第百四十七話 身内バレ
校庭にハラハラ桜が舞い、まるでピンクの嵐のように風に乗って回っている。陰陽学園にも新入生が入るこの季節、春近の頭の中もピンクの嵐が吹き荒れていた。
緑ヶ島への視察旅行から戻った春近は、留守番組の彼女たちから猛抗議を受け、その溜まりに溜まった欲求不満をぶつけられることになる。
協議の結果、添い寝のサービスをすることになるのだが、一人一人では日数が掛かり過ぎる為、二人同時に添い寝する羽目になってしまった。
毎晩彼女らのエチエチ攻撃を受け、睡眠不足でフラフラの状態なのだ。
「ううっ、もう限界だ……」
ふらつく足取りで歩く春近が呟く。
「さ、さすがに毎日はキツすぎる……。いや、待てよ! 緑ヶ島に住むようになったら、更に激しいのが毎日続く気がするぞ。今のうちにルールを決めておかないと大変なことになりそうだ」
そこに気付いた春近だ。
「でも、今はセッ……な行為をしていないから、スッキリしなくていつまでも寝ないのかもしれない。島に移住して行為をすればルリたちもスッキリして寝るのか? まてまて、あの底なしの性欲……(失礼)のルリたちが、一回や二回で満足するだろうか? 全員に何回も毎日求められたら、オレの体が持たないかもしれない……」
若干、失礼なことを考えてしまう。だが、底なしなのは本当だ。
「これは本気でルールを考えないといけない気がしてきたぞ!」
ブツブツと独り言をしている春近だが、目の前にいるはずのない人物が見え、更に混乱が広がった。
「しかし眠い……何だか、眠すぎて幻が見える気がする……そう、目の前に妹の夏海の幻影が……。よし、落ち着けオレ! Stay homeだぜ! いや、Stay coolだった。前は少しだけ間違えて覚えていて恥をかいたからな……」
「おにい!」
「何だ、この幻影は喋りおるぞ!」
「おにい! ふざけないで!」
「……………………は?」
「は? じゃないよ! さっきから話し掛けてるのに!」
「えっ………………?」
あれ? 幻影じゃない?
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! でたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
春近の絶叫で夏海まで飛び上がった。
「ちょっと! おにい! 脅かさないでよ!」
「えっ、えっ、本物だ……。何で妹の夏海が、学園の制服を着て目の前にいるんだ?」
春近が目を擦り二度見するが、そこには確かに制服を着た夏海の姿がある。
「えっと、何でここに? それコスプレ?」
「入学したに決まってるでしょ! 明日の入学式の前に入寮手続きに来たの。おにいも去年来たでしょ。もう忘れたの?」
「え……全然聞いてないから……」
「内緒にしてビックリさせようとしたの。ビックリした? したよね。その顔見れば分かるよ」
何の悪夢だ……眩暈がしてきた……
マズい……オレがハーレム王とか変態とか公衆の面前でエッチなことをしているとか、一番知られてはならないはずの秘密が身内にバレてしまう。
どうする? どうすればいい?
動揺を隠せないまま春近の頭がグルグル回転する。結論は出ないのだが。
「もうっ! 私が入学するのに、おにい全然嬉しそうじゃないじゃん。何なの、もう!」
なによ、もう! おにいと同じ学校で嬉しかったのに、何で迷惑そうな顔するの――
実は兄と一緒の学園生活を楽しみにしていた夏海は、困った顔を隠そうともしない兄に怒りが込み上げる。
「い、いや、ビックリしただけだよ。それより、何でこの学園に? 他にもっと良い学校が有ると思うけど?」
「ここならお爺ちゃんのコネで簡単に入れるし、個室の全寮制だから一人暮らしできるでしょ。おにいもいるし」
「そ、そうなんだ……」
「それより、荷物持ってよ! 重いんだから! 気が利かないなぁ、そんなだから女子にモテないんだよ」
夏海を連れて女子寮へと向かう春近。『どうか、誰にも会いませんように……』と、心の中では神にでも祈る気持ちだ。
「おにい、何キョロキョロしてんの?」
「いや、何処かに敵が潜んでいるかもしれないだろ」
「また、オタクっぽいことを……しょうがないなあ」
よし、誰も居ないな。
このまま妹を寮に入れて、すぐにこの場を離れよう。
夏海を女子寮に入れ、即その場を離れようとする春近だが、最も会わせてはいけない女子と会ってしまう。
「春近、誰よ、その子?」
「ぎくっ!」
マズい、マズい、マズい、一番会わせてはいけない危険女子が……。
二人が振り向くと、そこには燦然と輝く金髪を風になびかせて立つ、威風堂々とした完璧な女王の姿があった。眉目秀麗な顔も勿論のこと、完璧なラインを描く肢体から、髪の毛の一本一本、足の指や足の裏まで全てが美しい大嶽渚その人だ。
実際に足を舐めた春近だからこそ知っている。
「えっ……」
夏海は、あまりの美しさと凄まじい威圧感の渚に見つめられ、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。
そんな夏海を他所に、完全に勘違いした渚は春近を問い詰める。
「ちょっと、春近! あんた、また新しい女を!」
「ち、違います、妹です。今度入学する妹の夏海です」
「えっ、妹……あんた、妹いたの?」
「はい……」
マズい、渚様……余計なことは言わないでくれ――
渚は、暫し考えてから――――
「初めまして。あたしは、春近の“彼女”の渚よ。よろしくね」
渚は『彼女』の部分を強調して自己紹介した。
「あ、はい、あの、妹の夏海です……。よろしくお願いします」
どうしよう……チョー怖い……この人、すっごい美人だけど、なんか迫力あって怖い――
てか、彼女って……こんな美人が、おにいの彼女なの?
凄まじいインパクトの彼女と名乗る女の登場で、夏海の頭が混乱していた。
「春近の妹なら、将来あたしの妹になるのだから、仲良くしておかないとね」
「えっ、それって……」
「そんなの結婚するに――」
「わーわー! なな、渚様、ちょっと向こうに行きましょうか?」
「何よ?」
春近は、渚を少し離れた場所に連れて行く。
「渚様、妹の前で変なことは言わないで下さいよ」
「変なことって何よ?」
「例えば、奴隷とか調教とか変態っぽいことですよ」
春近の述べた変態ワードで、逆に渚のハートに火をつけてしまう。
「あたしが春近を調教するのは、愛あればこそなのよ。は、春近……何だか我慢できなくなってきた。今ここでしましょう!」
「わーわー! それです、そういうのを止めて下さい」
楽しそうに話している――ように見える二人に、痺れを切らした夏海が近付いてきた。
「ちょっと、おにい、何やってんの!?」
「ななな、夏海、すぐ案内するから。ほら、渚様は戻てって下さいね。あとでサービスしますから」
「え、ええっ、もう、仕方がないわね」
渚の背中を押して遠ざけてから、春近はホッと一息をつく。
あ、危なかった……
そういえば、渚様にとって変態は普通のことだった。
「おにい、彼女なのに様とか呼んでるの?」
「うっ……それは……渚様は、学園の女王として君臨している凄い女子なので、皆が敬称を付けて呼んでるんだよ」
「あやしい……何で、おにいが女王みたいな人と付き合ってるの?」
マズい……もう、隠し通せる自信が無い……
そう春近が混迷の度を深めた矢先、新たな彼女が出現した。
「ハ~ル君!」
びっくぅぅぅん!
「あああ、天音さん」
突然現れた天音が体を寄せ胸を押し付けてくる。
「ハル君、ハル君、ハル君! えへへっ~もう、ハル君大好き♡ 好き過ぎてお姉さんおかしくなっちゃいそうだよ~♡」
ああっ! またしても危険女子が!
天音さん、最初から飛ばし過ぎだよ!
次なる危険女子は、これまた凄い攻撃力だった。
スラっとした背丈に出るとこはムチッと出たセクシーな体。とても同い年とは思えない美人で煽情的な顔。普通の男子なら見ただけで前屈みになりそうだ。
「ハル君、今すぐ私と良いコトしよっ♡ 気持ちよくぅ……んんんっん~」
「天音さん、ちょっと落ち着きましょう」
春近は、天音の口を押えて暴走を止めようとする。
「えっ、えっ、誰?」
当然ながら、夏海が混乱して目を白黒させている。
「ぷはっ、ハル君、突然ヒドいよっ」
「あ、天音さん、紹介しますね。妹の夏海です」
「えっ、妹……」
天音は春近を見つけた興奮のあまり、春近しか見えていなかったのだ。
少し考えた後で、ハッとなって襟を正す。
「あ、あの、お見苦しい所をお見せしてごめんなさい。私、大山天音っていいます。春近君とは“彼女”としてお付き合いさせていただいております。よろしくね。夏海ちゃん」
天音は『彼女』の部分を強調して自己紹介した。
「えっ、彼女って渚さんじゃ……」
「あっ……えっと……」
天音は、春近の方を向き、『言ってないの?』という顔をする。
天音さん……色々と察してくれるのは嬉しいけど、もう手遅れです――
春近は目で『ハーレムなのは内緒で』と合図した。
「あの、その、私は2号とかセフレとして付き合ってるだけだから、気にしないでね……。彼女でも何でもないから……。ううっ、ううっぐすっ……じゃ」
最後の方のセリフは目に涙を溜め泣きそうになりながら天音は走り去ってしまう。
天音さん……フォローのつもりかもしれないけど、それ完全に地雷です――
「おにい……あんな綺麗な人をセフレとか……最低」
「ち、違うんだよ、天音さんはちょっと混乱していて……」
「二股なの?」
「うっ……」
どう説明すれば良いんだ?
いずれバレることだし、もう全部話してしまった方が良いのだろうか?
更に春近が追い詰められているところに、もう一人の危険女子が現れた。
「ハル!」
「わあっ! な、何故、今日に限って立て続けに……」
「ハル、どうしたの?」
「な、何でもないよ」
女子寮の玄関からルリが現れた。
ただそこに存在するだけで周囲を魅了してしまうような妖艶な雰囲気を漂わせ、明らかに彼女の周囲だけ空気感を変貌させているような佇まいだ。
胸元を強調した薄手のTシャツ。大胆に脚を出したショートパンツ。ラフな格好をしていて、胸や尻が凄い主張をしウエストのくびれを際立たせ、とてつもないエロス感を強調している。
女子である夏海まで、ルリの妖艶さに見惚れて言葉を失った。
「えっ、えっ、ええ……」
な、何この人? エロの権化? 何か蜃気楼みたいに周囲が揺らいでいるけど?
春近は前の二人と同じように、ルリに夏海を紹介する。
「あの、ルリ、この子は妹の夏海です」
「えっ、ハルに妹がいるの?」
がしっ!
ルリは夏海の両手を握って自己紹介をはじめる。
「私、ルリ! ハルの“彼女”ね! ハルには昼も夜もお世話になってます!」
「えっ、えええっ……」
同じくルリも『彼女』を強調する。
ルリ、いくら何でも、その自己紹介はないだろ……
妹のジト目が痛いぜ……
果たして、春近はここから挽回出来るのか――――




