第百八話 常識と非常識
吉備真希子調査室長の電話が鳴り、バス内に緊張が走った。電話を受けている彼女の険しい顔から、事の重大性が見て取れる。
真紀子は電話を切り大きな溜め息をついてから、深刻な表情をして語り始めた。
「四個目の石が消えたわ。同一犯の仕業でしょうね」
それまで旅行気分だったバス内の雰囲気が、一気にしぼんで暗くなってしまう。早く石を見つけて帰りたいと思っていたのに、何やら大変な事態になってきてしまった。
「石が勝手に動いて、どっか行っちゃったんじゃないの?」
ルリが素朴な疑問を投げかける。
「殺生石は欠片だけでも強い呪力を帯びていて玉藻前の怨念が宿っているから、自力で動く可能性は無いとは言えないわね。ただ、最初の事件の時に警備担当者が一緒に消えていることから、彼が何らかの事件に関係していると考えた方が良いかもしれないわ」
真希子が答える。
「じゃあ、石に宿った怨霊が警備の人に乗り移ったとか?」
「その可能性は有ると思うわ。ただ、これまで誰も犯行の現場を見てないのよ。毎回、忽然と消えてしまうので」
二人の会話を聞いていた春近が呟く。
「何だか謎解きみたいになってきたな……こういう時に名探偵がいれば鮮やかに解決出来るのに」
そして、自分の方を向いているあいと目が合い言う。
「よし、名探偵あいちゃんにお願いしよう!」
「なんでうち? でも……次に狙われそうな場所に先回りするしかないよね」
「そう、それだよ。さすがあいちゃん! 吉備さん、先回りして犯人を捕まえましょう」
「それが……今から向かおうとしていた場所が、その犯行ルートを予測して先回りしていた場所なのよ。そして、そこが今狙われた。今、対策本部が次の対応を検討中よ」
戸惑った顔で話す真希子に、春近は誰に問うでもない感じに呟いた。
「何だか後手後手になっているような……。こんなんで大丈夫なのか?」
春近の言う通り、後に思い知ることになるのだが――――
――――――――
春近達を乗せたバスは栃木県の現地対策本部に入った。
周囲には温泉が点在する有名な観光地だ。
多くの職員が慌ただしく出入りしている。
ここに吉備調査室長と栞子が入り、春近たちは北上し予測地点の封印場所に向かう予定だったのだが、四件目の事件により予定は大きく変更されることとなった。
「温泉にでも入りたいところだな。こんな事件じゃなく旅行で来たかった」
のんびりしたい春近は温泉施設を見つめながら思い出す。
温泉か……温泉といえば、ゴールデンウィークの旅行の時に、温泉で渚様に襲われそうになったことがあったな――
「春近、何、温泉を見てニヤニヤしてるのよ」
いつの間にか春近の隣に渚がいた。
「あっ、渚様。ほら、あれですよ、温泉といったら渚様がのぼせてしまって……。スッポンポンの渚様に下着を穿かせたのを思い出し……ちょ、もがっ、んんっ!」
「それは忘れなさいよ! 春近、あたしの色々な所を見たのよね!」
やっぱり余計なことを言う春近に、渚が抱きついて絞めている。若干、イチャイチャしているようにも見えるが。
「見てません、見てませんから! でも、渚様は髪も金髪で綺麗だけど、下も金色で綺麗――」
「み、み、見てるじゃないの! 忘れなさいっ」
怒っているように見えて、実際はじゃれ合っている渚だった。
――――――――
最初の事件が起きたのは八日、その後は暫く何も起きず、次の事件が十三日後の二十一日、三件目が二十二日で四件目が二十三日。
日本列島を北上するように四か所をを狙い、そして次は南下してくると予測された。
しかし、次に狙われる地点へのルート予測ができず、陰陽庁はこちらの戦力を分散させることを決定した。
春近たちを前に吉備調査室長が説明を始める。
「第五封印地点に酒吞瑠璃、茨木咲、飯綱遥、土御門春近の四名を。第六封印地点に大嶽渚、羅刹あい、阿久良忍の三名を。第七封印地点に鞍馬和沙、大山天音、愛宕黒百合の三名を。ここ現地対策本部の防備に百鬼アリス、鈴鹿杏子、比良一二三の三名となります。それぞれ指揮担当者の指示に従い行動してください」
それぞれ担当者の所に分かれて車に乗り込む春近たち。
少しの間だけなのに、何だか名残惜しい感じになってしまった。学園では一緒に居るのが当たり前になっていたからだろうか。
「春近、絶対に無理するんじゃないわよ!」
心配そうな顔をした渚が春近に駆け寄る。
「はい、渚様も気をつけて」
「はるっち、気を付けてね」
「春近くん……」
あいと忍も同じように心配そうにしている。
「あいちゃんと忍さんも気を付けて」
「ハル君、分かれるのがツラいよ……一緒に行きたかった……気を付けてね」
別のグループになった天音も別れを惜しむ。
「土御門、こ、これが終わったら、ちゃんと話をしてもらうからな」
当然、告白したばかりの和沙もだ。
「春近、無理をするな」
黒百合も続く。
「天音さん、鞍馬さん、ブラックリリーも気を付けて」
三人を見送った春近はアリスたちの方を向く。
「アリス、杏子、一二三さんも気を付けてね」
「ここは任せろです」
「御主人様……ご無事で」
「気を付けて……」
自称正妻の栞子も顔を出す。
「旦那様! わたくしをお忘れじゃないですか?」
「わ、忘れてませんから。栞子さんも気を付けて待ってて下さい」
ブロロロロロロ――――
それぞれの車が出発して、本部に残されたアリスは考える。
「何か嫌な予感がするです……。敵は、わざと戦力を分散させているのでは?」
超強力な特殊な力を持つ者たちだ。全員揃っていれば無敵だろう……しかし戦力を分散させることで隙が生まれる。
考えすぎだろうか――
一方、春近たちは。
「陰陽庁捜査課の三善です。よろしく」
車の運転席に座った担当者の男が挨拶をする。春近たちは軽く会釈をした。
三列シートのワンボックスカーに乗り込んだ四人。運転席に三善、二列目シートに遥、三列目シートにルリと春近と咲という順だ。
車は第五封印地点という場所に向けて走り始めた。
「んんっ、ちゅっ、ハルぅ♡ もっとキスしよ♡」
「ハル、アタシにもちょうだい。ちゅっ、大好き♡」
走り出して数分で、三列目シートの中央に座った春近に、両側のルリと咲からキスの嵐が始まる。他の彼女と離れたことで春近を独占しようという魂胆だろう。
「ほら、おっぱいでちゅよぉ♡」
「ハル、もっとナデナデしろよぉ♡」
後列シートからの淫靡な声やらキスの音やらで、いきなり車内はエチエチムードになってしまう。
「んん、ごほんっ、キミらは、いつもこんななのか?」
運転している三善が、居たたまれず咳払いをして遥に質問した。
「えええっと、そんな感じです……」
恥ずかしさで顔を背けながら遥が話す。
めっちゃ恥ずかしい! 何なのこの人たち! 車に乗った途端に性欲全開じゃないの!
私まで恥ずかしい……こんなの見せられたまま何時間も移動するの?
いきなり遥の不満が爆発した。もう帰りたい気分だろう。
「ハルぅ~もう我慢できないよ♡ さ、先っちょだけ。ねっ」
「ルリぃ、先っちょって何だよ! 禁句だよ」
「アタシも、もう限界♡ いいだろ、ハルぅ♡」
「良くないから。ダメだって。おい、服を脱ぐな。人がいるって」
トロトロに蕩けた顔のルリと咲に両側から迫られる。もう三人まとめて我慢の限界だ。
「ちょっと、私もいるんだけど。そういうのは見えないところでやってよ!」
違う意味で我慢の限界になった遥が文句を言う。
「こっちは我慢の限界なの! 学園では他の子がいてイチャイチャできないでしょ!」
「そうだそうだ! やっとハルと一緒になれたんだからな! こっちは欲求不満が溜まって大変なんだよ!」
そしてルリと咲の二人から反撃を受ける。
「ええええ……」
「遥ちゃん、やっとハルと一緒のチャンスなんだからね! エッチしまくりたいのは当然でしょ! 常識だよ」
「そうだそうだ! こっちはエッチしまくりたいんだ! 常識だろ!」
「そんな……何で私が非常識みたいなことになってるの……。もうイヤ、この人たち」
遥は、散々イチャイチャを見せつけられてきた和沙の気持ちを理解した――――




