第百八十七話 夏の蜃気楼
真夏の陽射しと風が青少年の心を開放的にする。夏色の物語は、いつも強気で寄せては返す波の様にドキドキとハラハラを繰り返し、普段大人しい男女でさえ少し大胆にしてしまう。
それは普段インドア派の春近も例外ではないようで。
「ってなわけで、ハルっ! 海行こっ、海!」
ルリが巨乳をぷるんぷるんと振りながら力説する。
抵抗力の高い春近でもルリの魅力でノックアウトされそうになるくらいなので、クラスの男子数人はぷるんぷるんだけで限界突破してトイレへと駆けて行った。
「ルリ……遂にナレーションにまで食い込んで来たか……」
「えっ、何のこと?」
ナレーションではない。
単に春近が『夏は恋の季節』だとか妄想していると、そこにルリの発言が繋がってしまっただけである。
二人は考えていることまで一緒のようだ。
ただ、夏の恋は皆大胆なのかもしれないが、ルリは毎日が大胆で刺激的なのだが。
そして春近は心の中でルリの魅力と苦闘する。
ルリ――
そんなに胸を揺らさなんでくれ……。長い間皆のエチエチ攻撃に耐えて耐性の付いたオレでも、まるで猫じゃらしに飛びつくネコのようにルリに飛びついてしまいそうだぜ。
くっ、耐えろオレ!
皆の見ている前でルリのおっぱいに飛びついたりしたら、ルリは喜ぶかもしれないが他の子から軽蔑の眼差しで見られてしまう。
それでなくても最近のルリは、一段と綺麗になって凄い魅力的なのに。
前から凄く美人で超絶綺麗だったけど、まだレベルアップするなんて何処まで行ってしまうんだぁぁ!
ぷるんぷるんぷるん――――
「ふおぉおおおおっ! 耐えろオレっ!」
「おい! いつまでルリの胸をガン見してんだよ!」
咲が横から入って来てルリの胸を遮った。
今、春近の目の前には咲の控えめな胸が見える。
「ルリばっか見てないで、アタシのも見ろよな……」
咲が胸を張る。少しでも大きく見せるように。
「咲……くっ、このちょっと拗ねた表情でいて恥じらう感じが可愛すぎる……今すぐモミモミしてしまいたい……」
「おいっ、ハル! もうそれ、心の声が漏れてるってレベルじゃねーぞっ! は、恥ずかしいだろ……あと、セクハラ発言やめろよ」
「ダメだ、最近ナチュラルに心の声が漏れまくってるぜっ!」
「そ、そういうのは二人っきりの時にしろよ♡ そ、それなら、揉ませてやっても良いんだからよ……って、アタシなに言ってんだぁああっ!」
咲が自分から恥ずかしいことを言ってしまい、予想通り恥ずかしがって真っ赤な顔になってしまう。
いつも通りの光景だ。
そして、いつもの如く噂好き女子四人組が、咲をからかおうとタイミングを見計らっているのだが、前の様にスルーされるのが怖くて躊躇していた。
この噂好き女子たちだが、実は咲のことが大好きで友達になりたいと思っているのだ。
入学当初からギャルっぽくて可愛くて目立っていた咲の存在を、多少の嫉妬も含めて気になっていたのだ。そして、所かまわず頻繁にイチャイチャチュッチュしている咲が大胆不敵な剛の者に見えてしまい、もう尊敬の念のようなものを抱いてしまっていた。
咲としては、春近と良い感じになると周りが見えなくなってしまい、ついつい人前で恥ずかしいことをしてしまうだけなのだが。
こうして噂好き女子たちは、好きな子にイジワルしちゃうような子供っぽい心理で咲にちょっかいをかけるのだが、案の定ウザがられるだけで仲良くはなれなかった。
そして、今ここに彼女たちは、最後の攻勢を仕掛けようと覚悟を決めていた。
「あっら、茨木さん、今日も御盛んね!」
「毎日胸揉まれてるんでしょ!」
「やだ、エロ過ぎ~っ!」
「それな!」
「…………」
咲は一瞬だけ彼女らに視線を向けたが、すぐに春近へと戻し甘えモードに入る。
「ちょっと、無視しないでぇぇ! ホントは茨木さんと友達になりたいのぉ!」
「エロエロ先生とか失礼なコト言ってごめんなさい~っ!」
「ちょっと、からかって気を惹こうとしただけなの!」
「本心では尊敬してるんです~ぅ!」
「えええっ…………」
まさかの友達になりたい宣言で、咲が困惑した表情になる。
いままで散々からかってきたのに、そんな好きな女子にイジワルしちゃう小学生男子みたいなことを言われてもといった感じだ。
「何だか可哀想だから、もう許してあげたら?」
春近がさり気なくフォローした。
「さすが土御門君、陰キャっぽいのに器大きいっすね」
「それ、バカにしてるの?」
「いやいやいや、言い間違えです。ホント器大きくてエロくて最高っすよ!」
「いまいち釈然としない……」
褒めてるのか貶してるのか分からない女子たちのマシンガントークに春近もたじたじだ。
「ああっ、もう、めんどくせえ! 良いよ。勝手にしろよ」
いつまでも粘る女子たちに咲が観念した。
「ええっ、良いの? じゃあ、私たち、咲ちゃんって呼ぶから、咲ちゃんも名前で呼んでね」
「そうそう、それな」
「ズットモだよね」
「もしかして、名前忘れちゃったとか……?」
「覚えてるよ。何度も聞かされてるし。武智美と房女と宇合とマロンだろ」
ズットモかどうかは怪しいが、ここに再び咲と噂好き女子たちとの和解が成立した。
第二次ギャル修好通商条約である。
何だか分からないが、春近は目の前の光景を見て少し感動していた。
こうして、他の人とも少しずつ仲良くなって行くのは良いことだよな。
ちょっと、しみじみしてしまうぜ……
でも、緑ヶ島に移住したらどうなるんだろ?
ちょっと不安だよな。
これからの生活や自分の体の変化など、春近は色々と不安を感じていた。
そこに和沙が入ってきた。
さっきから入りたくてウズウズしていたようなのだが。
「おい、何を騒いでいるんだ? わ、私も加えるんだ」
「あれ、和沙ちゃん」
実は海という単語が出てから、ずっと聞き耳を立てていたのだ。
「海と聞いては私も黙ってはいられないな。青い海と何処までも広がる空……ふふっ」
「暑いから部屋が良いかな」
「はああぁああ?」
ルリもグイっと迫る。
「だから、海に行こっ! 夏といったら海でしょ!」
「いや、夏と言えば部屋でアニメとゲームとか、お台場で行われる同人誌のイベントでしょ」
もう、春近がオタク特有のオヤクソクな返答をしてしまう。
「えええええ~っ! ハル、行こうよ!」
「コラっ、まったくキミは釣った魚に餌をやらないような男だな!」
ルリと和沙から猛ツッコミを受けてしまう。
少し離れた席に座る杏子だけ、『分かってますよ』といった感じの表情で目配せをしていた。
「いや、冗談だから。ルリ」
「ハル、冗談はエッチだけなんだよ」
「意味わかんねえよ……」
意味は分からないが海に行きたいようだ。
「ハルちゃん、夏のバカンスで私を甘やかすんだ!」
「和沙ちゃんは、いつも甘えてるじゃん」
「お、おい、あまり人に言うんじゃない」
最初こそ威勢が良かった和沙だが、途中からよわよわになった。
そうだよな――
ルリは寂しい子供時代を送ってきて、これまで普通の子供がすることを殆どしてこなかったんだよな……
ルリの笑顔をもっと見たいし、出来るだけ夢を叶えてあげたいよな。
「うん、夏休みは海に行こうか」
考え込んでいた春近が口を開くと、三人の彼女が一斉に笑顔になった。
「やったぁぁぁぁぁー! ハル、大好きっ♡」
「ハルちゃん、よく言った!」
「えへへ~っ、アタシもハルと♡」
それぞれニマニマと何やら想像しているようだ。
「でも、シーズンだし混んでるよな……どうしようか?」
「旦那様……それなら、わたくしの家の別荘はどうですか?」
「栞子さん……本当にお嬢様なんですね……」
突然現れた栞子の提案で、源家の別荘に皆で泊まる真夏のバカンスが決定した。
寄せては返す波のようなドキドキハラハラな、夏色の恋物語の開幕である。
ルリが楽しそうにしているのが何より嬉しい春近だ。
「ハル、約束だからねっ! 絶対だよ!」
「うん、楽しみだね、ルリ」
ルリ――
ルリが喜んでくれてよかった。
ふふっ、ルリは素直で可愛いな。
ふと、春近の脳裏に去年のキャンプの思い出が甦った。
それは、激しく淫靡な夜の記憶――――
「あっ、言い忘れてたけど、エッチ禁止で!」
「えええええええええっ!」
「はああああああああっ!」
「なんだとぉぉぉぉぉぉ!」
一斉に大ブーイングをくらう。
それそれ彼女たちが、ひと夏のロマンスやアバンチュールのようなものを描いていたのに、いきなり禁止されてしまっては大激怒するのも仕方がない。
「い、いや、だって、去年のキャンプの時に、皆で一斉に迫られて危うく昇天して天国に行きそうになったし……」
「あっ…………」
「しまった……」
ルリと咲が顔を見合わせて、やり過ぎてしまった夏の夜の出来事を思い出す。
皆でエチエチ攻撃を仕掛けた為に、春近の負担が凄くて失神させてしまったのだ。
いくら大好きな春近とイチャイチャしたくても、これだけの人数で同時に迫ってしまったら負担が大きすぎる。
二人の話を聞いていた和沙が口を挟んだ。
「おい、私と知り合う前から、キミらはエッチなことばかりしていたのか……」
「いや、和沙ちゃんたちも似たような感じだけど……」
「い、一緒にするなぁ」
そしてルリと咲が、まるで血の涙を流しそうな顔をして我慢している。
「くうううううっ……ハル、私……死ぬ気で我慢するから……」
「はああああっ、ハルと一晩中イチャイチャしまくりたかったのに……」
こうして、夏休みのイベントが決定し、誰もが楽しい夏を迎えると信じていた。
たとえ、どんな運命に翻弄されても、皆の絆は絶対に揺らがないと。
波乱に満ちた夏休みが始まろうとしていた――――




