第百五話 和沙の告白 桶狭間に舞う
最初は小さな事件だった。
陰陽庁が厳重に管理している強い呪力を帯びた石が紛失したのだ。
その石は全部で九個あり、それぞれ別々に封印処理を施し厳重に管理されていた。
通常の人間では触れることもできないほど強力な呪力を帯びた石である。その石を回収する為、人知を超えた天狗の力を持つ少女たちに回収の依頼を出したのだ。
しかし、事件はこれで終わらなかった。
二個目の石が紛失した時に、陰陽庁は重大な問題だと認識することとなる。
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クリスマスも近づいた二十三日。
今日は学園の終業式である。
春近たちは、翌日のクリスマスパーティーに向けて盛り上がっていた。終業式が終わったら皆で準備をする予定だ。
「やったぁー! 明日から冬休みだぁ! ハルっ、やっと遊べるね。もう、勉強ばっかだったし」
ルリがウキウキで明日のパーティや冬休みのイベントを思い浮かべている。
「ルリは授業中も寝てたりして、あんまり勉強してなかったけどね」
「むううっ、ちょっとハル! 寝る子は育つって言うでしょ!」
「育つ、育つ……」
春近のツッコミに諺で返すルリだ。しかし春近は何故かルリの胸を見ている。それ以上育ったらどうしようなどと思っているのかもしれない。
「楽しい年末年始になりそうだねっ。ハル」
「うん、冬休みはクリスマスパーティに大晦日に初詣に……うーん、色々とイベント盛りだくさんだな」
春近は、今までとはちょっと違う冬休みに胸躍らせていた。
そんな春近のところに遥がやってきた。
「ねえ、春近君。ちょっと良いかな?」
教室の窓から顔を出した遥が春近を呼ぶ。
「あれ、飯綱さん。どうしたんですか?」
「ちょっと話があって」
手招きする遥に促され、春近は廊下に出て遥と向き合った。
「ごめん! 私たち、クリスマスパーティに出れなくなっちゃった」
「えっ」
春近は、遥が『私たち』と言ったことに、少し違和感を覚えた。
「実は、陰陽庁の用事で私達五人が行くことになっちゃったの。だから冬休みは会えないんだ。せっかく色々と準備してくれていたのにごめんね」
「そう……なんですか。パーティは残念だけど、気を付けて……」
「うん」
遥は春近の顔を見つめる。
淡い恋心のようなものを感じていた。
それが、この先どうなるのか自分でも分からない。
もし、また会えたのなら……
「春近君、戻ってきたら、また話を聞いてくれるかな?」
「うん、いつでも良いですよ。あ、でも、彼氏探しは勘弁して下さいね」
「あははっ、あれはもうやめたから。じゃあね、ばいばい……」
遥は名残惜しそうな顔をしてから、踵を返し自分のクラスへと戻って行った。
「飯綱さん……陰陽庁の用事って何だろ? 五人で行くって、何かあったのかな? そういえば、鞍馬さんも朝から見かけないし……」
去って行く遥の背中を見つめながら春近が呟く。
彼女の背中が寂しそうに見えて気になってしまう。
「土御門!」
「うわああっ!」
突然声をかけられた春近がビックリする。
振り向くと、そこに和沙が立っていた。
「あれ、鞍馬さん。どうしたんですか?」
「ちょっと、話がある」
「これから終業式ですよ」
「時間はとらせない。重要な話なんだ」
そう言うと和沙は階段を指差し歩いて行く。
春近は黙ったまま和沙の後に付いて屋上への階段を上る。何かを思い詰めたような和沙の顔に、無言のまま付いて行くしかできない。
話って何だろ?
飯綱さんの件といい気になるな……
何か重要な用事なのだろうか?
二人は屋上に出て向き合った。
冬の風が冷たく体温を奪って行く。
「その、もう遥に聞いたかもしれないが、私たちは陰陽庁の用事で出掛けることになったんだ。その前に、どうしてもキミに伝えないとならないことがあって……」
和沙は何かの覚悟を決めた顔をしていた。
「はい」
「そ、その、なんだ……」
「はい……」
「えっと、あの……」
和沙は心の中で決意を固める。
しっかりしろ! 私! もう、覚悟は決めたはずだろ!
「つまり……つ、土御門! キミのことが好きだ! 付き合ってほしい!」
和沙はストレートに告白した。
普段は恋愛事となると恥ずかしがって噛んでしまったりするが、今の和沙は真剣な顔で春近を見つめていた。
「あ……あの、気持ちはとても嬉しいです。でも……オレはルリたちと付き合っていて……」
文化祭でキスをしてから、何となく和沙の態度や周りの反応で気付いていた春近だが、いざ面と向かって告白されると悩んでしまう。
気持は嬉しいけど、やっぱり断らないとダメだよな。ルリたちの気持ちを大事にしたいから、これ以上彼女を増やすのはどうかと思うし。
鞍馬さんや、天音さんや、他の子も、好意を向けられるのは嬉しいけど……曖昧にしちゃダメだよな。
「ごめんなさ――」
春近が断ろうとした時、それを察した和沙が言葉をかぶせた。
「どうしたら付き合ってくれるのだ?」
「えっ、あ、あの、皆に聞いてみないと……」
「皆に聞けば良いのだな」
「はい、だから……」
「分かった」
和沙は、それだけ言うと校舎内に戻って行った。
「どうしよう……やっぱり、今ここでキッパリ断った方が良かったのかな? でも、鞍馬さんの気持ちを考えると。いや、考えるのならハッキリさせた方が良いのかもしれないけど。くっ、オレにもっと恋愛のスキルがあれば……」
一人残された春近が呟いているところに始業のベルが鳴り響いた。
体育館に移動し、二学期終業式が始まった。
学園長の挨拶も終盤に差し掛かった頃、突然和沙が立ち上がる。そして、そのまま檀上に向かって歩いて行く。
突然の行動に、周囲からはザワザワと訝しむ声が上がる。
「えっ、鞍馬さん、何してるの……?」
春近は和沙の突飛な行動に、全く頭が追い付いていない。
和沙は、まるで織田信長が桶狭間の戦いに挑む前夜に、敦盛を謡い舞ったような心境になっていた。
『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり――――』
この歌は織田信長で有名だが、元は源平合戦、一ノ谷の戦いにおいて元服間もない平敦盛の話に由来する。
一ノ谷において源氏の奇襲を受けた平家側は一斉に撤退を開始する。しかし、逃げ遅れた敦盛は、源氏側の熊谷直実に一騎打ちを挑まれることになる。
立派な甲冑を付けた敦盛を、さぞかし有力な武将だと思った直実。いざ組み倒し首を斬ろうとしたところ、熱盛が我が子と同じくらいの幼い子供だったことで躊躇する。
見逃そうとする直実だが、敦盛は負けを認め『すみやかに首を取れ』と譲らず、直実は涙ながらに首を斬った。
この世の無常を感じた直実は出家を決意したという言い伝えである。
今、和沙は桶狭間に挑む信長の心境で、一歩一歩前に進み檀上へと登る。
「学園長、マイクを貸して頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……」
和沙の真っ直ぐな視線にたじろいだ学園長は、演壇を譲り下がった。
あまりの突飛な出来事に、全生徒と全教職員が固まったまま檀上を凝視している。
「私は一年A組の鞍馬和沙だ。今日は、皆に聞いて欲しいことがある」
和沙は大きく良く通る声で語りだす。
「私は、同じクラスの土御門春近のことが……好きだああああああああああああ!!!!!! 大好きだああああああああああああ!!!!!!」
余りにも突然の告白に、ざわついていた体育館が静まり返る。
「土御門、私と付き合ってほしい!」
「ええええええええええええっ!」
「はあああああああああああっ!」
「きゃああああああああああっ!」
「なんだとおおおおおおおおっ!」
「くっそおおおおおおおおおっ!」
全生徒を前にした愛の告白に、館内の全生徒は嫉妬やら羨望やら爆笑やら怒りやらで大騒ぎになる。まるで体育館が阿鼻叫喚の地獄と化したみたいに。
「あと、ついでに私の友人も土御門が好きなので、一緒に答えて欲しい! お願いしまぁああああああっす!!」
壇上から全生徒を見渡す和沙は清々しい気持ちでいた。
ふっ、土御門も罪な男だな。
私に他の女とのイチャイチャを散々見せつけたかと思えば、こんな無理難題を命じるとは――――
※完全に誤解である
「な、な、な、な、なんだってぇぇぇぇぇ!」
混乱する春近が叫ぶ。
は、鞍馬さん、何言ってんの?
皆に聞くって言ったのは、ルリたちに聞いてみるという意味なのに。何で全生徒に聞かせてるの?
突如として終業式に起きた恋愛大事件に、生徒たちの噂が爆発的に燃え上がった。
「これって、噂のハーレム王でしょ」
「ええっ、やだぁぁぁー!」
「きゃああああ! 変態ぃいいいい!」
「ちょっと! 早く答えなさいよ!」
「そうよっ! 可哀想でしょ!」
「くっそおおお! 何で土御門ばかり!」
「リア充めえええ! 許さん!」
「何とか言えよ、ゴラッ!」
「お前たち、静かにしなさい!」
「はああああっ! 羨ましいいいいい!」
全生徒の視線が春近に集中し、告白の返事を求める声や、嫉妬に狂った非モテの雄叫びや、日頃の鬱憤をぶつける罵詈雑言や、教師の注意する声やらで大混乱になる。
注目されるのが苦手な春近には針の筵だ。
ど、ど、どうするの、これ!
もう断れるような状況ではなくなっているような。
いや、断わっても受け入れても大変なことになるような。
詰んだ! 完全に詰んだ!
「は、はい……お願いします」
もう後に引けなくなった春近は受け入れた。
この日、春近のハーレムが、更に五人増えたのだった――――




