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好きと嫌い

『こんにちは。今日は最近話題の宇宙人の住む河川敷にやってきました。ご覧下さい、先日UFOを操縦していたと思われる宇宙人が住むダンボールハウスです。あ、今宇宙人と思われる男が出てきましたっ」

『やあ。今日も来たのかい』


 テレビでは連日そんな報道がされている。


 あの嵐の日、宇宙人が本物の宇宙人であることが全国のテレビに一斉に映った。


 呆気に取られた人々。

 しかし時間が経ち、熱気は加速。結果宇宙人は時の人に。


 スタジオに行くことはないがインタビューなどには答えるため、テレビはどのチャンネルに合わせても宇宙人ばかりが報道されている。

 少年が溺れた際の映像も繰り返し流されており、少年の家にもたくさんのマスコミ関係者が押しかけたくらいだ。


「はーあ、つまんねー」

「え? どうしたのしゅうちゃん」

「マンタローん家面白いじゃん、しゅうちゃん家並にゲームあるぜ」


 だから最近の少年達の遊びは、もっぱら家の中。

 外に出ればマスコミ関係者に追いかけられ、遊ぶどころの話ではない。


「ちげーよ。宇宙人だよ」

「スゲーよなー、やっぱ本物だったんだな」

「UFOとかさー」


 少年達4人はテレビを見ていた。少年の家の大きなテレビには、マイクを向けられながらもいつもの調子で喋る宇宙人が映っている。

 身近な存在だった宇宙人が、まるで芸能人のように扱われる様子を見て、興奮している元いじめっ子達の中の2人。


「……はあー」

「ど、どうしたのしゅうちゃん」


 ところがリーダーは違う見方をしているようで、ため息をついた。

 遊び相手がいなくなったかのようにつまらなさそうに、ソファーでゴロンと横になる。


 あれから少年達は一度も河川敷へ行けていない。

 行けばマスコミにしつこく質問されるせいもあるが、最大の理由は人の多さだ。


 今もテレビの中では画面の端から端まで、そして奥にも人だかりができている。まるで取り囲むように、たくさんの人達が携帯電話を構えて宇宙人を撮ろうともがいている様子が見てとれる。

 そんな中で一緒に遊ぶことなどできるはずもない。約束していた特訓も、もう何日もできていない。


 だからつまらなさそうにしている者もおり、今回の騒動に関してそれぞれの見方は全く違う。

 ちなみにもう1人は……。


「マンタローはどうなんだよ」

「……え、……うん」


 とても暗く、無表情にテレビを見ていた。


「しゅうちゃん、マンタローあれからずっとこんなだぜ?」

「救急車乗ったのに中がどんなだったか教えてもくんないんだぜ?」


「……うん」


「ほら」

「ほら」


 少年は退院してからというもの、常にこんな様子だ。


 たくさんの人が心配してくれて、励まそうと頑張っているがずっと暗いまま。少年の近くにはどんよりとした空気が漂う。


 こうなってしまった理由はいくつかあるが、一番大きな理由は、自分のせいでこうなっているからだろう。


 宇宙人は今まで周囲に宇宙人だとバレてはいなかった。本人としても隠す気はなかったのだが、銀色の全身タイツのホームレスが自分は宇宙人だと公言していたとして、信じるものは誰もいない。

 宇宙人だと知っているのは、ついこの間まで少年ただ1人。そしてここ数日は友達を合わせた4人だけだった。


 だが少年が河で溺れ、宇宙人が助けたことで世界中に知れ渡り、テレビで映されているような状況にしてしまった。


 宇宙人がその状況を迷惑と思っているかどうかは、少年には分からない。だが病院から退院した直後、自分もあんな風に囲まれ質問攻めにされ、少年はとても怖い思いと嫌な思いをした。

 だから宇宙人をそんな状況にしてしまったことを同じように捉えており、自責の念にかられ、ここまで暗くなってしまったのだ。


 いや、一番の理由はそれではないかもしれない。

 自責の念ではなく、そのせいで宇宙人に嫌われるかもしれないということが、少年を暗くしている一番の理由。


「……うん」

 話しかけられても上の空で空返事を繰り返すばかりの少年。


 友達がいない中で仲良くなった宇宙人。河川敷に行けばいつもいて、一緒にたくさん遊んだ宇宙人。

 少年にはもう友達がいる。けれど宇宙人の存在は、少年の中であまりにも大きく、とても大切。


 左手首に巻いた腕時計型の加速装置を、少年は無意識に撫でた。


「マンタロー」

「……うん」


「宇宙人にさ、1回会いに行ってみようぜ」

「……うん。……え?」


 しかしそんな中、少年はリーダーにそう言われて膝に埋めていた顔をハッと上げる。


「つまんねえしよー、マンタロはいつまでも暗いしよー。宇宙人に1回会いに行ってさ、UFO乗っけて貰ってさ、どっか行こうぜっ」

「UFOスゲー」

「行こう行こうっ」


 3人は立ち上がる。


「行くぞマンタロー」

「ぼ、僕は良いよっ。しゅうちゃん達で行って来れ――」

「良いから行くぞっ。おら、お前等引っ張れ引っ張れ」


 そして少年も腕を引っ張られながらではあるが、立ち上がる。

 目的地は河川敷、目指せ宇宙人。


 少年達の旅が始まった。


 まず玄関前にいるマスコミを巻くことから始まる旅が。

「あ、出てきた出てきたぞっ」


「宇宙人の様子は、普段の様子はどうでしたか?」

「UFOに持ち上げられたときはどんな気分でしたかっ?」


「うるせええー、キンタマアターック」

 犠牲となった一番前でマイクを少年へ突きつけていた男性リポーター。思わず他の男性リポーター達も股間を抑える。


 その隙に少年達は走り、大人達の足の間を抜けていく。


「バラけるぞっ。秘密の道パターンCなっ」

「オッケー」

「任せて」


「C? Cってどんなだっけっ」

「じゃあマンタローは俺に付いて来い、俺は速いぜ、置いてかれんなよっ」

「――、うんっ」


 無理矢理始まった旅路。しかし、ドキドキワクワクするような旅路。


 うずくまっていたばかりだった少年の心の壁にはヒビが入り、明るい兆しが見え始める。


 知らない家の塀を越え、生垣をくぐり抜け。走って少年達を探すリポーター達をポストに隠れてやり過ごし、今度は竹やぶの中を突っ切った。


「しゅうちゃーん」

「おーいこっちこっちー」

「よっしゃあ、巻いてやったぜ。へっ」

「はあ、はあ、うんっ」


 そして4人は河川敷に辿り着く。

 そこにはもの凄い数の人がいた。河川敷が埋め尽くされていると言っても過言ではない。


 それもほとんどは大人達だ。背の高い大人達が所狭しといれば、少年達からの見通しはほぼ0に近い。

 今はまだ人垣から離れ、まばらにしかいないから合流できているものの、中に入って行けばそれぞれを見失ってしまうだろう。


「おっしゃあ、ど真ん中まで突っ切って宇宙人とこ行くぞっ」

「おー」

「おー」


 だが臆することはない、リーダーと2人は拳を握り高く突き上げた。


「……」

「ん? どうしたんだよマンタロー」


 しかし、少年は拳を作ったものの、振り上げていない。

 さきほどまで見せていた笑顔も、今は消えてしまっている。 


 旅路が終わり間近まで来て、改めて少年は想像してしまった。宇宙人から嫌われることを。

 なんと話しかければ良いんだろうか、自分のせいでこうなっているのにどう言い訳すれば良いんだろう。


 お前なんてもう知らないっ。嫌いだっ。


 そんなことを言われてしまうかもと考えた少年の拳は、硬く握られ震えていた。


「マンタローお前変なこと考えてんな」

「へ、変なことって」

「遊ぶぞで良いんだよっ、誰が一番宇宙人のところへ行けるのか競争なっ。よーいドンっ」

「あっ」


 リーダーを含めた3人は駆け出す。

 その数秒後、少年も走りだした。人ごみの間を抜け、屈んで足の間を抜け、少年は進む。心はまだ全く定まっていない。


 少年の手が、腕時計に伸びた。押すつもりはない、だが、これは宇宙人との絆を示す物だ。祈りにもにた感情を込めて腕時計をさすり、少年は走る。


 すると、運が味方したのか、宇宙人の近くまで少年は一番最初に着いた。


「宇宙人っ」

 思わず少年は叫ぶ。

 先ほどまでウジウジと考えていたことは、宇宙人の姿を見かけた途端に全て吹き飛んだのだ。


「宇宙人っ」

 少年は大きな声で叫ぶ。

 目は滲んでいるように見える。だが悲しさや恐さではない、証拠に、その顔は今までの暗さとは無縁。


「宇宙じ――」

 そして人垣の一番前に辿りつき、叫んだその瞬間、宇宙人と目が合った。数日ぶりの宇宙人は少年の知る姿と何一つ変わっていない。


 だが、目が合うと、視線はすぐに逸らされた。


 少年の方からではない。宇宙人が逸らした。


 バッと。

 偶然ではない、気づかなかったわけではない。証拠に宇宙人は2度と少年の方に目を向けない。


 だから少年はまた走った。宇宙人の方へではない、真逆、遠ざかるように。


 走り方は教わったフォームとまるで違う。ただがむしゃらに、一秒でも速く離れるように、逃げるように。片腕は顔を、目を隠して。

評価ありがとうございます。


もうちょっとで完結です。期待してお待ち下さい。

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