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第五章 決戦 - 6

 明星は俯いたまま立ち上がった。マサトから受け取ったマントがはためいた。悲しみに満ちた背中には直前までの悲壮感はなく、真っ直ぐに伸びた背筋は猛々しい雰囲気を放っている。耳たぶの下で揺れるピアスは、かつてない輝きを宿している。


「明星……大丈夫?」


 葵の不安げな声が背後で囁かれる。明星はピアスに手を沿えた。ピアスは、仄かに暖かい。その温もりで、彼女はパタろんを抱いて眠った日のことを思い出した。


「私は大丈夫だよ、葵ちゃん。だって私は! 魔法少女だから!」


 悲しみと怒りと恐怖。懐かしさと心強さと暖かさ。様々な感情がせめぎ合いながらも、彼女は顔を上げた。


 明星の頬から、最後の涙が零れ落ちる。それは風に煽られ、星屑のように空高くへ舞い上がっていった。緋色の瞳は力強く輝いている。仰ぎ見る視線の先には、火道を流れる溶岩のように赤い光を体中から漏れ出しているアースイーター。


 彼女は空をつかみ取るかの如く腕を掲げ、そして、叫んだ。


「スターチャーム、オン! ハイパーエクスキューション!」


 彼女の体が虹色の光に包まれた。肩までだった茶色の髪は、濃い桃色に変わり、足元まで伸びた。服が弾け、ラクダ色のマントがはらりと地面に落ちる。白を基調としたコルセットが、胸から腰にかけて出現し、背中で交差するように赤い紐で結ばれていく。


 コルセットの下から幾重にも段になったフリルのスカートが伸びた。腕には肘まで覆い隠す白いグローブ。グローブの手の甲には、七芒星の魔法陣が描かれている。足には透明の硝子の靴があらわれ、右肩から左脇腹にかけて、桜色の羽衣のような布が纏われる。


 ドレスと布を押さえるように、桃色の大きなリボンが腰に結ばれた。


 長く伸びた髪の左右を、赤いリボンが嗜める。唇には真っ赤なルージュが塗られ、目の端にはラメが入った青色のシャドーが施された。


 その姿は普段のスターライト・ピンクとはまったく違う姿だった。


 神々しくも美しい星の化身。相棒の命を代償にして得た完全無欠の力。正義執行の新たなる姿。スターライト・ピンク、超新星スーパーノヴァフォームだ。


「私はもう、助けなんて求めない! 求めるには多くの物をもらいすぎたから! 返しきれないほどの幸せを受け取ったから! だからこれからは、自分の力で未来を切り開くの! それで合ってるよね……パタろん!」


 スターライトはマサトたちを地上に残し、空高く浮かび上がった。亜音速にまで一気に加速した彼女の周囲に白い空気の層が発生し、炸裂音の広がりと共に大気を吹き飛ばす。


 高度三千七百七十六メートルで彼女は急停止し、アースイーターを睨みつけた。


「あなたは悲しい存在よ。破壊することでしか存在する証明ができない。でも私たちは違う! 私たちは、多くを学んで、多くを知って、多くを産み出すの! いままでも! これからもそうやって生きていくの! この世界にあなたは必要ない! なにもかもを壊すだけの存在なんて、私たちの未来にいちゃいけない!」 


 スターライトの両手に、マジカルステッキが出現した。一本は先端に黄金色に輝く星が取り付けられたステッキ。もう一本は、純白の煌きを放つ星。どちらも普段の五芒星ではなく、雪の結晶にも似た七芒星ヘプタグラムだ。


 愛、知恵、自由、神の降臨と平和、そして、合体。それらの意味がこもった七つの角は、迷いなき覚悟を示すかのように鋭利だ。 


 スターライトは、二つのステッキの根元を胸の前で合わせた。一本の長いステッキを回し、空間に円を描く。


 両端の星が黄金の軌跡を残し、その中に虹色の文字で呪文が刻まれていく。


 円の中央に真っ白な光の塊が産まれた。それは、星。新たな生命が芽吹く可能性を秘めた超新星。星の内部では凄まじいエネルギーが衝突しあい、その大きさを増大させていく。大気が震え、地鳴りがする。地球の核が共鳴しているのだ。


 彼女は産声を上げたばかりの星を愛しそうにみつめた。緩慢な動作でステッキを振り、光の塊の中心を突いた。


「私は……私たちは! 過去も未来も、悲しみも喜びも、希望も絶望も! 全てを超えていく! スターライト・イクシード!」


 産まれたばかりの星は内部にため込んだエネルギーを放出させ、アースイーターに向かって一直線に光が伸びていった。虹色の輝きを纏った青白い閃光の周囲には稲妻が迸っている。スターライトを中心に放出された光は宇宙にまで届き、漆黒の宇宙そらを白く染め上げた。


 世界が光と影の二つだけに塗りつぶされ、日本を中心とした地球の片側だけが白く染まり、反対側が暗く影った。


 アースイーターは白い光の中でぽつん、と黒い影として残っていたが、やがて塵となって消え、完全に消滅したのだった――――。


 スターライトの攻撃が終わると、徐々に世界に色が戻ってきた。


 地上は相変わらず赤茶けた大地が広がっている。その周りを新緑の木々が取り囲み、南側の遥か遠くには、太陽の光を浴びたタイヘー洋が光を反射させていた。大小さまざまな光の一つ一つは真珠の如き美しさで海面を漂っている。


 不死山の頂上は丸く抉れ、全長が三百メートルほど小さくなった。


 そこにはもう、何もない。世界を壊そうとする狂気の兵器も、人々を死者に変えて操ろうとする魔術師もいない。真の平和が、今訪れた。


 スターライトは雲一つない空を見上げた。星は見えない。


 けれど彼女は、確かにそこにあることを知っている。


 この世界はとても歪だ。数億人もの人々が所狭しとひしめき合って生きている。人だけではなく、動物も、植物も。水も、空気も、天体も。この世界には本来、何もない場所などない。宇宙空間ですら人の目には見えない極小の星間物質で埋め尽くされている。世界とは万物を受け入れた器なのだ。そして、世界の器から零れてしまったら物から、消えていく。


 なぜ神様はこんな世界にしたのだろうか、とスターライトは疑問に感じた。誰も世界から零れない、そんな世界なら幸せなのに、と。


 ふと、世界から零れることができない勇者を思い出した。彼は、苦しんでいた。


 生きることも死ぬことも辛い世界。それがこの世界の一つの真理だと、彼女は学んだ。


 スターライトはそっと自身の胸に手を沿えた。


 目には見えなくとも、肉体が滅びようとも、確かに存在する物がある。





――――ありがとう、パタろん。




 彼女の心の中には、今なお相棒が生きている。


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