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第一章 勝気な魔法少女は今日も平和に悪を滅ぼす - 10

 想像してみる。のっぺらぼうの泥人形と木偶人形に挟まれ、仲睦まじく手を繋ぐ姿。人形たちに自分の裏声を当てたりなんかもして、非常に痛々しい光景だ。少し考えて、これはダメだと思った。


「いやいや、私が痛い人みたいじゃない」

「じゃあ召喚とか?」

「召喚って、魔法で呼び出すってこと?」


 明星が小鳥のように小首をかしげると、ツインテールも後を追うように揺れた。


「そうだよ。魔法少女になりたい人や、なれる素質を持った人を条件にして呼び出すんだ」

「それだわ!」


 彼女は勢いよく立ち上がり、自室のドアを開いて駆けだした。走り去ろうとする彼女の肩に、パタろんが慌てて飛び乗った。


「ちょ、ちょっと明星ちゃん! どこにいくのさ!」

「学校よ! ついてくるなら振り落とされないでね、パタろん!」


 明星は変身解除と共に元に戻っていた白いスニーカーを履いて流れ星のように階段を駆け下りる。まだ灯りが灯っている店を通り過ぎ、水槽に挟まれた裏口から飛び出して、戸口先に置いてある銀色の自転車に跨った。握りしめたハンドルの冷たさにぶるりと体を震わせる。


「手袋持ってきたら?」

「大丈夫、こいでれば温かくなるよ! さあ、しゅっぱーつ!」


 冬の夜。黒いヴェールを纏った空の下、ほっほっと白い吐息を吐き出して、彼女は学校へと向かった。凍てつく空気が鼻と頬を撫で、じんわり赤く染まっていく。


 商店街とは逆方向に走り、背後から聞えてくる賑やかな喧騒に背中を押される。住宅街を抜けて薄暗い高架下を潜る時、今日も一日頑張った人々を乗せた電車がタタンタタンと彼らを送り届けようと通りがかる。


 高架下を抜けると、再び住宅街に入った。住宅街の中央を切り裂くように、長い坂道が続いている。通い慣れた道を進み、徐々に家々の代わりに樹木が目立つようになってきた。


 小高い丘の上から見える景色は、煌びやかな地上の灯りと淡い冬空の星。質の違う煌きは、どちらも見る者の心を幻想へと誘う美しさを持っている。寒さはもう感じない。今この瞬間、彼女を突き動かすのは、期待と不安と好奇心。


 丘の頂上。門扉が閉じられた学校へ到着した明星は自転車から降りて、額に浮かんだ汗を袖で拭った。


 彼女は臆することなく門扉をよじ登り、人気のないグラウンドへと着地した。真っ直ぐ向かった先は、体育用具倉庫。けれど、倉庫には金色の無骨な南京錠がかかっている。


「どうするの?」


 パタろんが尋ね、明星はにっと口元を吊り上げた。


「そんなの決まってるじゃない! スターチャーム、オン! ハイパーエクスキューション!」


 明星の体が虹色の光に包まれる。パーカーもタイツも弾け、彼女のなだらかな体にどこからともなく表れた桃色の布が纏わりついていく。細い腰や、まだ成長の余地を残していると思われる胸にぴったりと張り付き、横腹の辺りで白い紐が交差しながら結ばれていく。紐が結び終わる頃には、またしてもどこからともなく表れた白いグローブが手に嵌められた。


 明るい桃色のスカートが小さな煌きを舞い散らせながら出現し、その下には胴体と同じ薄桃色の二―ソックスが伸びた。


 髪は茶色からショッキングピンクへ変わり、唇にも桜色のルージュが塗られた。


 最後に腰の後ろに巨大なリボンが出現して胴体を一周し、彼女はピースサインを額に当ててキメポーズをした。


「スターライト・ピンク、見・参! えーい!」


 いつの間にか右手に握られていたマジカルステッキで、南京錠を叩き壊すスターライト。その行動に一切の躊躇や戸惑いは無い。


「うわあ! 何やってるんだい⁉ 器物損壊だよ⁉」

「だいじょーぶだいじょーぶ。後で魔法で直すから」


 あっけらかんと言い放つスターライトに、パタろんは責めるような眼差しを向けてくる。


「ねえ知ってるかい? エクスキューションってね、頑張って目的を達成するって意味なんだよ? なんでも力技で解決してたら名前負けもいいとこだよ?」

「寒い中自転車で来たんだからじゅーぶん頑張ってるじゃない。それにこの間授業で習った時は、確か処刑とかって意味だった気がするけど。ようはつまり、ケース・バイ・ケースってことよ!」

「はぁ、まあいいや。それも君の個性だよね」

「わかってるじゃない相棒! 私はいつだってフルパワーで生きてるのよ!」

「なら勉強も全力だしなよ……もう」


 スターライトは呆れている相棒を無視して、倉庫から石灰が入ったライン引きを引っ張り出すと、グラウンドに線を引き始めた。


「るんるん♪ ふふーん♪」


 鼻歌を歌いながら十分ほど経過し、白い石灰で描かれた五芒星の魔法陣が完成した。スターライトは腰に手を当ててて満足気な表情をしていた。


 彼女は魔法陣の縁に立ち、マジカルステッキを魔法陣の内側に向けた。


 召喚の魔法を発動させるために、意識を集中させる。


 彼女が願うと、呪文が頭の中に浮かんだ。


「大いなる神の僕よ。大気の精よ。燦然さんぜんと輝く星の女神よ。運命に困窮こんきゅうせし我は今求める。闇を打ち払う力を。邪な願いを穿つ叡智えいちを。義をもって正を成す清らかなる心を。背水にもくじけぬ気高き誇りと信念を持つ者を! 共に赫赫かっかくたる勝利を約束せし信徒を!! 星の道しるべを手繰り寄せ、いざ顕現せよ――――スターライト・オーダー!」


 スターライトの体から緑色の粒子が放出され、それは次第に数を増やしていく。彼女の体から表れた粒子は、魔法陣の中央へと吸い寄せられ、光の塊となっていく。


 初めは小さな緑色の光だったが、やがて大の大人を優に包み込めるほど巨大な光の塊となった。中央が白く見えるほどのまばゆさに、足元のパタろんは耳のような翼のような部分を前足で抑え、目を覆い隠した。


「うわぁー! 珍しく真面目な呪文なだけあって眩しいよー!」

「さあ、来て! 新しい魔法少女!」


 スターライトが叫ぶと、光の塊が硝子が割れるような音を響かせて弾けた。


 雪のように舞い散る緑色の光。スターライトがあまりの美しさに一瞬惚けてしまうも、魔法陣の中央に人影を見つけて、はっと息を飲んだ。


 月灯りが照らすグランドに姿を現したのは、白銀の鎧に身を包んだ、隻眼の男だった。


「ハココ? ダンタキオ……ガニナ?」


 男は目元まで伸びた銀髪の隙間から金色の瞳を困惑気味に動かして辺りを見回している。


 スターライトは彼の姿を見て、外人さん?コスプレイヤー?ていうか男?と思い、疑問符を頭上に浮かべた。


「あの、えっと、言葉、わかりますか?」


 声をかけると、男はようやくこちらの存在に気づき目を細めた。彼はすっ、と腰に携えている剣の柄に手を伸ばす。


「メスム、ダコドハココ? カノタメハニナワヲレオ、カサマ⁉」

「ごめん、なに言ってるか全然わかんない。ちょっと待って! スターライト・バイリンガル!」


 スターライトが男に向かってマジカルステッキを向けた。するとステッキから一筋の光が伸び、男の額を貫いた。


 彼は攻撃されたと思ったのか、すぐさま後ろに飛び退き、剣を抜いた。


「なにをした⁉ ここはどこなんだ⁉ 答えろ!」

「あ、やっと言葉が通じるようになった!」

「なんだこれは。聞いたこともない言語なのに、話そうとすると勝手に出てくる……。貴様、何者だ⁉ 野良魔導士か⁉」


 抜身の剣を腰だめに構えて今にも襲い掛かってきそうな男に、スターライトは慌てて両手を振った。


「違う違う! 私の名前はスターライト・ピンク! この世界を悪者から守る魔法少女だよ!」

「悪者……? 魔王は俺が・・倒したはずだ。まさか復活したとでも言うのか⁉」

「ま、魔王? ねえ、どうしようパタろん。ちょっとキツい人がきちゃった。なんかこう、ぱっとしない人生に嫌気がさして寝る前の妄想をネットに垂れ流してそうな感じの人」

「ごめん。こんなこと言いたくないけどスターライトも大概だからね……? みんな人生に潤いを求めて必死なんだよ……?」

「私は女子高生だからいいんだよ? 女子高生のリボンには夢と希望とささやかな幸せが一緒に結ばれているの。だから突然軽音楽部に入部してもいいしバイクに跨ってもいい。未来人とか超能力者を集めてもいいし中二病でも異世界にいっても許されるの。なぜなら女子高生だから」

「なんだいそのタイムリミット付きのチート能力みたいな理屈。いつから女子高生は神の代名詞になったんだい?」

「ねえそんなことよりどうしたらいいかな。警察かな。救急車かな。……それとも弁護士?」


 抜身の剣が気になりつつも、スターライトはマジカル・ステッキを握りなおしながら、足元にいるパタろんを見下ろした。彼は顎に手を当てて難しい顔をしていた。


 じっと男をみつめ、そして、ゆっくりと人の字のような口を開く。


「君、この世界の人じゃないね?」 


 非実在青少年が住む非実在世界の存在を肯定する相棒に、スターライトは「え、パタろんもそっち側なの?」とでも言いたげな視線を投げかける。


 左手で右肘を抑えたスターライトの視線に気づいたパタろんは、鋭い目つきで肉球のついた白い前足を握りしめた。


「そんな目で見ないでよ明星ちゃん! ねえ君! 君はなんて名前で、どんな世界から来たんだい?」


 パタろんが男に向かって尋ねると、彼はしばらく無言だった。じっくりとスターライトとパタろんを交互に見やり、襲ってくる気配はないと判断したのか、剣を下ろした。


「……俺の名はリカルド・レオンハルト。オルスロット王国の元騎士団長だ。俺のいた世界は、アストラルと呼ばれている」


「やっぱり! ほら明星ちゃん聞いた⁉ 彼は異世界の住人なんだよ!」

「ええ……。本当なの……?」


 興奮気味に耳っぽい翼っぽい部分をぱたぱたとはためかせるパタろんとは対照的に、スターライトは怪訝な表情をしていた。


「おいワンダーラビット。今度はこっちの質問に答えろ。ここはどこだ?」

「ワ、ワンダーラビット……? よくわかんないけど、僕は兎じゃなくて妖精だよ!」


 喚きたてるパタろんの前に、スターライトが一歩踏み出した。


「落ち着きなさいよパタろん。リカルドさん。ここは《テラリア》。テラリアの《ヒノモト》という国よ」

「テラリア……? どこかで聞いたことがあるような……まさか本当に異世界なのか……?」

「私だって信じられないわよ。まさか魔法少女を召喚しようとしたら男で、しかも異世界の人だなんて予想外にもほどがあるわ」


 スターライトはこめかみを指で押さえながら事態を把握しようと努めた。


 仲間を召喚しようとしたら現れたのは異世界から来たと言う男。しかも目つきが鋭くて子供に恐がられそうだ。これではまたしても団長に文句を言われてしまうだろう。


 およそ零コンマ八秒の脳内会議の結果、彼を魔法少女にすることはNGという結論に至った。


「残念だけどあなたは私たちが求めている人材じゃないわ。だって魔法少女は少女じゃないとなれないんだもの、当然よね。突然呼び出して迷惑をかけたことは謝るわ。今からあなたを送り返すから安心して」

「異世界、か……もしかすると、ここなら……」


 スターライトの言葉が聞えていないのか、リカルドは相変わらず独り言を呟いている。


「ねえ、ちょっと聞いてるの? 夜中のグラウンドとその恰好の組み合わせで自分の世界に入られると恐いよ」


 スターライトが声をかけると、リカルドは勢いよく顔を上げた。ぎょっとして身構えるも、彼の瞳から敵意の色が消えている。代わりに浮かんでいるのは、希望に満ちた光だ。


「ここなら、俺の死に場所が見つかるかもしれない。スターライトさん。そして、聖なる妖精兎よ。お前たちの言っていることは正直よくわからない。だが俺自身の目的の為なら、このさい魔法少女とやらでも奴隷でもペットでも、なんでもやってやる! だからどうか、力をかして欲しい!」 


 つむじを見せるリカルドに、スターライトとパタろんは顔を見合わせる。


 数拍遅れで頭を垂れる彼に視線を戻し、「「ええええええ⁉」」という声が、寒空の下に響いた。


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