第十五話 呪力開放
ルリに対し四天王がジリジリと距離を詰める。
四天王の面々は、人間が鍛えうる極限を体現したような四人だ。
今、その鍛錬に鍛錬を重ねた武の極致が発現しようとしていた。
最初に動いたのは坂田金之助である。
「ふんっ！！」
ズドドドドドドドド！
気合と共に150キロ以上もありそうな横綱級の巨体が凄まじいスピードで突進する。
相撲でいう『ぶちかまし』という技である。
その衝撃は2トンを超えるという破壊力だ。
グニャリ！
目の前で信じられない事が起きた。
凄まじい瞬発力で飛び出した坂田の身体が、あらぬ方向に曲がり隅に設置してあった倉庫に衝突したのだ。
倉庫は破壊され粉々になり、坂田は自爆してノックアウトされてしまう。
ドッガァアアアアアアーン！
坂田の直後に突進した渡辺と碓井の蹴りや正拳突きも、彼女に届く事無く向きを変え勝手に自爆している。
ズドォオオオオオオーン！
ガラガラガラガラ！
出遅れた桜花が見たのは、ルリの周囲の空間が歪んでゆきプラズマのような青い光が走る映像だった。
ルリが普段抑えている呪力を開放したのだった。
バチッ！ バチバチバチッ！
バババババババババッ！
「か、勝てる訳がない……」
卜部桜花は一瞬で悟った。
三人の屈強な男が何もしないうちに倒れているのだから。そう、パンチをあてるどころか触れることさえできない。
しかも、彼女は何ら攻撃さえしていないように見えた。
桜花は完全に心が折れていた。
（怖い！ このままでは殺されてしまう……何でこんなことに……）
幼き日から鬼を討伐する武家の娘として育てられてきた。
体格にも恵まれ天賦の才にも秀でた桜花は、その類まれなる才能を発揮し格闘技の大会では常勝だった。
男子選手相手にも後れをとらず、桜花に勝てる男子など数えるほどだ。
それなのに、今は生まれたての小鹿のように震えているだけである。
ザッ、ザッ、ザッ――――
ルリが桜花に近付いて行く。
「きゃぁ！」
桜花は似つかわしくない悲鳴を上げた。もう武芸に秀でた格闘家ではなく、一人のか弱き少女のように。
ルリは桜花を宝石のような瞳で見つめる。
「あ、熱い……あひっ」
桜花は身体の芯が疼き熱くなる。体を突き抜けるような快感が走り、膝が小刻みに震え立っていられなくなるほどに。
グラッ！
ガシッ！
倒れそうになった所を、ルリに支えられた。
「くぅ……っ……うぐっ……っ」
桜花は体をビクンビクンと振るわせ、そのうねりが大きな波となって体を襲い、そしてそのまま意識は暗転し失神した。
四天王はルリと相対した時に、すでに負けていたのであった。
呪力を開放したルリは、周囲の空間への干渉能力が有り、相手の空間認識能力を狂わせる上に、空間を支配しあらゆる攻撃の向きを変えたり大ダメージを与えられるのだ。
更に、瞳には魅了や催淫や精気吸収の呪力が有り、見つめられた相手は力を奪われ倒れるか、はたまた催淫されて昇天してしまうのだ。
彼女相手に戦うには、先ず見てはならない、見られてもならないのであった。
「どうしよう、これ……」
解放していた呪力を抑え込んだルリは、困った表情を浮かべて転がった四人を見下ろしている。
「困ったな。余計に面倒なことに……」
その時、遠くから春近の声が聞こえてきた。
「ルリ――――！ ルリ――――――！」
その声は、どんどん近付いてくる。
「えっ？ ええっ？ ハル？」
「ルリ！ 大丈夫？」
予期せぬ来訪者に、ルリは固まったままハルを見つめる。
「ルリ！」
春近は一直線にルリの所まで駆け寄り、優しく手を取る。
「良かった！ ルリが無事だった」
そういってルリの身体を抱きしめた。
「えっ、な、なんで……」
「ルリが心配だったから！ ルリを一人にはしておけないよ！」
「ええええ～っ！」
抱きしめられたルリの身体に春近の体温が伝わってゆく。
それはかつて親の拒絶とともに諦めた、温もりへの渇望を呼び覚ます。
（嬉しい！ 嬉しすぎるよ！ ハルは私を大切に想ってくれてる。今なら、今なら初めて会った日のことを打ち明けて……そして……ハルと一緒に……）
ルリはハルの体を強く抱きしめ返し、潤んだ目で見つめる。
まさか、自分の身を顧みず心配して追いかけて来るとは思わなかったのだ。
ルリにとって、そんな人は初めてだった。
「ハル……わ、私……」
熱い瞳で春近を見つめるルリが口を開いたその時、突如、その雰囲気をぶち壊す奇声が上がった！
「グオォォォォォー！」
倒れていたはずの渡辺豪が立ち上がったのだ。
「まだだ！ まだ終わらんぞ！ このまま何もせずに終わっては武士の名折れ！」
ビックリして身体を離したハルが、周囲を見回して転がっている四天王に気付いた。
「えっ！ ええっ！ 先輩たちが転がってるだと！？」
春近が驚き、豪は死力を振り絞る。そして、ルリは心の中で思い切り毒づいた。
（もぉおおおおおおおお！ なにしてくれてんのよぉぉ！ このタコがぁぁぁぁぁー！！！！！！）
良い雰囲気だったのをぶち壊され、ルリの怒りが爆発した。
