第百四十六話 伝説 桃太郎異伝
熱帯系の植物が茂る道を抜けると、真っ白な砂浜に青い海が煌くビーチに出た。いや、青というより碧と表現した方がより近い、海の底まで見通せるような綺麗な海だ。
春近とアリスは、フェリー出航までの間にも島を周っていた。街以外の場所も見ておきたかったのだ。
「近くにこんな綺麗なビーチがあったなんて」
透き通るような海を眺めながら春近が言う。
皆が寝泊まりする寮からすぐのところに、白い砂浜が広がる最高のビーチがあったのだ。
「島の周囲に広がるもう一つの島によって、波の浸食を受けないので砂浜が広いのかもしれないです」
ちょこんと仲良く横を歩くアリスが答えた。
見た感じは完全に恋人同士かもしれない。
「ちょっと泳ぎたくなるね」
「ハルチカは皆の水着姿を見たいだけですね」
「バレたか」
「ふふっ、しょうがないです。見せてやるです」
そんなアリスも、何だかんだ言いながら満更でもない感じだ。
しばらく砂浜を歩いてから木が立ち並ぶ間にある道に入った。
「綺麗な島だったな……」
誰に言うでもなく春近は自然に感想が口に出た。
正直なところオレはインドア派なので、ネットとゲームが出来れば都会でも田舎でもどっちでも良いんだよ。こんな綺麗な島ならゆったりと暮らせるのかもしれないな。
島に来るまでは不安が多かった春近だが、こんな南の島の暮らしも良いのかもしれないなと思い始めていた。
道を歩いた所に、集落へ続く分かれ道が見える。
「こっちがメインの道なのかもしれないねアリス」
「はい、そろそろ港方面に戻りますです」
二人が歩いていると、集落の入り口に九十歳前後くらいに見える高齢者の女性が座っているのが見えた。
軽く会釈をして通り過ぎようとすると、その老婆が信じられない言葉を呟く。
「鬼神様……」
「えっ!」
今なんて……鬼神と言ったのか?
アリスを見て言ったのだろうか?
今のアリスは、ちょっと見ただけでは普通の女の子にしか見えないはずなのに――
春近が驚くのも無理はない。昔の磁場のような呪力を纏っていた頃とは違い、今のアリスは完全に呪力をコントロールしており普通の人間と見分けがつかないからだ。
「おおお……鬼神様……お戻りになられたのか……」
老婆は手を合わせ拝んでいるように見える。
「何故、わたしが鬼だと分かったのですか?」
アリスは老婆に尋ねた。
「一目見れば分かる……。おおお、やはり伝承は本当じゃった……」
「伝承? 何のことだ? この島に何かあるのか?」
「詳しく聞かせてくださいです」
驚いた二人は同時に質問をした。
「鬼神様に全てお話します……この島に伝わる本当の鬼ヶ島の話を……」
そう言って老婆は語り出した。この島に口伝として代々語られてきた物語を。
昔々、そう千年前くらい昔、鬼ヶ島と呼ばれるこの島には、都を追われた鬼たちが落ち延びて住み着いていた。
力の強い鬼たちは、村の人々に協力し家を建てたり田畑を作ったりして、いつしか鬼神様と呼ばれるようになったのだ。
世界中で疎まれ居場所のなかった鬼たちは、終の棲家を手に入れやっと穏やかな暮らしができたのかに見えた。
しかし――――
鬼たちが人々に解け込み、この島の住民も鬼の子孫が増えてきた百年後のことである。
伊豆大島に流罪とされた鎮西八郎為朝が伊豆七島を支配し、遂にこの鬼ヶ島にも手を伸ばしてきたのだ。
鎮西八郎と呼ばれる源為朝は、身長2メートルを超え剛勇無双と謳われる源氏最強の戦士である。
為朝の軍勢が迫っているのを知った鬼たちは、自分がここに残っていては戦になり島の者たちが犠牲になってしまうと、島を出て行くことを決意する。
島の人々に、『自分たちは悪い鬼に脅されていた』と言えば、為朝はきっと島民を害する事無く守ってくれると伝えて。
いつの日か必ず戻って来るから、その時はまた一緒に暮らそうと言い残し、小さな船に乗り何処かに行ってしまった――――
「それが、桃太郎伝説の本当の話ですのじゃ……。おおお、やはり伝承は本当なのじゃ! こうして鬼神様が戻って来られたのじゃから! おおお!」
老婆は感涙で頬を濡らしている。
その姿を見た春近は、隣のアリスに話しかけた。
「そんな話が本当に……?」
「口伝として代々伝わってきたのかもしれないです」
「オレたちが知っている桃太郎と全然違う話だ」
「桃太郎など御伽噺は、長い年月の中で娯楽として人々が喜ぶ勧善懲悪な話になっていったのかもしれないです」
春近たちが老婆と話していると、家の中から息子と思わしき人が出てきた。感涙の涙で必死に両手を合わせて拝んでいる老婆を、そっと家の中に連れて行こうとする。
「すみませんねえ、母は少し認知症なので。気にしないで下さい」
「あの、今の伝承は?」
春近は、家に入ろうとするその男性にも訊ねてみた。
「いえ、古い言い伝えですよ。もうそんな御伽噺を信じている人なんて母のような戦前生まれの人だけですよ。鬼なんて居るわけないのに」
「そう……ですか……」
――――――――
春近とアリスは考え込みながら歩いていた。フェリーの出航時間が近付き港方面へ向かいながら。
「さっきの話って本当なんだろうか?」
「実際に鬼のわたしが存在しているのですから、事実だとしても不思議ではないです」
「だよね……」
「です……」
もし、あのお婆さんの話が本当に九百年も口伝で代々遺された話だとしたら――
ルリやアリスたちの先祖の鬼が最後に伝えた通りに、本当にこの鬼ヶ島と呼ばれる緑ヶ島に戻って来ることになるのだろうか?
鬼は悪い者だと皆子供の頃から教えられてきたけど、人間にも良い人と悪い人がいるように、鬼も同じなのかもしれない。
鬼たちは色々な所で迫害され、住む場所を追われ、いったい何処に行ってしまったのだろうか――――
春近は考える。遠く、気が遠くなるほど昔から続く鬼の因縁の物語を。
ホテル前に到着すると、すでに三人は荷物を纏めてロビーに待機していた。
遅れてきた二人を、賀茂がさり気なくするする。
「早く準備してね。フェリーに乗り遅れると大変だから。まあ……私はこの島にもっと居ても良いんだけど……(ぼそっ)」
「はい、すぐ準備します」
「はいです」
賀茂さん……心の声が漏れてますよ――
ダダ漏れです――
二人は目を見合わせて心で会話をする。
港のフェリー乗り場で乗船手続きをしていると、定食屋のダンディな男性が見送りに来ているのに気付く。
まさかの展開に春近たち四人は目を丸くして固まってしまった。
「明美さん、貴女に会えて良かった。明美さんはエメラルドグリーンの海より美しく、スカイブルーの空より尊い存在だ! また会えるかな?」
「すてき! 孝弘さん、私も貴方に会えて良かった。絶対また来ます。電話とメールもいっぱいします」
二人は抱き合い熱いキッスをした。
「明美さん、んっ」
「ちゅっ、孝弘さん♡」
「えっと……昨夜、賀茂さんに何が……?」
「これが南の島のマジックです?」
「ゲレンデやバカンスの恋は実りやすいって言いますよね」
「……恋は良いもの……そういう定説……」
四人は口々に言う。堅物そうなキャリア女性の恋バナを。
ブォォォォォォォォーッ!
フェリーが汽笛を鳴らし出航した。
デッキでは賀茂が手が千切れそうなくらいに振って、孝弘という定食屋の男性との別れを惜しんでいる。
やがて船は、ゆっくりと島を離れて大海原を進んで行く。
賀茂明美は、いつまでも小さくなってゆく島を見つめていたが、やがて振り向き春近の手を掴んで力説する。
「土御門君! やっぱり恋って良いものよね!」
「えっ……」
行きと正反対の彼女の言葉に、春近も絶句してしまう。
「キミのおかげよ! キミがエッチにイチャコライチャコラしまくって、渇き切った私の心に怒りと嫉妬で火をつけてくれたからなの!」
「えええっ……」
「もう、行きは学生の分際でエロいことばかりする淫獣みたいなクソガキだと思っていたけど、今は私と孝弘さんを結び付けてくれたキューピットに見えるわ!」
「は、はあ……」
淫獣とかクソガキとか、何気に酷い扱いのような――
賀茂は『たらったらったふんふ~ん』とヘンテコな鼻歌を口ずさんで踊るようなステップで船内に戻って行った。
「あ、あの、春近くん……」
入れ替わりで忍が隣に来た。何やら熱のこもった目で春近に話しかける。
「何ですか、忍さん?」
「あの、次からはちゃんとシャワーを浴びてから踏みますから」
「あ、はい」
「ちゃんと春近くんに喜んでもらえるように頑張りますね」
「えっと、そうですね」
忍さん、オレは一言も顔を踏んでくれとは頼んでいないのだが――
まあ、嫌いじゃないんだけど……
あと、女戦士ヒルドのお仕置き顔面騎乗は成人向け同人画像であって、原作には一つも無いことをいつか伝えたい……
船は潮風を散らし青い海を進んで行く。
春近たちが、この旅で得たり知ったことは、青い南の島の暮らしと古い伝承。あと……担当者の恋。
大昔の鬼の伝承では安住の地とはならなかった鬼ヶ島だが、ここが本当に皆が幸せに暮らせる場所になれは良いと春近は思う。
世界が愛や優しさで満ちていれば、誰もが幸せに暮らせる世界になるのにと――――
これで、第五章「楽園に続く道」は終了になります。
引き続き、第六章に続きます。
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