第百十六話 誤算
機内アナウンスが入り飛行機は着陸の体勢に入る。
陸の夜景と海の黒さのコントラストが際立ち、まるで海の上にある道のような滑走路に飛行機は降りて行く。
愛知から一時間ちょっとのフライトだ。
春近達の旅は、九州まで辿り着いた。
到着ロビーに出たところで、三善が話を始める。
「これでかなり時間を稼げたはずだ。長野の第五封印地点の時のように敵が自動車を奪って移動していたら、休憩を取らずに移動したとしても岡山県の第八封印地点まで八時間以上、この大分県までは十三時間以上かかるはずだから。第五封印地点で敵を逃がしたのが午前十時過ぎだったから、第八封印地点に到着するのは午後七時以降になる。第七封印地点から計算しても同じくらいの時間になるはずだ」
三善が車の移動時間から計算している。
「今は午後八時前だから、敵が来るのは早くても午前零時過ぎくらいになるかな」
三善の話を聞いた春近はスマホの時計を見る。
「そんな予想通りに来るのかな?」
春近は、独り言のように呟いた。
トゥルルルルルルルル、トゥルルルルルルルル!
空港を出て機内モードを切り替えた途端、電話の電子音が鳴り響く。
「あれ、杏子からだ。何か遭ったのか?」
春近が心配しながら電話に出ると、目の前で三善も電話が鳴っているのが見えた。
「もしもし、杏子」
「春近君! 大変なことに気付いたんです!」
春近は静かな場所まで移動した。
何やら杏子は緊急に話したいことがあるらしい。
話を聞き逃さないように春近は耳を澄ませる。
「今、第八封印地点が襲われ石が盗まれた情報が本部に入ったんです」
「やっぱり、こちらでも午後七時以降の予定だと計算していたところだよ」
「違うんです! セキュリティのデータから施設の入り口ドアが破壊されたのは午後三時頃だと判明しだんですよ!」
「えっ……」
何だ? 何かがおかしい……
オレたちは何か重要なことを見逃しているのでは……
「いいですか、最初の事件が起きたのは八日で次の事件が二十一日。これは敵が徒歩で移動したのか何なのか時間を掛けています。三件目が二十二日で四件目が二十三日で五件目と六件目が二十四日。これは自動車を奪うか運転手に取り憑いたと考えられます。そして、次の岡山県の山中にある第八封印地点までは同日の午後三時、予想の二倍のスピードで移動したことになるのですよ!」
「なっ…………」
マズい……これはマズいぞ……
「つまり、敵は飛行機に乗ったのか自分で空を飛んだのか、凄いスピードで移動していて、すでに第九封印地点に到着しているかもしれないのです!」
春近は、すぐに電話を切って皆の所に走った。
マズいことになった――――
悪い予感が当たってしまった。
敵は石を集める毎に、どんどん強くなっているのかもしれない。
長野で咲の戦いを見て、これだけの戦力なら大丈夫だと思っていたけど、そんな余裕なんて無かった。
最後の石を奪われたら、更にパワーアップして大変なことになってしまう。
レンタカーに乗って、夜の温泉街を遠目に山中へとクルマを走らせる。春近たちの誰もが重苦しい雰囲気で黙ったまま。
三善にも本部から電話で連絡が入っていた。現地対策本部に情報が入った時、杏子が逸早く違和感に気付いたのだ。
皆、それまでの温泉気分は消えてしまった。
――――――――
この年、クリスマスイブの夜空に、妖しく光る飛行物体を見た人が多いのかもしれない。
それは流星のような彗星のような、美しく煌きながら地面と水平に五つの尾を伸ばしながら流れて行く。
少女は歓喜に酔いしれて空を飛んでいた。
透き通るような白い顔、見つめられただけで恐怖で動けなくなりそうな恐ろしい切れ長の目、妖しい程に赤いくちびる、金色の髪からは常に妖気を放出し燐光のように輝いている。
少女の尻からは、尻尾のような五本の物体が生えている。その五本の尻尾が妖しい光を纏い夜空を照らし、まるで流星や彗星のように輝いていた。
「妾は自由じゃ! 何も妾を束縛するものは無い! この国に来て千三百年弱、もはや妾を止める者などおらぬわ!」
玉藻前、それが彼女の現在の名前だった。
かつて、大陸で妲己と呼ばれていたこともあった。
殷王朝末期、紂王の妃となり、プールに酒を注ぎ全員裸になってウェイ系な遊びをするという、酒池肉林の故事の元になった者である。
火で炙った高温の銅の柱の上を渡らせる炮烙や、穴の中に大量の蛇や毒虫を入れて中に突き落とす蟇盆などの残虐な刑罰を行い、国を滅亡へと導いた悪女として名高い。
今、玉藻前は何物にも縛られぬ自由を謳歌していた。
その超強力な呪力によって現世に実体化した彼女は、敵など居らず無敵の存在に思えた。
「何人たりとも妾を止めることはできぬ! 妾は無敵!」
そこまで言ってから、ふと考える。
「否! 否、否、否! あの鬼や天狗がおった……」
彼女の気がかり。それは自分を滅ぼす存在――――
あの時の妾の分身を斬った鬼……
強い妖術を使った天狗達……
そして、あの……
妾と同じ魅了や精気吸収の力を使う強き鬼……
「今、仕留めねば! 妾を脅かす存在になるやもしれぬ! その為には、最後の石を手に入れねば!」
玉藻前は、その身を流星や彗星の如く煌かせ、スピードを上げ西の空へ流れていった。
それはまるで、三国志演義で諸葛亮が死を悟った時に空に流れた凶星のように。
――――――――
春近達の乗ったクルマは、曲がりくねったワインディングロードをタイヤを軋ませながら走り続ける。
「何とか間に合ってくれ」
春近は祈るような気持ちで呟いた。
第九封印施設まであと少しになった所で、遥が声を上げた。
「来る! 途轍もない力を感じる!」
そこに居る全員が、それを目にした。
五本の尾を持つ流星が夜空を横切ったかと思った次の瞬間、目の前の山中に落ちるのを。
ズガァァァァァァーン!
車が施設の前に到着すると、建物のドアは破壊され、その前に一人の少女が立っていた。
「ひと足遅かったな、強き鬼たちよ」
少女は手に石を持っている――――
それを、まるで食べるように口に入れると、その身に纏っている妖気が更に膨らみ、尻から生えている尻尾のような物が五本から六本へと増えた。
体から漏れ出ている瘴気が何倍にも濃くなり、風に乗って流れ始める。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――
「何だ、これは……」
春近は戦慄した。これは常識外の存在だと。
まさに、世界に天変地異を引き起こす荒魂のような、存在自体が現世を終焉へと導く大災厄のようだと。
その白い少女からは存在自体が大災厄のような強い妖気を発している。まるで全てを呪い破壊するかのように。
「不味い! あれは、あの目に見える程の強い瘴気は……」
三善が声を上げる。
「まるで破壊前の殺生石みたいだ。あんな強い瘴気を吸ったら、死者が出るかもしれない。すぐに住民を避難させないと!」
玉藻前から流れ出る瘴気が山を下り街の方角へと流れて行く。どす黒いガスのような靄が、どんどん広がり風に乗って麓の街へと向かっている。もし、強い瘴気を人が吸い込んだとしたら、間違いなく多くの犠牲者が出るだろう。
最終決戦を前に、春近たちは絶望的な状況に陥ってしまっていた。




