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ぬくもり  作者: 智
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 私の気持ちなんて考えたことないでしょ?

 名前呼ばれるたびにドキドキして、あたふたして、おどけてごまかしてる。


 ずっと好きだったから、私の事好きじゃないって気づいた中学3年夏。

 一緒に居たい。辛いから離れたい。……でも、一緒にいたい。


 私の未練を断ち切れないせいで、高校も同じにしてしまった。この恋心は忘れなきゃいけないのに、なかなか消えてはくれない。



 だから、先輩の言葉に甘えてしまったんだ。


『じゃ、僕の事好きになったフリすれば?』


 私にとって、その言葉は甘い蜜だった。





「たっくん、美香ちゃん今日もお願い!」


「千晴、頑張れ!」


「はいよ!頑張れ千晴!」


 お店に入る前のいつものやり取り。


 私は深呼吸する。

 美香ちゃんは応援してくれる。

 たっくんは私の手を握ってくれる。


(……嬉しい)


 まだ、たっくんへの想いを諦めきれない私は手のぬくもりを感じて顔を赤くしてしまう。


「じゃ、行ってくるね!また明日!」



 お店に入っていつもの様にカウンター席に座ると、直ぐに先輩が話しかけてきた。

 先輩に店の外で行われた一連のやり取りを見ていたのだろう。

 正直言って恥ずかしい以外の何ものでもない。


「今日も、仲がよろしい事で」


「それって嫌味ですか?先輩」


「別に。オーダーは?」


「抹茶ラテで。先輩が入れる抹茶ラテって美味しいんですよね」


「そう?愛が入ってるからかな」


「はいはい。早く作って下さいよ」


「つれないな。……わかったよ。とびっきり美味いの作ってあげるよ」


 先輩は笑いながら厨房に消えて行く。

 先輩の笑顔を見ると少しホッとする。

 でも、1人になるとあの2人を思い出して深いため息を吐く。


 私には小学校からの幼馴染みがいる。

 近所に住んでるたっくんと、私と趣味が同じの美香ちゃん。


 ずっと変わらずに居れると思ってた小学生時代が懐かしい。


 あの時のまま、気持ちが変わらなければ良かった。


 たっくんを好きにならなければ……良かった。


 たっくんが美香ちゃんを好きだと気付いたのは、中3の夏。

 志望校の話になった時、たっくんは美香ちゃんを見る目がいつもと違った。

 私と同じだって思ったんだ。


 たっくんにとって私は家族。

 でも、美香ちゃんは違った。


 いつも自分の事ばかり考えて、他の人の事なんて考えてなかった。

 だから、美香ちゃんもたっくんの事好きだってずっと気付かなかったんだ。


 2人とも大切な人だ。


 とても大好きな人たちなんだ。




(あぁ、早く付き合っちゃえば良いのに)


 お似合いすぎて私なんて邪魔者だし。


 私は先輩が入れてくれる抹茶ラテが来るまでテーブルに突っ伏した。







 先輩と知り合ったのは偶然だった。


 先輩は弓道部のエースで、いつもは素朴な雰囲気なのに弓を引く姿がとても凛々しくてカッコよかった。

 帰り道に弓道部の練習を見た事があり、美香ちゃんと先輩の話で盛り上がったりもした。


 たまたま1人になりたくて、たっくんと美香ちゃんに嘘をついて、入った小さな喫茶店に先輩がアルバイトしてた事がきっかけだった。


「あっ!1年2組の仲良し3人組の子でしょ」


「へっ?」


 初めて交わした言葉で、私の表情は間抜けな顔をしていたと思う。


「君たちの事、有名だよ。小学校からの仲良し3人組。僕、宮村航。2年で弓道部なんだ。いつも、3人で弓道場の前通ってるよね。今日は1人なの?」


 先輩は思ったよりもフレンドリーでグイグイ私の心の中まで入ってきた。

 話すのが初めてなのに、恋愛相談したくなるほどに……。


 ずっと、誰かに聞いて貰いたかった私の気持ち。

 何故か、先輩ならいいかなって思った。


 先輩のバイト終わりに、これまで言えなかった事をぶちまけてしまった。


「先輩にわかりますか?その時の私の気持ち。大切なんです。大好きなんです。2人とも失いたくないんです!でも、2人に両思いだよって言えなくて。まだ、諦められない自分が嫌なんです。自分でも矛盾してるのわかってるんですよ」


「そうだね。好きなら仕方ないかも。……人の思いなんて矛盾だらけでしょ」


 泣きそうな私に、先輩はよしよしと頭を撫でる。

 初対面な私に恋愛相談されて、共感して微笑んでくれる。

 嫌な顔ひとつしないで私の話を聞いてくれた。


「……先輩。凄くいい人ですよね」


「うん。よく言われる」


「じゃ、いつも友達止まりですか?」


「話聞いてるのに、貶されなきゃいけないのかな」


「あははっ。ごめんなさい」


「それ、謝ってないよね」


 先輩と話すと心が癒される。久しぶりに楽しいと思えた。


「じゃ、僕の事好きになったフリすれば?」


「えっ?」


「好きになったフリして僕のバイト先に来たらいいよ。千春ちゃんも2人に心配される事なく2人と距離おけるでしょ。もしかしたら、2人も自分の気持ちに気づけるかも。それに、僕も千晴ちゃんと話すの楽しいし。……どう?」


 自分に変化が欲しかったのかもしれない。

 だから、先輩の甘い蜜に私は頷いた。





「はい。抹茶ラテ」


「わぁ、いい香りですね」


 突っ伏してた私の横に、ふんわりといい香りの抹茶ラテが置かれる。一口飲み、一時の幸福感に包まれた。嬉しそうに私の顔を見る先輩に、最近の疑問を投げかけた。


「先輩、最近バイトばかりしてません?弓道部エースが大丈夫なんですか?」


「僕のこと気にしてくれるの?嬉しいなぁ」


「真面目に聞いてるんです」


「大丈夫!今は朝練と昼練してるから。でも、もう少ししたら大会だから、バイト休まなきゃならないんだよね。だから、その前にシフトいっぱい入れたんだ」


 飲んでいた目の前の抹茶ラテから先輩に視線を移した。


「大会でバイト休んだら、千晴ちゃんに会えなくなるから……」


「先輩?」


 先輩の声がいつもと違う感じがして思わず声をかけてしまった。

 先輩は綺麗に笑った。

 私の頭を撫でながら言う。


「学校でも話す様にしない?バイトない日は弓道部で見学してって。あの2人も放課後もっと一緒にいれるでしょ」


 先輩の言葉に頷いている自分に驚く。

 先輩の言葉は魔法がかかってるんだろうか?


「……そうですね。徐々に話していきましょうか」


 先輩の嬉しそうな笑顔に、なんとも言えない感情が芽生える。


 一口飲んだ抹茶ラテがさっきよりも甘く感じた。







読んで頂きありがとうございました!

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