第百二十九話 王の帰還
いつからだったろう……両親が私を怖がるようになったのは――
幼い時の酒吞瑠璃は、座敷牢のような部屋で大半を過ごしていた。
それは虐待などではなく、外に出て人々の好奇な目に晒され、偏見や中傷を受けない為の親の愛情だったのだろう。
実際に幼少期のルリは、家の中で愛情を注がれて育っていた。
しかし、ルリが成長するにしたがい体も呪力も大きくなると、両親は自分の娘を怖がるようになっていった。
その体に強力な呪力を持ち、瞳や声にまで人を操作する特殊な力を有しているのだ。
まだ上手く制御ができなかった頃、精気吸収が発動してしまってからは、両親がルリを恐れるのが顕著になった。
そしてルリは、陰陽学園に行くことが決まった時の、両親の安堵した顔が忘れられない。
『お父さんもお母さんも悪くない……。こんな恐ろしい力を持っている私が悪いのだから。もう、この家には住めない……。でも大丈夫、私の力があれば一人でも生きて行けるはずだから……』
ルリは、もう家には戻らない決意をしたのだった。
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「ハルに逢いたい……」
ルリは何度も同じ呟きをする。
ほんの数日逢えないだけなのに、寂しくて寂しくて耐えられない。人は恋をすると強くなるというけれど、弱くもなるのだろうか。
そんなことまで考えてしまう。
あの桜が舞い散る駅で、ハルに出会わなかったら、私はどうなっていたのだろうか――――
ピコッ!
スマホにメッセージが届いた音がする。
すぐに手に取り確認すると、春近からのメッセージだ。
『もうすぐ駅に着くよ。あと少ししたら学園に戻るから』
メッセージを見たルリは、そのまま部屋を飛び出して行った。
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春近は駅の改札を通り、駅前広場に出る。
数日しか経っていないのに、住み慣れた街に戻って来たと感慨深く思ってしまう。
今でも、駅前の桜並木を見ると、あの時の光景が目に浮かぶようだ。
「そう、あそこにルリが立っていたんだよな」
春近がそう呟くと、目の前にルリの幻影が浮かぶ。
ルリは笑顔で走って近付いてきた。
「ハルぅぅぅぅぅ! おかえり!」
そのまま抱きついてきた。
「えっ、あれ、幻影じゃなかった」
出会った時の思い出に浸っていたら実際に本人が登場し春近はドギマギしている。
「来ちゃった」
「ただいま、ルリ」
ルリはギューッと抱きついてスリスリしている。
春近も強く抱きしめた。
周囲から凄い注目を集めているが、二人はまるで自分たちだけの世界にいるかのように、全身で再会を喜び合っていた。
二人は手を繋いで学園までのメインストリートを歩く。出会った頃から何度も歩いた道だ。
初めて会ったあの時と同じように歩く、あの時と違うのは今は恋人同士になり二人で手を繋いでいることだろう。
「待ちくたびれて、メールを見てダッシュで来ちゃった」
他の子には伝えず一人で来てしまい、もう天音の抜け駆けに文句を言えないなとルリは思った。
「ふふっ、何だかルリらしいな」
「もう、何で笑うの」
「ルリは怒った顔も可愛いよ」
「いつもそうやって誤魔化すんだから」
傍から見たらバカップルみたいに、イチャイチャしながら学園まで歩いた。
こんな何気ない会話も、二人には幸せに感じていた。
――――――――――――
新学期初日、春近はクラスメイトから思いもよらぬ反応を受けてしまう。
「ハーレム王の御帰還だ!」
「「「ウオォォォォォ!」」」
教室に一歩入ると一部のクラスメイトが騒ぎ出す。新学期早々騒がしい限りだ。
「えっ、何? どうしたの?」
何が起きたのか分からない春近は近くにいた藤原に声をかけた。
「土御門、やっぱスゲェわ。あの堅物そうな鞍馬さんをメロメロに堕として、あんなことをさせちゃうなんてな」
まるで男として尊敬しているかのような顔で藤原が話をする。
春近は思い出した。数々の問題が何も解決していなかったことに。
去年の終業式が終わった直後、陰陽庁から呼び出され殺生石集めに駆り出されてしまい、春近たちが居ない間にクラス内で噂話が盛り上がってしまっていたのだ。
和沙が全生徒の前でした伝説的告白に尾ひれが付き、噂が噂を呼びハーレム王の伝説はとんでもないことになっていたのである。
「やっぱアレか? 凄いテクニックでイカせまくって言うこと聞かせちゃうのか?」
「そりゃスゲぇアレを持ってんだろ」
「うおっ、羨ましいぜ!」
次々と男子たちから質問が飛ぶ。
「ち、違うから。そんなことしてないから」
「いいじゃん。オレにもテクニックを伝授してくれよ」
「ちょっとだけで良いからよ」
「そうそう、どうすりゃあんなモテるんだよ?」
藤原を始めスケベな男子が、女子の堕とし方を伝授してくれと殺到する。
これには春近もタジタジだ。
「鞍馬さん、土御門君とはどうなってるの?」
和沙も女子に囲まれて、春近との事を根掘り葉掘り聞かれていた。
「そ、そうだな、私は、身も心も土御門のモノにさせられてしまったのだ……」
案の定、和沙は誤解を生みそうな返答をしていた。
「きゃああ、それってどういうこと?」
「そ、そんなに凄いの?」
「そうだな。私の目の前で他の女子とのエッチを散々見せつけられて……。焦らしに焦らされて……私が我慢の限界になったら、鬼畜のような命令を……」
「きゃああああああ!」
「ひどぉぉぉぉぉい!」
「きちくぅぅぅぅぅ!」
和沙が自爆し、女子集団がドン引きしている。
「うわぁ……さすがに引くわ……」
「そ、それは、ちょっと真似できねえわ……」
「わりぃ、土御門……オレにはそこまで鬼畜になれねぇ……」
男子集団もドン引きしてしまう。
「違うから! 違わないけど違うから! 何かニュアンスが……」
春近が必死に訂正しようとするが、和沙の自爆スピードが速すぎて追い付かない。
「ううっ、何でこんなことに……」
落ち込む春近の元に、咲がやってきて慰める。
「ハル、元気だせよ。アタシはハルの味方だぜ」
「咲ぃぃぃ!」
当然、ルリも慰めてくれる。
「私もハルの味方だよ」
「ルリぃぃぃ!」
そして三人で抱き合っていると、いつもの噂好き女子軍団が颯爽と登場する。オヤクソク展開だ。
「鞍馬さんが言ってる、エッチを見せつける女子って茨木さんでしょ?」
「いつもエッチしてるもんね」
「ほんっと、御盛んだよねー」
「それな!」
「ふふっ……」
咲は、抱きついたまま首だけ回して、生暖かい目で失笑した。
「ちょっと! 何よその目!」
「そんな可哀想な人を見るような目をしないでぇぇ」
「チョー負けた気分なんですけどー」
「もう、誰か男紹介してぇぇー」
よせば良いのに何度も突っかかってくる噂好き女子は、更にダメージを受けて退散した。ここまでくると、実は噂好き女子たちは咲のことが大好きなのではないかとさえ思えてしまう。
こんな依然と変わらぬ陰陽学園での日常の風景。殺生石集めといった非日常のような世界から、再び学園のドタバタに巻き込まれ、春近たち面々は日常に帰って来たことを実感した。




