第一章 勝気な魔法少女は今日も平和に悪を滅ぼす - 9
パタろんに催され、ブラックサーカス団のホームページを検索した。画面には赤や黄色で彩られた派手なページが表示される。サイトの一番上にはブラックサーカス団のロゴと『ユーモアで世界を掌握する悪の組織! ブラックサーカス団!』というキャッチコピーが書かれたバナーが映っている。下にスクロールしていくと、三カ月先までの襲撃の予定や、直近の活動報告がブログ形式で書かれている。
また、これまでの活動記録としてギャラリーもあり、スターライトとロボットの戦闘シーンや、蝋燭を立てたケーキの後ろでダブルピースをしている団長。何処かの河原でバーベキューをしながら肩を組んで撮影された黒タイツたちの写真があった。少しだけ覗くつもりだったが、懐かしさが込み上げてきた明星はページをめくる手が止まらない。
「あーなにこれ懐かしー。あはは、そういえばこの時団長ってば、バナナの皮を踏んづけてロボットごと転んだのよ。予定外だぁー! なーんて叫んでた。え、ていうかなにこの写真! 団長ってあの見た目で二十歳なの⁉ 信じらんない!」
彼女はいつの間にか団長から受け取った箱を開いて、中のプリンを取り出していた。半球状の白い陶器の器に入れられたプリンがテーブルに置かれると表面がふるん、と波打った。箱に同封されていたプラスチックスプーンを刺し込むとなんの抵抗もなく潜っていく。掬い取った乳白色の欠片を、明星は大きく口を開いてぱくついた。バニラビーンズの甘い香りとカスタードクリームの優しい甘さが口の中で交じり合い広がっていく。
「このプリンめちゃめちゃ美味しんですけど! 舌の上で天使が躍っているわー!」
団長からもらったプリンに舌鼓を打ちながら、明星は幸せそうに顔を綻ばせていた。半透明のプラスチックスプーンを口に咥えてマウスをクリックする。
「明星ちゃん。最初の目的、忘れてない?」
「あ、そうだった」
背後からかけられた呆れた声にはっとする。懐かしさからつい思い出を振り返っていた明星は、ようやく当初の目的を思い出して『みなさまからのご支援』と書かれたバナーをクリックした。すると、画面の中央につらつらと数字が並んだ。
右からゼロが四つ。その先に八と三と七。さらに二と一が続いている。
「え、なにこれ……」
「うわ、すごいね! 一億二千七百三十八万円だってさ!」
ベッドの上で目を丸くしたパタろんも驚嘆の声を上げる。
明星が目を疑っていると、数字がスライドして八が九に切り替わった。
「あ、今九万円になったね。いやーすごいね。二百人そこそこの会社なのにこれだけ融資が集まるなんて驚きだよ。事業としては大成功だね! 明星ちゃんも、こんな風になれたらいいね!」
「あ、ははは。ま、まぁ、私なら余裕よ、余裕……たぶん」
引きつった笑顔を浮かべた明星。突然、パソコンの横に置いてあったスマホが震えだし、着信音が流れた。
画面には『だんちょー』と書かれている。明星がスマホを手に取って、画面上部の時計を確認すると、時刻は十九時ちょうど。
彼女は緑色の丸いアイコンをスライドして、スマホを耳に押し当てた。
「もしもし? なによ?」
「不機嫌そうだが、なにかあったのか?」
「別に。勉強してただけだけど」
ベッドの上のパタろんが、「嘘ばっかり」と小声で言った。
「それはすまない。あまり時間は取らせないから、よく聞いてほしい」
通話口から聞こえてくるのは、昼間の大笑いが嘘のような落ち着いた声色だ。
――――なんで無駄にいい声してるのよ。
一瞬、聞きほれそうになる。けれど昼間見た丸々と太った団長を思い出し、ちっともかっこいいなどとは思わなかった。
「そういうのいいから、もったいぶらずにさっさと話しなさいよ」
「ああ、実はな……最近戦闘が地味なのだ」
「……はぁ?」
団長の言葉に、明星は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
「二年前にサンライズが抜けて、去年はクレセントが抜けた。今は貴様一人しかいない。ゆえに、戦闘がワンパターン化して地味なのだ」
「ちょっと待って! なによそれ! 私じゃ映えないってこと⁉」
「そうではない。貴様は可憐で美しく、明るく前向きで、とても素晴らしい女性だと思う」
「あ、うう……そ、それは言いすぎよ、馬鹿……」
唐突に褒められた明星は仄かに頬を染めて言い淀む。不意打ちは、卑怯だ。
「だが心を鬼にして言わせてもらうが、毎度毎度スターライト・バーストで爆破という流れではお客様に楽しんでいただけないのだ。もう少し、こう、なんというか。派手で、若々しくて、スタイリッシュな技とかないのか? できれば覚えやすくて子供ウケしそうな名前がいい」
「そんなのないわよ! なんなのあんた、漫画かラノベの編集者なの!?」
雑誌の編集者のようなことを言い出す団長に、明星は眉間に皺を寄せて怒鳴り返した。
「ならせめて、新しい仲間を探してくれ」
ところが団長は少しも臆した様子もなく、淡々と話を続けてきた。
「そんなの、すぐに見つかるわけないじゃない」
「どうしてもか? ファンに呼びかけてみるとか」
「魔法少女を好きな人は多いわ。でも、実際に自分が戦いたいって人は少ないの……。それに私だって、覚悟や実力のない人を勧誘できない」
「そうか……。無理を言ってすまんな」
団長の声は暗く沈んでいる。明星も、なぜか自分が悪いことをしているかのような気分になってきた。
「うううー……あーもー、わかったわよ! なんとかしてみるからそんな声出さないでよ!」
「それはよかった! ではそろそろお暇するとしよう。勉強の邪魔をして悪かったな」
「あ、ちょっと待って」
「なんだ?」
団長が不思議そうな声で尋ね返してきたが、明星は即答せずに一度呼吸を落ち着ける。
「プリン、美味しかった。ありがとう」
「うむ。それは良かった」
団長の嬉しそうな声を聞いて、明星は照れくささからか次第に顔が熱くなってきた。
「こ、今回あんたのお願いを聞くのはその借りを返すためだからね! 勘違いしないでよね!」
言い争う言葉は簡単に言えるのにお礼はなかなか言葉にできない。それは、戦う相手が自分自身だからなのだろうと明星は思った。その結果こんなクラシックスタイルのツンデレのような台詞を吐いてしまい、羞恥で顔が熱くなる。
「ふっ。それでもかまわん、感謝する。さすがは吾輩の見込んだライバルだ」
「な、なによ。知ったような口きかないでよ。だいたい今回はたまたま大好物のプリンだったってだけだからね!」
「フワーハハハ! 我々は日夜、貴様の情報を集めている。弱点は全てお見通しなのだ! これは所詮、入手した情報が正しいかどうかの確認作業でしかない! フハハハ、貴様は罠にかかったのだよスターライト・ピィィィンクゥゥゥ……。ではさらばだ! 次の試作品も楽しみにしているがいい! フワーッハッハッハ!」
それきり通話が途切れ、スマホからツーツーという音が虚しく流れた。
「……弱点っていうか、好物なんですけど」
独り言ちた明星はスマホをベッドに放り投げ、両手を組んで伸びをする。
新しい仲間について考えてみるものの、そうそう思い当たる人物はいない。高校生で魔法少女になりたがる人なんて少数派であることは彼女にもわかっていた。
かつての仲間に連絡しようにも、葵は受験勉強。クレアは海外にいる。かといって見ず知らずの中学生や小学生を巻き込むのも気が引ける。もしも魔法少女たちが並んだ時、自分だけお姉さんすぎるからだ。客観的に見ると、まるで子供たちの遊び場に混ざっている大人のようで酷く滑稽に思える。
「ねー、パタろーん。なにかいい案ないかなー? このままじゃ太っちょオジサンに馬鹿にされちゃうよー」
伸びをしたまま背もたれのベッドに後頭部を押し付ける明星。相棒のパタろんは「うーん」と唸っていた。
「いっそ、魔法で作っちゃえば? 泥とか木でさ」