第百十四話 法師の旅路
春近達が、まだ封印地点に向かっていたその頃――――
その身に伝説の陰陽師の魂を宿した蘆屋満彦は憤っていた。完全に道に迷い途方に暮れていたのである。
高速バスに乗り、殺生石の行方を追っていたはずが、行き先を間違えたのか目的地とは掛け離れた場所で降りる羽目になってしまう。
タクシーを拾おうにも田舎の深夜ときたら、そもそも車自体があまり走っていない。
大きな幹線道路に出てヒッチハイクを試みたが、たまに通るクルマも怪しげな男など乗せてはくれないのだ。
「おのれ! 何故だ! 我がこんな目に!」
満彦は路傍に転がる石を蹴飛ばした。
「そもそも、千年以上前の内裏での呪術対決も、本来なら我が勝っていたはずなのだ。それを晴明の奴が、小細工などしおって……」
安倍晴明への愚痴が次々と出てくる。
満彦がブツブツと文句を言っていると、一台の大型トラックが目の前で停車した。
ブロロロロッ、プシュー!
「おい、兄ちゃん、乗ってくか?」
中から腕っ節が強そうな中年男性が顔を出す。
「西へ行きたいのだが」
「おう、なら乗ってけ」
こうして、満彦と運転手との旅が始まった。
奇妙な組み合わせであった。
ガタイの良い体を作業服に包み角刈りにした中年男性と、ヒョロリと痩せて背が高い怪しげな男。
二人は無言のまま幹線道路を走り続ける。途中から高速道路に入った頃、不意に中年男性は喋り始めた。
「兄ちゃん、あんた、何か訳アリかい?」
若いようでいて老人のようでもあり、怪しげな雰囲気を出している満彦に対し、中年男性は『何か訳アリ』なのかと聞いてきた。
「くっくっくっ、訳か、確かに訳アリだな」
満彦は訳アリと言ったが、まさか中年男性も彼がクーデターを起こした張本人だとは思うまい。
「………………」
中年男性は、暫しの沈黙の後に語りだした。
「兄ちゃん、アンタまだ若いんだろ。やり直せるのなら、戻ってやり直した方が良いぜ」
満彦は黙ったまま何も言わないが、中年男性は話を続けた。
「俺も若けぇ頃はヤンチャしててな、バイクで暴走しまくっては何度も警察の御厄介になってたもんよ。そんで、田中っていう警官に何度も捕まっては説教されてよ。あの頃は、糞くらえって思ってたんだよ」
中年男性は満彦に語るというより、自分に言い聞かせているようにも見えた。
「ある時、付き合ってた女に子供ができてな。デキちゃった結婚、ああ、今では授かり婚だったか? そんで、その小さな子供の顔を見たら、俺がコイツらを守らねえとって思ったんだ。でも、やっぱり俺みたいなクズはマトモにできやしねえ。やっと入った工場の社長をぶん殴っちまってよ。どうしても我慢ならねえことがあってな。当然クビだ。事件の方は執行猶予が付いたんだが、こんなクズを雇ってくれる所はありゃしねえ。その時、田中って警官が『おまえが本気でやり直したいって思ってるなら』って、あちこち頭を下げて働き口がないか回ってくれてな、それで今の仕事に就くことができたんよ」
トラックは高速道路を走り続け、前を走る車両のテールランプや車幅灯が、まるで夜空の星々のように流れている。
「俺がやり直すのができたのは、嫁や子供の顔を見て……愛していたからなんだよな。もし、愛を知らなかったら……オレは、更に罪を重ねて、本当のクズになっちまってたのかもしれねえ」
「愛か……」
満彦には、中年男性の身の上話は全く響かなかったが、愛を知るということだけが少しだけ引っ掛かった。
「確かに、愛を知らねば、人も妖も……」
そして満彦は、そのまま黙って目を閉じた。
中年男性も、それ以上は話さず黙ったままハンドルを握り続けた。
――――――――――――
そして春近たちは、三つに分けたグループのメンバーが集合していた。
「春近、えっ……その顔」
渚が車を降りるなり、まっしぐらに春近の車まで駆け寄り、ガーゼ付絆創膏を貼った顔を見て驚く。
「ちょっと、その怪我、誰にやられたの……」
やっと愛しの春近に逢えたかと思ったら傷だらけになっていて、渚の怒りが爆発しそうになる。
「あ、大丈夫ですよ渚様」
「大丈夫じゃないわよ! 怪我してるじゃないの!」
「ちょっと敵と戦うことになり……」
「なんですって!」
そして渚の怒りの矛先がルリへと向かう。
「ちょっと、酒吞瑠璃! あんたが付いていながら何で!」
「ごめん……」
ルリは俯いてしまう。
出発時に『ハルは私が守る』と豪語していただけに、責任を感じてしまっていた。
「ルリは悪くないんだ。俺が勝手に……」
春近が止めに入った。
勢いよく突っかかった渚だが、いつも反撃してくるルリが元気が無く、予想していた反応と違って調子が狂ってしまう。
「べ、別にアンタが悪いだなんて……思ってないわよ……」
そう呟いてから渚は黙ってしまった。
「ハル君、大丈夫?」
ルリと渚が微妙な感じになっていた隙に、天音が春近にくっついて心配している。
「むう~っ」
春近に密着している天音に嫉妬して、咲がプク顔をしてジト目で睨んだ。
「もう、咲ちゃんとルリちゃんは、すっとイチャイチャしてたんだから少しくらい良いでしょ?」
「そっ、それは……そうだけど」
まるで見ていたのかのように図星を突かれ、何も言えなくなってしまう。やはり天音の方が一枚上手なようだ。
「皆、聞いてくれ」
各々再会を喜び合っているところに、三善が次の作戦を説明し出す。
「現状で、第五と第六封印地点の殺生石を破壊、敵の所持している石を一個破壊、第七封印地点は奪われた。それにより、敵の所持している石が四個、残りは第八と第九封印地点の二個である。第八地点には今からでは間に合わないと予測されるので、我々は最後の第九地点に先回りし迎撃することになった」
三善の話に春近は懐疑的だった。
そんなに上手く行くのだろうか?
今までもグダグダな感じだし。
「ちょっと良いですか? クーデターの時みたいに自衛隊に応援を頼めないのですか? あと、陰陽庁も怨霊だどに対応できる捜査官が来ていないし、もっと事前に対策とかできなかったんですか?」
「土御門君の言いたい事は理解できる。しかし、クーデターの時は防衛出動が発令されたから自衛隊が動けたのであって……。各省庁間の連携は難しいというか……。あと、陰陽庁も近代以降は呪術や怨霊による事件が減り専門知識が不足している現状があり……」
「そ、そんな状況で日本の有事や災害の対応って大丈夫なんですか……」
うーん、縦割り行政の弊害なのか何なのか知らないけど、災害派遣とか適当な名目で動かせないものなのか? 何だか怪獣や宇宙人侵略の映画なんかで、対応が後手後手になる典型例みたいな話だな。
遺憾砲じゃ、怪獣も宇宙人も怨霊も倒せないんだよ。
「我々で対処できないから、強い力を持つ皆さんに頼むことになったんだよ。それに見合うだけの報酬は出す約束になっているはずなので」
「ちょっと、その報酬って何ですか? オレは聞いてないのですが?」
三善の言った報酬という発言に、春近が引っ掛かり質問する。
出発前にもルリは祖父との間で何やら約束をしていたようだった。
「ハル、報酬はナイショなんだよ~」
「そうだぞハル、後のお楽しみだぞ」
ルリと咲が、春近を引っ張って行き、これ以上話をさせないようにする。
「あれでしょ、完全に自由な楽園とか……」
「ハル君と、毎日エッチし放題……」
「春近くんと、朝から夜までとか……凄い」
「け、けしからん! だが、想像してしまう……」
「ふんす、ヤリまくり……」
「うちも~毎日ラブラブで~」
「ううっ、みんな激し過ぎて、ちょっと付いて行けないかも」
女子軍団が輪になって不穏な発言を連発している。
「ちょっと! 何なの? 気になるよ!」
「春近、安心なさい。じっくりたっぶり調教してあげるわ」
「渚様、笑顔で恐ろしい事を言わないで」
「うふふふっ、ハル君、大丈夫、お姉さんが天国に連れてってあげる」
「だから、天音さん、笑顔が怖いって」
春近の知らない所で、着々と恐ろしい計画が進んでいるようだった。
――――――――
その頃、日本列島をトラックでひたすら西へと向かっていた蘆屋満彦は――――
岡山県に入ってから一般道を進み、荷物の納品先手前でトラックを降りることになった。
「兄ちゃん、ここでお別れだ」
「うむ、世話になったな」
バタンッ!
満彦がトラックのドアを閉めるるが、開けた窓越しに運転手の男性が声をかけた。
「兄ちゃんに何が有ったのか知らないけど、決して早まったことをするんじゃねえぞ。やる前に、大切な人の顔を思い浮かべるんだ。じゃあな」
そう言って、トラックは走り去って行く。
満彦は、遠ざかって行くトラックを見つめながら、このお節介な中年男性に不思議な感覚を覚えていた。
「くっくっくっ、大切な人か……いつぞやのことだったかの。だが、何人たりとも我が覇道を止めることなぞできぬ!」
満彦は再び歩き始めた。果てなき覇道への道を。




