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第六章 激闘の裏側で - 3

「その初代ってのは、何者なんだ」

「君も良く知る人物さ。もちろん僕も。そして……師匠も」

「もったいぶるな」


 苛立つリカルドとは対照的に、ネクロは落ち着いた様子で目を細め、口を開いた。


「オルスロット王国の姫君。アストラ・ローバンヘルズ・オルスロット様さ」

「なにを言っているんだ⁉ 姫様は自ら命を断ったはずだ! お前たちが国王を殺してすぐに!」


 リカルドは理解が追いつかなかった。ここにきて、自分がかつて忠誠を誓った国王の娘の名前が出てくるとは思いも寄らなかったのだ。


 けれど、その名を聞いた時から、彼の心臓が嫌なリズムで脈動する。彼は探偵でもなければ学者でもなく、ただの剣士にすぎない。それでもなにか、隠された真実に繋がる不穏な気配を感じているのは確かだった。なにかを、忘れている?


 リカルドの不安を煽るように、ネクロの唇が微かに吊り上がる。


「ここから話は三百年前に遡る。僕らがクーデターを起こした時だ。僕が師匠から聞いた話は、アストラ様は国王の娘ではなく、師匠の娘・・・・だったと言うこと。師匠は王妃様と過ちを犯したことをずっと悔いていた。夜は一人で浴びるように酒を飲み、眠らないように何度も自分の体に焼きごてを押し当てていた。彼の狂気にも感じられる勤勉さも、過去を忘れようとした結果の、ある種の自傷行為だったんだろう。眠れば、姫君の夢を見てしまうから。師匠は人知れず、たった一人で国王への深い忠義から来る罪悪感に耐えていたんだ」

「師匠が、そんな……全く気付かなかった。悩んでいたことすら……」


 リカルドの知る師匠は、決して弱さを見せるような人ではなかった。常に落ち着いた雰囲気で、朗らかな人だった。


 そんな彼が悪夢にうなされていたと知ったのは、死の間際に立ち会った時だ。


「僕がそれを知ったのは、独り立ちする頃だった。他人と過ごすのが嫌いだった僕は、旅人になって自由気ままに音楽でも奏でて生きようかと思っていたけど、ある晩、焼き鏝を腹に押し当ててもだえ苦しむ師匠を見てしまってね。真実を知った僕は、師匠の苦悩を取り除くために王宮魔導師団に入隊したんだ」

「なぜ魔導師団に?」

「あそこはいろいろな情報が手に入るからね。たとえば町の酒場じゃ知ることができない、城の内情とかさ」

「いつか謀反を起こすための準備、ってことか」

「その通り。姫君が国王の娘でなければならないのなら、師匠が国王になればいい。僕はそう考えて、作戦も練った。僕は何度も師匠に訴えかけたんだ。師匠は僕の考えた作戦になかなか賛成してくれなかったけど、重くのしかかる罪悪感に耐え切れず、最後には納得してくれたよ」


 ネクロは嬉しそうに口元を歪めている。その表情からは、それが多くの人の命を奪った大事件に繋がっていることを、彼が認識しているのかはうかがい知れない。


「それで俺が騎士団長に就任する日に国王を殺したのか! 住人を亡者に変えて!」

「怒るなよ。だってあの日じゃないと、僕らの息がかかった騎士たちが一堂に会する機会がなかったんだから仕方ないだろう? それに、もう過ぎたことじゃないか。ちなみに人々を亡者に変えたのは僕の個人的な要望だ。師匠は姫君を取り戻したらどこか遠くの地へ旅立つと言っていたからね。勝手にやらせてもらった。けど予想外の事が起きたんだ」

「予想外、だと?」

「君もさっき言ったじゃないか。姫君が自殺したんだよ。そのせいで師匠は自分が何のために国を裏切ったのか解らなくなってしまった。だから、君に殺されるために城に残ったのさ」

「お前はなぜ残った? 他の三人の幹部も」

「僕は死者の都で暮らす為さ。せっかく自分のためのテーマパークを作ったのにみすみす手放すなんてもったいないでしょ? 他の三人は師匠に心酔していただけの脳無し……っと、彼らを馬鹿にはできないね。だって僕も含めて、結局君一人にやられちゃったんだから」


 ネクロが獰猛な笑みを浮かべた。怒りは伝わってこない。ただただ愉快だと言わんばかりに醜い笑顔を張り付けている。


 リカルドには、なぜこの男が笑っていられるのか理解できなかった。恩師をたぶらかし、仲間をけなし、幼い少女を死に追いやってなお、なぜ平然としてられるのか。


 彼は無意識に、腰に差した女神の剣の柄へと手をかけた。


「待ちなよ。本当に面白いのはここからなんだ」


 今にも切りかかろうとしていたリカルドは、寸でのところで踏みとどまる。


「これ以上、なにを話すつもりだ。俺はもうお前の話は聞きたくない。はらわたが煮えくり返る」

「僕は君と仲良くしたいのに、どうしてそんなに怒っているのさ? こんなにも複雑に絡み合った運命の糸が、今まさに僕らがいるこの場所でほどかれようとしているんだよ。こんなにも楽しい事、そうそうないだろう?」

「話すならさっさとしろ! 俺の腕はもう、今にも剣を抜きそうなんだ!」

「わかったわかったから。じゃあ単刀直入にいうけど、この世界で最初に滅びた住人。あれ、オルスロット王国の住人なんだ」

「……どういうことだ」

「僕の魔法って、生きた人間の魂を体から追い出して、理性無き亡者にすることができるんだけど、その時体からはじき出された魂は時間と共に消滅するんだ。魔法に精通していた姫君はそのことを知っていた。消えゆく魂をどうにかして助けようと、彼女は魂の寄るべを作った。それがこの世界、テラリア。つまりここは、姫君が産み出した夢の世界なのさ」

「まさか……姫様が死んだのは……まてよ、テラリアって、確か……」


 リカルドはようやく思い出した。この世界の名前、テラリアとは、その昔まだ騎士見習いだったリカルドが、姫君に読み聞かせていたお伽噺の世界の名前だ。


「彼女は自分自身がこの世界で国民と共に生きられるように、自ら肉体を放棄したんだよ。肉体を犠牲にすることで、彼女は世界を創造するほどの強大な魔力生命体に生まれ変わった。まぁ結局、彼女は大事な大事な国民も自分の手で殺しちゃったんだけどね! アハハハ! どうだい⁉ 傑作だろ⁉ 民を憂いた姫君の自己犠牲。でも愛する国民を二度も死なせてしまう悲劇! しかも二度目は自分の手で! 泣けるだろ! 感動するよね! そうだ! 僕らでこの世界を征服したら、このお話で劇をやろうよ! 姫君役には本当に死んでもらってさ! ついでに国民役も大勢の人を使ってさ! きっとサーカスなんて目じゃないくらい、最高に楽しいエンターテインメントになるよ!」

「その薄汚い口を閉じろネクロおおおおおおおおおおおおおおお!」


 リカルドは剣を抜いて駆け出した。怒りで首や額には血管が浮き上がり、顔は真っ赤に染まっている。鬼の形相でネクロを切り伏せようと剣を振るうも、ネクロは一瞬にして目の前から消えた。あとに残されたのは斜めに両断されたデスク。それと、黒いコートだけだ。


 背後に着地する足音が聞こえて、リカルドはすぐさま振り返った。


 ネクロの姿を見た瞬間、頭に昇り切った血が、すぅっと冷める。

  

 ネクロは、灰色のベストを着て紺色のスラックスを履いていた。白い長袖のワイシャツに包まれた右腕には、いつの間にか黒い刀が握られている。しかしこれまでずっとコートに隠されていた左腕を見た時、リカルドは目を疑った。彼の左手は、異形と化していたのだ。


 肩から先のワイシャツが破け、服の下から黒い巨大な腕が伸びている。爪はナイフのように鋭く、指の内側も鋭利だ。腕の太さは右腕の倍はある。けれど筋肉質ではない。表面は金属のように無機質な光を反射している。その腕はまるで、二代目が戦ったとされる狭間の魔物、デスペラードのようだった。


「まさか、魔物の腕を移植したのか⁉」

「移植、とは違うかな。正確には魔物の細胞を投与したんだ。生体工学バイオニクスって言うらしいよ」

「命が惜しくないのか!」

「なにいってるんだい? 僕はとっくに死人だよ。自分の魔法で、自分自身を操っているに過ぎないのさ」

「……人でなしめ」

「ふふ、言い得て妙だね」


 リカルドが剣を握りなおして走り出すと、ネクロもまた正面から突っ込んできた。リカルドが剣を振り下ろすと、ネクロは刀を下から振り上げてきた。


 白刃はくじん黒刃こくばが火花を散らしてぶつかり合う。


 その時、大きな衝撃がアースイーターを襲った。


「なんだ⁉」


 リカルドが振り返ってモニターを見ると、青と赤の光が飛翔している。


「どうやら新しい魔法少女が来たみたいだね。ていうか君、戦いの最中によそ見だなんてずいぶん余裕だね?」


 ネクロが一歩退いた。バランスを崩したリカルドの喉目掛けて切っ先を突き出してくる。


「くっ!」


 リカルドは剣の腹で刀を受け流し、再び切りかかる。互いに一進一退の攻防が始まる。甲高い金属音が、鋼鉄の室内に響き渡る。踊るように退いては押し、押しては引いてくるネクロに対して、リカルドはスタミナに頼った攻めの一点張りだ。


 ネクロはリカルドの剣を読んでいるのかギリギリで躱し続け、多少の傷は再生していく。致命打が入らないリカルドの攻撃はさらに激しさを増した。


 外ではスターライトたちがギャラクシー・バーストを放ったところだ。天井からぱらぱらと埃が落ちてきて、LEDの白い照明が明滅する。


「これはどうかな!」


 照明が暗くなったタイミングで、ネクロが左腕を横なぎに振るってきた。一瞬の暗闇で動きを読み切れなかったリカルドは大きく後ろに飛び退いた。


 数メートルほど後ろに着地するも、リカルドは剣を床に突き立て片膝をついた。彼の鎧には三本の傷ができ、鎧の下の皮膚までもが抉られ、血が流れていた。血は白い鎧を赤く染めながら床に落ち、埃と混ざって黒っぽいシミとなる。


 リカルドが傷口を見ると、傷の周りが灰色になっている。指でなぞると、表面がざらりとした質感になっていた。


「石化だと⁉ 俺には生半可な魔法は効かないはずだ!」

「狭間の魔物は時空を喰らう。肉体もまた時の流れの一部。時を奪われた物体は、石に変わってしまうのさ。これは君への対抗手段。いかに不死といえども、全身を石に変えられればひとたまりもないからね」

「クソ! 相変わらず姑息な真似をしやがって!」

「頭脳派、と言って欲しいね!」


 ネクロは一気に距離を詰めてきた。剣か? 爪か? ――――剣だ! リカルドはとっさに女神の剣を横向きに構えて頭上から迫ってくる斬撃を防ぐ。


 ところががら空きになった胴体に、またしても黒い腕が迫ってくる。リカルドは後退しながら、ネクロの攻撃をさばき始めた。


「どうしたんだい⁉ いつもみたいにガンガン攻めてきなよ!」

「その手には乗らん!」


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