第百十七話 友達
存在そのものが桁違いだった。
美しい金色の髪から燐光のような妖気を放出し、六本の尻尾は光り輝き動く度に青い炎のような流れる水のような不思議な残像を残している。
その体からは、目に見える程の濃い瘴気が噴き出している。
一歩、また一歩と歩くと、足元の草木を枯らしているように見えた。
「住民を避難させないと! このままでは多くの死者が出るかもしれない!」
絶望的な状況で腰がすくみながらも三善がそう叫ぶ。
だが、それに続く担当者の言葉が、更に事態の深刻さを物語ってしまう。
「しかし、どうやって! 急に避難しろと言っても、理由も分からず市民は言うことを聞いてくれるだろうか? それに麓の街だけでも何百人も人口が……」
陰陽庁の担当者同士が話し合うが、このままでは埒が明かない。流れる瘴気より早く麓まで降りて、住民を強制的に避難させなければならないのだから。
その時、夜の闇でさえも輝く金髪の女が一歩前に出た。
「あたしが行って強制の呪力で批難させる!」
決意を固めた顔で渚が言った。
「渚様!」
「あたしなら、強制的に全員避難させられるはずよ!」
渚の言うように、彼女の強制の呪力ならば可能だろう。
しかし――
「確かに渚様ならできるはず……。だけど間に合わない……車で向かったとしても、あの流れる瘴気より早く下山しないと」
渚の提案に春近が答えるが、もうすでに瘴気が山を伝って下へと流れて行ってしまっている。
今からでは間に合わないどころか、渚まで瘴気を吸って被害に巻き込まれそうだ。
「私に任せて下さい。私なら、車より早く山を突っ切って降りられます」
忍が前に出る。
「もう、時間がありません! 行きます! 渚ちゃんは私が必ず送り届けます!」
今までずっと『大嶽さん』と呼んでいた忍が、今初めて『渚ちゃん』と呼んだ。
ゴバァアアアアアアアアーッ!
忍は呪力を開放した。
体が黄金や白金のような美しい光を纏う。
そして、渚を抱き上げると俗にいうお姫様抱っこをする。
「えっ、えっ、えええっ!」
突然の百合展開のような出来事に渚が動揺しているが、忍はそのまま地面を蹴ってジャンプし、ガードレールを超え谷底に飛び込んで行った。
金剛顕現
呪力で体を鋼鉄のように強靭化し、体力や筋力を急上昇させる技だ。
何倍、何十倍にも強化された脚力によって、険しい山を凄いスピードで駆け下りている。
それは、走るというより飛ぶといった方が正しいかもしれない。
ジャンプで木や谷を飛び越えて、まるで壊れたジェットコースターのような勢いで、一気に山の斜面を駆け下りてしまう。
渚を抱きかかえながら、忍の心は熱く燃えていた――
私が守る!
私のことを友達だと言ってくれた。私を庇ってくれた。一見怖そうで誤解されやすいけど、本当は優しくて友達思いの子を。
友達だと言ってくれて嬉しかった……。私もそれに応えたい!
「ちょ、ちょっと~っ! 怖いぃぃぃぃ!」
渚は忍の胸に抱かれながら、夜の山を落下して行く恐怖で失神寸前になっていた。
※何度も言うが、渚はドSだけど怖がりです――――
谷を下って行く二人を横目で見ながら、玉藻前は含み笑いをする。
「愚かよのう。わざわざ戦力を減らすとは。脆弱な人間など放っておけば良いものを」
その玉藻前だが、視線を移動しながらも、常に前方に注意を払い全く油断する素振りも見せない。
「こちらとしては好都合じゃ。今、ここにおる鬼たちを殲滅し、後から残りを倒すだけじゃからの」
春近は戦慄していた――――
これは最悪だ……
強者に有りがちな油断が全く無い。
長野で戦った分身とは桁違いだぞ。
まさか……わざと瘴気を街の方に向かって大量に放出して、こちらの兵を分散させたのか?
やっぱり、今までの陽動作戦といい、兵法などを知っているかのようだ。
ゲームに例えるのなら、レベルカンストして最強の装備と最強のスキルを所持していながら、嫌な戦術や小細工までしてから全力攻撃してくるような相手じゃないか。
「もうダメだぁぁぁ! 石を回収するだけだと思っていたのに、こんな大妖怪が復活してしまうなんて! 家のローンも残っているのにぃぃぃ! 妻と娘よ、先立つパパを許してくれぇぇぇ!」
三善が泣き喚いている。
「もう、何なんだこの人。戦う前から皆の戦意を挫いてくれちゃって。そもそも、最初から下手糞な作戦や変な指示ばかりだし。まあ、上役が現場を解ってないのかもしれないけどさ。泣きたいのはコッチだって」
全く役に立たない陰陽庁職員に、春近でなくても文句を言いたくなるというものだろう。
「ハル、下がって!」
ルリがハルを庇うようにして前に立つ。
「ルリ、皆、気を付けて」
春近は邪魔にならないように、少し下がって三善の近くまで移動した。
「土御門君、もうダメだ! 逃げよう! いや、何処に逃げれば?」
三善が混乱してアタフタしている。
「三善さん落ち着いて! 彼女達が戦っているのに、置き去りにして逃げるなんてできるわけないでしょ! 邪魔にならないように車の陰に入って下さい!」
春近は三善を引っ張って車の陰に押し込む。
「わ、わ、私は、渚女王様の為に、この身を捧げます! ビシィ!」
「どどどど、どうしたらいいんだぁぁぁ~」
他の二人の担当者も役に立ちそうもないので、三善と一緒に押し込んだ。
咲は懐から金属製のステッキを取り出す。
傘では扱いづらいので、ホームセンターに寄った時に買っておいた物だ。
腕を上げステッキを正面に構える。
大丈夫、上手く行くはずだ……アタシの力なら……
「次元斬!」
シュパッ!!
咲のステッキから放たれた呪力が、光の軌跡となって閃光が走る!
空間を分断し別次元に存在する玉藻前の霊体にダメージを与えるはずであった。
「対抗振動波次元相殺!」
ギュワァアアアアアアーン!
玉藻前が叫ぶと、尻尾の一つが強く輝き、空間が波紋のように揺らめいた。その次元の揺らぎによって、咲の放った次元斬が相殺されてしまう。
「そ、そんな……アタシの次元斬が」
「ふふふっ、其方の力は厄介なのでな。既に対策済みよ」
玉藻前は前回の教訓を活かしているようだ。別次元への攻撃を防ぐ術をいつでも発動できるようにしていたのだろう。
「みんな、気を付けて! こいつ、私と同じ精気吸収や空間支配を使うからっ!」
ルリが皆の前方に呪力でバリアを張る。
この敵は、向き合っているだけで力を吸われてしまうのだろう。
あいが横から目立たないようしにて動いた。
「紫電一閃!」
「燐火轟雷!」
あいの声と同時に玉藻前が叫ぶ!
ズドドドドドドドドドドドォォォォォォォン!!
ズバババババババババババァァァァァァァン!!
隙を突き、あいが必殺の雷撃攻撃を入れるが、玉藻前の尻尾の一つが強く輝いたかと思うと別の雷が落ちた。あいの落とした雷と接触して一緒に向きを変え、山の中腹に落ち凄まじい地響きのような轟音と振動になった。
「うちの雷撃が!」
目立たない位置から撃ち込んだはずだが、あっさりかわされてしまい、あいがショックを受ける。
「一体、どうなっているんだ!?」
春近は声を上げた。
おかしい――
まるで、玉藻前は攻撃を予測しているみたいだ。
もしかして、未来予知の能力まであるのか?
どうすればいい……こんな時にアリスや杏子たちがいれば……
絶望的な状況の中、ルリは皆に目配せする。
「皆、同時に!」
「「「うんっ!」」」
それぞれが攻撃態勢に入る。
全員で同時攻撃をしようとしていた。
「ふふふふふっ、来るが良い。強き鬼たちよ」
六本の尻尾を臨戦態勢にして玉藻前が笑う。
「いくよ!」
ルリの声で皆が同時に叫んだ。
「飯綱流管狐緊縛術!」
「空間振動弾!」
「次元斬!」
「紫電一閃!」
「大天狗火炎地獄車!」
「大天狗水龍撃滅波!」
「大天狗旋風撃滅陣!」
ズドドドドドドドドドドォォォォォォン!!!!
ズガアアアアアアアアアァァァァァァン!!!!
グワシャァァァァァァン!!
遥の管狐で動きを封じてからの全弾発射だ。
凄まじい轟音が響き土煙が上がる。
「やったか!」
春近は、目の前の極大攻撃を目にして、確信と共に声を上げた。




