第百九十三話 因縁に終止符
その男は、何の前触れもなく暗闇から飄々と、呼ばれてもいないのにまるで春近たちのラブシーンを邪魔するかのように現れた。
前に何度か会った時よりも痩せて……いや、やつれてと言った方が正しいだろうか。
髪は伸び頬はこけ、前と印象はかなり変っていた。
「あっ! こいつ、今度こそぶっ潰す!」
「待って、ルリ」
殴りかかろうとするルリを制した春近が、暗闇から現れた男に質問する。
「おい! 何故この街に戻って来たんだ? オレたちに復讐する為か? 被害者はコチラのはずだが」
その男は、目を皿のようにして春近を凝視している。
信じられないものを見たという感じで、言葉も無く立ち尽くしているだけだ。
「あ、ああ……ああああああ! そ、其方……人間を辞めたのか?」
男が声を上げた。
見た目は若いようでいて喋り方や中身は老人のような、丁寧でいて不遜な態度のような。
一度見たら忘れもしない、強烈な印象を残す男の名は蘆屋満彦。
伝説の陰陽師の転生者にして、あのクーデターを起こした首謀者である。
「ふっ……くくっ……くっくっくっ……ふはははははははっ!」
蘆屋満彦は歓喜に打ち震えるように笑い始めた。
「そうか……確か、土御門春近といったか? 安倍晴明の子孫、土御門家に連なる者か? そうかそうか、これは僥倖である」
「何がおかしい!」
春近がルリを守るように一歩前に出る。
「当て所もなく彷徨い続け、そして何かに導かれるように足は此方へと向いた。まるで運命に吸い寄せられるかの如くこの街まで来てみれば、何者かが巨大な呪術を行っており、鬼となった其方と出会えたという訳か」
死んだような目をしていた蘆屋満彦に、再び輝きが戻り力が漲っている。
「そうだ! そうだったのだ! 蠱毒厭魅に失敗し、鬼どもに完膚なきまでに敗れ、玉藻前にも無様に敗れた。安倍晴明が存在せず、因縁に決着もつけられぬこの世界で、生きる意味も見失った我に、最後の最後で鬼となった晴明に連なる者との戦いを用意してくれるとは! まさに、我はこの瞬間の為に生まれ変わったのだ!」
蘆屋満彦は歓喜に満ちた顔で叫んだ。生きる意味……そして死ぬ意味さえも見付けたように。
「十……十二……なんと、十二の鬼神の根源が混ざっていおるだと! その鬼の力、まさに安倍晴明が使役した十二天将と同じ……いや、それ以上の力を感じる。天后、太裳、太陰、貴人、騰虵、六合、勾陳、青龍、朱雀、天空、白虎、玄武――す、素晴らしい! 人の身でありながら十二の鬼神を従えるか!」
興奮して話す満彦にルリが前に出ようとする。
「ちょっと! 勝手なこと言ってる! やっぱり私が」
「待ってルリ、オレがやるよ。コイツはオレが倒さなきゃいけない気がする。この千年に渡る因縁に終止符をつけられるはオレしかいない気がするんだ」
「でも……」
春近がルリの目を見つめる。
「大丈夫、いつの時代も、お姫様を守るのは王子様の役目だろ」
「うう~っ! ハルが何かカッコいい!」
春近が前に出る。
まるで千年前に禍根を残した安倍晴明と蘆屋道満の因縁に決着をつけるように。
「そうだ、それでこそ晴明に連なる者。我との決着を、因縁に終止符をつけると申すか。この世に記憶と共に転生し、この体の男と記憶が混濁し薄れゆく中で、最後にこのような舞台を用意してくれるとはな。嬉しいぞ!」
「前からおかしいと思っていたけど、オマエは千年前の陰陽師の蘆屋道満の人格と共に蘆屋満彦という本来その体の持ち主の人格の両方を持っているんだな。おまえの中身がどうなっているのか知らないけど、戦って満足したら大人しく成仏でもして体を元の男に返してやれ」
「くっくっくっ、無論。我は、その為に生まれ変わったのだからな。もはや、晴明と決着をつけることこそが我が望み。鬼となった晴明の子孫である其方との戦いこそ念願よ」
土御門春近と蘆屋満彦が対峙する。
現代の十二天将に当たる十二の鬼神の力を手に入れ鬼神王となった男と、千年前の伝説の大陰陽師の転生者との戦いが始まろうとしていた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前! 急急如律令!」
先に動いたのは満彦であった。
ドーマンと呼ばれる九字を切り、格子状となった印が飛ぶ。
鬼や妖魔にとって必殺の呪法である。
しかし、春近の動きも速い。
鬼の体を手に入れた春近は、思考速度も肉体の反応速度も桁違いだ。
一瞬で体内に呪力を生成し解き放つ。
「鬼神王超重力空間歪曲!」
ギュワァァァァァン! スドドドドドドドドォォォォーン!
春近が呪力によって放った攻撃は、正面の空間を支配し満彦の放ったドーマンを黒い球体の中に飲み込み消滅させた。
続いて春近は腕を伸ばし指先に呪力を集中する。
その指先から青白いプラズマが迸ると、次の瞬間、まるで青龍が具現化したような魔力を放出した。
「鬼神王水龍雷撃!」
青龍が稲妻を帯びて満彦を襲う。
ズババババババババァァァァ!
「印!」
満彦は呪符を飛ばし青龍を防ぐが、僅かに向きを変えさせただけで威力を消しきれず、電撃の爆発で後ろに飛ばされる。
ズドドドドドドドドォォォォォン!
春近の体には、ルリたち十二の鬼神の根源が融合し遺伝子に組み込まれている。その為それぞれ十二人の呪力の行使が可能になっていた。
呪力は鬼の遺伝子から発せられるパルスを直列起動させることで呪術回路を形成し、肉体や周囲の空間に超常的な力を発しているのだ。
その力は、本人の持つ呪力の大きさに比例していた。
春近は十二の鬼神の呪力を使えるが、ルリたちオリジナルの呪力と比べると一つ一つは小さかった。だが、複数の呪力を組み合わせることで驚異的に威力を上昇させているのだ。
その組み合わせは、132種類以上!
「くっくっくっ、強い……そうだ、それでこそ我が好敵手よ!」
「オマエとは、いつか決着をつけなければならないと思っていたんだ。ルリを拉致した時の借りを返していないからな! 好きな女に酷いことをしたんだ。文句は言わせないぞ」
「むしろ好都合よ。全力で来い!」
蘆屋満彦は、心底楽しそうにしていた。
夢も野望も潰え、この世界に転生した意義も見失い日本中を放浪していたところ、鬼になり最強の力を手に入れた晴明の血筋の男と出会えたのだ。
晴明と再戦することを夢に見ていた彼としては、こんなに心躍るものはなかっただろう。
「邪法土蜘蛛噛砕!」
満彦の放った呪符から、巨大な蜘蛛の式神が現れる。
春近に向かって飛び掛かり、巨大な牙で嚙み砕こうと口を開けた。
グアァァァァ!
「鬼神王火炎旋風拳!」
ブォオオオオオオオオッ! バリバリバリバリッ!!
春近の放った地獄の業火のような竜巻を乗せた一撃で、巨大な蜘蛛の式神は弾け飛び、中から出現した大量の子蜘蛛も一緒に燃え尽きてしまう。
ゴバァアアアアアアア!
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
土蜘蛛の攻撃を突破された満彦だが、燃え盛る蜘蛛の式神の向こうで、両手に大量の呪符を持っているのが見えた。
「おのれ! 降魔呪殺陣! 急急如律令!」
シュバッ! バババババッ!
満彦の放った大量の呪符が空中で回転し、次々と春近に襲い掛かる。
その一つ一つに呪殺と爆殺と呪縛といった様々な呪いをかけた呪符が、あらゆる方向から降り注ぐ必殺の呪術であった。
「くらえ! 我が必殺の呪法!」
「甘い! 金剛拳! そして、部分強制影縫い!」
「なっ、なにぃ! お、おのれ、足が!」
春近は金剛の呪力で加速する。
それは疾風のような速さで必殺の呪符を全てかわす。そして続け様に強制の呪力で満彦の足を止めた。
「終わりだっ! 鬼神王因果律変動次元斬!」
ギュイィィィィィーン!!
シュバッ!
「ぐああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
因果律を変動させながら別次元に存在する霊体を攻撃する光の剣が、満彦の体に吸い込まれるように通過した。
蘆屋道満の霊体に大ダメージを与えたのだ。
吹っ飛んだ満彦は、その体から禍々しいものを放出しながら河原に転がった。
凄まじい攻撃とは裏腹に、実際のところ春近は因果律のことをよく知らないのだが。何かカッコいいから使ってみた感じである。
「ふっ、ふふふっ、くっくっくっ……見事……だ……」
バタッ!
蘆屋満彦は、その場に崩れ落ちた。
「終わった……のか?」
「ふっ、最後に全力で戦えたのだ……悔いはない……」
その顔は、満足そうな……憑き物が落ちたように見える。
一部始終を見守っていたルリが春近に近づく。
「ハル、大丈夫?」
「ルリ、オレは大丈夫だよ」
ルリが心配そうに春近に寄り添う。
「ハル、凄いっ!」
「ま、まあな……」
二人でラブシーンに突入しそうなところを、再び満彦が水を差す。
「ふっ、ふふっ、ふふふふっ。終わってみれば……実に楽しかった二回目の生……其方と出会えて良かった……」
ボロボロになり倒れている満彦が、荒い息のまま春近を見つめる。
「おい、何か成仏しそうな展開だけど、満彦の体は大丈夫なのか?」
「さあな……」
「さあなじゃねーだろ。死んだらマズいんだが」
ガクッ!
「おい! 死ぬな!」
「…………」
満彦は静かな吐息をして眠っているように見える。
「一応生きてるみたいだ。陰陽庁に引き取りに来てもらわないと」
様々な出来事や事件が続いた長い夜が明けて行く。
春近にとってもルリたちにとっても、大きな節目となる一日となった。
「はう~ん♡ ハルぅ、すっごくカッコよかったよ♡」
「ふっ、オレは鬼神王、無敵だぜ!」
「きゃあああ~っ、ハル~っ♡」
ルリの目がハートマークになっている。
ただ、春近は急激に強くなった自分と、前と同じ中身のギャップに困惑していた。
マズい――
何か強くなったけど、中身は前と同じオレのままなんだけど……
調子に乗ってヒーローっぽい感じにカッコつけちゃったけど、これ話し方とか戻した方が良いのかな?
いくつかの問題が解決したかに見えたが、実はまだ色々と問題が山積みなのであった。




