第百十三話 Yes,Your Majesty.
和沙たち三人と陰陽庁担当者は茫然自失としていた。犯人に逃げられた上に、石も盗まれてしまったのだ。
第五封印地点の春近達と同じように、敵は囮役に陽動作戦をさせ、和沙たちを誘き寄せた隙に別の敵が石を盗み出してしまったのだ。
和沙たちが戻った時には、瘴気にあてられて気絶している警備担当者だけが残されていた。
「どどどぉしようー! こんな失態! ハル君に失望されちゃう!」
焼け焦げた山を見つめながら天音が叫ぶ。
「うわあああっ! なんてザマだ、私としたことが! 土御門に合せる顔が無い!」
天音の横で和沙も頭を抱える。
「ダメダメ過ぎる……そもそも全員で突撃したのが間違い。誰か一人でもここに残るべきだった」
二人を見つめながら黒百合が呟いた。
この三人組の体たらくといったら、山を一部破壊して騒ぎを大きくしただけで、石も盗まれ犯人も逃がすといった、何一つ良いところがない大失態である。
これには三人も茫然自失だ。
「ああっ……だから言ったのに……」
三人組を率いていた陰陽庁の担当者も、色々と始末書を書くことになりそうでショックを隠せないでいた。
完全に人選ミスである。
暴走気味な荒ぶる天狗三人組は、初めて会った担当者の命令など聞きもしないのだ。
春近を連れてこないと制御不能な気がする。
いや、実際のところ春近がいても制御できないのかもしれないが……
この封印施設を守るべき理由もなくなり、陰陽庁に報告し春近たちと合流することになった。
――――――――
その頃、渚たちのいる第六封印地点はといえば――――
「何も来ないじゃない!」
渚の機嫌が悪化の一途をたどっていた。
渚たちを率いてきた担当者としても、居心地の悪い思いをしたままビクビクして渚の機嫌を窺うばかりだ。
実のところ、この仕事の担当に決まった時は、恐ろしい力を持った鬼の転生者とはいえ若い女子学生と一緒だと聞き、ウキウキ気分でいたのだ。しかし、実際に会ってみれば凄まじい威圧感の女性で、腫れ物に触るような感じにビクビクしながら接している状態なのである。
いくら美人でも、こんな怖い女と結婚する男は大変そうだなどと余計なお世話なことまで考えていた。
しかも、現地対策本部で見掛けた別の車に乗った和沙たちのことを思い浮かべ、あっちの子の方が良かったなどと失礼なことまで思っているくらいだ。
まあ、後で話を聞き、こっちの方がまだマシだったと思うことになるのだが。
「もう! 春近には会えないし、無駄に時間を潰しているだけだし、何なの!」
「ひいいっ、すみません」
渚の機嫌が悪くなる度に、ビクついた担当者が謝るのを繰り返している。
「はるっち何してるのかな? るりっちやさきさきとイチャイチャしてるのかな?」
ぼんやり封印された石の入っているであろう箱を見つめながら、あいが呟く。
「はあ?」
あいの言葉で余計に渚のハートに火をつけてしまう。
「あ、あの、春近くんは、大嶽さんや羅刹さんのことも大事に思ってるから……大丈夫ですよ」
火に油を注ぐような二人のやりとりに、忍が気を遣って何とか抑えようとしていた。
玉藻前の怨霊は、盗み出した四個の殺生石を四人の人間に取り憑かせていた為、春近達の第五封印地点に二人、和沙達の第七封印地点に二人を差し向け、渚達の第六封印地点は無視していたのだろう。
最初から敵の目標に入っていなかったので、待てど暮らせど来るはずもないのである。
敵が兵法を学んでいるのかは知らないが、戦力を分散させ各個撃破される愚を犯さず、正面から攻めず囮を使った奇襲により石を手に入れる作戦のようだ。
トゥルルルルルルル、トゥルルルルルルルル
突然、担当者の電話が鳴り、本部からの連絡が入った。
「今、本部からの命令で、速やかに殺生石を破壊して他のグループと合流することになった。キミ達には石を破壊してもらいたい」
電話を終えた担当者が、渚たちに向かって言う。
「破壊できるのなら、最初からそうしなさいよ!」
「ひいいっ、すみません」
渚に怒られてしまうが、もっともな意見だった。
この担当者も、まさか殺生石が破壊可能だとは知らなかったはずだ。ルリや咲が破壊した情報を聞き始めて知ったのだろう。
あいが電撃で破壊することになり、忍が封印を壊して石を取り出し開けた場所に置いた。
「じゃあ、行くよ!」
「ちょっと待って」
攻撃態勢に入るあいを渚が止める。
「どうしたの渚っち?」
「何か危険な予感がするから、もっと離れた方が良いわね」
渚が皆を下がらせて建物の陰に入る。貴重品も一緒に。
あいが精神を集中し雷撃の体勢に入る。
人に対してや周囲に被害が出そうな場合は躊躇ってしまうが、目標が石なので全力で撃つことも可能だろう。今まで使ったことがなかったフルパワーでの一撃を入れようとしていた。
「むむむぅぅーっ、紫電一閃!」
ピカッ!
ズドドドドドドドドドドドォォォォォォォォォン!!!!!!
一瞬だけ天空から地上に向け紫色の閃光が走った直後に、凄まじい轟音と爆風で何が何だか分からなくなる。
約一億ボルトの超高電圧と約十万アンペアもの超高電流が瞬時に流れ、陽電子と電子が対消滅し直撃を受けた殺生石は蒸発するように灰となった。
ゴロゴロゴロゴロ――
雷を落とした本人のあいも、あまりの勢いで飛ばされ地面を転がる。
「けほっけほっ、ほら、やっぱり離れて正解だったでしょ。スマホも壊れるかもしれないし」
轟音が木霊となって消え土煙が収まってから、渚が放った一言に皆が頷いた。
「いたた……服が汚れちゃった」
あいは、地面を転がって泥だらけだ。
「カッコつけて全力なんか出すからよ」
「えへっ、うちも必殺技っぽく活躍して、はるっちにホメてもらいたかったんだもん」
渚が手を貸して、あいが立ち上がる。
――――――――
渚たちのグループは、石も破壊した事で第六封印地点を守る理由もなくなり、春近達と合流する為に街まで降りてきていた。
そして相変わらず渚は不機嫌だ。
「もう、クリスマスイブなのに春近とも離れ離れだし、シャワーも浴びれないし、昨夜からろくに食事も出ないし、いったい何なの!?」
後手後手で敵に出し抜かれてばかりの陰陽庁に、助っ人で呼ばれた者への対応も悪いとなれば、渚でなくても文句の一つや二つを言いたくなるというものだ。
「ひいいっ、すみません」
「さっきから、そればっかじゃない!」
「す、すみません」
「もうっ!」
「うぷっ……」
「ふふっ……」
何度も同じような会話を繰り返している二人を見て、あいと忍は笑いそうになるのを堪えていた。
日用品を買おうとショッピングセンターに入ろうとした時に、その事件は起きた。
前方から、いかにもガラの悪そうな男たちが、ニヤついた笑みを浮かべて近付いてきたのだ。
「グヘヘッ、ネエチャン、チョー可愛いじゃん。オレらと遊びに行かね?」
「うへっ、良いカラダしてんな。良いコトしようぜ! しっぽりとよ」
「もちろん、きっちりイカせてやんぜ! オレってアッチは自信あるじゃんよ」
いかにも下品な感じにナンパしてきた男たちに、渚の顔が一気に嫌悪感でいっぱいになった。
「ちょっと、キミ達……」
「ああん! テメぇ何だよゴラッ! 何中だゴラッ!」
担当者が恐る恐る声を掛けたが、ゴラゴラ言われてビビッてしまう。
「あ、あの……」
忍が止めようと前に出る。
「んっだよ、デカ女はアッチ行ってろよ! オレはこの美人に声かけてんだよ!」
「うわーヒデぇー オレはデカ女好きだけどな。ケツとかムチっとしてエロいじゃん」
「じゃあ、オレはコッチのギャルの子でー」
下品で失礼な会話を続けるヤンキーに、あいは『あ、コイツら、やっちゃったな』と思った。
ブチッ!
何かが切れる音が聞こえた気がした。
「這いつくばりなさい!」
渚が少しだけ強制の呪力を込めて怒鳴ると、男たちは床に這いつくばって土下座の体勢になる。渚の威圧感が急上昇し、まるで心臓を握られているかのような恐怖で動けなくなったのだ。
「え、ええ、す、すみません……」
「ああっ、あの、許して……」
「ぐえっ、く、苦しい……」
完全に戦意喪失して屈服してしまう。このようなヤカラは、弱い者に対してはめっぽう強いのだが、自分より圧倒的な強者に対してはヘコヘコし出すのが常である。
「謝りなさい!」
まさに鬼神のような迫力の渚が、男たちの前に仁王立ちする。
「し、失礼なこと言ってごめんなさい」
「すみませんでした~」
「もう、真人間になります」
「行って良し!」
半分腰を抜かしながら、男たちは一目散に逃げて行った。
「あの……ありがとう」
男たちが見えなくなってから、忍が少し遠慮気味に渚に声をかけた。
「友達を侮辱されたのだから当然でしょ」
不機嫌そうに返事をする渚だが、その顔には照れ隠しなのか少し恥ずかしそうな表情が見て取れる。
忍は、渚が『友達』だと言ってくれたことが嬉しかった。春近と関わってから何となく一緒に行動することが多かったのだが、友達だとハッキリ言われたのはこれが初めてなのだ。
最初は渚を怖いイメージで苦手なタイプだと思っていたが、付き合っているうちに優しいところや友達思いのところがあるのも気付いていた。
「うん」
忍は嬉しそうに頷く。
照れているのを隠すように先を急ごうとする渚だが、担当者がジッと見つめているのに気付いて声をかける。
「ちょっとアンタ、早く準備しなさいよ!」
「はっ、はい! い、いえ……Yes,Your Majesty.」
「はあ?」
突然、忠誠を誓う担当者。当然、渚が憮然とする。
最初は、こんな怖い女とは絶対に結婚したくないなどと失礼なことを考えていた担当者の男だが、今では渚に崇拝や畏敬の念を抱いてしまっているのだ。意外と周囲に配慮しているところや、友達思いのところや、ヤンキーを一喝して撃退するところを見て、もう渚の魅力にメロメロである。
ここにまた一人、女王の忠実なる下僕が誕生したのだった――――




