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第一章 勝気な魔法少女は今日も平和に悪を滅ぼす - 1

第一章 勝気な魔法少女は今日も平和に悪を滅ぼす



 時刻は正午を十分前に控えた午前十一時五十分。ビルの合間から顔を覗かせる抜けるような青空には、十二月の乾いた風が吹いている。


 ここはトーキョー都ブーヤ区。スクランブル交差点の中央では全身に黒タイツを着込んだ男女が、縄で縛り上げられた人々を取り囲んでいた。


 総勢二十名ほどの彼らは、全員目の下に水色の涙と黄色い星のマークが描かれた白い仮面を装着している。


「ハーッハッハッハ! このブーヤ区は今日から、我らブラックサーカス団の物だ! 恐れおののけ愚かな民衆どもよ! 貴様らの命もこの黒タイツ隊長のさじ加減一つなのだ!」


 赤いベレー帽と緑色の軍服を着こんだ黒タイツがスピーカーを通して叫ぶと、縛り上げられた市民たちはわざとらしくどよめきだした。皆口々に「なんだってー」や「こわいよー」など、黒タイツの一人が持っているカンペを棒読みしている。


 普段の活気に満ちた都心とは違う異常な雰囲気の中、黒タイツたちがダブルクリップで止められた資料を片手に顔を寄せ合いなにやら相談していると、突然頭上から「待ちなさーい!」という溌剌な声が響いた。


 皆が灰色のコンクリートで造られたブーヤ駅の上に視線を向け、仮面の中の瞳を大きく見開いた。彼らの視線の先。道路を跨いで建設された駅の上に、一人の少女が桃色のスカートを翻して着地した。


「スターライト・ピンクだ! スターライト・ピンクが来たぞー! 各員台本しまえー、カメラ回すぞー!」


 黒タイツの一人が叫び、灰色のスポンジが取り付けられた大きなカメラを肩に担いで録画ボタンを押下した。人質たちもまた緩く縛られていた縄から手を抜いて次々とスマホのカメラを起動していた。彼らはいつでも逃げられる状態にも関わらず、地べたに座り込んだまま桃色の衣装の少女を自身の記憶とスマホのメモリに残そうとして動かない。


 その場にいる全員の視線を一身に集めた少女は、腰に巻いた大きなリボンと両耳につけた星の形のピアスを空っ風に揺らしている。ピアス同様星のワンポイントがあしらわれた髪留めで束ねられた左右の髪も、泳ぐように揺れていた。


 彼女は駅の屋根の上で左足をお尻にくっつきそうなほど上げ、右手に持ったマジカルステッキを高々と掲げ、左手で作ったピースサインを微かに紅潮した頬に押し当てた。


 薄くグロスを塗ったように瑞々しく潤った桜色の唇が楽し気に歪み、可憐さと奔放さを感じさせる太陽のような笑顔を作り出す。


「魔法少女スターライト・ピンク! 悪の波動を感じて参上しました! みんなもうだいじょうぶだからね!」


 慣れた様子できゅぴるーん、と名乗りを上げると、黒タイツたちは読み込んでいた資料を投げ捨て、黒タイツ隊長を中心にザザザッ!と陣形を組んだ。


「総員、武器を構えろ! カメラは全体が映るように下がれー! 俺達の勇士をしっかりと記録しろよ! 前回見切れてる奴いたからな!」


 隊長が叫ぶと、カメラマンの黒タイツは歩道まで下がってカメラを回し始め、他の黒タイツたちは腰に回した焦げ茶色のホルスターから銀色の銃を抜いた。


 拳がすっぽりと入ってしまいそうな巨大な銃口を向けられてもなお余裕の笑みを浮かべるスターライト。逆光によってかすかに影が差したうつむき加減の顔に、緋色の瞳が爛々と輝いている。黒タイツたちが強者の余裕ともとれる雰囲気を放つ彼女にひるむことなく引き金を絞ると、彼女に向かって黄色いゴム弾が一斉に発射された。


「毎度毎度しょうこりもなく! スターライト・シールド!」


 スターライトがステッキを前方に向けると、半透明のアクリルを星型に切り取ったような壁が出現し、ゴム弾を遮断した。バヨンバヨン、と弾かれ、黄色のゴム弾はブーヤ駅の上で四方八方へと飛んでいく。情けない音の響き方からして暴徒鎮圧用のゴム弾ではなく、中身が空洞の模造品のようだ。


 それでも大きさが拳ほどもあるゴムの塊であることには変わりない。もしも頭にでも当たればたちまちムチウチ症になることだろう。胴体に当たれば青あざができるかもしれない。


そんななんとも迫力に欠ける弾幕のなかで、スターライトは口元に手を添えて、大きなあくびを一つ吐き出した。


「あくびをするなスターライト・ピンク! 女の子がはしたないぞ! もっとしゃきっとせんかしゃきっと!」


 黒タイツ隊長が叫ぶと、スターライトは眠そうな目で彼を見つめ返した。


「うるさいわねー。今は冬休みなのよ? 毎日忙しくってあんまり寝てないんだから仕方ないじゃない。むしろあんたたちの相手をするために出張って来てるだけありがたいと思いなさいよこの働きアリ」

「さすがは我らの宿敵スターライト・ピンクうううう! 一般人とのこの温度さよ!」


 心なしかゴム弾の勢いが増した。流星群さながらの勢いで迫るゴム弾の嵐を防ぎながら、スターライトはつまらなそうに桃色の髪が生えた頭を白いグローブ越しの手で掻きむしる。


「はぁ、でもま、わかったわよ。私がやる気ださなきゃ終わらないしね。だって私は……魔法少女だから!」


 スターライトは星型の壁を展開したまま深くしゃがみんだ直後、ばんっ!っと屋根の上から大きく飛びあがった。その跳躍力は凄まじく、そのまま遥か雲の上にまで飛んで行ってしまいそうだ。


 黒タイツたちはゴマ粒のように小さくなった彼女に向かって銃を向けるも、太陽の光に目が眩んで狙いが定まらず、発射されたゴム弾はぐんぐん下降してくるスターライトの傍を通り過ぎていく。


 正中線間近の太陽を背にしつつ空中で一回転した彼女は、拘束された市民の傍、黒タイツたちが取り囲む円陣の中央にしゅたっ!っと着地した。腰の後ろで蝶々結びされた大きなリボンの紐が、時の流れが遅くなったと錯覚しそうな程緩やかに地面に落ちた。


「ヌワーハハハハ! 自ら火中に飛び込むとは愚か千番! 失笑の極みなり! しょせん子供だなスターライト・ピンクよ!」


 胸に若葉マークをつけた若い黒タイツがカンペを読み上げる。握りしめた拳から彼の熱意がビンビンに放たれている。


「私が子供ですって? それでも私はこの道五年のベテランよ。あらあなた、その胸のワッペンとってもよく似合ってるわね。一つアドバイスだけど、カンペを読むときは顔まで向けちゃダメなのよ新人さん。でないとあとでチュイッターで馬鹿にされちゃうわよ?」

「んにゃ! にゃんだとおおおお!」


 新人黒タイツがゴム銃の引き金を絞ろうとしたその時。隣にいたもう一人の黒タイツが彼の銃を掴んだ。


「ちょっとやめなさいよ新人! 人質の方々が危ないじゃないの!」


 女性の先輩黒タイツに銃を抑えられた新人黒タイツは、「す、すみません、労災がおりると思って、つい……」と呟いて銃を下げた。


「あはは、怒られてやんのーダサーい! みんな! もう大丈夫だからね!」


 スターライトは人質に微笑みかけた。人質、と言っても、彼らを縛る縄は緩く腹に巻き付いているだけであり、皆スマホをスターライトに向けて夢中でシャッターを切っている。


 人質たちは画面越しのスターライトを見ながら「はーい!」と声を揃えて返事をし、実に緊張感のない和やかな様子でやんややんやとスターライトの登場を喜んでいる。中には正午前にもかからず、膝の上に子供を乗せた父親らしき人が缶ビールのプルタブを開けてさえいた。


「クソぅ人質を盾にするとは卑怯な! というかそこのお父さん! 人質は飲食禁止ですよぉー! ルールを守らないともしも怪我しても保険がおりませんからねぇー! 坊やもパパが叱られるのやだよねー! ……ったく。こうなったら素手で勝負だスターライト・ピンク! 総員、かかれぇー!」


 黒タイツ隊長が叫んだ。他の黒タイツ達が一斉にスターライトに襲い掛かる。カメラ係とカンペ係の黒タイツも走り出し、よりよいアングルを探すべくスターライトと他の黒タイツたちの周囲を回り始めた。


 スターライトは目を閉じて深く息を吸いこんだ。まだ成長途中にも見える小さな胸が膨らみきったところで息を止める。ざくろ石のような緋色の目をかっと見開き、挑戦的な視線を黒タイツたちに投げかける。長さにして八十センチ程度のステッキの根元近くを握り締め、白いグローブから革がこすれる音がした。


 最初にスターライトの元へ辿り着いた黒タイツが、固めた拳を彼女の顔面へと突き出した。


 折り曲げられた第一関節が眉間に触れるその刹那、彼女は体を回転させて拳を受け流し、上半身をしならせ黒タイツの横っ面を殴りつけた。遠心力の乗った星の飾りが黒タイツの頬にめり込み、吹き飛ばす。


 仲間がやられてもなお他の黒タイツたちは果敢に攻め入ってくる。スターライトは踊るように身を翻し、黒タイツたちの拳や蹴りを躱して一人、また一人とマジカルステッキで殴り飛ばしていった。時にはステッキを新体操のバトンのように回し、時にはフェンシングの槍のように突き出し、またある時には先端の星の突起をタイツの端にひっかけて釣竿のように振り回した。黒タイツたちは五人減り、十人減り、やがて残りは、隊長とカメラマンを含めた四人となった。


「クソ、強すぎる! 女の子ってあんなに全力で人を殴れるものなのか!?」

「全力だったら今頃みんな首が取れてるわよ。いい? これはお仕置きなの。だからとっても痛い思いはしてもらうけど死んでもらうわけにはいかないの。キュートでプリティな魔法少女の戦いに死人なんてでちゃいけないのよ。わかったかしら虫けらども」


 ぺっ、と唾を吐き捨てるスターライト。


「正義の味方が子供たちの前でそんな顔するなよ!」


 ツンドラの永久凍土よりも冷めた眼差しを向けるスターライトに、黒タイツ隊長は声が上ずっていた。


「ああもうごちゃごちゃとうるさいわねー! 私は今とってもお昼寝したい気分なの! さっさと終わらせて帰らせてもらうわ!」


 スターライトはステッキをくるくる回して肩に担いだ。激しい戦闘の後にも関わらず、彼女の呼吸は一切乱れていない。


 幼い人質たちの声援が背中を押してくる。声援に交じって、大人たちの指笛やグラスがぶつかる音色が聞こえてくる。


「あ、ちょっと通りますねー。はいはい失礼しまーす」


 ちらりと横目で見ると、白衣を着た黒タイツとナース服に身を包んだ黒タイツがぐったりと地面の上でのびている同僚を担架に山積みにして運んでいった。


「はーい失礼しましたー。どもでーす」


 仮面をかぶっているのでどれほどのダメージを受けているのかはわからないが、大の大人が数メートル吹飛ぶ威力で殴られた以上、軽く交通事故レベルの怪我を負っているのは間違いない。あらかた周囲が片付いてから、怪我を負わせた張本人は素知らぬ顔で隊長に視線を戻した。


「で、どうするの? 帰るの? やるの?」

「ぐぐぐ! ここで引き下がるわけにはいかん! 視聴率が取れん!」


 ベレー帽の黒タイツは悔しそうに拳を握り、睨んでくる。白い仮面越しのため表情はうかがえないが、かなりご立腹であることは言葉と態度からしても明白だ。


「視聴率ってあんたね……。はぁーもー、あんた達みたいな三下じゃ相手にならないわ。いるんでしょう団長! 出てきなさい!」

「クックック……ハッハッハ……ワーハッハッハッハァ!」


 ビルの外壁に反響した笑い声が聞えてくる。けれどスターライトの耳は正確に音の出所を察知し、空を見上げた。眩しさを和らげるために右手を目の上に当てると、太陽の中心に小さな黒い影がぽつりと表れ、ぐんぐん近づいてくるのが見えた。影はエンジンの音と蒸気が噴き出す音を響かせながら、スターライトと黒タイツ隊長の間に着地した。


 それは、金属質な鉛色の光沢を持ったロボットだった。丸い胴体に金属フレームや配線が剥き出しの手足が取り付けられている。手はマジックハンドのような挟んで掴むことに特化した形状だ。足は逆関節になっており、銀色の平たい鉄板が底についている。胴体の上部が切り取られており、そこには赤と黒のストライプが入った道化師の服を着た男が座っていた。


「フハハハハ! よくぞ吾輩の存在に気がついたなスターライト・ピンクよ!」


 男は恰幅のいい腹をポンッ!と打ち鳴らす。


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