第百四十八話 兄がモテモテだなんて信じない!
次から次へと彼女が現れ、『おにい、彼女何人いるんだよ』状態になってしまう春近。妹の夏海にバレて姉妹絶体絶命だ。
もう正直に彼女が複数いる事を白状するしかないのか――
だが、変態プレイだけは絶対に隠さねば!
何としても妹には、恥ずかしいプレイだけは隠さなければと春近が強く願う。
そんな春近の気持ちなど知りもせず、夏海はジト目で兄を睨むばかりだ。
「おにい……さっきから彼女が何人も出てくるんだけど……」
「そ、それはだな……」
「それに、セフレとか夜のお世話って何よ!」
「だからそれは……」
夜のお世話に反応したのは、ご存じエッチ女子のルリである。
「夜のお世話ってのは、ハルが寝ている間に……もごっ、んんっ~」
「ルリ、ちょっとこっちに来て~」
またしても危険ワードを喋りそうになったルリの口を塞ぎ、春近は彼女を離れた場所まで引っ張って行く。
くっ、何故オレの彼女は、エッチな話をまるで日常会話みたいにする子が多いんだ――
「ルリ、あまりエッチな話をすると、妹には刺激が強すぎるから」
「えっ、そうなの。ごめんハル」
「オレがハーレム王なのも内緒にしてよ」
「それはハルが悪いんだもん」
「ぐはっ」
墓穴を掘る春近だ。熱愛ヒロインの嫉妬を甘く見てはいけない。
「私は咲ちゃんだけは良いよって言ったはずなのに、ハルが他の子まで彼女にしちゃうから」
「そ、それは……面目ない……」
ルリが少し拗ねてしまうが、口を尖らせて怒っている顔も可愛いなと春近は思った。
「まあ、今では皆仲良しだし、私と同じような子もいるからね。そこは仕方がないと思うけど」
「うううっ……ルリ。なんて良い子なんだ」
「ハルぅ~♡」
「ルリぃ♡」
「おにい、まだ?」
痺れを切らせた夏海がやってきた。
し、しまった、妹の存在を忘れてルリとイチャイチャするところだったぜ。
そうして春近は、正面から夏海と向かい合い話を始めた。
「夏海、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」
「なによ」
「実は、お兄ちゃんは彼女がたくさんいるんだ」
「サイテー」
「で、ですよね……」
妹の一言で春近のHPが削られた。
「うっ、ルリ、どうしよう?」
「ハルぅ~いい子いい子~♡」
ルリが胸の谷間に春近の顔を埋めさせてナデナデする。谷間の魔力には勝てないのだ。
「もう! おにいなんか嫌い!」
二人のイチャイチャを見せつけられた夏海が、荷物を抱えて寮の中に走って行ってしまう。
「しまったぁぁぁ! ついルリのおっぱいの誘惑に負けてしまったぁぁぁ!」
勝手に自爆するスタイルの春近だった。
――――――――
夏海は割り当てられた寮の自室に入ると、荷物を適当に放ってベットに腰かける。
「せっかく、おにいと同じ学校で楽しみにしてたのに……。おにいのバカ……」
夏海はベッドの上に寝転がりながら、嫉妬と怒りの感情より不信感が高まっているのを感じていた。
「でも、あの陰キャで女子が苦手なおにいに、あんな綺麗な人たちが何人も彼女になるなんておかしい。もしかして、騙されてるとか?」
騙されていると言っておきながら、頭の中では逆のシチュエーションが盛り上がる。
「ちょっと待って、逆におにいがあの人たちの弱みを握って脅してるとか? 『ぐへへ~バラされたくなかったらオレの命令には絶対服従な~』『あぁぁれぇぇぇ~』みたいな? ないない! ヘタれのおにいが、そんな度胸あるわけないし」
複雑な思春期の妹心が、更に複雑な迷路に入り込んでしまった。
――――――――
その頃、春近は皆を招集し非常事態緊急会議を提案していた。
「――――と、いうわけで、妹の前ではエッチ禁止でお願いします」
春近は切実な問題への対応をお願いする。
ただ、全く話を聞いていないのが彼女たちなのだが。
「夏海ちゃん、ハルに似て可愛かったよね」
「ルリ、ちゃんと話聞いてた?」
全く話を聞いていない代表のルリだ。
「アタシも会ってみたいな。やっぱり将来アタシの妹になる子だし」
「咲、エッチは禁止だよ。聞いてる?」
もちろん咲も聞いていない。
「うううっ、もう私は、夏海ちゃんの中でセフレ認定されちゃってるのよね……」
「天音さん……何であんなことを言っちゃったんですか……」
「だって、ハル君の重荷になりたくないし……」
「天音さん……十分重いです……」
どんどんドツボに嵌りそうなのは天音らしい。
「おい、ハルちゃん! 私にも紹介するんだ。ちゃんと挨拶しておきたいからな」
「鞍馬さん……じゃなかった、和沙ちゃん、紹介はしますけど変な演説はしないで下さいね」
「それはハルちゃん次第だな。もっと私を可愛がれ」
「もう、不安しかねぇ……」
更に危険なのは暴走する和沙かもしれない。
皆が勝手な発言をしている中、杏子の一言で場が静まり返ることになる。
「そういうの気にしない人もいるかもしれないですけど、私や春近君みたいなタイプは身内に恋愛事情がバレちゃうのは恥ずかしいものなんですよ。少しは協力してあげましょうよ」
「きょ、杏子! ありがとう。やっぱり杏子は分かってくれると思ってたんだよ。さすがオレの嫁!」
ぎゅうぅぅぅぅぅ!
春近は杏子と熱い抱擁をする。
「も、もう、御主人様……」
「杏子ぉ、おまえは良い女だぜぇ」
「ふひっ、ふへへ、良いものですなぁ」
二人の抱擁を見た彼女たちが複雑な顔をする。
「「「……………………」」」
「あ、あたしも、春近に協力してあげても良いんだけどね。しかたがないわね! あたしは春近の“嫁”だし!」
「渚様」
「ハル! 私も協力するよ! エッチも我慢するね。“嫁”だからね!」
「ルリ」
皆が杏子に触発され、嫁を強調して協力を申し出る。
「皆、現金ですね……だから言ったのに。求めてばかりじゃダメだって。彼氏の気持ちを思いやってあげられる子が勝者となるのです」
アリスの言葉で更に皆が大人しくなる。
ただ、アリスも視察旅行でエッチな気持ちになって、お風呂で洗いっこしたのは黙っていた。
「これで一先ず安心かな……ん? あれ? 何で栞子さんがいないの?」
春近は、一番危険そうな女子がいないことに気付く。
一番危険な女子が多すぎて、誰が一番かは決められないのだが。
「アタシが連絡したけど、メールも電話も繋がらなかったぞ。電池切れてるんじゃない?」
咲が答える。
「これはマズい気がするぞ……」
その春近の懸念は現実のものとなるのだった。
――――――――
夏海は女子寮を出て学園の正門へと歩く。
気晴らしに買い物にでも行こうかと、ぶらぶらと出掛けていた。
「はぁぁ、一生童貞だと思ってたおにいが、あんな遊び人になっちゃうなんて、凄いショック…………」
何気に酷いことを呟きながら俯いて歩く。
「あら、新入生の方かしら。元気が無い御様子ですが、どうかされましたか?」
寂しそうに歩く夏海に、上級生と思われる女性から声がかかった。
それは、風に舞うサラサラの黒髪、知性を感じさせる整った顔、気品のある名家の令嬢のような佇まい。
夏海の前には、完璧に見える上級生の女性が立っていた。
これには夏海も彼女の美しさに息を呑んだ。
えっ、えっ、凄い清楚で知的な先輩。
さっきから変な人ばかりだと思ってたけど、こんなお嬢様みたいな先輩もいたんだ。
「わたくしで良ければ、お話だけでも聞かせてもらえませんか? 進学の時期は誰でも不安に思うものですから」
凄く感じの良い先輩だ。
親切で優しそうで知的で。
おにいの彼女が、こんな人だったら悩まずに済んだのに――
「実は、悩み事がありまして……」
夏海は、兄に彼女ができてから変わってしまったことを相談した。
清楚な先輩は、親身になって話を聞いてくれる。
「そんな事があったのですか。お兄様が変わってしまうのは心配ですよね」
「そうなんですよ」
やっぱ、相談して良かった。
良い先輩だな。
私の話をこんなに親身になって聞いてくれるんだもん。
「でも、恋愛とはそういうものなのかもしれませんわ。好きな人と出会い、それまで生きて来た全てが変容してしまうような」
「そうなんですか?」
「わたくしも、好きな男性と出会ってから、色々な価値観がガラッと変わってしまいました」
「えっ、先輩も恋してるんですか?」
夏海は、清楚な先輩の恋バナに興味津々になる。
「それはもう毎日がトキメキの連続です……部屋に忍び込んでは私物を漁ったり。未洗濯の衣類をクンカクンカしたり。ベッドに潜り込んで好きな方の匂いに包まれて自分を慰めたり……」
「は?」
えっ! 何言ってるのこの先輩?
忍び込む? クンカクンカ? えっ?
いやいや、ちょっと待って! 意味わかんない!
それって犯罪じゃないの? 通報した方が良いのかな?
「それって、スト……」
「ストーカーではありませんわ! わたくしと旦那様は愛し合っているのですから」
「あ、はい、そうなんですか……」
彼氏公認のストーカープレイなのかな?
世界は広いもんだね。
こんな変態プレイをするカップルがいるなんて……
清楚な先輩だと思ってたのに、どんでもない淫乱先輩なのかな?
「あっ、見つけた! 栞子さん、こんな所で何やってんですか。話があるのに」
夏海の後ろから聞いたことのある声がかかった。
えっ、この声って……
「旦那様! 聞いて下さい。スマホを落として壊れてしまったのです」
「栞子さん、いつもツイてないですね……」
春近は、スマホを壊したと言っている清楚先輩……栞子と会話をしている。
「お……に……い……」
「ん? あっ! 夏海…………」
「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
二人同時に声を上げ、まさかの再会を果たす。
「はあ? この先輩の言ってた彼氏って、もしかしておにいなの……。最悪」
「い、いや、待て、これには深い訳が……」
二人のやりとりを見ていた栞子が口を開く。
「旦那様? この方とお知り合いですか?」
「妹です……」
そして、懸念は現実のものとなった。
「申し遅れました。わたくし、ご令兄、春近さんの正妻の栞子です」
この日、一番の爆弾が炸裂した――――