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プロローグ 不死の勇者は死に場所を求めてる

 【序章 不死の勇者は死に場所を求めてる】


 深い森に入るとなぜか死にたくなるんだよなぁー、と村人に言われたので、リカルド・レオンハルトは、なるほどなぁー、と感心して森にやって来た次第である。


 周囲を取り囲むのは鬱蒼とした木々。下生えの藪。岩や木の根にまだらにこびりついている苔。頭上に広がる分厚い葉肉がほとんどの陽光を遮って、地面に不格好な影のパズルを描いている。密集した木々の圧迫感からか、一歩踏み出すごとに濃いとも重いとも形容できる空気が肺に沁み込んでくる。


 そこかしこから獣の気配を感じる。それは息づかいであったり爪と地面が触れた音であったり様々だ。彼らは、枝の上。藪の中。地面の窪みから、虎視眈々と食欲という名の殺意を剥き出しにしている。目の前の藪が揺れ、リカルドは立ち止まり、腰に携えた剣の柄に手をかけた。



――――獣……いや魔物か。どちらにしろ五日ぶりの……肉!



 がさがさがさり! と揺れが激しさを増し、なにかが飛び出してきた。それは白い毛玉のような物体。「きゅー?」と、あざとさをこれでもかと振りまく鳴き声を上げたその生き物は、兎のようで兎ではない生き物だった。


 物陰に隠れた捕食者共とは似ても似つかないつぶらな赤い瞳と、鳥の翼のような形状の耳を持った魔物。ワンダーラビットだ。ワンダーラビットはこれまた愛くるしい仕草で小首をかしげたあと、跳ねるように走り出して、近くの木の幹を器用に昇っていった。一際太い枝の根元にうろがあり、ワンダーラビットはその中に体を滑り込ませた。暗い洞の中から、二つの赤い光だけがリカルドを監視してくる。


ふっ、と息を吐いたリカルドは剣から手を離し、重い鎧に包まれた足を引きずるようにして再び森をさまよいはじめた。

 彼の体を包むのは亡国の宮廷騎士団長の証である白銀の鎧。腰に携えているのは、百年・・ほど前に突如空から降ってきて彼の頭に突き刺さった・・・・・女神の剣。


 なぜ頭に剣が刺さっても彼は生きているのか。それは彼が、不死だからだ。長い事この世界、”アストラル”で生きてきた彼は、「もう飽きた。生きるのに」と思い立ち、常世とおさらばするために今は死に場所を求めている。


 彼が不死になった経緯は、剣の師匠でもあった騎士団長の前任者が、リカルドが騎士団長の座を継承する日に謀反クーデターを起こして国王を殺害。師匠は自らを魔王と名乗り、「クックック、リカルドよ。お前に滅びゆく世界を見せてやろう」などとのたまい幹部に不死の呪いをかけさせた。その後、魔王の幹部たちはリカルドを縄で縛り上げたあと、海の向こうへと放流。三日後に見知らぬ土地に流れ着いたリカルドは港の人間によって解放された。


 ところが風の噂によると、リカルドが小舟の上で十字架にかけられ荒波にもまれながらウツボやサメに体のいたるところをかじられている間に故郷はすでに滅び、まだ幼かった姫君も絶望に駆られて自ら命を断ったと知った。騎士見習いだったころにお伽噺を読み聞かせていただけに酷く胸が痛んだのを今でも覚えている。


 リカルドは帰るべき故郷も忠誠を誓う主も失い、さらに恩師に裏切られたショックで怒り狂い、七日後には魔王城と化した故郷の城へ戻ってきて四人の幹部を退け、魔王と相対。無論、彼は勝った。不死なのだから、首を切られようがハラワタをぶちまけようが負けるはずがないのだ。魔王にとってはまさに因果応報、当然の報いとでも言うべきだろう。


 それでも魔王は最後に「馬鹿なぁ! 我が負けるなどぉ!」と叫んでいたことをリカルドは三百年・・・経った今でも忘れていない。全力で罵倒したくなる気持ちを必死に押さえて、彼は自分の体がもとに戻ったのかを確かめた。ところが彼の期待をせせら笑うかのように、体にかけられた呪いは解けていなかったのだった。


 当時の彼は、「ま、そのうち何とかなるだろう」と楽観的だった。その結果ありあまる時間を自分の趣味である剣の修行についやし、気がつけばあっという間に三百年。いよいよ剣も極める部分が無くなったところでそろそろ死にたいと願うようになった。


 その日から、平和になった世界を観光しつつ死に場所を求める旅が始まった。


 時には活火山の火口に飛び込んで溶岩の中を泳いでみたり、またある時は足に鉄球をつけて海底を横断したり、またまたある時は年中雷が落ちる丘で一晩中剣を掲げてみたり。


 けれど、どれも上手くいかなかった。一瞬死ねても、煤のようになった燃えカスが地面に落ちればたちまち体が元に戻るし、水中で魚に食べられても糞となって外に出て復活するし、雷については肩こりが良くなっただけだった。


 それでも彼は諦めず、様々な土地へ行っては危険な場所へと飛び込んでいった。


 ある時彼がとある村で聞き込みをしていると、森へ行けば死にたくなる、という話を聞いた。そこで彼は、獣や魔物が跋扈するこの《迷いの森》へとやってきたのだ。だがこの時彼は、ある間違いを犯していた。

 彼は死にたくなりにきた・・・・・・・・・のではなく、死ににきた・・・・・・のだ。その間違いに気づいたのは森に入って四日目のことだった。


 ただ死にたくなるだけなら意味がない。そもそも初めから死にたがってる。さっさとこんなところからはおさらばしよう、と考えて森を抜けようとするが気の向くまま歩いていた彼は、その頃すでに出口がわからなくなっていた。


 途方に暮れたまますでに十日が経とうとしている。いいかげん同じ景色ばかりで気が滅入っていた。


「いっそ、木をすべて切り倒すか……?」


 リカルドは銀髪が生えた頭を掻きむしり、左目しかない金色の瞳をうんざりした様子で歪めた。右目には痛々しい傷跡が残っている。かつて幹部たちに抵抗した際に負った傷だ。


 彼の口から物騒な言葉が飛び出した直後、眼前に立ち並ぶ茶色の幹の隙間から、微かな光が見えた。


「あれは」


 出口だ。彼はそう思い早足で光へと向かっていく。


 藪を超えて光に手を伸ばしたその時。リカルドの視界は白く埋め尽くされ、体が浮き上がるような感覚がした。そして、彼は――――。


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