第百二十四話 縁
大きな窓からは美しい日本庭園が見える。よく手入れされた木々に小さな池、噴水と雪見灯篭が気品良く配置されていた。
春近達は食事後にラウンジのソファーに座って寛いでいるのだが、落ち着いた雰囲気のラウンジはピンク色に染まっているかのようなエロエロしさを醸し出していた。
大きなソファーに座る春近の膝の上に咲が乗り、両隣にはルリと渚がピッタリとくっついている。
「あの……ちょっとくっつき過ぎでは?」
三人の女子に密着された春近が声を上げる。
「私が寝ている時に、ハルは他の子とお風呂入っていたんだから、これくらいサービスしてよね」
ルリが口を尖らせてしまう。他の女と裸の付き合いなど、嫉妬でそれ以上を望んでも仕方がないだろう。
「そうだそうだ、何でアタシを連れてかなかったんだよ」
咲も不満爆発だ。今回の事件で春近に命がけで庇われたこともあり、もう春近大好き過ぎて何するか自分でも分からないのだ。
「春近、もう逃げられないわよ。あんなに頑張ったのだから、その分サービスしてもらわないと」
当然、渚もサービスを要求する。麓の街の人々を瘴気から守った立役者なのだ。頑張ったのだから、当然、春近を好きにしても良いと思っていた。
「た、確かに、皆は玉藻前や瘴気から人々を守った英雄なんだけど……」
「だよね! 私も頑張ったよね。ハルのご褒美もらえるよね!」
「そうだそうだ! アタシにもご褒美よこせ」
「ちょっと春近! あたしが一番頑張ったのよ! しかも、あんな寒い所に待ちぼうけさせて」
三人同時にグイグイ来て、春近が圧し潰されそうな勢いだ。
「渚ちゃん、そろそろ隣交代してよ」
そこに天音まで参戦する。
「嫌よ、あんたは油断も隙もないから」
「ええ~私と渚ちゃんは友達でしょ」
「誰が友達ですって?」
「またまたぁ」
天音と渚が絡み出すが、前のような刺々しさが無く仲が良さげだ。
「あれ? 何か渚と天音が仲良くなってね?」
すかさず咲がツッコむ。
「私と渚ちゃんは親友だよねっ! ズッ友だよ」
「…………」
「ちょっと、何で黙ってるの! お風呂では、あんなに仲良かったのに!」
天音が渚の体を揺するが、渚はつれない態度だ。
一見すると仲が悪そうにも感じるが、ふざけ合っていて仲が良いようにも見える。
「ヤバい……天音を止められるのは渚だけだったのに。あの二人が組んだら誰も止められねえぞ……」
咲の心配のように、暴走する天音台風と暴走する渚女王が組んだら、世界征服されてしまいそうな勢いになるかもしれない。
しかも、男の扱いがやたら上手い天音と、男を心酔させたり屈服させてしまう渚なのだから最強だ。
「大丈夫だよ、咲ちゃん! 誰が来ても私が跳ね飛ばしちゃうから。は~い、ハル~おっぱいの時間でちゅよ~」
ルリが、柔らかな部分をを春近の顔に押し付ける。
「ちょっとルリ、あの時からキャラ変わってるよ」
春近の『おっぱい作戦』の真意に気付いていないルリは、いまだに春近がおっぱい大好きだと思っているようだ。
「もうオレが、おっぱい大好きっ子みたいにされているぞ。まあ、おっぱい好きなんだけど……」
春近の顔がルリの柔らかい部分にに埋もれる。
巨乳でありながら形も良く張りも有り、まるで奇跡のようなおっぱいだ。
春近は、おっぱいに触れおっぱいを嗜好しおっぱいを語り、おっぱいマイスターの称号を手に入れた。
「ちょっと、酒吞瑠璃! あたしの春近に肉の塊を押し付けないで!」
渚が反対側から春近の顔に、胸を押し付けて反論する。
「おい、やめろよ二人共! あ、アタシだって」
膝の上に乗っている咲まで、春近の顔に胸を押し当ててきた。
「うっ……」
「おい……なんかアタシの時だけ痛そうな顔してなかったか? もしかして、肋骨が当たったとか言うんじゃないだろうな?」
咲が春近を睨む。自分だけ貧乳なのを気にしているようだ。
「さ、咲の胸も最高だよ! 天はおっぱいの上におっぱいを造らず、全てが尊く平等なのだよ――――」
ああ……おっぱいがいっぱいだ……ここは天国か……
傍から見たら凄くバカなことをしているのだが、今、春近は天にも昇るような気持ちだった。
「するい、うちも!」
「春近君、私もさわって」
そして他の子まで殺到してしまう。いつものことだ。
「もがっ、ちょ、苦しい……」
春近は、おっぱいに埋もれて窒息しそうになる。
おっぱいに囲まれて窒息するのなら本望だろうかという気持ちが過ぎったが、やっぱり苦しいのでそれを取り消した。
春近達が破廉恥行為を繰り返しているラウンジに、天の啓示のような可愛い声が鳴り響いた。
「貸し切りとはいえ公衆の面前で何をやってるです! 少しは弁えろです!」
皆が振り返ると――――
そこには、艶やかなロングの黒髪を姫カットにした、人形のように可愛い美少女が立っていた。
「アリス、こっちに来れたんだ」
久しぶりにアリスに会って、春近もホッとした顔になった。彼女の後ろには、杏子や一二三や栞子も立っている。
「ハルチカは相変わらずですね。わたしがいないとハレンチなことばかり……」
「こ、これは違うんだ、もごっ、決してオレが望んでやっている、ふごっ、わけでは……ぷはっ」
弁解しようとするが、大勢の女子の肉体に挟まれて喋っているから説得力皆無である。
「皆さんもいいですか! こんな公共の場所でエッチなことばかり求めたら彼氏に恥をかかせてしまうのですよ。それに、男子はただ単にエッチな女子が好きというわけではなく、普段はお淑やかなのにベットの上だけ乱れるようなギャップ萌えな人が多いのです! 皆さんのように四六時中エッチだと嫌われますですよ!」
「「「うっ!」」」
アリスの放った言葉に、ラウンジにいる女性全員が一斉に動揺が走る。
「あ、杏子も久しぶり」
「春近君、二日ぶりですよ」
エッチ女子がアリスから説教されている頃、おっぱいから解放された春近は杏子の所に向かっていた。
何故か春近の顔が真剣だ。まるで告白でもするかのように。
「今回、杏子と離れていて気付いたんだ。オレには杏子が必要だったって!(参謀的な意味で)」
「はっ、えっ、ええっ!」
「これからは、ずっと一緒にいて欲しい!(参謀として皆と一緒にという意味で)」
「は、は、はい、不束者ですが、末永くよろしくお願いします」
若干会話が噛み合っていないが、まるでプロポーズのようになってしまう。
「「「ガアアアアァァァァァァァァァン!!!!!!」」」
エッチ女子が一斉にダメージを受けた。
「ハル君って……ああいう控えめな感じの子が好みなの……」
特に天音が大ダメージを受けた。
実のところ、春近は攻められる方が好きなので天音の作戦は合っているのである。しかし、元々がコミュ障ドーテーなので臆病なのと、エッチなのに変な所で真面目なので、学生で責任がとれないと思っていたりして、なかなか最後の一線を超えられないだけなのである。
色々と誤解はありながらも、再び子供のように小っちゃいアリスが一番大人なことをして春近の危機を救った。おっぱいで窒息など恥ずかし過ぎるだろう。
斯くして、アリスの一言によりエロの巣窟と化していたラウンジが、気品ある落ち着いた雰囲気を取り戻すことに成功したのだった――――
アリスたち四人を連れてきた陰陽庁調査室長の真希子は、挨拶だけして調査の為にすぐ移動してしまった。
九つの殺生石の消滅の情報をまとめたり、戦いで山が吹き飛んだ後始末があるのだ。玉藻前の瘴気を火山性の毒ガスということにして、周辺住民を避難させた統合性を取らせたりと、事後処理が色々と有るらしい。
ついでに、アリスたちを九州まで同行させてくれたのはサービスだ。あの伝説的大妖怪から人々を救った功労者なのだからと。表向きには一緒に調査に行くということらしいが。
こうして、クリスマスに全員が集合することになった。
「ねえ、ハル、ここでクリスマスパーティーやりたい」
笑顔のルリが言う。かねてより楽しみにしていたクリスマスパーティーが、偶然にも全員集まり開催できるのだから。
「ルリ……そうだね。オレもやりたいと思ってたんだ」
ルリも、あんなにパーティーを楽しみにしていたんだ。
殺生石の件で潰れてしまったけど、今ここで全員揃ったのも何かの縁かもしれない。
少し遅れたけど、ここでクリスマスパーティーをやりたいよな。
「よし! やろう、皆でクリスマスパーティー」
「やったー!」
春近の一声でルリが大喜びだ。
「じゃあ、取り敢えずケーキの用意を……」
「ケーキなら、もうとっくに手配済みよ」
準備をしようと春近が動こうとするが、さも当然のような顔をした渚に止められる。
「えっ? 手配済みって……」
不思議な顔をする春近だが、渚は優雅な仕草で立ち上がると指を鳴らした。
パチンッ!
「ねえ、準備はどうなってるの?」
「Yes,Your Majesty.」
「Yes,Your Majesty.」
「Yes,Your Majesty.」
三人の男性が一斉に声を上げ、渚の前に整列する。
「女王様の仰せのままに、最上級のクリスマスケーキを大至急用意しております」
陰陽庁の担当者が畏まる。
「女王様の仰せのままに、会場の設営も滞りなく進めております」
旅館の支配人らしき男性が畏まる。
「女王様の仰せのままに、最高級のディナーも用意しております」
旅館の料理長らしき男性が畏まる。
「ほら、用意してくれるって。良かったわね」
渚が満面の笑みで答える。
「そ、そうなんだ……良かった」
何で増えてるんだ?
渚様……そこに存在しているだけで、周囲の男性を平伏させてしまうのか?
いったいどうなっているんだ……?
本当に女王みたいな人だな――
この日、世界からあぶれた鬼や天狗の少女たちは、何かの縁に導かれるように春近の元に集まり、ひと時の幸せな時間を過ごした。
この世は苦界と呼ばれるように、世界には差別や争いが絶えず人の心は荒んでしまうのだろう。だが、もしあぶれた者たちが集まり新たな世界を創ったとしたら。そこでは穏やかで幸せな暮らしができるのなら。
春近は思う。この特殊な力をもって生まれた少女たちを幸せにしたいと。
そして、陰陽庁とルリたちの間で密約が交わされ、密かに新たな計画が進もうとしているのだった――――




