第百四十四話 絶海の孤島に恋のロマンス
水平線の向こうから島が見えてきた。甲板に出た春近は、朝日の中で青い海に浮かぶ島を見ているところだ。
近づくにつれ円錐形の小柄な富士山のような島影がハッキリとしてくる。
「おおっ! あれが緑ヶ島なのか?」
春近は甲板の手摺に体を乗り出し、子供の様にはしゃいでいる。
「あれは八丈島です。緑ヶ島は船を乗り換えてまだ先です」
後ろからアリスの声がした。
「アリス、起きたんだ。てか、緑ヶ島はまだ先なのか」
「夜はハルチカ成分を吸収してぐっすりです」
「どんな成分だよ! オレは全然眠れなかったのに……」
アリスたちは熟睡できたようだ。しかし、裸の忍の上に乗っていた春近の方は、おっぱいやら太ももやら何やらがムニムニと常に春近を刺激して、終始興奮しっぱなしで殆ど眠れなかったのである。
アリスと一二三も寝ぼけているのか、たまに抱きついたりイケナイ部分を掴んできたりして、その度にビックンビックンと快感に襲われ眠るどころではなかった。
「ううっ、疲れた……」
春近が愚痴る。
「ハルチカには、ちょっと同情しますです。でも、同行者がわたしたちじゃなく他の子だったら、もっと凄いことになっていたかもしれないです」
「確かに……」
東京から遠く離れ誰も止める者がいないこの場所では、ルリの熱烈アタックや天音の超絶テクニックや渚の有無を言わせぬ押しの強さに陥落し、遂に春近も脱ドーテーになっていたかもしれない。
二人で話していると、八丈島がハッキリと見える距離まで近づいている。
エメラルドグリーンの美しい海に八丈富士と呼ばれる山が映え絶景だ。
「ほら、アリス。よく見えるように高い高いしてあげるよ」
アリスの脇に手を入れて持ち上げてみる。
「こら、子ども扱いするなです!」
アリスは、春近に抱っこされてジタバタしていたが、すぐに大人しくなって顔を赤くする。
「夜にいっぱいしたのに、またキスしたくなったです。早くキスしやがれです」
「アリス、照れ顔も可愛いね」
春近は抱っこしているアリスの体を180度回転させて向き合うと、見つめ合ったまま優しくキスをした。
「ちゅっ……はむっ、んっ、ハルチカ……」
「アリス……ちゅっ」
ラブラブシーンに突入する二人だが、ちょうどタイミング悪く賀茂が現れる。
「ここに居たのね。もうすぐ八丈島に到着するから下船の準備を…………」
春近たちを呼びに甲板に出てきた賀茂と、抱っこしたまま熱々キッス真っ盛りの二人がバッタリと遭遇してしまう。
「あ……その……キミたち……」
「ちゅちゅっ、はい、ちゅ、すぐ準備、はむっ、します……」
「んんっ、ハルチカ……好きです♡ ちゅっ……」
賀茂は、熱いキスをしながら返事をする二人を見せつけられダメージを受けた。
「は? はああああああ!?」
もおおおおおおっ!
何なの!
朝からイチャイチャイチャイチャ!
もう、こんな仕事嫌!
何で私が、あの子たちのラブシーンを四六時中見せつけられないとならないのよ!
賀茂のストレスが更に溜まった――――
八丈島から別のフェリーに乗り換え、数時間の旅を経てそれは見えてきた。
緑ヶ島――――
通称、鬼ヶ島と呼ばれるその島は、古来より鬼が住む島と恐れられてきた。
まるで要塞のような全容を現したそれは、まさに絶海の孤島という表現がピッタリだ。
中にある小さな島と、その外側を守るようにリング状になった島との二重構造だ。
まるで島の周囲を守るような断崖絶壁の山脈が取り囲み、外からでは島の内部は全く見通せない。
リング状の壁の一部に開いた場所が有り、そこをフェリーが通って行くと、中にもう一つ島がある珍しい形状である。
中の島に港が有り、そこにフェリーが接岸した。
「これは凄いな! 外からだと分からないけど、断崖に囲まれた壁の内側に綺麗なエメラルドグリーンの海があり、その中に小さな島が浮かんでるんだ!」
日本ではなく何処か赤道直下の楽園のような景色に、春近のテンションも上がっている。
「綺麗! 何だか春近くんと新婚旅行みたいですね」
「……私も、春近とハネムーン気分……」
「すると、昨夜のエッチな行為は新婚初夜です」
三人の彼女が、それぞれ新婚さん気分だ。
「ちょっと待てよ……いきなり新婚初夜で4Pとか……」
「全員で来てたら14Pです」
「無理だから! 14Pとか絶対に体持たないから!」
アリスの言葉で肉食系女子との14Pを想像してしまう。果たしてそれは命がもつのだろうかと疑問に思うところである。
「でも、この目の前に広がる美しい光景は、ルリたちにも見せてあげたかったな……」
エメラルドグリーンの海を見つめながら、春近はルリたちの顔を思い出していた。
タラップを下って島に降り立つと、島の役人と思しき男性が出迎えに来ていた。
賀茂と少し話した後、手続きは全てできていると言い残して帰って行く。
港から続く道に、ちらほらと人が歩いているのを見た春近が呟く。
「無人島みたいなイメージだったけど、けっこう人が住んでるんだな」
「元々人口は少なかったのだけど、一時期インバウンド目当てでリゾート開発して、それが途中で頓挫して放置状態だったのよ。その跡地を陰陽庁の楽園計画で再び整備しているというわけ。今は工事関係者とか陰陽庁職員とかで一時的に人口が増えてるの」
春近の疑問に賀茂が説明した。
「取り敢えず、昼食にしましょうか?」
四人は賀茂の後に付いて、港近くの定食屋に入り少し遅い昼食となった。
「いらっしゃい!」
定食屋の中には日焼けした背の高い男性が一人で切盛りしていた。
如何にも夏が似合いそうな少しダンディな大人の男だ。
まだ春なのにアロハシャツを着ている。
「お客さん、東京から?」
店主らしきその男性は、メニューと水を持って話しかけてきた。
代表して春近が話をする。
「ええ、フェリーを乗り継いで」
「そりゃ大変でしたね。長旅お疲れ様」
「船の中で一泊でした」
「たまに船旅も良いものでしょう」
「そうですよね」
店主の男性は気さくな感じだった。
見た目は派手なのに、人当たりが良く話やすくて好印象だ。
「一時期はお客さんも全く来なくなったんですけど、今は工事関係者が食べに来てくれるので少し潤ってますよ」
「そうなんですか」
男性店主と話していた春近が、ふと賀茂に目をやると、彼女の目線が店主の男性に固定されたまま、何だかうっとりしているような気がした。
えっ、もしかして……?
「素敵な人……」
「ブフォ! ゲホッ!」
店主の男性がメニューを聞き終わって厨房に入ったその時――――
突然の賀茂の呟きに、春近たち四人が飲んでいた水を吹き出しそうになる。
「えっと、これって?」
春近が彼女たちに目配せする。
「鈍感なハルチカでさえ気づきましたか」
「でもでも、恋するのは良いことですよね」
「……南の島で恋のロマンス……」
完全に心ここにあらずの賀茂を他所に、春近たち四人がヒソヒソと話し合う。彼女の恋物語を。
料理が運ばれてきて五人で食べ始める。
肉料理は南国風のエキゾチックな味付けで、スパイスの香りが鼻腔に抜け食欲を誘う。
魚料理は和風な煮付けになっており、こちらも出汁が染み込んでいて美味しかった。
「とても美味しいです。こんな美味しい料理を作れるなんて凄いです」
賀茂が目をハートにして男性に話しかけている。
「ありがとうございます。でも、貴女も品があるメガネとスーツがお似合いで、凛々しく知的な女性って感じが素敵ですよ」
素敵ですよ――――
素敵ですよ――――
素敵ですよ――――
素敵ですよ――――
素敵ですよ――――
「は、はわわわわ~」
賀茂の恋愛ゲージが天井突破した。
――――――――
「はあぁ~素敵な人……来て良かったぁ~」
知的で少しピリピリした堅物そうな女の顔は消え失せ、そこにはデレデレに惚けた賀茂の顔があった。
賀茂明美31歳、後に陰陽庁に異動届を出して緑ヶ島に赴任することを、この時の春近たちは知る由も無かった――――
「えっと、アリス、この後の視察は大丈夫なのかな?」
「まあ、私は勝手に色々見て回るつもりです」
賀茂の往路のストレスが一気に解消され、心機一転ウキウキな気持ちで視察が始まろうとしていた。




