第十九話 特殊スキル鬼寄せ
『がははは! おう、元気にしとるか我が孫よ!』
素っ頓狂な声を上げたのは、電話の向こうにいる春近の祖父だ。
土御門晴雪
この度、陰陽庁長官に就任する、春近を陰陽学園に入学させた張本人である。
栞子から、祖父が陰陽庁次期長官に内定するらしいという話を聞いた春近は、居ても立ってもいられず本家の祖父に電話を掛けたのだ。
そもそも、後で詳しい連絡をするという約束だったのに、連絡は最初のメール一回きりで後は放置されているような状況である。
祖父には色々と言いたい事があった。
「元気にしとるかじゃないよ! こっちは大変なことになってたのに!」
『おうおう、分かっとるわい。全てワシの計画通りじゃ!』
電話の向こうの祖父が、ドヤ顔で『計画通り』とキメ台詞を言っている映像がチラつき、春近はイラっとする。
「何が計画通りだよ」
『まあまあ、それはおいおい話すのでな』
「はあ? 陰陽庁長官になるって話を聞いたんだけど」
『おう、今回の失態で上層部が入れ替わったわい』
失脚した上層部とは、栞子の祖父のことだろう。
『がはは、鬼を討伐するとか息巻いてたアホ共が一層されたからの。清々したわい』
「それで、一体どうなってるんだよ?」
『そんなことより春近よ! 彼女の一人や二人はできたのか?』
「はぁ、何言ってんだよ! 彼女が何人もできるわけないだろ!」
陰陽庁の権力闘争より孫の女性関係を心配するのはどうなんだと春近は呆れる。
『ところで春近よ、鬼寄せという言葉を知っておるか?』
「なんだよ、それ?」
唐突に晴雪の口から変な用語が飛び出し、春近はスマホを持ち替えた。
「古来より鬼寄せの者は生まれながらにして鬼を引き寄せてしまう特殊な能力を持っておるのじゃ。まあ、鬼の好きなフェロモンみたいなもんを出してると言えばわかるじゃろ。春近にはの、生まれつきその鬼寄せの素質が有るのじゃよ」
「はぁあああ!? そんなの初耳なんだけど」
(するとあれか……ラノベに例えると、異世界に転生して何のスキルも無いと思っていたけど、実は超特殊なチートスキルを持っていたみたいな話なのか?)
異世界系ラノベに例えるところがオタクの春近らしい。
しかし、すぐにルリの顔が思い浮かび心配になる。
(そういえば、ルリも俺を慕ってくれたりペロペロしてくるけど、それも鬼寄せのスキルが原因なんだろうか? ルリとは心が通じたのだと思っていたので、鬼寄せのフェロモンが原因だと思うと少し悲しい……)
そんな春近の心配だが、次の晴雪の言葉で吹っ飛んだ。
『まあ、古来から鬼寄せの者は、皆鬼に食べられてしまうと言い伝えられておるがな』
「それ、ダメなやつぅぅぅぅぅー!」
『まあ、安心せい! 鬼寄せは鬼を寄せ付けることはあっても、その先は本人次第じゃからな!』
晴雪は、まるでこれまでの事を見てきたかのように言う。
春近は心を見透かされたような気がして気恥ずかしくなった。
『そもそもな、平安時代のような陰陽道や呪術が盛んな世と違い、現代のような呪術を使える人間が殆ど居ない世で、転生した鬼と戦おうなんてことが無謀なんじゃよ。ワシは最初から前長官の計画は失敗すると予想しておったからな」
「た、確かに、力の差があり過ぎるよな」
『そこでワシは、春近の鬼寄せで鬼を調伏する作戦を考えたのじゃ! 調伏といっても人と敵対しないよう、社会に馴染んで大人しく生活するという意味じゃがな』
「は? 俺が何をするんだ? てか、失敗したらどうするんだよ」
『その時はその時じゃ! そんじゃ、後は頼んだそい。詳しい内容は正式に指令が出るから待っとれ!』
祖父はそれだけ言うと電話を切ってしまう。
「ちょ、待て!」
ツーツーツー――――
春近は、切れたスマホを茫然と見つめていた。
◆ ◇ ◆
後日――――
正式に陰陽庁の新人事が決まった。方針が大きく変わり、新たな作戦内容が出たと栞子が伝えてきたのだ。
「土御門さん、新たな方針ですが……」
ハイライトが消えたような目をした栞子が説明する。かなり心労が溜まっているようだ。
説明を続けようとする栞子だが、春近の方を気にして口ごもる。
「あ、あの……土御門さん、酒吞さんをどうにかしてくれませんか?」
そう栞子が言うのも無理はない。ルリが春近に抱きついたまま彼女を睨んでいるのだから。
「酒呑さん、席を外していただけませんか? だ、大事な話があるので……」
「いや!」
速攻で断られる。
栞子からしたら、四天王をけしかけ大敗北を喫したうえに、あんな恥ずかしい恰好まで見られてプライドもズタズタだ。
ルリに睨まれて生きた心地がしない。
そんな栞子だが、春近は彼女を憎めないキャラだと思っていた。
陰陽庁がルリを攻撃したのには怒っているのだが、何故だか栞子には同情してしまう。
今はボロボロの栞子に、これからの人生で幸あらん事を願おう。
そんなこんなで、春近はルリを説得しようと試みる。
「ルリ、大事な話があるから少し離れていて」
「えぇ~!」
「お願い」
「分かった……」
ルリは渋々言うことを聞き、春近から離れて歩いて行った。
ルリが居なくなったのを確認した栞子が口を開く。
「土御門さん! あなたには特級指定されている鬼の転生者を全員もれなく虜にしてもらいます!」
ヤケクソみたいな感じで栞子が意味不明なことを言い出した。
まるで美少女ゲームの主人公が、全キャラルートを攻略しろとでも言わんばかりに。




