表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/40

第五章 決戦 - 4

「すごいや! 巨大ロボットだ!」

「フワーハハハハハハ! これぞ我がブラックサーカス団の最終にして最強の兵器! 超高機動合体奇術師、ブラック・サーカリオンなのだあああああ!」


 全長千二百五十一メートル。総重量二千二トン。主な構成材料はウルツァイト窒化ホウ素とグラフェン繊維により補強された高炭素鋼と金。胴体中央部に核融合炉を保有しており、絶えず莫大なエネルギーを生産している。


 ブラック・サーカリオンは黒を基調としたボディに、ところどころ金色のフレームが組み合わさっている。腕は細く、代わりに足は乗馬ズボンを履いているかのように太い。そのシルエットは奇術師というよりも道化師クラウンだ。


 ブラック・サーカリオンは上空で合体した後、そのまま自由落下を始めた。


 不意に襲い来る無重力感に、明星はマサトの肩を叩いた。


「ねえ、落ちてない⁉ これ落ちてない⁉」

「フハッ、当然だ。総重量二千二トンだぞ? 無重力下ならいざ知れず、地上で飛べるわけなかろう!」

「えええええ⁉ ちょっと待って、てことは地面に叩きつけられるっとことなの⁉ ねえ!」

「心配するな。問題ない!」

「どこが問題ないのよ! 画面見てよ! もう雲の下よ⁉ 見えるでしょあの樹海! 年間七十人があそこで自殺してんのよ! 絶対ヤバいわよ!」

「フハハ…………お前は変なことを知っているな」


 混乱のあまり意味不明なことを口走る明星。ついに地面がすぐそこにまで迫り、彼女は目を固く閉じてマサトに抱き着いた。


 ところが、いつまでたっても衝撃が襲ってこない。明星が衝撃を感じなかったのも当然だ。ブラック・サーカリオンは全身の関節を器用に使い、見事に着地したのだから。


 さらに各部に組み込まれた合計二十九万七千個のショックアブソーバーとダンパーが衝撃を吸収し、運転席の周りを満たす水によってなおのこと衝撃は軽減された。


「私、生きてるの?」

「すごいだろう。これが魔法少女に対抗するために精錬された科学の力……我らの力だ!」


 明星の茶色の髪が生えた頭に、マサトの硬い掌が置かれた。得意げに笑うマサトの顔はまるで少年のようで、明星はまたしても顔が熱くなる。


 明星は一瞬、ゴーグル越しの彼の顔に見惚れてしまったが、ぷいっとそっぽを向いて「べ、別に、そんなのどーでもいいし……」と言い返した。


「さあ行くぞ! ここからがブラックサーカス団の本当の戦いだああああああ!」


 マサトは操作レバーの代わりにあらわれた二つの球体に手を沿える。すると、片膝を地面についた状態で着地したブラック・サーカリオンが立ち上がり、目の前にそびえる不死山へと駆け出した。


 山の斜面に生えた木々や岩をこともなげに踏みつぶし、雲の下で低く身構えたかと思えば、大地を蹴り大きく跳躍した。雲の下から飛び出したブラック・サーカリオンは両手を左右に広げながら、空中で一回転をした。不死山とアースイーターを軽々と飛び越え、飛び越えた際に広げていた腕を閉じた。するとアースイーターのボディがぎゃりりり!と火花を散らす。


 ブラック・サーカリオンの両手の指先から伸びた十本のワイヤーが、アースイーターの胴体に絡みついたのだ。山梨県側に着地したブラック・サーカリオンは、アースイーターを山頂から引きずり落とそうと、ワイヤーを引いた。


「食らうがよい! 必殺! グラフェン・スパアアアアアアク!」


 グラフェン繊維が合成されたワイヤーを伝って、アースイーターに電流が流れる。青白い光に包まれたアースイーターはもだえ苦しむように暴れまわった。凄まじい力に、ブラック・サーカリオンの足がずるずると地面に沈み込む。


「なんて力なの⁉ こっちの方が大きいのに!」

「このままだとワイヤーが切られちゃうよ!」


 新たに出現した運転席に座る明星。彼女に抱きしめられているパタろん共々、前後左右にの景色を映すように四分割された画面を見て、顔に焦燥感が滲んでいた。


「問題ない! このワイヤーは世界最高強度を誇るグラフェン繊維を寄り合わせたものだ! そうそう切れるものではない!」

「そんなこと言っても、きゃあ⁉」 


 アースイーターは絡みついたワイヤーを口に咥えて、大きく体を捻った。


 ブラック・サーカリオンは足元が浮き上がり、再び不死山を飛び越えて静岡県側の大地へと背中から叩きつけられる。


 地面が陥没し、大量の樹木と土砂が巻きあがる。強烈な地響きは日本列島を揺らし、この日青森県では震度三の地震が観測された。ブラック・サーカリオンが通過した雲の隙間から、アースイーターがこちらに向かって口を開いている。口の中は、すでに真っ白になるほど光り輝いている。奴の狙いはブラック・サーカリオンではない、その後ろの海……タイヘー洋だ。


「まずい! 原子破壊光線が来るぞ!」


 ブラック・サーカリオンはすぐさま立ち上がりアースイーターを見上げた。ところが避ける間もなく、アースイーターの口から毒々しい紫色の稲妻を纏った光線が発射され、ブラック・サーカリオンを飲み込んだ。


「きゃああああああ!」


 運転席の内部が赤い照明に塗りつぶされ、画面には黄色と黒に縁どられた警告のサインが表示される。運転席の周囲を満たす水も、ぼこぼこと気泡を発生させていた。


 ブラック・サーカリオンは胸の前で腕を交差して防ごうとするが、前腕部分の装甲が赤く変色し、どろりと溶解し始める。


「うおおおおお! ハイパーディーテリウム・カノン! 起動!」


 マサトが透明なアクリルカバーに覆われたボタンを拳で叩いた。アクリルカバーが粉々に砕け、光を乱反射させながら宙を舞う。


 押し込まれたボタンによって繋がれた接点は、ブラック・サーカリオンの胸部にある核融合炉の外殻装甲を開いた。胸の内側で緑色の稲妻を迸らせるヘリカルコイルがあらわになる。


 内部を駆け巡るのは重水素ディーテリウムだ。いままさに核融合を行うために、摂氏一億度、時速二千キロメートルにまで加速された重水素が円環状のヘリカルコイル内を疾走し、原子核同士を激しくぶつけ合い、結合し続けている。ブラック・サーカリオンが胸を逸らせて腕を左右に広げると、ヘリカルコイルで加速された重水素が一直線に放出された。紫色の光線と緑色の光線が衝突する。


ぶつかり合った光線の衝撃波で、赤木ヶ原樹海の木々が地面ごと吹き飛ばされた。赤茶けた大地が剥き出しになってもなお衝撃波は止まず、この時沖縄では風速二十三メートルが記録され、大量の瓦が石塊いしくれと化した。


 不毛の大地の上で、アースイーターが放つ光線と、ブラック・サーカリオンが放つ光線が拮抗し、一進一退のせめぎ合いが始まる。互いに一歩も引かず、全エネルギー、全存在を賭けて押しあっている。少しの油断も許されない状況ながらも、ブラック・サーカリオンの周囲をキラービーが取り囲んだ。


「クソ! この状況では手出しできん!」


 キラービーの攻撃を避けようとすれば、アースイーターの原子分解光線がタイヘー洋を穿つ。


 避けることはおろか、一歩も動けない状況のブラック・サーカリオンは、今や格好の的となっていた。


 キラービーの針が冷たい鉛色の光を放つ。数千機分の針が今、無情にも、射出された。


 ところが上空から赤い弾丸と青い光が降り注ぎ、針は鯨のような巨大な爆炎に変わる。


「クレセント! サンライズ!」


 クレセントとサンライズは、ブラック・サーカリオンを守護するように、機体の左右に降り立った。彼女たちの服はところどころ破け、体のいたるところから出血している。


 すでに満身創痍なのは、誰の目にも一目瞭然だった。


「まだ戦える。まだスターライトたちを守れる! 希望を信じる心は! まだ折れていない!」


 額から血を流しているクレセントが叫んだ。普段は大人しい彼女が吼える姿に、スターライトは胸が締め付けられる思いがした。


「そうだヨ、クレセント! 私たちはまだ終わらなイ! まだ終われなイんだ! 今夜もお月様を見るためニ! 明日もまたお日様を見るためニ! いつかまた、みんなで流星群を見に行くためニ! 私たちは最後まで諦めちゃいけないんだヨ!」


 左肩を負傷したサンライズがマジカルステッキを構えた。ブラック・サーカリオンを挟んだ反対側では、同じくクレセントがマジカルステッキを正面のキラービーに向けている。


「「サン・アンド・ムーン・シールド!」」


 二人の声が重なり合い、赤と青の壁がブラック・サーカリオンの周囲を覆い隠した。強固な壁は無限に湧き出るキラービーの攻撃を防ぐ。


 けれど、巨大な機体を覆うだけの魔法は消耗が激しく、すでに半分程度にまで減っていた二人の魔力が凄まじい勢いで減っていく。耳元で揺れる月と太陽のピアスが、二人の手に握られたステッキが、その輝きを失っていく。


「二人とも無理しないで!」


 魔法の力は精神力を著しく消耗する。使い切れば心に大きな負荷をかけることになる。最悪、自我が崩壊して廃人になってしまう可能性さえあった。


 明星は二人の身を案じるも、クレセントもサンライズも展開したシールドを弱めるそぶりすら見せない。


「例えこの体が壊れても、私は明星を守りたい。だって仲間だから……だって、親友だから!……今まで一緒にいられなくて、ごめんね。明星」

「もちろん私もですヨ! 明星さんだけじゃない。パパやママ。マイフレンドたち。みんなが住んでいるこの星を、私は守りたいんデス!」

「二人とも……ダメだよ! 二人がいなくなったら、私はどうすればいいの⁉ 私たちはチームなんだよ⁉ 一人で魔法少女だなんて出来るはずないよ! 誰か、誰か二人を助けて!」


 明星の懇願も虚しく、月も太陽も、完全に灰色になった。それでも二人は雄たけびをあげて魔法の発動を維持し続けた。


 クレセントとサンライズの頬に黒い亀裂が走る。ぱらぱらと肌の表面が剥がれ、肉体の崩壊が始まった。二人は歯を食いしばり、血走った瞳を見開いて、最後の力を振り絞る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ