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第一章 勝気な魔法少女は今日も平和に悪を滅ぼす - 2

「やっぱりいたわね団長! というか、あんたが遅れてくるのお約束・・・だし!」

「そう、吾輩こそは悪の組織、ブラックサーカス団の団長! 今日こそ正義の象徴たる貴様を倒し、この世界を支配してやるのだー! フワーッハッハッハ!」


 大笑いする団長を地上から見上げていたスターライトはうんざりした様子でため息をつく。


「ほんっとーにいつもいつも楽しそうねあんたたちは! 事前に告知されているとはいえ、わざわざここまで来た私のことも考えなさいよこのメタボリックピエロ!」

「メタボではない。これはこういうスーツなのだ。吾輩は断じて太ってなどいない。というかなぜ脂肪を蓄えている人がさも劣っているかのような言い方をするのだ? 脂肪を蓄えることができるということはつまり肥えた人が痩せている人と同じ量を食べた時により多くの栄養を摂取できると言える。これはエコだ。肥満は無駄をなくそうというエコの精神を体現してる。よって吾輩は全国のぽっちゃり達を応援する。ぽっちゃりはただ無様に脂肪を蓄えているわけではない、エコ精神を極めし環境のガーディアンなのだ。彼らの脂肪には地球の未来が詰まっているのといえよう」


 舞子のように白く塗られた顔には黒タイツたちの仮面と同じく涙と星の模様が描かれている。唇は常に笑っているかのように赤く塗られ、黒い十字が描かれた瞳と相まって表情から感情を読み取ることが難しい。


 それでもスターライトは、口調からして彼が本気で肥満体型ではないと訴えていることを察し、なおかつ彼の熱弁に一歩後ずさりしたのだった。


「ま、マジトーンはやめなさいよ……。ちょっと恐いじゃない……」


 腰が引けた姿勢でスターライトはマジカルステッキを両手で握りしめ、団長に向ける。眉が八の字に下がり完全に気圧されている。ふと、スカートからはみ出したパニエがなにかに引っ張られた。「ん?」と呟き肩眉を上げてふりかえると、そこには歯抜け顔でにっこりと微笑えむ幼女が立っていた。


「がんばえー! すたーらいとぴんくー!」

「え? あ、うん! 私に任せて!」


 スターライトはすぐさま表情を取り繕い、女の子の頭を優しく撫でててぎこちなく微笑み返す。すると団長の目がギラリと光り、彼は人差し指をまっすぐ伸ばした右腕を高々と太陽に向かって掲げたのだった。


「フハハハ、敵に背を向けるとは愚か者め! 隙ありだあああ!」


 団長が操縦席に腕を降ろすと、丸い胴体の中央が開き、中から円筒状の物体が出てきた。


「大砲!?」


 スターライトが叫んだ直後、大砲から緑色の半液状の物体が飛び出した。粘り気のあるその物体はアスファルトに蛍光緑の前衛芸術を描いてスターライトの足元に伸びていく。


「危ない!」


 スターライトはとっさに幼女を抱きかかえて飛び退き、人質たちの所に移動した。


「おっとと、人質たちに当たってしまうな」


 スターライトが人質の傍に移動すると、団長は慌てた様子で射撃を停止する。スターライトは女の子を彼女の母親に預けると、先ほどまでの不安げな表情とは打って変わって眉根を顰め、団長を睨みつける。


「ちょっと危ないじゃない! 女の子が傍にいるのに!」

「貴様が一般人を助けることはお約束・・・だからな! それでは再開といこう。まだまだ攻撃は止まんぞー! ほれほれほーれ!」


 スターライトが人質たちから離れると、団長の猛攻は再び息を吹き返す。黒いアスファルトも、アスファルトに塗られた白線も、スクランブル交差点を取り囲む大きなスクリーンが掛けられたビルも、どんどんショッキンググリーンに染まっていく。スターライトは右に旋回して走り、大砲から放たれる物体を避けた。


「そんな攻撃当たらないわ! はあああ!」


 大きな円を描くように攻撃を躱していたスターライトは、弾幕のリズムに合わせてロボットの頭上へと飛びあがった。


「かかったな! いまだスライムさん! やってしまえーい!」


 スターライトが両手に握りしめたステッキをいままさに振り下ろそうとしたその時。団長の声に呼応すように、辺りに撒き散らされた緑色の物体が動き出した。


 緑色の物体はまるで意思を持っているかのように細長く伸びると、空中で身動きの取れないスターライトの足を掴み、地上に叩きつけた。


「きゃあ! なんなのよこれ! ぬるぬるして気持ちわるーい!」


 うねうねと蠢きながら足首から太腿へと昇ってくる物体の不快感によって眉間に皺が寄る。手で振り払おうにも、緑色の物体に触れた箇所から飲み込まれ、纏わりつかれてしまう。


「フワーハハハ! それこそ吾輩たちの技術部が偶然発見した新たな仲間! 意思を持った拘束用無形生物のスライムさんだ!」

「す、スライムさん!? なによそれ! 新生物を作るなんて倫理的にアウトじゃないの!?」

「作ったのではない! スライムさんは時空間転移装置の実験で偶然産まれてしまった悲しき生命体なのだ! 吾輩は帰るべき故郷もなく家族もいないスライムさんに歩みよった。なんども窒息させられそうになりながらも懸命に愛情を注ぎ、先日ついに心を通わせることに成功したのだあああ! フワーハッハッハ!」 

「流石です団長! キング・オブ・カリスマ!」

「愛と笑いの伝道師!」

「あなたほど笑う悪はいない!」

「フハ! フハ! フゥアッハッハ、ハフッ! げほごほ! ちょっとごめん、み、水を……!」


 黒タイツたちのよいしょ・・・によって笑いすぎてしまった団長は、操縦席のドリンクホルダーからブラックサーカス団のロゴが入ったペットボトルを掴んで勢いよく飲み干した。


 楽し気な団長たちに苛立つスターライトだが、今は彼らに構っている場合ではない。柔らかく生ぬるい温度のスライムさんはがっちりと足を掴んで離れない。その上徐々に足元から這い上がってくる不快感によって、スターライトは冷静さを失っていた。


「ああもう! なんで柔らかいのに離れないのよ!」

「スライムさんは吾輩がいいと言うまで離れん! そう躾けたからな!」

「それ戦友じゃなくてペットの類じゃ――――ひゃあん!?」


 太ももからスカートの中のお尻にまで昇ってきたスライムさん。普段触れられるどころか屋外で外気にさらされることすらないその部分に、人肌よりもやや冷たいスライムさんが触れ、スターライトは思わず甲高い悲鳴を上げた。


「ちょ、ちょっと待って! それ以上はダメぇー!」


 スカートの中へ侵入したスライムさんは、スターライトの白いパンティの隙間にまで入り込んでいく。スカートがパニエごと捲れそうになるも、彼女は必死に裾を抑えつける。けれどもこもことふくらむスカートが逆に煽情的に見えることをまだうら若き乙女である彼女は知る由もない。他人に下着を見られてしまいそうな羞恥と敏感な部分で容赦なく蠢くスライムさんの感触によって顔を赤く染めた彼女が身をよじる。


 その様子を、人質の男の子たちとお父さんたちは鼻血を垂らしながら血走った眼で見つめていた。


「あ、あ、ああ! ダメダメダメそんなところに入ってこないでぇ! いやああ! みんな見ないでええええ! こんなのダメだよぉー!」


 スターライトの声も虚しく、スライムさんはスカートの中で縦横無尽に動き回る。ついに人質のお母さんたちが、子供たちの目を手で覆い隠した。ついでにお父さんを睨みつける。親御さんたちはスマホを向けたまま気まずそうな顔でスターライトから目を逸らしている。


「いやいやいやだぁ! お願いだからパンツを取らないでぇー!」


 スカートの中のスライムさんは彼女の懇願も無視して、無情にも白いパンティの縁を掴んでずり下げ始めた。スターライトは懸命にスライムさんの中に両手を突っ込んでパンティを取られまいと抵抗するも、スライムさんに纏わりつかれた状態では上手く力が入らず徐々に引っ張られていく。やがてパンティが太腿辺りまで下がり、スカートの下から彼女の無垢な乙女ポイントが露わになろうとしたその時。


 団長がこほんと咳払いして手を上げた。



「スライムさん! ステイ!」


 団長の呼びかけに応じてスライムさんの動きがぴたりと止まった。次に団長は服のポケットから何かの動物の骨を取り出して「カモン、スライムさん。ほーらほらほら、大好物の骨だよー。いい子だからこっちおいでー」と言うと、スライムさんは徐々にスターライトの体から離れ、ロボットの足元へと移動した。


 団長が放り投げた骨をスライムさんが体内に取り込むと、骨から気泡が出て溶け始めた。


 その様子を、下半身を粘液まみれにして地面に横たわったスターライトが見つめている。彼女の瞳には、次第に涙が滲んでくる。


「う、うう……こんなの、酷いよ……もうお嫁に行けない……ぐすん」


 スターライトは鼻をすすりながらもパンティを穿きなおし、両手で顔を覆ってしくしくと泣き始めた。お父さんたちのスマホがカシャカシャカシャ、っと勢いづく。


「あー、その、なんだ……すまない。可能な限り責任は取らせてもらうから……あの、泣かないでください」


 嫌な空気に耐えかねたのか、団長はぺこりと頭を下げた。黒タイツたちも居心地が悪そうに項垂れている。


「だいたいなんなのよそいつ! 骨が溶けてるじゃない! 私もああなってたかもしれないのよ!?」


 不意に顔を上げたスターライトが、鼻水を啜りながら叫んだ。


「い、いや、スライムさんは人間を攻撃したりしない! 心優しい奴なのだ!」

「悪の組織のペットが心優しいってなによ! 暇だったら遊びに行くねーっていうあんまり仲良くない友達くらい信じられないんだけど!」

「ペットではない! スライムさんは我がブラックサーカス団の仲間なのだ! 同じ釜の飯を食った友なのだぞ! あと、それはあれだ、友達にだって予定があるのだから無理強いはするな!」

「どっちも知ったこっちゃないわよ馬鹿ぁー! サイッテー……本当に本当にサイッテー。もう絶対に許さないんだからね……!」


 ふらり、と足元がおぼつかない様子でスターライトは立ち上がり、マジカルステッキを団長に向けた。マジカルステッキの先端に取り付けられた星の飾りが黄色い光を放ち始める。


「暗闇を打ち払う星の輝き! スターライト・バースト!」


 スターライトが叫ぶと、マジカルステッキの先端が一層強く瞬いて、黄色の光線が飛び出した。星型の光線は一直線にロボットに向かって伸びていく。


「馬鹿なぁああああああ!」


 ロボットの胴体部分に星型の穴が空き、一拍遅れで爆発した。ネジやナットや金属片が散らばり、晴れ渡った空に大きなキノコ雲が傘を広げた。


「馬鹿なのはあんたよ。ふんだ」


 マジカルステッキの先端から立ち上る細い煙を吹き消すスターライト。


 冷たい風が吹きすさぶ冬の日。この世界では日常茶飯事の悪の組織対魔法少女の戦いに、今日も決着がついた。


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