第百話 伝説のブラックリリー
立冬を過ぎて山々の木々が色づき始めた霜月、冷たい風に落ち葉が舞い上がり冬の到来を予感させる。
この陰陽学園にも、校庭の紅葉や銀杏が紅葉色や黄蘗色に染まり、生徒や教職員の目を楽しませていた。
春近が寮へと戻ると、玄関ホールに自分宛ての荷物を見つけた。
「おっ、これはオレ宛ての荷物だ。もしかしてコタツかな?」
先日、祖父にメールで頼んでおいたコタツセットが届いたようである。
「やった、布団もセットになってる。しかし、一人で部屋まで運ぶのは大変だな」
何度も往復するのが面倒な春近が、コタツ本体と布団を一緒に持とうとする。しかしバランスを崩し、あっさり段ボールの下敷きになってしまう。
バタンッ!
「うおっ、カッコ悪い。こんなの誰かに見られたらイヤだな」
見られたくない時に限って見られてしまうもので、たまたま玄関前を黒百合が通る。
「あっ……ぷぷっ、見てしまった。決定的シーン」
良いものを見たとばかりに黒百合がニヤニヤする。
一目で不思議ちゃんのイメージなゴスロリっぽいヘアアクセに、目立つピンクのツインテール。小柄な体だがインパクトは絶大だ。動く度にツインテールが揺れ、より不思議な感覚になってしまう。
「うわっ、愛宕さん」
「何やってるの? 段ボール箱の下敷きになって。踏まれるのが好きなの?」
「ち、違うから! 皆が踏みたがるけど、踏まれるのが好きなわけじゃないから!」
勢いあまって余計なことまで言ってしまう。
ドS女子に踏まれるのは禁句だ。
「ふへっ、そうなんだ。皆に踏まれるんだ。本当に面白い男」
「しまった、余計なことを言っちゃたな。それより、荷物を部屋まで運ぼうとしてたんだよ」
春近が二つの大きな段ボールを指差す。
「仕方がない。私が手伝ってあげる。任せろ。ふんす!」
黒百合は胸を張ってドヤ顔をする。
春近と黒百合は二人で荷物を持って部屋へと向かった。春近が重い方のコタツ本体を持ち、黒百合が布団を持っている。
春近の部屋に到着し、一緒に室内に入る。
黒百合が珍しいものでも見るようにキョロキョロするが、春近は段ボールを開け始めた。
「愛宕さん、ありがとう。何か飲む? オレはコタツを組み立てるから」
「なぬ、コタツだと! 私も手伝う」
コタツと聞いて急に黒百合がノリノリになった。たぶんコタツに入ってくつろぐのが好きなのだろう。
「これで良し」
「ふんす!」
春近が本体を組み立て終わると、黒百合が布団をセットする。
「おお、これは快適だ」
「あったかい……」
二人してコタツに入ってくつろいでしまう。
「そうだ! ちょっと待ってて」
黒百合は、そう言うと部屋を出て行った。
「んっ、何だろ?」
しばらくすると、再び黒百合がやってきた。
「おまたせ。コタツといったらコレ」
手にはミカンの入った袋を持っている。
「あと、偶然そこで会ったから連れてきた」
「ハル君! 来ちゃった」
後ろから天音も顔を出す。
「……どうも……」
更に、その後ろから一二三も現れた
「あれっ、急に千客万来に。うん、どうぞ。ちょうどコタツが届いたところだから」
春近は三人を招き入れた。
密室で、ぐいぐい来る女子と一緒なのも忘れて。
「ふふっ、ここがハル君の部屋かぁ…… 黒百合ちゃんが、ハル君の部屋に行くって言うから、付いてきちゃった。ハル君と二人きりなんて危険だからね」
天音が意味深な発言をする。
「天音さん、オレは襲ったりしないから大丈夫ですよ」
「違うよ、危険なのはハル君の方なんだよ。ハル君って、いつも女子に襲われてるイメージだし」
「ぐはっ、オレってそんなイメージなの……?」
とんでもない言われようだが、実際にその通りなので反論できない。
「春近は、そういう女子を寄せ付ける雰囲気……皆が踏みたがるのは、ちょっと分かる」
「わーわー! 愛宕さん、それ内緒!」
黒百合が、ドS女子に踏まれる秘密を暴露してしまう。
「えっ、踏まれるって何?」
さっそく天音が食い付いた。
「な、何でもないから。それより座りましょう」
「怪しぃ、ふふっ、ハル君ってば」
四人でコタツに入るが、何故かおかしな体勢になってしまう。
普通は四人で四方に入るはずなのに、同じ方向に二人入っている人がいるのだ。
「あれ、これは……?」
「……」
一二三が春近と同じ場所に入っているので、二人がピッタリとくっつく形になる。
「ちょっと、一二三ちゃん……」
「……問題無い……このコタツは、こういうスタイル……」
天音が声をかけるが、一二三はゴリ押しする構えだ。
「ふ~ん、一二三ちゃん、けっこうやるわね……」
「あ、天音さん落ち着いて。きっと比良さんはコタツに不慣れなだけなんだよ」
二人が一触即発っぽくなりそうなので春近が冗談をかます。
「そんなわけあるかぁ。ちょっぷ」
「いたっ」
天音が、ふざけて春近にちょっぷした。
「ふふっ、そんなことで怒ったりしないわよ」
「えっ、そうなんですか?」
天音さん、優しい……。何だか浮気しても許してくれそうな感じだな……。でも、それはダメなような? もし、相手が悪い男だったら、都合の良い女にされてしまう――
何だか心配だな。
先日のように、急に泣き出した件もあるし。
天音さんは凄くモテそうだけど、悪い男に騙されそうな感じで危なっかしいんだよな。
春近は、ドーテーなりに考えてみたが、実は結構当たっていた。
「いいですか、天音さん!」
「は、はい?」
突然春近が真面目な顔になり、天音が背筋を正した。
「男は皆オオカミなんですからね! 簡単に信用しちゃダメですよ! 特に陽キャのヤツらなんか口が上手いんだから! 天音さんは美人なんだから狙われやすいのに」
「ぷっ、ふふふっ、あはっ、あははっ。ご、ごめん。ホント、ハル君は優しいね。でも、ありがと。ハル君はオオカミじゃなくて羊っぽいよね」
「それ、褒められているんですか?」
「当然褒めてるんだよ。でも、羊はこわーいオオカミのお姉さんに食べられちゃうんだよ」
そう言って、天音は春近の胸元から首筋に手を這わす。
「ちょ、ちょっと、天音さん……」
「心配しれくれるのならぁ……ハル君が責任を取って私と付き合えば良いんだよね」
「ダメですって、オレにはルリたちが……」
「……むっ……」
突然、反対側から一二三が抱きついて胸を押し付けてきた。
「えっ、あの、比良さん」
「……少し寒い……人肌で温めるスタイル……あと、天音が名前なのに私が苗字なのはおかしい……揃えるべき……」
ギュッと一二三の両手に力が入り、より春近と密着する。彼女の美しく肩で切りそろえられた銀色に輝く髪が、サラサラと春近の首筋を刺激する。
「ううっ、何か良い匂い……じゃなくて。わ、分かりましたから、一二三さんって呼びますから、少し離れて……」
「ん……許可する……」
春近が天音と一二三に挟まれてドギマギしている光景を、黒百合がニヤニヤしながら眺めている。
「本当に面白い男。見ていて飽きない」
正面に座っている黒百合が、楽しそうに春近の顔を見ている。
「愛宕さん、見てないで二人を何とかしてよ」
「二人を名前で呼ぶのなら、私のことはブラックリリーと呼ぶように」
「何で英語? てか、ちょっと恥ずかしいような……」
「なに、恥ずかしいだと! ふふん」
黒百合改めブラックリリーは、春近の正面からコタツの中で脚を伸ばし、春近の股間部分を押し始めた。
ぐりぐりぐり――
「ぐはぁ!」
これには春近もたまらない。
ちょ、ちょっと、愛宕さん、何やってんのぉぉぉぉ!
足がオレの股間に!
グリグリしないでくれ~っ!
「ふふん、ブラックリリーと呼ばないのなら……」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり――――
ぐわああああっ! 何て事をするんだぁぁぁぁぁ!
ピンクのツインテールは、見た目も凄いが性格も凄かった……
「ハル君って、結構敏感だよねっ♡」
コタツの中で凄まじい攻防が繰り広げられていることを知らない天音は、春近に抱きつき首筋をスリスリしていた。
勿論、天音のテクニックも凄いのだが、ある部分を断続的に刺激され続け、春近は限界まで追い詰められてしまう。
「……むうっ。ずるい。私も」
一二三も、天音に負けじと抱きつきギュウギュウと胸を押し付ける。
両側からガッチリと挟まれて逃げ場が無いまま、ブラックリリーの足技を受け続ける春近であった。
「にへら~っ」
ピンクのツインテールは悪魔のような笑みを浮かべ、足技でグリグリと刺激したり、足の指を暴れさせたり、サスサスと足をスライドさせたりと、様々な刺激をして追い詰めてくる。
「やだっ、ハル君、ピクピクし過ぎ! かわいい♡」
凄まじい足技で限界まで刺激されている春近がビックンビックンと体を振るわせる。それに興奮した天音が、抱きついた両手で胸板や首筋を撫でまくり、耳を甘噛みしたり舐めたりとやりたい放題になってしまう。
「……むぅ……ずるい」
一二三は、天音の過激なスキンシップに嫉妬したのか、普段は無表情な顔が少し怒っているように見える。
「私も……」
大人しいはずの一二三まで、少し大胆に顔を春近の胸に寄せる。
「あああぅ……もう、ダメだ……限界だぁ!」
天音を警戒していたはずが、とんでもない伏兵が潜んでいたのに春近は気づく。
愛宕黒百合……見た目が只者じゃないが、実際にとんでもない女だった。
「わかった! 分かりました! ブラックリリー!」
春近は無条件降伏しブラックリリーの軍門に下った。
「ぐはっ、無念……」
春近は屈服され力尽きた。
「どやっ、この伝説のブラックリリーに勝てるはずがないのだ!」
何が伝説なのかは知らないが、とんでもない女がハーレムに加わり、更に春近は窮地に陥ったようだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
陰陽学園の鬼も第百話を迎えました。
ここまで続いたのも、皆さまのおかげです。
これからもよろしくお願いいたします。
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