第百三十九話 危険なチケット
三月十四日のホワイトデーが近付いてきた。
ホワイトデーとは、バレンタインのチョコのお返しをする日本の風習である。
何故ホワイトなのかは諸説あり謎なのだが、七十年代から八十年代にかけてバレンタインのお返しとして、マシュマロを送ったりキャンディーを送ったりするキャンペーンが始まり、誰かがホワイトデーと名付けたそうだ。
今、このホワイトデーの件で悩める青少年がいた。
そう、土御門春近である――――
バレンタインに十三個も本命チョコを貰い、少しずつ大事に食べて有頂天になっていたのだが、ホワイトデーが近付いてから重要な事に気付いたのだ。
「お返し……どうしよう……」
そう、十三個もの本命チョコをプレゼントしてくれた彼女たち全員にお返しをするとなれば、かなりの高額になってしまう。
誰もが心のこもった手作りやチョコギフトばかりだ。
一人一人の想いや真心が詰まったチョコなのに、とても簡単なお返しで済ますわけにはいかなかった。
「仕送りの小遣いでは全然足りないぞ。今からバイトしても間に合わない……どうしよう……」
学園に入るまで彼女のいなかった春近が、突然モテモテのバレンタインを迎え、幸せいっぱい胸いっぱいルンルン気分で毎日を過ごして、今になってこのざまである。
「あああっ! オレのバカぁぁぁ!」
叫んでも解決しないのだが、叫ばずにはいられない。
「先ず、ゲームでもやって落ち着くか……。いや、待てぇっ! それじゃ何も解決しないぞ!」
ゲームで春近が思い出した。
「ん? ゲーム? そうだ、鉄血騎士キョウに相談してみよう」
という事で、鉄血騎士改め杏子を部屋に呼んだ。
「ごめんね。わざわざ部屋まで来てもらって」
「は、はひっ、今日は……御主人様の……羞恥調教を受けきる覚悟で来ました」
「ぐはっ!」
し、しまった――――
杏子と密室で二人っきりになれば、こうなる事を予測しておくべきだった。
「えっと……羞恥調教は無しで……」
「ガアアアァァァン!」
「申し訳ない……」
ガックリとうなだれた杏子だが、顔を上げると怒涛の進撃を始める。
「もう! 酷いです! 私が春近君の部屋に呼び出されたから、それはもう凌辱系薄い本のような鬼畜攻めを受けるのかと心躍らせて来たのに。それなのに、お預けプレイなんですか放置プレイなんですか何なんですか! だいたい前にやってくれた時から何か月経ってると思ってるんですか? 本当に春近君は酷い御主人様ですね!」
いつも大人しい杏子の不満が爆発してしまう。
「ご、ごめん。杏子の気持ちを分かってあげられなくて」
積極的なルリや渚様と違って、杏子は自分からはあまり求めてこないから、すっと寂しい思いをさせてしまっていたのかな……。でも鬼畜攻めは苦手なんだけど――
「今は、これくらいしかできないけど……」
そう言って春近は、杏子を引き寄せ優しく抱きしめた。
体に杏子の体温が伝わってくる。
「ふひっ、ふひひっ、こ、これは良いですね。春近君、こういうのが重要なんですよ」
「うん、オレって攻められてばかりで、もっと自分から恋愛的なコミュニケーションをとらないとダメだよな」
「その辺は、コミュ障の私も苦手なので分かります。でも、男子からしてくれないと女子は不安になっちゃうんですよ」
「確かに……」
ルリ達の攻めが普通になっちゃってるけど、あれはマニアックな例なので普通だと思っちゃいけないんだよな。
やっぱり男からリード出来るようにならないと。
オレの恋愛スキルの低さを再確認してしまったぞ……
「それで、何の用だったんですか?」
「実は……杏子はホワイトデーのプレゼントは何が欲しい?」
「ああ、分かりました。バレンタインチョコのお返しに困っているんですね」
「えっ、今ので分かったの?」
「春近君の考えている事は、何となく分かりますよ」
「オレって、そんなに分かりやすい性格なのかな?」
「うーん、よく女子の胸や脚をチラ見しているので、結構分かりやすと思いますよ」
「ぐははっ!」
そこはバレバレだったのか……
バレないようにさり気なく見ているつもりだったのに……
「大丈夫ですよ。皆、春近君から高価なお返しを欲しいなんて思っていませんから」
「でも、何かプレゼントは必要だよ」
「うーん、そうですねー」
杏子は暫し考える――――
「春近君、とりあえず紙とペンを持って下さい」
「はい」
「紙に『一日何でもする券』と書きます」
「ふむふむ」
「これを全員に配れば、皆大喜びです! やったぜ! フオォォォ!」
オヤクソクなイベントに杏子が大盛り上がりだ。
「いや、フオォォォじゃないよ! 危険すぎるよ! 杏子なら良いけど、一部危険な女子がいるからダメだよ!」
「えっ、私なら良いんですか? 何でもしてくれるんですか?」
杏子が熱のこもった瞳で春近を見つめる。
「うん、杏子は安全というか、オレの嫁というか?」
「ふぉ、ふぉ、フオォォォ! 嫁キタァァァ!」
杏子はメガネを外して臨戦態勢もとい防衛体制に入る。
「ああん、オイ、杏子! なに物欲しそうな蕩け顔してんだよ! このエロメスがぁ!」
顎クイ
「はっ、はひぃ! ご、御主人様ぁぁぁ!」
唐突にマニアックなプレイが始まる。息もピッタリだ。
「…………ごめん、ここまでなんだ……」
「何で途中で止めるんですか!」
「ううっ、アニメの俺様系キャラを真似してやってるだけど、こういうの難しいんだよ」
「まあ、確かに春近君は、ドSホイホイの誘い受けっぽいですからね」
「ぐはぁっ」
冗談はこれくらいにして、春近は『何でもする券』について話し出す。
「とにかく、何でもするは危険なんだよ」
危険女子
例その1 『さあ、旦那様、子づくりですわ! 子種を! さあ! さあ!』
例その2 『ハル君の初めていただきまーす! ほら、ナマで〇っちゃうよぉ』
例その3 『ハル! もう覚悟を決めて! きっちり中で〇してもらうから!』
例その4 『土御門! もう辛抱たまらん、合体だ! 断ったら死あるのみだ!』
例その5 『春近! あんたは地下室に監禁して、一生あたしの愛奴隷にするから!』
「ほら、危険過ぎるよ。これがアニメだったら、謎の光では隠しきれなくて、突然静止画とか無関係な大自然の映像になっちゃうレベルだよ」
「そ、それは大問題ですね。観る為にはBD版を買わなければなりません」
例えが、大体アニメになってしまう二人なのだ。
「学生なのに妊娠出産になっちゃうレベルだよ。ラブコメ漫画は、くっつくかくっつかないかの微妙な駆け引きや甘酸っぱい感情が良いのに、いきなり本番になっちゃっうのはラブコメブレイカーだよ」
叫ぶ春近。少年ラブコメで本番は厳禁なのだと。
「私としては、いきなり本番の展開も好きなのですが、男の子って意外とそういう可愛い所ありますよね」
「いやいや、『レモン200%果汁多め』や『ホンアイ』みたいに、何人かのヒロインの間で揺れ動く恋心が良いんでしょ! いきなり合体しちゃったら終了しちゃうでしょ!」
「ふっふっふ、合体してから始まる恋も良いものですよ。アッー!」
二人して本題を忘れてオタ話で盛り上がってしまう。
そして日も暮れる――――
「しまったあああ! 何も結論が出ないまま一日が終わってしまう……」
「春近君、何でもする券の裏に、気付かないくらい小さな文字で注意書きを入れておけば良いじゃないですか?」
「そ・れ・だ!」
二人はパソコンで何でもする券を作った。
裏に小さな文字で『注:ただし、本番行為や公序良俗に反する行為や危険を伴う行為は禁止とする』と入れてある。
「これで安心かな……」
「当日が楽しみですね。ふひっ」
春近は気付いていなかった、そんな注意書き程度で止まるような彼女たちではないのだと――――




