第百九十五話 新世界の王
陰陽庁の職員が到着し、現地調査やら事情聴取が始まった。
蘆屋満彦は救急車に乗せられて、陰陽庁の関連する病院へと運ばれて行く。
職員が厳重に拘束しようとしているが、満彦の中にいた蘆屋道満は成仏したと春近が説明しても聞き入れない。わざわざ忍の背中で寝ていたアリスを起こして見てもらう。
「何の力も感じないです。この男はただの一般人です」
という訳で、アリスが見て何も無いのなら大丈夫だろう。
他にも色々と説明しなければならないことが多いのだが、一体何から話せば良いのか迷っている春近だった。
「ハルチカ……私の知らない内に、とんでもことことになっていたのですね……」
春近の前にやってきたアリスが呟く。
「アリス……オレが助かったのはアリスのおかげだよ。ありがとうな」
「お礼は、そこの杏子に言った方が良いです。杏子がいたから、あの大規模な呪術が成功したのです」
「えっ、杏子が?」
春近は杏子の方を向く。
「はひっ、わ、私は何も……ちょっと、アニメで見たような聖遺物とかホーリーグレイル的な……」
「もしかして……それを創り出したのか?」
「ふひっ、アニメでやれるのなら私にもやれそうな気がしまして」
「うっ、やっぱり杏子は凄い女だぜ」
やっぱり――
前から思っていたけど、実は杏子って凄いんだよな。
どんな時でも必要な人というか、なくてはならない存在というか……
見た目は地味なオタク女子にしか見えないのに……
いや、違うな。
一見地味な女子に見えるが、実は凄く美人で色っぽいんだよな。
メガネの奥に見える綺麗な瞳といい、地味に見えるけど整った顔といい、肌もすべすべで綺麗だし、見た目にあまり気を使っていないというか全く色気を出していないのに、たまに妙に色っぽい時があるし。
そして、何故かオレのフェチ心をくすぐる無意識な行動。
「くっ……杏子! オマエを今夜メチャメチャにしたい!」
「ぶふぁあああああっ!」
杏子が興奮して鼻血を吹いた。
先程はイケイケな春近を苦手とか言っておきながら、自分に対して来られるのは最高にご褒美なのだ。
「は、春近君……前言撤回します。普段はヘタレな春近君だけど、ベッドの上だけは攻め攻めでお願いします!」
「ごめん、攻め攻めキャラは止めようと思ってたのに、ついやってしまって……」
そんな二人に、他の彼女も黙っていない。
「おいハル、さっきはアタシを今夜寝かさねえって言ってたよなぁ……」
「ギクッ……咲、ごめん……その……」
「ハルはいつからそんなヤリ〇ンになっちゃったのかなぁ? 悪い子にはお仕置きが必要だよな」
「すみません! 調子に乗り過ぎました」
「まったく、ハルはちょっと目を離すと女を堕として回るからな。もう、ずっと一緒にいて超束縛するしかねえよな」
「咲が超束縛系彼女にだと。うううっ……お手柔らかに……」
咲に迫られる春近を見て、アリスは苦笑する――――
「ハルチカの人生を大きく変えてしまうような大事件なのに、何でこんなに緊張感が無いんです? これから生きて行く上で色々と問題が多いのに。ご両親や妹さんにはどう説明するのですか?」
「うっ…………そ、そういえば、親や妹にどう説明したら良いんだ……。憧れの中二っぽさ全開の主人公になれて喜んでる場合じゃなかった……」
「ええええ……。喜んでいたのですか」
意外と図太い春近に、アリスが呆れ顔だ。
そんなアリスの肩を渚が抱く。
「アリス、諦めなさい。この能天気さが春近なのよ」
「渚……むしろ、ハルチカがこんな感じで良かったです。もし、ハルチカが鬼になったことを後悔していたら……わたしたちは……」
アリスも渚も思っていた――――
実は、春近は自分たちに責任を感じさせないよう気を遣わせないように、わざと普段通りにしているのではないかと。
ちょっとアホだけど、好きな人のことを優先してしまうような優しい男が春近なのだから。
そして、それは半分当たっていて半分外れていた。
彼は、実際に皆に気を遣わせないように接していたが、凄い力を手に入れて『鬼かっけぇ~』とか思っているのだ。
暫くすると、陰陽庁長官の土御門晴雪が到着した。
大分日も高くなって、まさに重役出勤といった感じだ。
「おう、春近と嬢ちゃんたちも、久しいの」
「じいちゃん……」
「ジジイ! 遅いよ! いつまで待たせるの! お腹空いた!」
傍らに寄り添うルリが、晴雪に悪態をついている。
いつもの光景だ。
「嬢ちゃんは相変わらず口が悪いのう。それはそうと……あの蘆屋満彦を捕まえてくれたそうじゃな」
「ああ、伝説の陰陽師蘆屋道満の魂は成仏したから、今の満彦は力は失ってると思うぞ」
何食わぬ顔で晴雪と接している春近だが、内心かなり焦っていた。
どどど、どうしよう、オレが鬼になったことは言った方が良いのか?
それとも隠していた方が良いのか?
でも、その内バレそうだしな……
「凄いじゃない! あのテロ実行犯を捕まえるだなんて。あ、お久しぶりね。土御門春近君」
晴雪の後ろから見た事のある女性が顔を覗かせた。
「えっと……確か調査室長の……」
「吉備真希子よ。殺生石の件以来ね」
「ああ、吉備さん。その節はどうも」
「キミ……ちょっと見ない間に大人っぽくなったわね」
「そうですか? いつも通りですよ」
「そんなことないわよ。強いオスの波動を感じるわ。素敵……あ、今度一緒に食事でもどうかしら?」
ぎゅっ!
真希子は春近の手を握り、少しうっとりした表情で食事デートのお誘いをかける。
春近の年増キラースキルが発動してしまったようだ。いや、それよりも鬼の力を手に入れ、より強いオスとして覚醒しらのだろうか。
昔から同年代にはあまりモテないのに、何故か年の離れた女性に可愛がられていたのだが、力を得てから変なスキルまでパワーアップしてしまったのかもしれない。
「おいしいイタリアンの店を知っているのよ。どうかしら?」
「いや、それはちょっと……」
「は?」
真希子が春近の手を握った瞬間、ルリの殺気が急上昇した。
他の彼女には気を許して嫉妬も控えめになってきていたのだが、無関係の女が春近に色目を使ってきて明らかに不機嫌になっている。
「いいじゃない。食事だけよ。別に取って食べたりしないから安心して」
「いえ、彼女がいるのでお断りしま……」
「ちょっとだけよ」
「ぐぬぬぬぬぬぬ――」
ルリがブチギレそうになっていると、空気を読んだ別の彼女が割って入ってきた。
「ちょーっと待って下さい」
咄嗟に遥が遮った。
尚も迫ろうとする真希子に、遥は彼女の腕を掴んだ。
ルリが、ブチギレそうなギリギリのタイミングだ。
そのまま遥は真希子を引っ張って行ってしまう。
「ほら、春近君は忙しいから、食事とか無理ですので」
「ええっ、ちょっと食事するだけよ。私もまだまだイケると思うのだけど」
「いえ、色々と問題大ありですので」
やっぱりこのオバ……この人、春近君を狙ってたんだ。
殺生石の件で話した時に、年下好きな感じで危険だと思ってたんだよね。
「吉備さん…………」
「えーと、なんじゃったかの?」
場が、ちょっと変な空気になって、晴雪が『何じゃこの茶番』みたいな顔になっている。
「何をグダグダやっておるのですか! テロリストの確保は上出来です。後は楽園計画の速やかな実行をですな……」
真希子が消えると入れ替わるように、今度は見たことのある男が現れた。
春近は少し身構えて、ルリを庇うようにして前に出る。
コイツ――
確か大津審議官とか言ったか……?
ルリに酷いことを言ったヤツだ。
ルリの呪力で認識操作されて、今は楽園計画推進派になってるんだったっけ?
今日は、次から次へと陰陽庁のお偉いさんが現れるな。
「ルリ、大丈夫。オレが付いてるから」
「うん、ハル……」
ぎゅっ!
ルリの手を握り締め、庇うように背中に隠す。
事情も知らぬ大津審議官は、まるで自分に陶酔するかのように独演を始めた。
「くだらない話をしている場合ではない! 陰陽庁の観測で深夜に巨大な呪力を感知したのだ。君たちにはその説明をする責任が有ると思わないのかね? まったく困ったものだ! 近頃の若者ときたら」
くっそ、何て説明したら良いんだ――
しかしこのオッサン、何か腹立つんだよな。
「そもそも、鬼の存在自体が迷惑なのだ。平和を乱す危険な存在なのだからな。百害あって一利なし。我々は市民の安全と安心を守らなくてはならぬのだ。こんな者どもは早く島に移住させてしまえば良いものを!」
イライライライライライラ――――
「鬼も迷惑だが、最近の若者も迷惑千万だ! 所かまわず騒ぎ立てる、覇気も無いやる気も無い年長者を敬わない。全く、親はどういう育て方をしているのか! 我々の若い頃はだな――――」
イライライライライライラ――――
「とにかく、迷惑な鬼は早急に――――」
ブチッ!
「うるせぇええええええええええええーっ!!」
ゴバァアアアアアアア――――!
春近が呪力を開放した。
青白い銀河のようなオーラが周囲に展開される。
それは常人にも目で確認できるほど強い光だ。
「おいこら、オッサン! さっきから聞いてりゃ、鬼が迷惑だの邪魔だのと。皆は好き好んで鬼に生まれてきたわけじゃあねえんだよ! オマエは皆が周囲から迫害されて、今までどんな悲しい思いをしてきたのか分かってねーのか! このクソがぁああああ!」
「うわあっ、ああああっ! ま、待て、何だ君は……」
「オレか! オレはな、十二の鬼神である神にも匹敵する十二天将の力を全て得た鬼神の王だ! この世の理を統べる新世界の王だぁああああああ!」
「なっ、何だとおおおおおぉぉぉぉっ!」
「くっくっく、もはや、その力は神をも超えたっ! 神羅万象に干渉し、この世の全ての理を支配する最強の存在へとなったのだ! 我の力は世界の隅々まで余すところなく及ぶだろう! 我の一声で世界中の鬼が蜂起し最終戦争が勃発するのだぁああああーっ!」
「ああああっ……お終いだ……もう、お終いだああああ!」
「我を殺そうとしても無駄だ! 我は因果に干渉し、平行世界にも何億何兆と存在する者なり! 我を排除した瞬間に平行世界より別の我が召喚され、更なる怒りと共に神罰の雷が世界を覆うだろう! ふあっはっはっはっはっはっ! はぁあっはっはっはっはっはっ!」
※注意:春近の作り話です。
大津のルリたちを否定するかのような話にキレた春近は、瞬時に中二っぽい作り話をして脅しをかける。
戦闘中でさえ必殺技の名前を付けてしまう春近なので、この手の設定を作るのはお手の物なのだ。
春近の迫真の演技と青白い呪力で、大津は顔面蒼白になって震えている。
「ああああああっ……世界は終わった……妖魔の支配する世となるのか……」
大津は完全に戦意喪失して、その場に崩れ落ちた。
この日、陰陽庁の特級指定妖魔の上に、新たに超特級指定鬼神王の名が加えられた。




