱しながら、春近は色々と考えていた。
どうしよう――
本気で殴ったら怪我させちゃいそうだし。
そうか、これが前に一二三さんが言っていたことか。
何でやり返さないのかと聞いたら、天狗の神通力を使ったら相手が死んでしまうと……
呪力の種類によっては殺傷力が強すぎるから手加減しないとならない。
これが強すぎる者の苦悩なのか……っ!
ブンッ! ズバッ! ビュッ! ズシュ!
常人では避けることも不可能なプロ級の連打を、いとも容易く春近は体の向きを変えるだけで避けている。
バシッ!
春近はパンチを片手で止めた。
パイセンは連打を出しまくり息が上がってしまっている。
「フッ、フッ、や、やるじゃねーの! ヘイッ、ユー!」
「よし、決めた! 一発だけ必殺パンチを出してみよう!」
「ホワァット?」
バチッ!
一瞬、春近の呪力が上がり少しだけ青白いオーラのような物が出た。
「くらえ、伝説の拳! 鬼神王電撃旋風拳!!」
それは、まるで稲妻を呼ぶ竜巻のような、火山噴火のパワーにより発生した火山雷のような。
電撃を迸らせる弾頭のような凄まじいパンチがパイセンのボディへと撃ち込まれた。
勿論、寸止めで。
こんな攻撃が命中したら、パイセンはバラバラの粉々になってしまうだろう。
そして、春近のネーミングセンスは、やはり黒百合にそっくりだった。
ズドォオオオオオオオオーン!
バチッ! バチッ!
「ぐっ、くはっ……」
パイセンはゆっくりと膝をつく。
「ま、負けた……ユーの勝ちだゼッ! ヒュア!」
当てなくとも、寸止め一発のパンチで実力差を思い知ったパイセンは負けを認めた。
強さこそが絶対正義!
ヤカラやヤンキーといった存在は、圧倒的強者に対して尊敬の念を持ってしまうものなのだ。
絡んで来た全員が、圧倒的に強い春近に完全敗北し平伏してしまった。
「ユー、強いなッ! きっと偉大なチャンプになるゼッ! 名前を教えてくれヨー!」
「鬼神王春近だ。あんたの後輩たちには、あまり悪さしないように言っといてくれ」
「鬼神王さん、悪かったな。おい、オマエらも謝れヨー!」
パイセンの命令でヤンキー全員が頭を下げる。
「さーせん」
「もうしないっす」
「しゃあーっす」
こうして、街のヤンキーたちは頭を下げながら帰って行った。
何だかよく分からん理由で、この街が少しだけ平和になった気がする。
「夏海、大丈夫か?」
春近は、呆然としている夏海に声を掛けた。
「へっ、あっ、うん……大丈夫……」
呆然と成り行きを見ていた夏海だが、予想外の展開に何かのスイッチが入ってしまったようだ。
えっ!
ええっ!
ええええーっ!
おにいがカッコいい……
あの、おにいが凄くカッコよく見える……
待って、あれはヘタレのおにいだよね!
そんな、まさか……でも……
ドキドキドキドキドキドキドキドキ――――
ちょ、ちょっと待って!
何でドキドキが止まらないのっ!
おにいのせいで、私に彼氏ができないのに、これじゃ余計に彼氏作れなくなっちゃうよ!
夏海は……やはりブラコンだった――――
――――――――
夏海を女子寮に送り届けてから、春近は自室に戻った。
昼間に寝たとはいえ、昨日からバタバタしていてろくに休んでいない。
ゆっくりと寝たい気分だ。
「シャワーでも浴びて、ゆっくり寝ようかな……って、何で当然のように部屋に入って来てるの!」
春近の後に続いて、ルリと咲が至極当然のように部屋に入りくつろいでいる。
もう、これからすることは決まっていると言わんばかりだ。
「ハル、もう我慢できないよ。しよっ!」
「今夜は寝かさないって言ったのはハルだろ。ちゃんと約束守ってもらうからな!」
二人の目が妖しく光る。
「お、おい、ストレート過ぎるだろ。も、もっとこう、恥じらう乙女っぽくだな」
「もう我慢できないのっ♡」
「そうだそうだ、覚悟を決めろよハル」
二人に迫られる春近――――
果たしてどうなってしまうのか。




