第百九十話 ささやかな夢を
体の中から爆発的に熱や力が噴き上げて来る感覚がある。
今にも弾け飛んで暴発しそうな、何かを破壊してしまいそうな力の暴走を。
次の瞬間、春近は反射的に外に飛び出して走り出していた。
「ぐあああああああああっ!」
獣のような咆哮を上げ、もの凄いスピードでデタラメに走り続ける。
まるで放出する力で街や人を傷つけないよう、人のいない山へと向かうように。
全身から迸る力を、スピードに変え消費するかのように。
この街は、東京でも二十三区外にあり、クルマで移動すれば有名な観光地なども存在する山々に行く事もできる。
しかし、今の春近はクルマよりも速いスピードで走り、ジャンプでフェンスを飛び越え高い壁も一瞬で駆け上がった。
それはもう、常人の動きでは無い。
そう……呪力が発現しているのだ――――
それに最初に気付いたのはアリスだった。
寝ようとしていたところ、何か自分の知らない呪力の発現を感じ取ったのだ。
少し前から感じていた、何かよく分からない不安のようなものが急速に膨らみ、最近の春近の違和感と一致する。
「まさか、ハルチカ!」
すぐにスマホを取り電話を掛ける。
ツーツーツーツーツーツ――――
「出ない!」
アリスは部屋を飛び出し走り出す。
途中、忍の部屋をノックし皆を集めるよう伝えてから、小さな体で全力疾走して春近の部屋へと向かった。
ガチャ!
「ハルチカ!」
そこは、誰も居ない……
ついさっきまで居たはずの、部屋の照明もパソコンのモニターもついたままの、誰も居ない部屋の中で机の上のスマホ画面にアリスの着信通知が光っている。
「そ、そんな……。何となく嫌な予感がしていたのに……」
その場にアリスが崩れ落ちた。
「前から違和感に気付いていたはずなのに……。わ、わたしは……自分の想いを優先させてしまったのですか……ど……どうすれば……」
ドォーン!
凄まじい勢いで最初にルリが部屋に飛び込んで来た。
続いて後ろから皆が続く。
「は、ハルは……? アリスちゃん、ハルは何処?」
アリスは、ルリの問いかけに下を向いた。
「ハルは何処なの!?」
ルリの勢いに圧されて、アリスが話し始める。
「ハルチカの部屋の辺りから呪力の発現を感じたです……。多分……わたしたちのせいで……ハルチカの体に異変が……。人の体に鬼の呪力は大き過ぎです……危険な状態かも……」
「え………………」
「わたしたちと関係を持ったせいで……ハルチカは……」
ルリは急に足元の感覚がおぼつかなくなり、力が抜けて倒れそうになる。
まさか、自分のせいで春近が……と思って――――
「そ、そんなわけない! 私は他の……」
そこに天音が割って入った。
「天音……これは、わたしの推測ですが……わたしたち鬼の体液に含まれる遺伝子にも、多少の影響力がありますが……わたしたちとハルチカは、肉体的にも精神的にも深く繋がりました。それにより、お互いの体に呪力の流れる回路のようなものが作られて……ハルチカの中に遺伝子と共に呪力の元のようなものを流し込んでしまったでのはないかと思うのです」
「そ、そんな…………」
ルリは、全てが崩れ落ちそうな気持で、目の前が真っ暗な感覚になった。
「また……また不幸にしてしまった……お父さんやお母さんのように……私のせいで……やっぱり私は疫病神だ……」
大好きなハルを――
また私は、大好きな人を傷つけ壊してしまう……
私は壊すことしかできない厄介者……
ハルは、こんな私とすっと一緒だって言ってくれたのに……
ハルのおかげで……こんな私でも生まれて来て良かったんだって、生きていて良いんだって思えたのに……
毎日が楽しくて……未来はもっと楽しくなるって思えたのに……
それなのに……
そうだ……
結局、あの陰陽庁の男の言う通りだった……
私が居るだけで関わる人を不幸にしてしまう……
やっぱり、私は生まれてくるべきじゃ……
バチィィィィィィィィィィーン!!!!
その時、渚がスナップの利いた強烈なビンタをルリの顔に炸裂させた。
叩いた渚自身が、手が痛くなる程の。
突然の出来事に周囲の皆がビックリして固まる。
「へ……」
「バカっ! あんたがそんなんでどうするのよ! あたしたちなら何でも出来るはずでしょ! 最強のメンバーなんだから! あたしは春近を助けに行く! あたしの力で春近を救ってみせるわ! そして、春近があたしだけ見るように誘惑してみせる! あんたは、そこで指をくわえて見てればいいわね! 悔しかったら何とか言いなさいよ!」
「…………っ」
ルリの顔がジンジンと痛む。
その痛みが体の奥まで伝わり、暗闇に支配されそうになった心に再び炎が灯る。
「そうだ、まだ終わったわけじゃない! ハルを助けに行かないと! 絶対、助けるんだっ!」
ルリが顔を上げた。
「渚ちゃん……ありがとう。あと、借りは後で返すから!」
ズドオオオォォォォォォォォーン!
そう言うと、ルリはもの凄い勢いで飛び出して行った。
まるで、土煙を上げ突進する名馬のような加速で。
皆が一連の怒涛の成り行きに固まっている中、アリスがテキパキと指示を出す。
「ええっと、皆で手分けして春近を探すのです。遥は管狐で探索を」
「「「はい」」」
皆がそれぞれ春近の捜索に出て行く中、渚は全く動けないでいた。
ルリには強がってみたが、実際は渚も怖くて足がすくんで動けないでいる。
怖い――
春近が……
どうしよう……
皆には強がってしまったけど、本当は怖くて動けない……
あたしの春近が……
ポン!
忍が渚の肩に手を置いた。
「渚ちゃん、一緒に行きましょう」
「忍……」
忍は、渚を背負って一緒に出て行く。
この一年で絆が強まったのは春近だけでなく、彼女たちの友情も強まっていたのだ。
「ううっ、手が痛い……ねえ、忍……ルリがビンタの仕返しに来たら助けてよね。あの女の馬鹿力で叩かれたら、あたしの首が折れちゃいそうだし」
「はい。任せて下さい」
皆、春近を思う気持ちは同じだった。
それぞれが、その絶大な力を使い春近を助ける為に動き出す。
千年の時の廻り合わせにより、同じ時代に転生した最強の十二の鬼神が、その最強たる所以である力を全開放する。
ある者は想いを具現化し、またある者は運命に干渉し、そしてある者は全身全霊を以て呪力を繋ぐ。
後世の歴史家は語るだろう――――
その日その時、伝説だと思われていた鬼神の力により、時空や運命さえ覆す歴史的転換点が訪れ、全てを超越した新世界の王が誕生したのだと。
長い夜が始まろうとしていた。




