友達
母親は風呂から上がると少年を2階の部屋まで呼びに行った。
冷蔵庫に入れておいた晩ご飯がテーブルの上に出ていたのに、食べかけのままリビングからいなくなっていたからだ。
テレビも点けっぱなしで、いくら落ち込んでいようとも注意をしなければならない、と。
コンコン、と母親は少年の部屋をノックする。だが、中から返答はない。
ガチャリ、と扉を開け、ベットの布団をはがすも、そこには誰もいなかった。家中を探しても少年はどこにもいなかった。
『今、宇宙人が出てきました。警官隊により多数のライトで照らされ、その姿は銀に発光しています』
なぜなら少年は。
『侵入規制が行われここからは上手く見ることができません、入ってきた情報によりますと、抵抗の仕方が予想できないため、その場合は射殺も止む無しとのことです』
なぜなら少年は。
『? あっと、今? 今、子供が規制の内側へと入って行ったようです。一体何が起こっているのでしょうか』
友達の元へと走っている。
少年はテレビに流れた宇宙人が捕まるというニュースを見て、落ちたリモコンや箸を拾うこともないまま、靴と、1つの道具だけ持って外へと飛び出た。
幸い玄関前には最近いたマスコミ関係者も誰もいない。
夜も遅い時間となったから当然だ。けれども少年はそんなことに気付く余裕もないまま最短ルートで河川敷へと走っていく。
暗い夜道の中、住宅街を走り抜け、交差点を走り抜け、ぜえ、はあ、と荒い息になっても止まらず、ただひたすらに駆け抜けた。
昼間この道を駆けたときには、やはりどこか宇宙人に会うのが怖いという気持ちがあった。
そして実際に会って、会わなければ良かったと心底後悔した。やっぱり酷いことをしたんだと落ち込み、償う方法を考えても一切出てこず、ただただ悲しみに明け暮れた。その傷は全く癒えていない。
だがそれでも今、少年は宇宙人の元へと走っている。
自分のことなど考える余裕もないまま、友達のピンチに駆けつけようと全力で疾走した。
そうして少年は河川敷に辿り着く。
河が流れている横の土手の上、土肌が見えている道をあともう数百メートル走れば宇宙人のダンボールハウス、テレビに映っていたその場所がある。
もう数分もかからない。
しかし河川敷はいつもの様子とはまるで違う。
普段は街灯もなく、電車が走るための橋にあるわずかな明かりが照らす薄暗い河川敷。しかし今日はたくさんのライトに照らされ、陸からも河からもそして空からも強烈に明るく照らされまるで昼間のよう。
それに――。
「はい下がってー、もっと下がってー」
「危険だから下がって下さい」
「この線からは入らないように」
道は封鎖されていた。
制服を着た警察官やヘルメットを被り盾を持った警察官が立ち並び、テープを張って誰も通さないように。
それにその前には、テレビカメラを持ったマスコミ関係者や野次馬達がごった返す程いた。小さな子供である少年からは、それがまるで壁のように見える。
昼間のように人の間をぬって行こうにも押しつぶされてしまいそうな程の人ごみ。少年は意を決してその中へと入って行くも、数メートルも進めない内にあっけなく弾き飛ばされてしまった。
「ど、どうしよう……」
もう一度挑戦し、結果はさっきと変わらない結果に終わった少年は、そう呟く。
少年には、パトカーのサイレンや、走る大きな車両の音、人の声、それら全てが、宇宙人との思い出をかき消していくように感じられた。
ただただ、ただただ焦燥に飲み込まれていく。
しかしそんな時。
「うわっとくそっ、全然入れねえっ、くっそーっ」
近くで同じような目に合っている子供が目に入った。自分と同じ年頃の小学生、そして聞き慣れた声。
「しゅうちゃん……」
「――マンタロー」
それはリーダー。少年と同じように目の前の人の壁に挑戦し、同じように跳ね返されたリーダー。
おそらく宇宙人のニュースをリーダーも見て、いてもたってもいられずやってきたのだろう。
ところが少年とリーダーは目を合わせそう呟いた後、どちらからともなく目を逸らした。
そして、それぞれがまた人の壁へと入って行く。
「うわっ」
「いてっ」
やはり同じように跳ね返され戻ってきて、2人の目がまた合う。しかしまた逸らす。
お互いに気まずさが現れている。
当たり前だ、昼間の別れはあまり良い別れではなかったのだから。
喧嘩別れとでも言おうか、逃げるように走り去った少年と絶交だと叫んだリーダー。そんな2人がたった数時間後に再開してならばきっとこうなる、これはまさしくそんな様子。
だから2人は何度でも1人で挑戦した。
けれども一向に中へと迎える様子は見られない。1人の力ではほんの数メートル入るのが限界なのだ。
力を合わせれば、あるいは……。
そんなことがほんの少し頭をよぎるが、どちらもそんなことは言えない。
少年には、一方的に思いをぶつけ手をぶつけ絶交と言われてしまった思いと、リーダーには、少年の言うことを聞かず一方的に絶交を告げた思いがある。
2人共歩み寄ることができないまま、無謀にも何度も何度も人の壁に挑戦した。
「……はあ」
「……はあ」
そんな様子を後ろで見ていた2人の少年。
「しゅうちゃんもマンタローもホントに頑固だよな」
「な。仕方ねえなあ2人共」
同じように宇宙人のニュースを見て心配になり駆けつけた、少年とリーダーと、宇宙人の友達。
「うお、何すんだよ、たかしっ」
「わわ、やめてよ、りょうた君っ」
少年とリーダーは羽交い絞めにされたような格好で顔をつき合わされる。
目と目を強制的に合わされる2人。
体格の小さい少年はともかく、体格の大きなリーダーは抵抗しようと思えばできたかもしれない。だが、現に今こうなっている。
その意味に気付いても、誰も何も言わない。
「喧嘩してる場合じゃないよ、しゅうちゃん、マンタロー、力を合わせないと絶対に進めないよ」
「うんうん。それにしゅうちゃんもあの後落ち込んでたじゃん、良い機会だよ仲直――いたっ、いたいよお」
ただ、変な空気の静寂が4人に、いや羽交い絞めにされる2人に訪れる。
「はあ。分かったよ、マンタロー、絶交は終わりだ」
「う、うん。あの時は、ごめん」
そんな空気に耐えかねたのかリーダーは1つため息をつき、少年にそう言った。少年も、それに応えるように。
羽交い絞めにしていた2人はようやくか、といった表情で2人を離し、やれやれ、と口にする。
「俺の方こそ悪かったよ、何も聞かないでさ。宇宙人になんか言われたんだろ?」
「……ううん、違うよ。言われてない、言われなかったんだ。多分、嫌われて」
少年はその時のことを思い出し、少し顔を暗くし伏せた。だが、すぐに顔をあげる。
「でも、僕は行かないと」
その顔には暗さなどどこにもない。それどころかなよなよした気弱な少年もいない。
固い決意をした、男の顔があった。
自然と、少年以外の3人は笑い、釣られて少年も笑った。
「よっしゃあ行くぞ、俺達を止められるやつなんてどこにもいねえっ」
「よーしっ」
「行くぜーっ」
「うんっ」
4人の少年は一塊になって、人の壁に突進した。1人では跳ね返されてしまう分厚い壁でも、4人の力を合わせたならっ。
「どけどけーっ」
「どっけーっ」
「ん? なんだ? あ、あれは……キンタマアタックだっ」
「何っ? あのっ?」
「まさかっ、日テレが沈んだっ?」
「フジーっ朝日ーっ、N、H、K-っ、駄目だ逃げろーっ、失うぞーっ」
4人は突き進む。まるでボーリングのピンのように大人達を弾き飛ばし。
そうして、人のごった返していた最前線まで辿り着いた。
「危ないよ下がってっ」
「これ以上入ってきちゃいけないっ」
「危険なんだ、早く帰りなさいっ」
そこには制服を着た警官や、ヘルメットを被り盾を持った警官がいる。
張られたテープから一歩でも出れば捕まる対象となる。力もなく脚も遅い子供はいとも容易く捕まってしまうだろう。
だが、そんなもの少年達を止める理由にはならない。
テープを抜けようとした少年達に警官の腕が伸びてくる。
「うるせえ宇宙人は危なくなんかねえ、食らえ、キンタマアターック」
「ぐほっ」
「そうだそうだ、宇宙人は良いやつなんだ、キンタマアターック」
「うぐっ」
「宇宙人を捕まえようとするお前達が帰れーっ、キンタマアターック」
「はうっ」
そこにいた警官達は少年達の一撃によって沈む。
「みんなっ」
「行くぜマンタロー、って、くそっ、たくさん来やがったっ」
しかし、大人達も甘くない。特に警官とは訓練された大人だ。確かに金玉に攻撃を食らえば立ち上がることは不可能だが、有事の際にはきちんとフォローに回る人員をそろえている。
テープをくぐり抜け中に入った少年達目がけ、たくさんの大人が押し寄せてきた。
「うわああー助けてしゅうちゃんマンタロー」
「捕まったあー」
四方八方から駆けつけた大人達に、あっけなく友達2人が捕まってしまう。子供の力ではその捕縛にいくら抗おうとも抜け出すことは難しい。
「仕方ねえ、行けっマンタローっ」
「え?」
「え、じゃねえ、お前が行くんだよっ、宇宙人のとこにっ」
「僕が……でもしゅうちゃんが行った方が」
「馬鹿野郎、お前は宇宙人の一番の友達だろうがっ」
「――っ」
その言葉に、少年は目を丸くし、ほんの少し涙を流し、力強く頷いた。
「うん、僕行くよっ」
「おうっ、さあ誰だ俺のキンタマアタックを食らいたいのはっ。2度と立ち上がれねえようにしてやるぜーっ」
少年は駆け出す。
今度は、宇宙人がいる方へと。
後ろで、リーダーが苦戦する声が聞こえる。それでも少年は駆け抜ける。
「マンタローっ、明日終業式終わったら遊ぶぞっ、5人でっ」
ただ、途中で聞こえた大きな大きなリーダーの声には一度振り返る。
そして――。
「うん」
大きな返事をして。
少年は走る。
宇宙人に教えてもらったフォームで。颯爽と。
そのスピードは、宇宙人に習う前とは大違い。クラスでもトップを争えるスピードだ。
短いようでとても長い距離を、少年は一瞬にして駆け抜ける。
けれども、あくまで小学生。それも低学年の。周りの大人達の方がもっと速い。
それに捕まればもう逃げられない。みんなを犠牲にして、希望を託され少年は今ここを走っている。だから捕まるわけにはいかない。
「待ちなさいっ」
「待てーっ。おいそこだ捕まえろーっ」
「ほら捕まえ――」
だから、少年の手は、左腕の時計に伸びる――。
申し訳ありません、終わりませんでした。
書き始めて、あれ、これ終わらないんじゃない? と思いましたが、やはり終わりませんでした。
私こそが終わる終わる詐欺師です。
ただ次回こそは、大丈夫です。安心して下さい、振りじゃありません。
明後日にまた投稿致します、よろしくお願いします。すみませんでした。




