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親友

『宇宙人、君は完全に包囲されている。無駄な抵抗はせず、ただちに投降しなさい』


 大きな盾を構え武器を構え、隙間なく配置された警官達。

 空を飛ぶヘリコプター、照らされるライト。


 宇宙人はその中にたった一人佇んでいた。


 一切の抵抗はしていない。一切の言葉も感情も投げかけてはいない。

 あまりにも厳重に囲まれたそこでは、おそらく一切の抵抗も許されない。しかし宇宙人は何をするでもなくただ立っていた。


 宇宙人からすればこの状況は、頭を抱えるどころのものではないだろう。武装した集団に完全に囲まれている、ということよりも、昨日と今日の人々の変貌ぶりに。

 たった昨日までちやほやされていたのだ。裏切りにもほどがある。

 その理不尽さには、叫んで怒りを撒き散らす姿の方が似合い、共感を得られたかもしれない。


 しかし、宇宙人は何をするでもなくただただ立っていた。

 まるでいつものように、いつもの待ち合わせのように。


 それがあまりにも不気味で、武装した警官達の緊張を増幅する。

 まるでこれだけの力と数でも恐れるに足らぬと言わんばかりに見えたからだ。


『抵抗するのなら容赦はしない。総員構えー』

 手を上げることも、投降することもしない宇宙人に対し、ジャキリ、と銃が向けられる。


 だが、そこへ――。


「待ってーっ」

 そんな声が響いた。


「ま、待ちなさいっ」

「止まれーっ」

「危ない、危険なんだっ」


 後ろから追いかけてくる警官達をその小さな体で振り切って、警官隊が盾を並べた輪の内側へと、声の主、少年は入って行く。


 何機もいるヘリコプターの内、一機のライトが少年を照らす。残る全てのライトはほとんど宇宙人を照らしているからか、まるでスポットライトを浴びた演者のよう。

 2人はそのスポットライトが重なるか重ならないかギリギリの距離でその接近を止める。


「はあ、はあ、はあ、はあ」


「おやおや、少年。そんなに息を切らしてどうしたんだい?」

「はあ、はあ、宇宙人」


 いつも通りの穏やかな表情と声の宇宙人。息を切らし、切羽詰った表情と声の少年。

 2人はとても対象的。


 その表情も声も、年齢や格好も、何もかもが対照的。


「もう会えないんじゃないかと思っていた。会えて良かったよ」

「……僕も、もう会えないって思ってた」


 けれども。


「すまないね、こんなことになってしまって。君にも申し訳ないことをしてしまった」

「違うっ、僕のっ、僕が馬鹿だったから、宇宙人はっ……」

「少年のせいじゃないさ」

「宇宙人のせいじゃないっ」


 心の中だけは同じかもしれない。


 2人を照らすスポットライトが、少しずつ重なる。今度は宇宙人の方から進むことで。


「ごめんよ少年、危ない目にあわせてしまって。それに怖かったろう? だから、もう関わるまいと思っていたんだ」

 宇宙人は言う。

 警官達に囲まれていても人々に裏切られても、ほんの少しの怯えも悲しさも見せなかったのに、今だけはそれらを少し滲ませて。


「そっか。……、僕のほうこそ、宇宙人が大変なときにずっと来られなくてごめん」

 少年は言う。

 宇宙人が目を逸らした理由を知って、納得し、自分もまた目を逸らしていたことに気付く。


 ライトの反射により、少年の目尻がキラリと光った。


「おや、少年。また泣いているのかい?」

「泣いてなんかないやいっ。泣くもんかっ」


 2人を照らすスポットライトはもう随分重なった。

 その距離は、まるでいつも遊んでいた頃のようで、2人は思わず笑い合う。


「友達とは仲良くやっているかい?」

「うん。しゅうちゃん達も来てるんだよっ。今は……警察に捕まっちゃったけど、多分後で僕も一緒に怒られるんだろうなあ」

「ああそれは心配だね。でも大丈夫さ、怒られることもきっとないよ」

「え、本当にっ?」

「もちろんさ」


 宇宙人はなんだかとても清々しい爽やかな表情で、少年の顔もパッと華やいだ。

 会えなかった数日間を埋めるかのように、会話は次々と繰り広げられる。


 が、しかし。

 そんな時間は長く続かない。


「君っ、危険だ。そいつは危険な宇宙人だっ。早く離れなさいっ」


 警官隊の隊長らしき男が、拡声器を使って少年に呼びかけた。

 少年は宇宙人が危険だと言われたことにムッとして、反論しようとそちらを向くが、あまりの人の多さと威圧感に言葉を詰まらせる。


 銃口こそ少年を向いてはいないが、それでも囲まれているこの状況は恐ろしすぎた。


「こっちへ来るんだっ」

 そんな少年へ言葉がさらに重ねられる。

 少年は先ほどの言葉や今の言葉へ反論しようと試みるが、やはり声は出ない。体もブルブル震えてしまっている。


 それでも、足は動かさない。声は出せなくても、絶対に動かないんだ、という姿勢を少年は見せている。


「そうだね。少年、もう行くんだ」

「え?」

 ところが、その決意は容易くかき消されようとしていた。


「私は彼等の言う危険な宇宙人ではないが、それでも今この場にいることはとても危険だ。分かるだろう? 私は大丈夫だから、もうお行き。お父さんとお母さんが心配しているよ」

 他ならぬ宇宙人の手によって。


 少年は声を出せない。

 体もブルブル震えてしまっている。

 だがそれは、今だけは、怯えてではない。


「宇宙人の馬鹿野郎ーっ」

 怒りによってだっ。


「む?」

 少年は宇宙人を睨みつける。当の宇宙人はなぜ少年が怒っているのか全く分からない。

 ひとしきり睨みつけられた後、先ほど呼びかけてきていた隊長らしき男がいる方向へ少年が向くのを呆気に取られながらただ見ていた宇宙人。


 少年はそちらを向いて大きな声で先ほどの呼びかけへの反論をする。

「宇宙人はっ。危険な宇宙人じゃないーっ」

 多少裏返っているが、それでも力強く。


「宇宙人はっ、優しくてっ。怪我とかも心配してくれてっ、叩いちゃっても怒らないしっ。凄く優しくてっ。一緒に走る特訓してくれてっ、だから――」

 涙を滲ませているが、それでも力強く。


「だから――。だから――」

 少年から次の言葉はもう出て来ない。それでもここにいる誰もが、少年の心からの叫びを理解した。


「少年……」

 もちろん宇宙人も。

「ありがとう、少年。その思いだけで、私は救われたよ」


「宇宙人……」

 少年は宇宙人の方を向く。


「宇宙人、逃げよう」

「少年?」


「これ、これっ。加速装置」

「ん?」


「これを使えば凄く速く動けるんでしょ? だったら逃げられるよっ、僕まだ使ってないもん」

 少年はここへ来る際、唯一持って来た、左腕につけている加速装置を外す。


「たくさん追いかけられた時も絶対に使わなかったんだよっ。もしかしたら宇宙人が使うかもって思って。ね? これがあれば逃げられるでしょ?」

「少年。そうか……」

 そして宇宙人の腕に巻きつける。

 子供の腕に合うサイズのため、上手く止め具が止められないのか苦戦しているが、なんとかつけようと少年は苦心する。


「留まらない……」

 その様子を見て笑った宇宙人は、それを手に取り、逆に少年の腕に巻きつけた。

「? なんで?」

「ああ、実はこれね……」


 宇宙人は悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、加速装置のボタンを押す。


『加速装置ヲ、起動シマス』


「え、宇宙人っ?」

 焦る少年。当然だ、加速装置は一度しか使えない。だから少年も今まで散々悩んだのだ。

 そして今回宇宙人に使ってもらい、この場から脱出させようと考えていた、今この場で自分が無駄に使ってしまったら全てが無駄になる。


『バヒューン、ドヒューン。ハハハハハ、全てが止まって見えるぞー、フハハハハハハ。バヒューン、ドヒューン。――ブッ』

「……え?」

 しかし、少年の身に変化はなく、ただ腕時計が喋っただけだった。

 それも少年には分からないだろうが、一世代二世代前の玩具のような効果音や口調で。


「実は加速装置と言うのは、真っ赤な嘘なんだ」

「……え?」

 少年は宇宙人の顔を見る。

 先ほどまでとはうって変わって呆けた少年の顔。


「はっはっはっは。うん、そうなんだ。加速装置なんて凄そうなもの、私は持っていないんだよ」

「ええええええーっ」

「物に頼って勝つなんて良くないことだ、と教えるためあげたのさ。」

「いやっ、ええっ? そんなのどうでも良いよっ、ニセモノなのっ?」


「完全にねっ」

「ええええー嘘でしょーっ?」


 周囲の警官隊は何が起こったのか全く把握していない。

 驚き項垂れる少年と、笑う宇宙人の様子にひたすら首を傾げる。


「すまない、すまない。まさかこんな大事な局面で使うことになるとは思いもしなかった」

「はあ、ここまで来た僕の苦労って……」


「うんうん。少年は優しいね」

「優しいなんてどうでもいいよ」

「そして頼もしいね」

「?」


 少年は項垂れていた顔を上げ、宇宙人を見る。今度は少年が首をかしげた。

 なぜなら宇宙人の声が、今まで聞いていた声よりももっと優しい声に、そして悲しい声になったからだ。


「おわびに、私の秘蔵の道具を見せよう」

 宇宙人はおもむろにポケットに手を突っ込む。周囲で銃が動く気配もあったが、全く構わずに。


 取り出したのは、何かのスイッチ。


「それは?」

「少年は知っているかい? 私が何度も警察に捕まっていたのを」

「逃げ切れてなかったのっ?」

「彼等はとても足が速いからね。でもそんな時にこれを使うのさ、これは記憶を消す装置。私を捕まえた警察の記憶を消し、逃げ出すことができる優れ物さっ」

「え、凄いっ」


 スイッチは、クイズ番組に使われるようなただのスイッチで記憶を消す機能などどこにもついていなさそうだが、宇宙人の出す道具はいつも玩具のようなので、仕方ない。


「あ、でもニセモノ?」

「今回は本物さ。証拠は今まで捕まらなかったことだね」

「確かに……」


「だからこれを使えば今回も逃げられる。それどころか、世界中の人達の私に関する記憶や、画像に動画、記述なんてものも一斉に消し去ることができるのさ」

「え、凄いっ。凄いよ宇宙人っ。じゃあまた一緒に遊べるんだっ」


 少年はニッコリと嬉しそうに笑い、飛び跳ねる。


 その様子を、宇宙人は楽しそうに、そして、ひどく悲しそうに眺めた。


「あ、しゅうちゃん達が怒られないっていうのもそういうこと? 記憶消せるから」

「そういうことさ。少年は賢いね」


 宇宙人は少年の頭を撫でる。まるで別れを慈しむように。


「でも、そうだなあ、一緒にまた遊ぶことはできないかなあ」

「――え? な、なんで? どうして? ……や、やっぱり僕のこと、嫌いになったの?」

「そんなわけないだろう。少年は私の一番の友達、親友さ。でもこのスイッチを押せば、私が少年の友達ではなくなってしまう」

「どうしてっ、僕だって親友だと思ってるもんっ。そんなことあるわけないよっ」


「これは、近くにいる人の記憶を消す装置でね、誰に使うかを選べるわけじゃない。いつもは近くの警官だけに使っていたんだけど、今回はフルパワーで使う。世界を覆えるくらい、だから、少年の記憶も消える」

「……宇宙人……」


「少年は、とっても足が速くなったね。私がよく捕まる警官を振り切ってここまでやってきたのだものなあ」

「……まだだよ、全然だよ」


「だから、特訓は終了だね」

「……」

 

「おめでとう少年、あの厳しい特訓を乗り越えたよ。よく頑張ったね」

「……。明日もやろうよ」


「いいや、終わりさ」

「やろうよ。……嫌だよ……」


「もう私がいなくなっても大丈夫さ」

「……」


「では、さようならだ少年。君との思い出を、今日助けに来てくれたことを、私は生涯忘れない」

「やだ、待って、待ってよ宇宙じ――」


 カチリ、と、少年の耳に音が届く。


 だが、その音を認識する前に、とても大切な、大切な何かが失われてしまった。













 キーンコーンカーンコーン。


 どこかからチャイムが鳴る音を宇宙人は聞いている。


「ははは。しまった、お腹が空き過ぎて動けなくなってしまった」

 河川敷に寝そべりながら。


 夏の暑い日。

 水辺に近いと言えど、気温は高い。そして湿度も高い。

 土は熱せられ、コンクリートほどではないが寝そべる宇宙人の肌をどんどんと焼いていく。


「だ、大丈夫ですか? って銀色だっ」


 そんな宇宙人へ声がかけられた。それは小学生の男の子。

 まだ小さく低学年で、優しそうな男の子。


 宇宙人のよく知る、本当によく知る少年だった。


「ああ、お腹が空いてね」

「お、お腹が空くと倒れるの? じゃ、じゃあこれ……、えっと、僕パン嫌いでいっつも……。だから、その、えっと、あげるよ」


 少年はおそるおそるパンを宇宙人に差し出す。


「ありがとう」


 宇宙人はそれを颯爽と受け取り、右手で持ち左手で千切るという可愛らしい食べ方で食べ進める。

 その様子を、不思議そうな表情で眺める少年。


 左腕に、玩具のような腕時計をつけた少年。


「その腕時計は面白い形をしているね、どうしたんだい?」

「え、これ? うーん、……僕もいつ買ったか分からないんだけど、多分大事なものなんだ」

「……そうかい」


 2人の会話はそれで終わる。


 宇宙人が最後、右手に持った小さなパンを食べるのがさよならの合図になった。

「ばいばい」

「ああ」

 背を向ける少年。


「私は、宇宙人」

 その背へ、宇宙人が呼びかける。


「良ければたまにで良い、こんな風にパンをくれないだろうか」

「え? パン? ……良いけど」

「ありがとう」


「それじゃあね、えーっと、宇宙人?」

「ああ、また。少年」


「待ってよしゅうちゃーん」

「何やってんだよマンタロー、夏休みは遊び尽くすんだから急げよっ」

「そうだぜ。明日から夏休みー」

「今日からで良いじゃん遊ぼうよーっ」


 少年は土手を元気良く登って行った。その先には3人の友人。

 宇宙人は一度笑い、背を向けた。


「ありがとうーっ」


 が、今度は自分が背から呼びかけられた。

 少年に、大きな声でお礼を。


「? どうしたんだい?」

 宇宙人は土手の上にいる少年にそう問いかける。


「……分かんない、言いたくなっただけ」

 少年はそう答えた。

「そうかい。……私の方こそ、ありがとう」

 だから宇宙人もそう言った。


「? どうして?」

「さあてね、言いたくなっただけさ」


「そっか。またねっ、宇宙人」

「ああ。また、少年」

 2人は手を振る。


 それは別れの合図ではない、再開の約束だった。


 少年と宇宙人の物語は、まだ始まったばかり。


「ん? そういえばさっき、明日から夏休みと言っていたような……。しまった、夏休みということは給食がないじゃないか」

9話にて完結致しました。


ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。

賛であれ否であれ、何か思いを抱いて頂けたのなら本望です。


それではさようなら。

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