第百三十三話 ヤンデレの逆襲
バレンタインデーも近くなった二月上旬、恋人のいる人もいない人も男子も女子も、急にソワソワし出す今日この頃。今年のオレはちょっと違うぜーとなるはずだった春近は、何度目かの危機に直面していた。
いや、春近にとっては毎日が恋愛の危機的状況なのかもしれないが――
「ハル~これはどういうことなのかな~私が我慢しているのに~」
ルリの威圧感が増している。まさに危機的状況だ。
「あの……ルリは、けっこうイチャイチャしまくってるような気もするけど……」
「えぇ~全然足りないよ~あと百倍は必要かな~」
釈明しようとする春近だが、ルリの嫉妬は収まらない。
アリスの忠告により、外では少しイチャイチャが減ったとはいえ、依然として室内ではイチャイチャしまくっているルリなのだ。一部メンバーからは、平等にイチャイチャしろと苦情が入っているくらいである。
「ハル、アタシは分かってるからな。ハルは、ちょっと性欲が強いんだよな。ハルが性欲絶倫でも、アタシは全部受け止める覚悟があるからな」
こちらは最近壊れ気味の咲だ。ちょっと何言ってるのかわからない。
「咲……気持ちは嬉しいけど……オレ、そんなに性欲強くないから……クラスの皆が誤解するだろ……」
そんなことを言っていると、いつもの噂好き女子たちに興味津々でロックオンされるぞと言いたいくだいだ。
「相変わらず御盛んですね、御主人様!」
もう御主人様呼びが定着しつつある杏子も迫る。ニマニマとした顔が何ともいえない。
「杏子、どうしよう……」
「御主人様……たまにはこの卑しい牝にもエッチな罰をお与え下さい」
「ちょ、まって! 皆が誤解するだろ! 冗談、冗談だよね?」
もう隠そうともせず悪乗りする杏子が可愛い。
「土御門……」
そして思い詰めたような顔で迫る和沙。一番厄介かもしれない。
「鞍馬さん、落ち着いて! 何か怖いから!」
何故、こんな状況なのかと言えば――――
春近の両側に黒百合と一二三がピッタリと抱きつき、蕩けた顔でスリスリとしている。二人には前から気に入られていたのだが、最近になって好き好きゲージが急上昇してこの状態なのだ。
もう新しいメンバーが加入する度に毎度のことなのだが。今も教室内でイチャイチャしまくっていて、他の彼女たちに取り囲まれて絶体絶命状態なのだ。
「うう~ん、何だか今日は春近と、しっぽりエッチしまくりたい気分」
右側にくっついている黒百合が、とろとろに蕩けた顔で春近の胸板に指でのの字を書いている。
「黒百合、ちょっと抑えて。ここ教室だから」
「イヤ! I can't stop ムラムラがとまらない~♪」
黒百合は変な歌を口ずさむ。
「ずるい……私にもして欲しい……。私が裸エプロンで給仕するから春近は淫らな新妻をメチャメチャエッチに攻めまくるシチュエーションで対応するべき……」
左側にくっついている一二三は、自分で言っておきながら恥ずかしさで顔を真っ赤にして、隠そうとして春近の胸に顔を埋める。
「一二三さん……その、ここは教室だから……」
「……ダメ! 私は春近の彼女……。だから何処でもイチャイチャするべき……そういうシステム……」
もう、二人のスイッチが入ってしまっていて止まりそうにない。
「さすが、ハーレム王だぜ! 皆の衆、ハーレム王に平伏せ!」
「「「ははぁぁぁあ」」」
藤原が、ふざけてクラスの男子を煽って春近に平伏させている。
「ちっ、リア充め! くっそ罵倒したいけど、女王にシメられるから何も言えねぇ……」
「くそっ! 羨ましい! 何であいつばっか……」
「むふう、ずるいんだな。ホクにも彼女欲しいんだな。できれば、小さいアリスちゃんが欲しいんだな」
一部春近を羨んで文句や問題発言がチラホラと出ている。
「茨木さん、相変わらず凄いわね」
「エッチしまくりなんでしょ!」
「チョーエロエロじゃね?」
「それな!」
いつもの噂好き女子が登場する。
「なに? なんか用?」
咲は適当に対応する。
適当な対応をされた噂好き女子はショックを受け態度を一変させた。
「ごめんなさい、ホントは茨木さんのコト憧れてたの」
「アタシらも茨木さんみたいにエロエロになりたいっス!」
「チョー負けてます」
「男紹介して下さいっ!」
まさかの敗北宣言だった――――
「えっと……そうなんだ。てか、名前なんだっけ?」
「工藤武智美です!」
「加藤房女っス!」
「遠藤宇合、ぴょいじゃないから」
「佐藤マロン」
今、長きにわたる咲と噂好き女子との和解が成立した――――
「咲……良かった……。でも、もう一年近く経つのだから、名前くらい覚えてあげて……」
友情っぽい展開に感慨にふける春近が呟く。
そんな咲と噂好き女子の和解だが、そう上手くはいかないようで――
「「「「茨木さん、尊敬してるっス! エロエロ先生って呼んで良いっすか?」」」」
「えっ……イヤ……」
咲と噂好き女子は、再び破局した。
――――――――
そんなこんなで春近のハーレムが更に大きくなってしまった日。
草木も眠る丑三つ時、春近は自室のベッドで熟睡していた。
カサッ――
春近は何かの物音と気配で目を覚ます。
何か……気配がする……
何だろう……目を開けてはいけない気がする……
でも……やっぱり誰かいる……
春近が恐る恐る目を開けると、暗闇の中から至近距離で見つめる顔と目が合った。
「うわああああああっ!」
「お目覚めですか、旦那様……」
そこには、吐息が掛かるような距離で覗き込む栞子の顔があった。
「ちょ、何で? 栞子さん! えっ、動けない!」
春近の手足はベッドの柱に縛られて、完全に動けないようにされている。
「旦那様が悪いのですよ。わたくしを愛してくださらないから」
栞子はハイライトの消えたような目で、おどろおどろしく語り始める。
「栞子さん、一旦落ち着きましょう。この縄を外して下さい」
「ダメですわ。わたくしと旦那様は、今ここで愛の儀式を行う運命なのです」
最近は落ち着いたのかと思っていた栞子のヤンデレは、実は落ち着いたのではなく内部でマグマのように溜まっていただけなのだ。他の子のイチャイチャを見せつけられ、溜まりに溜まったドロドロの感情が、今爆発しようとしていた。
ファサッ!
栞子は服を脱ぎ全裸になった。暗闇に慣れてきた春近の目に、微かな月明りに照らされて浮かび上がる栞子の白く肉感的な肢体が映る。
栞子は着痩せするタイプで、脱ぐと男性の性欲を誘うエッチなカラダをしていて凄いのだ。
事ここに至って春近は気付いた。本当に気を付けるべきは栞子だったことに。
ルリや渚や天音はエッチに暴走するが、本気でお願いすれば意外と聞いてくれていた。
しかし、栞子は聞いちゃあいないし止まらないのだ。
「旦那様、御覚悟を!」
「うわぁぁ! 待って待って!」
ビリビリビリビリビリ!
栞子は春近の寝間着を破き、無理やり裸にする。
「これは洒落にならないって! 寮で事案発生になっちゃうからぁああ!」
「旦那様……あむっ、ちゅっ……」
栞子は、身動きの取れない春近にキスをした。
そして、そのまま、首、胸板、腹へとキスをしながら下がって行く。
マズい! このままでは成人指定的な事になってしまう。早く止めないと。
春近は縛られた手足をジタバタを動かす。
「もう、旦那様ったら。そうですわ! 旦那様は踏まれるのがお好きでしたわね」
ビチョ!
「んんぅ~むふぅ~んんん~」
春近の顔に何かが乗り、何も見えなくなる。
えっ、えっ、何? 何か生暖かいものがオレの顔の上に……
「では、わたくしが色々な動画で勉強した性技を御披露いたします! 先ず、この熱く猛る旦那様のあれを……」
わぁぁぁぁぁ! わぁぁぁぁぁ! マズい! このままでは!
春近は首を振って上に乗っている栞子の何かを退かして叫ぶ。
「助けて! 瑠璃右衛門!」
「誰が為右衛門よ! 相撲やってないから!」
ドオオオオオォォォーン!
速攻でルリが窓から飛び込んできた。伝説の力士の国民的ゆるキャラに例えられて御立腹だ。
「あっ……」
ルリは二人の行為を見て赤面する。
「あの……いくら何でも……それは……」
春近には見えていないのだが、エッチなルリでも発言に困るくらいヤバい体制になっているらしい。
スタッ!
最強の鬼の参上とあり、春近の上から降りた栞子が、ルリと正面から向かい合う。
遂に、千年前から続く因縁の戦いに決着をつけようというのか!
今、千年の時を経て酒吞童子と源頼光の対決が――――
「う、ううっ、うううっ、うわあぁぁぁぁん! すみませんでしたぁぁぁ!」
栞子が突然泣き出して、決着は一瞬でついた。
そもそも、源氏の棟梁といっても隠密スキルしかない普通のヤンデレ女子の栞子に、最強の鬼の王の力を持つルリと戦えるはずもないのだ。
「ええええ……」
これにはルリも拍子抜けだ。
「えぐっ、えぐっ……だってだって、わたくしもイチャイチャしたかったのぉぉぉ……」
縛られた手足をルリに外してもらいながら春近が呟く。
「どうしよう、ルリ……」
「この子、最初は泥棒猫だと思ってたけど……。もう付き合いも長いし、何だか可哀想になってきた」
「ど、どうか、お慈悲を……。正妻のわたくしが側室より旦那様との触れ合いが少ないのはあんまりですわ」
「誰が側室よっ! もうっ!」
話し合いの結果、今夜は三人で寝ることになった。栞子が何かしないようにルリの監視付きで。
「ハル、とりあえず顔洗おうか」
「う、うん……」
ルリに連れられ洗面所へと向かう。
結局、春近は最後まで自分の顔に何が乗っていたのかは知らないままだった。




