楽しい日々
「宇宙人、今日も特訓しよー」
「ああ、もちろんさ。おや、今日も友達と一緒なのかい?」
「うんっ」
ダンボールハウスから出てきた宇宙人。
それを楽しそうに迎える少年と友達。
かつて少年をのろマンタローと罵り馬鹿にしていたいじめっ子達は、今や毎日のように一緒に遊ぶ友達になっていた。
全ては体育の授業で行われた50m走で少年がそのリーダー相手に競ったことから始まる。
結果はクラスで1位とゲベという大きな差を伴う少年の負けだったのだが、少年が最後こけなければもしかして、と思ってしまう、そんな熱い勝負だった。
いじめっ子達のリーダーはその勝負を引き分けと決め、のろマンタローと馬鹿にすることは許さないと友達に宣言した。
子供はすぐに人を馬鹿にする悪い面を持つが、すぐに仲良くなる良い面も併せ持っている。
決して加速装置に頼らずに、自分の努力と根性だけで追いかけたからこそ、彼等は友達になった。
「さあ、じゃあまずは……」
「まずは……?」
「まずは……?」
「ストレッチだ」
「やっぱりかー」
「やっぱりかよー」
4人と宇宙人は体を伸ばし、軽く走り。そして今日も楽しく遊ぶ。
一緒にストレッチをして、ランニングをして、追いかけっこに発展し、宇宙人がニコヤカにその様子を眺める。
「隙ありーっキンタマアターック」
「ぐはっ」
「宇宙人ーっ。しゅうちゃんダメだよキンタマアタックは先生にも怒られたじゃん」
「しゅうちゃんのキンタマアタックは最強だからな」
「宇宙人にも効果抜群だな」
「はは。もうしちゃいけないよ。宇宙人にだって弱点はあるんだ」
少年も宇宙人も、そして元いじめっ子達も、いや友達もみんな笑顔。楽しい楽しい夏の1ページが毎日のようにつづられていく。
暑い夏の日はあっと言う間に過ぎていき、あと1週間と3日で夏休み。だが、これからもそんな日々が続く、誰もがそう思っていた。
だが、今日、これが最後の日だった。
次の日は朝から雨が降っていた。
パラパラとではなく、ザーザーと。
風が吹いていた。
ヒューヒューではなく、ゴウゴウと。
『台風4号は勢力を増し、今朝にも上陸する予定です。川などには決して近づかないようにして下さい』
幸いにも日曜日で、学校に行く予定はない。
しかし少年はニュースを見ると、カッパを着て家から走り出た。行かなければいけない場所があると。
台風が来ることは分かっていた、だから約束はしていない。それでも少年の友達は、いつだってそこにいる。
カッパも長靴も意味を成さないくらいびちょびちょになりながら辿り着いたのは河川敷。
いつもの河川敷。
ただし同じなのは場所だけ。
少年にとって楽しさの象徴であったその場所は、様相を180度変えている。
水位は遥かに上がり、芝生と土肌が見えていた場所すらも今は透明度などまるでない濁流に飲み込まれ、恐ろしさだけを表現する。
少年はいつものあの場所に目をやった。河川敷を渡る橋の橋桁。
宇宙人の家がある場所に。
「宇宙人ー」
「少年。あれほど来てはいけないと言ったのに」
そこにはやはり宇宙人がいた。
上がった水位が足元に届きそうなその場所で、いそいそとダンボールハウスを畳んでいた宇宙人。
「大丈夫ーっ?」
「もちろんさー。少々予想よりも強かったけどね。今から避難する予定だよ、心配ないから少年、早く家へお帰り。お父さんとお母さんが心配するだろう」
河川敷の土手の上から少年が叫び、それに負けないくらい大きな声で宇宙人は答える。
少年はとても優しい。
宇宙人のことが心配でたまらず、この雨と風の中、子供には辛いだろう台風の中、ここまで走ってやってきたのだ。
「約束しただろう、家から出ないと。危ないよ」
宇宙人もとても優しい。
子供達に危険がないように、事前に約束していた。
危険を危険と分からないのが子供だから。自分のような明らかに変な格好の人に話しかけ一緒に遊んでしまう子供なのだから。
宇宙人は少年を帰そうとそう伝えた。
しかし、少年はとても優しい。
あんなに恐ろしい濁流を前に、自分の怯えよりも宇宙人を心配する気持ちを優先させたのだ。
「僕手伝うよっ」
だから、もう2人の楽しい日々は帰って来ない。
「うわっ」
「いけないっ」
少年は足を滑らせる。
いつものように階段ではない芝生から、いつも通りに下りたせいだ。濡れた芝生というのは滑りやすい。
土手の角度も急なせいで、少年の踏ん張りも虚しくスピードを上げて落ちて行く。
「あはは、滑っちゃった」
落ちた先には水が流れていた。すね辺りまでとそう大量にではなく、少年はビチャビチャの泥だらけになったものの宇宙人へ向けて笑う。
だが、水の勢いというのは凄まじい。
大人でも膝まで水位が上がっていた場合は、流されてしまう。
それが体重の軽い子供であれば。
「――え、うわ、うわあああーっ」
「少年ーっ」
「た、助け――」
少年は濁流に飲まれた。まるで初めからどこにもいなかったかのように、そこにはポッカリと空白ができている。
数瞬後、辛うじて水面に出た腕、その腕だけが少年の存在証明、しかしそれも次の瞬間には消え失せた。
水に透明度はない、流れは尋常でなく速い。
激しさを増す雨と吹きつける嵐。宇宙人は追いかけるように川へ飛び込んだ、本来助けるためとは言えしてはいけない行為だが、宇宙人はそれでも飛び込んだ。
けれど、伸ばした手には何も、何も掴むことができなかった。
「おい、今子供流されてなかったか?」
「見た、見たぞっ。あれ人だったよなっ、大変だ。警察、救急車っ」
その時偶然にも、生放送の中継として河川敷の様子を映すためにテレビクルーがそこにいた。
彼等は慌てて携帯を取り出し連絡を始める。
「カメラ、カメラ向けろっ」
そしてカメラを向けた。
彼等はそれが仕事だ。誰が咎めることができるだろう。
今はもうどこにいるのか分からない少年。そこを誰もが必死に探す。
「おーいっ、どこだーっ」
「まずいぞっ。こんな流れじゃ」
しかし次の瞬間、誰もが呆気に取られた。
「UFO……」
頭上に、大きさ10mほどだろうか。誰が見てもUFOだと思うデザインの、浮遊する船が出現したのだ。
それは不規則に高速で移動し、川の一箇所で停止する。
そしてそこへ、光を照射した。
「あ……あ……」
「そ、そんな……」
カメラの向きは河川敷からUFOへ。しかしピントは合っていない、それほど呆気に取られる光景が彼らの目の前で、そしてテレビを見ていた者達の目の前で行われる。
光は、水の全てを透過しそこにいた少年を浮かび上がらせた。
少年はゆっくりゆっくり持ち上がり、中空で静止。
UFOは再び高速で動きだし、テレビクルーの横、土手の上に少年をゆっくりと降ろす。
その瞬間UFOはまるで初めから何もなかったかのようにパッと消え、中から銀色のタイツに身を包んだ宇宙人だけが現れた。
「少年っ」
「……」
宇宙人の呼びかけにも全く応えず、ぐったりしている少年。その様子は呼吸すらしていないように見える。
カメラはその少年と宇宙人を映し続けた。
「……、ごほっ、げほっ」
ほんの少しの時間が経って、少年は咳き込む。呼吸を再開したのだ。
宇宙人がポケットから出した、怪我を治す光線銃によって。
同時に、濁流の中で川底や流れる木にぶつかったのか額などについた傷も、みるみる塞がり血の一滴も残さず消える。
まさに奇跡。
もちろん、少年は死んだりしない。
怪我も全て治り、むしろ溺れる前よりも健康体だ。救急車で一時的に病院へ運ばれるものの、検査入院の後すぐに退院したくらい。
だが、一部始終をとったその映像は、少年が退院するまでに何度も何度も世界を駆け巡った。
御愛読誠にありがとうございます。
みなさまからのアクセスやブクマ評価を糧に、頑張ります。




