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のろマンタロー

「やーいのろまー」

「ビリっけつー」

「のろまのマンタロー」

 放課後、小学校の玄関から正門までの道で、低学年の少年達のやんちゃ盛りな声が響いた。


「う……うるさい……」

 それに対する返答はとても小さい。

 数メートル離れた少年達の間、その声は風と距離にかき消されかすかにしか届かない。けれど、それが万太郎と呼ばれた少年の、精一杯の大声だった。


「あぁん? なんだって?」

「おかしいなあ、のろマンタローのくせに反抗してきたぞ?」


「……」


 少年は走りだす。下校時間になっているのだから、学校の方へではない。学校の外へ、まるで逃げるように。


「あ、逃げたっ」

「のろまのくせにー追いかけろーっ、って、こけてやんのだっせー」


「いたた……」


 しかしその逃走劇はすぐに終結を迎える。

 少年は自分の足に引っかかり、そのままこけてしまったのだ。


「やっぱりのろマンタローだぜー」

「ぎゃっはっは」

 それを見て、いじめっ子達は笑う。


「帰ろー帰ろー、今日はしゅうちゃん家でゲームして遊ぼうぜー」

「おー良いぜ良いぜ、ゲームの方がのろマンタローより面白いもんな」


 アスファルトの道。

 転んで起き上がろうとする少年の横を、いじめっ子達は今日の遊びの話をしながら通り過ぎた。

 少年はそこに加われない。

 いじめられている少年には、そんなことを話せる同級生もいない。


 少年は立ち上がり、いじめっ子達にまた見つかったりしないようにゆっくりゆっくり、1人でも平気なんだとアピールするように俯いて、学校を後にした。


 キーンコーンカーンコーン。学校中に響き渡るチャイムの音。

 それは学外へも鳴り響く。しかし、少年がいる場所にはもうほとんど届かない。ここは学校から随分離れた河川敷。


「ひっく、ひっく」

 少年はよくここに来る。家はもう通りすぎてしまっているが、よくここに来る。

 ここに来て、膝を抱えて泣いている。


「ひっく、ひっく」


「少年、また泣いてるのかい?」

 するとその後ろから、そんな声をかけられた。穏やかな大人の声。

 返答を待たず、その声の主は少年の隣に無遠慮に座る。


 言葉から、二人は顔見知り。

 少年は顔を上げ、隣に座ったのが誰かを確認した。

 

「……なんだ、宇宙人か」

 それはいつもの宇宙人。

 銀色の全身タイツに身を包み、顔以外の全てを銀で覆った宇宙人のおっさん。

 頭の銀色タイツはまるで落ちてきた雫型とでも言うのか、上にひょろんと伸び、その先端には拳サイズの真ん丸の球体が取り付けられていた。

 いぶし銀とも言える顔立ちがまたそれを引きたてる。


 初めて出会った人は、変態だ、と思うだろう。

 2度目に出会った人も、変態だ、と思うだろう。

 3度目に出会ったくらいでようやく、チョウチンアンコウか? と思える。それだけ格好がおかしい宇宙人。


 それを考えると少年は既に3度を上回る回数出会っている様子。チラリ、と見ただけで宇宙人に興味を失くしてしまっているのだから。

 しかしだからこそ、少年はまた膝を抱え顔を埋める。


 埋めて、ズズ、と鼻をすする。


「また、いじめられたのかい?」


 重苦しい雰囲気、拒絶の雰囲気を少年はその身から醸し出していた。

 けれど宇宙人はそんな少年の重苦しい雰囲気を全く気にせず、いつも通り穏やかな口調でそう尋ねる。


「うるさいな、ほっといてよっ」

 もちろん少年の返答はこうだ。

 宇宙人に向けて、どっか行け、構うな、と手を振る。

「そうかいそうかい」

 宇宙人はそれに優しい笑顔で応え、それ以降は何も言わないまま、河川敷をぼんやり眺めることにした。

 もうすぐ7月。ジッとしているだけで汗をかく暑い季節。2人の間を、ほんの少しの静寂と涼やかな風が通り過ぎた。


「別にいじめられてなんかないやいっ、ほんとだよ、ほんとだからねっ」

 そんなしばしの静寂の後、少年は宇宙人に何かを否定するように慌ててそう切りだす。

 分かってる分かってる、と、宇宙人は優しい笑顔で何度も頷き応えた。


 信じてくれていないと思ったからか、自分に言い聞かせようとしたからか、少年は何度も何度も宇宙人に向けてそう繰り返す。


「ほんとにいじめられてなんかない――、て、いてて」

 と、そんな時、少年は振った腕を抑えた。

 腕、というよりも肘。

 そこはすりむけ、血が出ていた。


 暑い季節なのだから、少年は半そで半ズボン。

 アスファルトの上で勢い良くこけてしまえばそうなるのが道理だろう。よく見ればもう片方の肘も、両膝もすりむいており、それぞれから血を滲ませていた。


「おや、血が出ているじゃないか」

「これくらい良いよ。いたた……」

 それに気付いた宇宙人の声色は、心配へと変わる。それを察したのか少年は傷口を隠す。

 知られたくない、自分でも気付かない内にそう思っているのかもしれない。

 少年と宇宙人には、他人に分からない信頼関係が芽生えている。


「そんなわけにもいかないよ。傷を見せておくれ」

 隠そうとする少年に宇宙人は、そう言って銀色タイツのお腹辺りにあるポケットに手を突っ込む。


「うーん、これじゃない、これじゃない。ああ、これだ」

 ほんの数秒、そうブツブツ言いながらまさぐり、取り出したのはまるでおもちゃのようなフォルムの光線銃。

 宇宙人はその光線銃をためらいなく少年の傷口へ向け、引き金を引いた。


 驚くべきことにニョニョニョニョーと、光線銃からは確かに何かが放出され、それは当たった少年の患部をたちまち癒していった。


「……ありがとう」

「はははは。気にしないで良いさ」


 その効果を知っていたのか、少年は驚くことなく、しかし恥ずかしそうにお礼を言う。

 宇宙人はそんな恥ずかしさを吹き飛ばすように、笑ってそれに応える。


 光線銃は再びポケットへ。少年の両肘と両膝からはもう血は出ておらず、その跡もない。

 先ほど宇宙人が使ったのは、怪我を治す光線銃。


 宇宙人のポケットには様々なものが入っている。その内の1つ。

 そう、宇宙人は、本物の宇宙人だ。


「あ、そうだ。これ、いつもの。給食のパン」

「おや、ありがとう、いつも助かるよ。最近は雑草を焼いて食べているとすぐ警察がやってきてね。お腹が空いているんだ」

「そりゃそうだよ」


 少年はそのお礼、と言うわけでもないが、給食がパンだった時にだけ持って来ているパンをランドセルから取り出し、差し出す。

 宇宙人は笑って、嬉しそうにそれを受け取り、美味しそうに食べ始めた。

 右手で持ち、左手で一口サイズに千切る可愛らしい食べ方。


「……宇宙人はさ、なんでこんなところに住んでるの?」

 その様子をしばし眺め、少年がその言葉と共に指し示したのは河川敷にある橋桁のふもと。電車が通るために作られた橋の下。

 そこにはダンボールで作られた、こじんまりした家がある。

 宇宙人の暮らす家だ。


「そうだねえ。話すと長くなるんだが、どうする?」

「じゃあ良いや」

 ズズ、と、最後の鼻水をすすった少年。

 もう涙は止まっている。


 先ほどの光線銃にそんな効果はない。それでも少年は泣き止んだ。理由は……、色々だろう。


「なら、少年はどうしていじめられているんだい?」


 だが、宇宙人は空気が読めないのか、あるいは空気が読めるからこそなのか、少年にそんな質問をする。

 2人の目と目が合う。


 少年はしかし目を下へと逸らし、俯き、膝に顔を埋めかける。でも前を見て、ちょっとそっぽを向いて、また俯いて。そして話始めた。


「僕、足遅いんだ。クラスで1番。よくこけるし、それで、なんかちょっと速いやつ等が、のろ……、のろマンタローって……」

 ポツリ、ポツリ、と。

 涙がぶり返しそうになるのを、堪えながら。


「そうだったのかい。それは悪い事を聞いたね」

 宇宙人は本当にそう思っているのか分からない表情のままそう言って、右手に残った小さなパンを口に放り込む。


 暑さと湿気の訪れを感じさせるような夏休み前のこの時期。河川敷は少しだけ涼しい。


「良し、じゃあ特訓しよう」

「特訓?」

 手を叩いて、宇宙人はそう言った。

 立ち上がる宇宙人につられ、少年も思わず顔を上げる。


「ああ特訓さ。少年の足を速くする特訓。馬鹿にしたやつを皆、見返してやろうじゃないか」

 宇宙人はウインクしながら手を差し伸べる。


「……。本当に、足、速くなる?」

「もちろん」


「……。うん」

 少年は宇宙人の手を取り、立ち上がった。


「厳しい特訓になると思うが、ついてこられるかい?」

「僕、頑張るよ」

「そうかい」


 2人は手を離す。

 宇宙人が笑うと、少年も笑った。


「おまわりさん、あっちですっ。あっちで不審者が小学生を」

「本当に銀色の不審者だっ」


「おっと邪魔者が来たようだ。ではな少年。明日は空いているかい?」

「うん。あ、夜からは塾だけど」

「十分さ。なら明日、ここに集合だ」

「分かったっ」


 宇宙人は走りだす。

 追いかける警官。


 少年と宇宙人の物語は、まだ始まったばかり。

お読み頂きありがとうございます。

最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。

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